2020年09月18日

日顕上人一周忌

久しぶりの更新となりました。


今月に入り、色々な事もあり、先週から会社の社宅に入りました。

これにより、従来の1Kの狭い部屋から一気に3LDKの部屋に移り、ようやく御本尊様専用の仏間が出来ました。


また今月、来月ともに少し多忙ではありますが、今御宗門で一丸となっている百日間唱題行にはしっかりと取り組んでいきたいと思っています。



さて、昨日(9月17日)は日顕上人の一回忌法要が奉修されました。

そんな折に去年の御本葬の時と同様に吊るし雲が現れ、Twitterには続々と写真が上がっています。


https://twitter.com/wni_jp/status/1306718784573509632

https://twitter.com/team_designlab/status/1306871232575320069

https://twitter.com/mamaneko8/status/1306689143615811584

https://twitter.com/fujitomo_photo/status/1306692570202779649


顕正会員の方はこの現証をどう感じるでしょうか?

「ただの偶然だ」

「珍しい事ではない」

「恐ろしい前触れだ」

等と言うのでしょうか。


ただ、普段から現証だ諸天の働きだ、等と言う方が顕正会員は多いです。


私はこれこそが、諸天の働きだと思っています。


以前に浅井会長は「臨終の相について真実が明るみになってくる」と発言しました。

しかしそれはこのSNSが発達し、多くの法華講員、それも元顕正会員が参列した方達の報告で既に明るみになっています。


大聖人様のお力が本当ならば、本当に浅井会長でなく大聖人様に信をとるならば、30年以上も戒壇の大御本尊様のお近くにいらっしゃる事がどうしてできますでしょうか。


この現証を見る限り、日顕上人が御相承されている事は明らかです。


どうか顕正会員の方は、いつも同じ事を書きますが、会内だけでなくもっと広い視野で物事を見てほしいと思っています。




2020年08月09日

元顕正会員はみんな頑張ってきました。

実は来月引っ越しをするキッコーマンですが、全然片付いていなくてちょっと気が重い今日この頃です。


今年は色々と忙しいですが、だからこそ変わらず自行化他に励んでいかなくてはいけないと思います、人生の節目でもありますので。




さて、顕正会員の方と話すとよく言われるのが「魔にやられたから日蓮正宗に行った」「浅井先生の戦いについていけなかった、逃げ出した」「そもそも信心が無かった」等と言われる事があります。




私からしてみれば、いや元顕正会員からしてみればそんな単純な言葉で片付けてほしくないと思います。



私は晩年までずっと組長職でした、しかし会館衛護は10年以上やっており、管理主任からも信頼を受け個人的に色々な事を頼まれたりもしましたし、組織の中では結集の為に動き回る事も多かったです。




会館衛護の時に、相方となる人から「え、キッコーマンさんって組長なんですか?副長くらいかと思ってました・・」と言われた事もある程でした。




しかし私は、単純に「大聖人様のお役に立ちたい」という一心で動いていました、動くには体力も勇気もお金も時間も必要です。その原動力となるのはやはり信心なんです。




それは顕正会員であるならみんな同じ気持ちだと思いますし、街頭で一生懸命やっている顕正会員の気持ちも分かります。




だからこそ、少しでも気づいてほしくて私は必ず声をかけるようにしています。
そうじゃないと無慈悲で終わってしまいます。




私は現役時代は色々辛い事もありました、若さもありましたがとにかくひたすら身体をぶつけてきました、最終日に朝まで戦うのは当たり前でしたし貴重な休日を朝から深夜まで動き回るのも当然でした。




これは顕正会員ならごく当たり前の事だと思います。




真夜中に決定し一名決まった時の喜びも知っています。




時には暴力を振るわれ、顔を血まみれにした事もあります。暴言などは当たり前でした。学校からの怨嫉は凄まじく未だに同窓会の便りなど来た事がありません。




とにかく青春を全て顕正会にかけました、命かけてきました。



組長の私でこれならば、元隊長・区長・総支隊長・支隊長・総班長はどうなんでしょう。



もっともっと、厳しく辛く、まさに命尽きても構わない思いで戦ってきたはずです。



それを「信心がない」だとか「魔に負けた」などと簡単に片付けてほしくありません。



みんなそれぞれ思いがあって、迷って日蓮正宗へ来たのです。



多くの元顕正会員の人達は「ニセ本尊など拝みたくない」「日蓮正宗の方が法義上、筋が通っている」「正しいはずの浅井先生が実は自語相違だらけのとんでもない邪師だと分かってしまった」



他にも色々あると思います。




そして何よりも、「浅井会長ではなく、日蓮大聖人を信じている」事だと思います。



どうか現役の顕正会員の方は何故、元顕正会の法華講員が多くいるのか、よく考えてほしいものです。




2020年07月20日

街頭顕正会員と接して

久しぶりの更新となります。

最近は顕正会元隊長のSOPH…さんのブログが連日更新されているので目を通して頂きたいと思います。

http://blog.livedoor.jp/ishinikoganewokae/




最近は法戦やコロナ云々の件もあり、更に街頭の顕正会が活発になっているようにも感じます。



意外だったのが私の職場の最寄り駅で配布していた事です、私の職場の最寄り駅はサザエさんで有名な都内の某駅なのですが住宅地がメインでそれほど大きな駅でもありません、


富裕層も多い地域で、ここに顕正会がいるのはなかなかレアなのです。



そんな中男子部らが広告文の配布を平日夜に行っており、私は日蓮正宗信徒で、かつ元顕正会員である事を伝えておいた上でお話をさせて頂きました。



最初に聞いてくれた壮年は普通に話せたのですが、途中から班長か副長と思われる青年が割って入りましたが、これがまた話が通じない。



曰く慧妙のインターフォン越しの「かえりたまえ」音声の件を取り上げ、謝れだ土下座しろだのしつこい。



私としてはそんな事はハッキリ言ってどうでもよく、お互い当事者でも無いんだから知らんわという話であって、そんな事より法の話をしましょうと促しても全く聞き入れない。



そもそも妙観講側もそのつもりなはずであり、顕正会側が乗ってきてウソだデタラメだと騒ぐもんだからしょうがないから反論したというだけの話で、妙観講も論ずる事は「法」である事は重々承知なはずです。




それでも30分程度は話はできたので良かったかな とは思っています。(本当はもっと話したかったけど帰れ帰れしつこいので)


てか普通に帰宅途中に向こうから広告文を差し出してきたのに帰れ帰れはおかしいだろと思うんですけどね。



ちなみに「道路使用許可取りました?」と聞くと「取ってない」とぶっちゃけてきたので「取った方がいいですよ」というと素直に「分かりました」と聞き入れてくれました。



しかしこれ、道路使用許可を取ってない顕正会員がかなり多いのですが、チラシを手渡す行為をするにはキチンと道路使用許可が必要です。逆にこちらが顕正会会館付近でチラシ手渡しの活動をすると決まって幹部が現れては「道路使用許可を出せ!」と言ってきては写真を撮ってきます。



人にどうこう言うなら自分の所をどうにかしろよ、と思うものです、本当に常識が無いっす。



私は別にそんな事でいちいち通報などくだらない事はしませんけど、やる事はしっかりやるべきでしょう。


さて、男子部は割と話せるのですが女子部・婦人部はどうもアッという間に逃げてしまう傾向が多いです。


特に婦人部は平日でも遭遇する確率が高いのですがひどいのは5分も経たずに逃げてしまいます。


顕「キリスト教の神父を正本堂に招いた!」

キ「その時、大御本尊様はどこに御安置してたか御存知ですか?完工式ですよね。その後御遷座式があってその時に大御本尊様が正本堂に御安置されたんですよ。けっこう勘違いしている顕正会員の方多いんですが」

顕「あなたとは法論するつもりはありませんので!邪魔しないでください!もういいです!」

キ「ええ・・」


悲しすぎませんかこれは。



昨日は女子部2名と話をしましたが、こちらは上長と思われる女性が対応する形となりました。

私が元顕法華講員である事を言うと「妙信講時代からの人ですか!」と言うので「そこまでおじさんじゃないっす」と和やかにスタートしました、てか話聞くと私の1個下じゃないすか。



ここで、私が顕正会を脱会した理由として顕正会四大謗法(ニセ本尊、塔婆、勤行、葬儀)を上げましたが話していくとどんどんと表情が険しくなり、恐らく後輩である若い女子部員に聞かれたくないと思い、こちらも割とすぐに「もういい、行こう」といなくなってしまいました。



その後夜に話した婦人部の方は一人で配布しており、こちらは元顕法華講員である事を明かしても割とあっけらかんとしており、聞けば法華講員とは何人も話しており慣れているそうです。



お互い一人という事もあり、立ち話ですがじっくりと話す事ができました。 お互い顕正会に入った時期が同じくらいで、横浜・神奈川会館をメインで活動してた事などもあり、特に警戒心もなく穏やかに話が進んでいきました。



最後に曰く、「私が一人だったからこれだけゆっくり話ができたかもしれない、これで2人や3人だったらこういう形にはならなかったかも」との事。顕正会員がすぐに帰れと逃げてしまうのも上長が都合の悪い話を聞かせたくないからなのかな、とも思います。


確かに私が現役で、後輩の前で「ニセ本尊だよ」なんて話が始まったら「やばい」と思いますもんね。



またこちら側の態度も改めて大事だな、と感じます。



残念ながら法華講員であっても最初から喧嘩売るような態度の人もいないとは言いません。
全員の対応なんて見られるはずがないので断定などしません。


ただ仏法とは「法に依って人に依らざれ」なので人で仏法の正邪の判定などできません。


御法主上人猊下は平成30年の夏期講習会の折に

「折伏はけんかとは違います。けんかするのではないのです。
まさか、けんかするのが立派なようには思っていないと思うけれども、邪宗邪義をやっつけなければいけないと息巻いて、勘違いしているような振る舞いをする人もおるのです。

もちろん、邪義邪宗は破折しなければいけませんが、相手の人間性まで、けちょんけちょんに言うようなことをしてしまってはいけないのです。

みんな仏性を持っていて、その仏性を活かすことが大切です。
これが折伏ですよね。そのところが解らないといけません。」



と仰せになってしまいます。顕正会員の中にはホント何なんだお前はみたいな者もけっこう多いです。

ただそこで私達法華講員は六根清浄された姿を見せつけてやらなければなりません。


ただ強折する事もときには大事です。


樋田さんなどはなんかいつも怒ってるイメージある方も多いかもしれませんが、よく聞けば最初は礼節を保ち相手が訳の分からない事を言い出せば冷静に厳しく言うだけであり、感情的になっている場面などはほぼ無いのが分かります。



やはり折伏というのはこういう事であり、感情的になったり威嚇したりする事が無いようにありたいものです。よく「怒ると叱るは違う」とはいいますが、やはりそういう事でしょうね。



賢者とはどんな時でも余裕があるもので、相手に乗って感情的になる事が無いようにしたいものです。


A野さんなんてあんな人を挑発しまくるようなひどい人間もいますが、そんな時でも「かわいそうだな」と思うものです、私はあまりにも凄い如是相に笑ってしまいましたが・・








2020年05月12日

新しい元顕正会のHP開設

今回、元顕正会有志による新しいHPが開設されました。

https://savekenshokai.org/



元顕正会員による体験談等が実名で、写真と共に掲載されていますので、現役の方は是非目を通してみてほしいと思います。


ちなみに、この「漫画で見る顕正会」というのは実際の元顕正会員の体験談を素に描かれています。


最近入った現役の方などは「そこまでひどくないよ!」という方もいるかもしれません。


でも昔の顕正会は本当にそういう時代があったんですよ。


妙にリアルだな、と私は見てて思ったのですが、実はこのモデルになった方は元神奈川男子部の方なんです。 私も当時の神奈川男子部をリアルに体験していたので非常に共感できます。それだけ当時の神奈川男子部は凄まじかったんですよ。


対象者は基本、「入信するまで粘る」のが当たり前でした。


思い出に残ってるのは、千葉の柏の自宅拠点に向かうのに、対象者を車に乗せたのですが、この時点で本当に渋々でした。 そして国道6号線を走っている時に突然対象者が車から降りようとしたので私はドアロックを連打して対象者を怒鳴り散らし、わざと右側の車線へ車線変更をして降ろさないように必死でした。


また、ときわ台のマクドナルドで突然対象者が逃げ出したので、そこで「オイコラちょっと待てよ!」と追いかけたり、また別の対象者には駅まで逃げた対象者に対して自動改札機に切符を通さないように手で塞いだり(当時はICカードなど無かったので)


またある副長は逃げる対象者のTシャツを掴んで破ってしまったり、また新横浜のマクドナルドで「今日はこれで・・」と1000円札を出してきた対象者にブチ切れて座ってた椅子ごと吹っ飛ばしたり・・


また会館の狭い食事をするスペースに対象者を呼び出して、総支隊長が応援に入るのですが、相手が断ろうとすると「え?なんでなんでなんでなんで?」と追い詰め、「世間の人間なんてよ、誰も救ってくれねえんだよ!」と追い込むわけです、ここまで来たらもう「やらざるを得ない」わけです。


ま、結局誰も救ってくれねえのは顕正会なんですけどね。すぐ見捨てるし。


と、色々書きましたがこれでも極一部なんですよ(笑)


それが当時の姿だったんです。だからあながちこの漫画が嘘を書いているとは言えないというわけですね。


ちなみにこのような激しい気性だった私ですが、今日蓮正宗に来て驚くほど穏やかになっています。


多分今の私を知っている方は到底怒鳴ったり、拉致ったりするような人物には見えないと思います。


このように、顕正会にいると本当に命が荒れてきてしまう傾向があるのです。


もちろん当時の空気に飲まれているだけで、顕正会員がみんなそうだとは言いません。本当に幹部でも紳士的で落ち着いた方もいる事は知っています。


ただ現在の教学部の振る舞いは本当に酷いものがあります、まるでかつての自分を見ているようでした。



六根が不浄になるとそのような振る舞いになってしまうのですね。


さて、今回顕正新聞で関御尊師の反論に対する再反論が掲載されました。色々ツッコミどころはありますが、結局顕正会側は根本である部分を隠し、「浅井先生はこう仰ってる」と述べています。


法論に於いて破門された在家の言う事など論点になりません、だから浅井教と言われてしまうのです。


ここに両方の記事を掲載しますので、是非見比べてどちらが正しいのかを精査してほしいと思います。

関御尊師.jpg菅原.jpg

2020年05月04日

正しい信仰とは「根本」が大事

現在、幻の総支隊長さんのブログのコメント欄が盛り上がっています。

http://blog.livedoor.jp/maboroshi7729/archives/40497366.html#comments

顕正会員・法華講員、更には末端の顕正会員も含めてなかなか楽しい事になっています。



「天母山戒壇説」についてがメインですが、こんなものはとっくに破折され尽くした事です、ちょっと検索かければいっぱい出てきますからね。



しかし幻さんも仰ってますが、天母山云々がどうであれ、顕正会はそもそもの根本が間違っているのです。



顕正会は結局、根本的な問題を突きつけられるのが痛いので、教学部連中は特に枝葉の事や戒壇義で喚くしかありません。


本尊を勝手に作り、塔婆を否定し、在家で葬儀をやり、勤行を勝手に変える。


これらについて顕正会から「ほう」という反論がありましたでしょうか?一つも無いではないですか。



当然なんですよ。血脈が繋がっていないんですから。



化儀抄二十七条(要集一巻六四)

・第九世 日有上人 信と云い血脈と云い法水と云う事は同じ事なり、信が動ぜざれば其の筋目違うべからざるなり、違わずんば血脈法水は違うべからず(中略)出世には師匠の心中を違へざるが血脈法水の直しきなり、高祖已来の信心を違えざる時は我等が色心・妙法蓮華経の色心なり。


第59世 日亨上人『有師化儀抄註解』

信心と血脈と法水とは要するに同じ事になるなり、
信心は信行者にあり・此信心に依りて御本仏より法水を受く、
其法水の本仏より信者に通う有様は・人体に血液の循環する如きものなるに依りて・信心に依りて法水を伝通する所を血脈相承と云うが故に・信心は永劫にも動揺すべきものにはあらず・攪乱すべきものにあらず、
若し信が動けば其法水は絶えて来ることなし、爰に強いて絶えずと云はば其は濁りたる乱れたる血脈法水なれば・猶仏法断絶なり、
信心の動かざる所には・幾世を経ても正しき血脈系統を有し仏法の血液活溌に運行す、
其は世間にて云えば子は親の心に違はす祖先の定めたる家憲を乱さぬが・其家の血統正しきが如く・仏法には師匠の意中に違はぬが血脈の正しき法水の清らかなるものなり、
仏法の大師匠たる高祖日蓮大聖開山日興上人已来の信心を少しも踏み違えぬ時、末徒たる我等の俗悪不浄の心も・真善清浄の妙法蓮華経の色心となるなり此色心の転換も只偏に淳信篤行の要訣にあり、
若し此の要訣を遵奉せずして・不善不浄の邪信迷信となりて仏意に違う時は・法水の通路徒らに壅塞せられて・我等元の儘の粗凡夫の色心なれば・即身成仏の血脈を承くべき資格消滅せり。(富要一―一七六n)



これは極一部ですが、これだけでも血脈に違う事が間違っているのか、よく分かります。


日如上人猊下も平成23年の夏期講習会に於いて
「まさに今日の、下種三宝を破壊した池田創価学会、あるいは血脈を否定した自称正信会、または顕正会、これらの者たちは、まさしく『信なくして此の経を行』ずる者になるわけですから、この御文の御指南のように、いくら拝んでも功徳はないのです。根本のところが間違っているわけですから、そのような者は『手なくして宝山に入り、足なくして千里の道を企つるがごとし』であると、大聖人様は厳しくおっしゃているのです」と仰せになっています。




顕正会は今、日如上人猊下の事を「優柔不断」「前科ある」などと「伏して拝す」からだんだんと誹謗にシフトしていっていますが、猊下は既に9年前の時点で「根本から間違っている」と斬られているのです。



結局、門外漢の顕正会がいくら頑張っても、根本が間違っている故に功徳が無いのです。功徳だと思いこんでるのは「魔の通力」であり、魔の通力に誑かされ、本質を見失い、「功徳とは六根清浄の果報なり」との大聖人様の仰せの如く六根清浄からかけ離れていっていないでしょうか?



どうか今一度顕正会員の方には視野を広め、もっと調べてほしいと思っています。今はちょっとググるだけでいくらでも情報が入ってくる時代なのですから。



こういうブログを見ているという事は既にそういう見識を持っての事だとは思いますが・・

2020年04月08日

疫病と南条時光殿

新型コロナウィルスの蔓延は現在、凄まじいものがあり、これを書いてる現在、実に都内で144人の感染者が出たとの事です。


国は7日、緊急事態宣言を発令し、私の住む神奈川もその地域に入っています。


8日の今日、仕事をしていましたが普段多くの通勤者が行き交う渋谷駅前もまるで日曜日の朝のようでした。またラッシュ時にもかかわらず立客が出る事もなく座席は多く空いていました。



公共交通事業者は今大変です、乗客が少ない分、減便したくてもその分車内が混み合う事で濃厚接触のリスクが高まる為通常通りの運行を確保せねばなりません。



しかしスカスカの電車やバスを大量に走らせる事はコスト的にも非常に効率が悪いのです。


公共交通とはいえ商売です、お店で例えれば全然売れない商品を大量に仕入れるようなものです。



民間企業でありながら国の支援も期待できないのです。



そして不特定多数の乗客と触れ合う我々従業員の感染リスクは厳しいものがあります。



なので是非とも優しい目で見てほしいな、と思う今日この頃です。






ところで先日、友人から1本のLINEが来ました。


友人は宅配スーパーの配送をしているのですが、どうも都内の某所で休憩の為、車内で食事をしていたら顕正会員に声を掛けられたそうです。


曰く「コロナから守られる」とか・・


またSNSなどを見てもそう言った事を言う顕正会員が多いようです。


そもそも、休憩とはいえ勤務中に声をかけるのもどうかと思うし、宅配スーパーは外出自粛の影響で、非常に多忙だと聞いています。


そして何よりも、正しい信仰していればコロナにかからないとは言えないのです。


ここで、平成24年2月1日号の大白法より、南条時光殿の事が書いてありますので転載したいと思います。

 南条時光殿には、五郎という六歳違いの弟がいました。五郎に対面した大聖人様は、
 「肝ある者かな、男なり男なり」 (御書 一四九六n)
と評され、時光殿と共に南条家を支える立派な青年として期待されていました。
 しかし弘安三(一二八〇)年九月五日、五郎は不慮の事故で亡くなってしまいました。
 五郎の死は、南条家の悲劇であったばかりでなく、身延(山梨県身延町)にいらした大聖人様も、
 「人は生まれて死するならいとは、智者も愚者も上下一同に知りて候へば、始めてなげくべしをどろくべしとわをぼへぬよし、我も存じ人にもをしへ候へども、時にあたりてゆめかまぼろしか、いまだわきまへがたく候。(中略)まことゝもをぼへ候はねば、かきつくるそらもをぼへ候はず」(同n)
と、あまりのことに何と書いてよいのか判らずにおりますと仰せられています。
 しかし、また、
 「さは侯へども釈迦仏・法華経に身を入れて候ひしかば臨終目出たく候ひけり」(同n)
と仰せられ、大聖人の仰せのままに法華経を信仰しているのであるから、たとえ不慮の事故であっても、必ずや成仏したであろうと述べられております。
 大聖人様は残された母の後家尼に対して、四十九日のお手紙で、「乞ひ願はくは悲母我が子を恋しく思し食し給ひなば、南無妙法蓮華経と唱へさせ給ひて、故南条殿・故五郎殿と一所に生まれんと願はせ給へ」(同 一五〇九n)
と心温まる御言葉をかけられると共に、いよいよ証大菩提のために御題目を唱えていくよう励まされています。
 南条時光殿や後家尼は、大聖人様の御言葉と共に、五郎の不慮の事故死という大きな悲しみを受け止め、菩提を弔うと共に、いよいよ信仰に励んでいったのです。

 しかし、全国的に猛威を振るった疫病が、弘安四年の夏頃に時光殿を襲いました。五郎の死に続いて、南条家に苦難が降りかかったのです。弘安五年二月頃、時光殿の病はにわかに重くなってしまいました。
 「時光病篤」の報せは、すぐに大聖人様のもとに伝えられました。大聖人様は、御自身も御病気が続いており、おそらく満足に筆を御持ちになれない状態だったのでしょう。弟子の日朗に代筆を命じて日興上人への書状を認めさせ、御秘符を託されたのです。
 しかしその三日後、大聖人様は病の体を押して筆を執り、『法華証明抄』を認められました。
同書では、
 「鬼神めらめ此の人をなやますは、剣をさかさまにのむか、又大火をいだくか、三世十方の仏の大怨敵となるか。(中略)永くとゞめよ永くとゞめよ。日蓮が言をいやしみて後悔あるべし、後悔あるべし」(同 一五九一n)
と、
 「法華経の行者 日蓮」(同 一五九〇n)
として、南条時光殿を悩ます鬼神に病を治すように強く命じられています。
 こうして大聖人様の御祈念と日興上人の激励を受けて、時光殿は強盛な病魔を退散せしめ、さらに五十年の寿命を延ばしたのです。

と、あります。

強情な信心の南条時光殿でも、当時流行していた疫病に感染しています。

大聖人様御自身も病の身でありながら筆を執り、激励をされた大慈悲に大きな尊さを感じます。


つまりはどのような困難であろうと、正しく血脈の元、強情に信心していく事が大事なのです。


それは顕正会ではありません。浅井会長に血脈が繋がっているのでしょうか?


何故、浅井会長だけが正しいと断定できるのでしょうか?


どうか何が正しいのかを盲信せず、客観的に見て頂きたいと思います。

2020年03月21日

顕正会はブラック企業?

キッコーマンです

コロナの関係で今、社会全体が大きく沈んできており、寺院の行事も中止・自粛が相次いでおり、令和3年の大佳節を迎えるにあたる大きな魔だな、と感じます。



御法主上人猊下は年頭の辞において大きな障魔が来ると仰せられましたが、早速このような魔が競い起こるとは、まさしく令和3年の大佳節の大事さがわかります。



この影響は経済にも大きく関連し、私の会社でも大きく売上が落ちています、観光バスの仕事が大きく減り、ディズニーランドを始めとした各施設の休業による運休、一般路線バスも見るからに乗らなくなってしまっています。 会社全体で億単位のマイナスになっているのが現状だったりします。


これはあくまで私のしがない凡夫の憶測ですが、2年前より始まった顕正会の猛烈な宗門誹謗、寺院攻撃はまさに猛烈な謗法です。この謗法行為が一国に蔓延した時にまさにこのような状況になったのは立正安国論の


「世皆正に背き人悉く悪に帰す。故に善神国を捨てゝ相去り、聖人所を辞して還らず。是を以て魔来たり鬼来たり、災起こり難起こる」(p234)の姿であると感じます。


顕正会の謗法こそ亡国の原因です。



ところで話は変わり、スマホでネットを見ていると漫画の広告を目にする方も多いと思います。


つい、タップして試し読みをしてしまうのですが、その中でこのような漫画がありました


「社畜が異世界に飛ばされたと思ったらホワイト企業だった」という漫画であり、ブラック企業に3年勤めた主人公がホワイト企業に飛ばされたという漫画で、コメディー要素が強く重い内容でも何でもないので気軽に見られます。



これを見ていて、思わず顕正会から日蓮正宗に来た自分に当てはまるような気がしました。


ではブラック企業の特徴とは何なのか、

https://roudou-pro.com/columns/57/ 
ここから抜粋させてもらいますと


特徴1|長時間労働・過重労働
特徴2|休日が少ない・有給が取れない
特徴3|給料が低い・最低賃金を下回っている
特徴4|残業代が出ない
特徴5|謎の雇用契約
特徴6|従業員の入れ替わりが激しく離職率が高い
特徴7|募集要項にやる気や情熱の言葉が多い
特徴8|上司や社長は絶対のトップダウン
特徴9|パワハラやセクハラの横行
特徴10|精神論がよく出てくる


何か、顕正会に似ていると思いませんか?


今はだいぶマシになったようですが、特に私がバリバリやっていた平成13年から凄まじかったです。



折伏(勧誘)は逆縁が絶対許されず、逆縁の報告をすると上長から怒鳴られるのもザラで夜遅い時間であろうと「ここらか今日一名絶対やれ」と言われたものでした。



また当時学生だった私はスーパーでアルバイトをしていましたが、スーパーで土日休むなどとんでもない話ですが、それでも日曜日は絶対休ませてもらいました、その代わり土曜日に出勤したのですが、突然T隊長(当時)から電話がかかってきたと思うと電話が爆発するんじゃないかと思うくらいに「てめえ!何土曜にバイト入れてんだよ!ふざけんじゃねえぞ!」と大声で怒鳴られました。



また支隊誓願の遅れの緊迫感は凄まじく、日曜勤行終了後の集まりではT隊長の猛烈な怒りが隊員や支隊員の凝縮させていました。



また会館の電話コーナーではT隊長が仁王立ちで見張っており、名簿で段取りを当たっていると「オイ、まだ出ねえのかよ」「あと30分で出せ」と煽られます、これが出ない時は悲惨で朝から22時半の会館が閉まる時間まで永遠と続くのです。



もちろん会館が閉まってからも駅へ移動し、駅の公衆電話で当たるのです。



また当時はコンビニのampmがあり、そこで携帯電話の充電ができるのですが、それで出ようとすると「オイ、どこ行くんだよ」と引き止められます、まさにトイレにすら行けないブラック企業の姿ですね。



唱題しようと3階の礼拝室に行こうとすれば「逃げの唱題」と言われたものでした。



このように挙げればキリが無いのですが、最近顕正会に入った方は実感しない部分もあるかもしれませんが、私が活動していた時期はまさにそのような環境でした。


とはいえ現在でも深夜まで戦うというのは常であるようですね。



そのような環境でしたので、私が日蓮正宗に移った時には夕方に活動が終わると「え、もう終わりなんですか?」と思ったものでした。顕正会では夕方に帰るなどまず無かったので。



翌日の仕事に影響が出るといけない」、「無理して仕事に影響が出ないように」「体を壊してはしょうがない、無理せずにやっていこう」という言葉を聞く度にまさに漫画のブラック企業からホワイト企業に移ったような感覚でした。



趣味やリラックスできる時間も十分に取れ、より人間らしい生活が送れるようになったと思います。



顕正会時代は会社の仲間と旅行に行ってる最中に電話が来て「法戦の最中に旅行なんて行ってるんじゃねえ」と言われたものでした。



また日蓮正宗に来てからも当然、誓願がピンチな時もあります、でも御住職も講頭も決して追い詰めるような事はしません。むしろデンと構えており心の余裕を感じます。



そういった事を漫画を通して感じたものでした。


顕正会は脱会したい、でも顕正会のトラウマで日蓮正宗に行くつもりは無い。という人も多くいると思います。でもまさにブラック企業からホワイト企業に移ったような感覚になりますので、一度元顕正会の法華講員の話を聞いてみる事をオススメします。


2020年03月10日

顕正会教学部は1分ルールでやりましょう

今日、顕正会教学部とのやり取りがアップされました。

http://toyoda.tv/kensyo.a.htm


この経緯は、今年2月半ばに妙相寺女性法華講員が同級生である男子部顕正会員に訪問、連絡した事がきっかけとなりました。



実はこの時、私は書類手続きがあり長野の菩提寺、妙相寺に行った時に「よかったら一緒に行ってみてほしい」という事でこの顕正会員宅に行きました。



しかし日曜日であった事もあり、不在であったので直接電話をしてみると出たので話をしました。(実は前々から何度も折伏をしている) 私が電話を変わった所、「阿部日顕(上人)は相承を受けていない」とか「細井日達(上人)は悪臨終だった!」とお決まりの事を言っておりましたのでこちらは穏やかに話していくと、なんと途中でいきなり電話を切ってしまい、折り返しても出なくなってしまいました。



特にその後は何をしたわけではないのですが、次の日に突然教学部のA澤さんから電話がその女性法華講員の元にかかってきたのです。



当然、その女性講員とA澤さんは面識も無く、電話番号など知らないわけで、同級生の顕正会員が女性講員の番号を勝手にA澤さんに教えたという事です。



その割にA澤さんはメールアドレスを教えてくれない為、上記の往還の通り、やり取りに困ってしまうし、会館のFAX番号もこちらで調べないといけない羽目になったわけです。



さて、上記の通り、妙相寺では「1分ルール」を設けないと教学部とは法論しない事にしています。



理由は至極単純で、こちらの話を全く聞かず、自分の言いたい事をギャーギャー喚くので法論にならないからです。

https://www.youtube.com/watch?v=blPe4jJv6VE



私も、A野氏やI東氏とは話した事がありますが、本当に人の話聞かないんですよ、こちらが喋ろうとすると被せてくるしとにかく会話のキャッチボールができない。



現役の方は「まさか」と思う方もいるでしょう、私自身も実は現役時代I東さんの下だったのですが、私が衛護で立ってるとニコニコしながら「寒いね〜」と声をかけてくれたり部集会の指導も穏やかでそれまでのピリピリした神奈川男子部の雰囲気を変えてくれたような人でした。



でもこちらが法華講員となると急変するんですね。

http://fanblogs.jp/kikkomankensyoukai/archive/38/0



こちらに詳細を書いていますが、わざと体を近づけて「触ったな!触ったな!」と喚く姿などは本当に悲しい姿だと思いますよ。



どうしてもっと穏やかに話せないんでしょうか、それは普通に話すと負けてしまうのが本人達が一番分かってる事なんですよ。弱い犬ほどよく吠えると言いますが。



結局1分ルールを設けてしまうとギャーギャー喚くやり方が通用しなくなってしまうのでこうせざるを得ない、言いたい事だけ一方的に喚いて勝った勝ったと顕正新聞に載せるやり方、平気で嘘を書いてしまうなど本当に愚かで情けない姿だと思います。

↓トチロ〜さんブログより、真実を書かない顕正新聞

https://kenshokai-hashaku.com/blog/2018/12/15/tabakari-asano/



実は1分ルールというのは以前樋田さんが創価学会員とやっているんです。

https://www.youtube.com/watch?v=3nbG_9B1Prc


樋田さんは創価学会員とも幾度と法論していますが、創価学会でもきちんと顔を出しルールを守って法論しているのに何ですか顕正会教学部は、情けないじゃないですか。



結局、自信が無いんです。



街頭に立つ末端もこちらが「法華講員」だと言えば逃げてしまう始末。上記の女性講員の同級生だってそうではないですか、威勢よく言っていたのに不利と分かったら電話を突然切ってしまうんですから。



最新の顕正新聞にも妙観講員が痴態を晒したとか書いてますが、信用できないんですよ。嘘ばっか書くから。


いずれこれは慧妙紙にも真実がきちんと書かれる事でしょうね。



また最新の新聞にも慧妙紙に掲載された関御尊師の論文についても反論がありますが中身は浅井会長の言を繰り返すのみで全く中身が無いではないですか。

46504.jpg46503.jpg


そして関御尊師は戒壇の大御本尊様を渇仰恋慕する顕正会員に対し共に歓喜していきたいと述べておられます。

46505.jpg



それに対して顕正会側は「宗門僧俗は無間地獄」などと大見出しに載せる始末。


全く無慈悲極まりないですよね、顕正会は「法華講員を救いたい」等と全く述べていませんからね。


関御尊師の仰る通りで、我々は顕正会員が日蓮正宗できちんと御授戒を受け、三大秘法を受持し共に広宣流布を目指す事を願っているんです。



顕正会から来た法華講員はみな笑顔で登山し、感涙の中戒壇の大御本尊様にお目通りし、本当の大聖人様仰せのままの信心をしています。



そして六根清浄の功徳を賜り、生活がどんどん変わってきています。


どうか、顕正会側の情報だけに囚われず広い視野を持って頂きたいと思っています。

2020年02月28日

キッコーマン 迷いからの決定

さっきアップされた樋田さんの動画を見て思い出しました。

https://www.youtube.com/watch?v=77RkPLnHBUk&feature=youtu.be

チラッとセロリさんが言っていますが、この時の御尊師様の強い折伏の動画を見て私は完全に吹っ切れたんです。

https://www.youtube.com/watch?v=srCD_jZeAaI&t=344s



それ以前には樋田さんの動画、元顕正会員のブログを見ており、やはり顕正会は誤っているのではないかという気持ちがかなり強くなっておりました。


SOPH…さんのブログにも現役顕正会としてのコメントが残っていますhttp://blog.livedoor.jp/ishinikoganewokae/archives/5842665.html



セロリさんのブログにもコメントしてましたが残念ながらヤフーからライブドアブログに移転した際に消えてしまっているようです(笑)



かなり大きな迷いを生じている時に(今思うと何であんな団体に執着してたんだ、と思いますがそれだけ長年の信仰と害毒は強いものだと感じます)上記の折伏の動画でした。



実はこの時、この強い折伏をしているのが御僧侶である事すら分かってなかったんです、やっぱ不思議ですね。



この時期からブログにコメントを残すようになったのは、気持ちでは思ってなかったんですが、命では「俺を拾ってくれ!」という事を求めていたんだと思います。




それを救い上げてくれたのがセロリさんだったんです、「良かったらメールしてください」と残してくれた事から一気に御授戒まで突き進んだんです。




それから3年半が経った今、私を縁として日蓮正宗で信心している方は決して多いわけではありませんが、中には私のこのブログをきっかけに一家広布が叶い、現在楽しく信心している方もいます。




本当に因縁というのは不思議なものですね。


厳しい罪障消滅の期間もありましたが、支えてくれる周りの人がいて、常に何でも打ち明け相談できる人がいるから今の自分があるのだと感じます。



この仏法は、やはり「報恩」にあります。一つ一つは決して大きなものではなくとも、それが重なると非常に大きなものとなります。



今の私は本当に心の底から日蓮正宗に縁できて良かったと思っており、ヨボヨボの爺さんになっても震える手にお念珠を掛け唱題し、舌が回らなくなっても折伏したい、そう願っています。



そうなったのも全ての総合力であり、まさに猊下が仰せのように一言でも折伏をする、これなんだなあ、と思いました。



まさかに1日2回の投稿でござんしたが、あの時の事を思い出したので書いてみたくなりました

宗門は「ままごと」らしいですよ

久しぶりの更新となってしまいました。


更新の頻度が遅れるのは色々やる事もあったり、またラクに書けるTwitterを利用する事が多くなったりするのが大きな理由だったりするものです。


ただTwitterはどんどんと埋もれていってしまうし、また所詮は「つぶやき」なので長文を書くことができません。


そういった意味ではブログの更新の方が後からも見やすいのではないかな、とも思いますのでなるだけ定期的な更新をしていきたいと思います。



決して「大人しくなった」わけではなく、あまりにもくだらない顕正新聞の内容に唖然としているのが現状です。



ただ、顕正会は根本は間違っているわけですが、枝葉の部分や教学面では引き出しの多い顕正会員も一部たまにいる事も事実で、「何でそんな事知ってるの?」っていう会員もいたりします。本来はこういった人達がどんどんと新聞に記事を書いてそれをじっくり破折する勉強をしたいのですが、いかんせん新聞の内容は会員に分かりやすくする、余計な知識を与えないようにする為かレベルの低い記事が多いと感じます。




正直、先頭に立ってる教学部のA野さんなんか何回もやり取りしていますが、ガーガー喚くだけが得意で教学の引き出しは少ないと思います、人の発言を遮って自分の言いたい事だけを言うのは「法論」とは言いません。



それを寺院に赴いてやって「住職を破折した」等と言ってるのですからどうしようもないわけです。そもそも御僧侶の教学の引き出しというのは在家の比ではありません。現在では少年得度の場合、中学生から6年間大石寺で修行をし、高校卒業後は渋谷区にある「富士学林大学」という所に末寺に在勤しながら通い、みっちりと勉強をします、卒業後は「教師」としての資格を得る為に本山へ戻り、また勉強を重ねます。



それは、日蓮正宗の折伏は基本的にお寺に折伏対象者を連れていき、御僧侶に折伏して頂くというのが一般的です。なので御僧侶はどんな対象者でも対応できる力を持っていないといけないのです。



ハッキリ言って顕正会程度なら簡単に破折できるんです、ただそれはきちんと会話ができればの話です
。一方的に話も聞かずにガーガー喚かれれば懐の広い御僧侶でも嫌になるのは当然です。


「法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ御心得候へ」という御金言もあるくらいですからね。


大きく逸れてしまいましたが、Twitterでは何人かの顕正会員がいますが、そのツイートを抜粋してみました。



宗門が世間の批判を恐れ『国立戒壇』を棄てた以上『死身弘法』が出来る訳無い。

法華講員がやっているのは『広宣流布ごっこ』だ。

無間地獄への『道連れ』を増やしているだけ。

浅井先生が『おママごと』と仰いましたね(笑)




だそうですよ。


日蓮正宗に来た元顕正会員はみんな顕正会のやってる事がいかにおままごとなのか実感としています。


まず、御授戒です。



顕正会では御本尊のある所ならどこでも入信勤行が可能で、その内容たるや在家の幹部が方便・自我掲の勤行をやって浅井会長の書いた栞を読んで「ハイおしまい」です。こんな軽々しいやり方をしているわけです。


実際はとんでもない話で、日蓮正宗ではきちんと御授戒が必要なのです。勤行は当然ですが三度の誓というものがあります。



大白法 平成17年10月1日号より抜粋させて頂きます。


 授戒とは
 仏法の信仰は、戒(かい)・定(じょう)・慧(え)の修行が中心です。この「戒」とは戒律のことで、悪や非とされる行いから離れて善を顕あらわすことであり、「定」とは禅定のことで、心を安定させる法をいい、「慧」とは智慧のことで、仏の真理を体得することをいいます。
 仏法に帰依しようとする人は、まず戒を授かって、我が身の振る舞いを仏の教えに基もとづいて正すことが大切であり、この戒を授かることを「御授戒」といいます。
 
 日蓮正宗の御授戒

 日蓮正宗の御授戒は、寺院または御本尊様が御安置されている御宝前で行われます。
 謗法払いを済ませた入信希望者は、紹介者と一緒に御宝前に座り、導師から授戒文を受けます。授戒文では、

 「今身より仏身に至るまで爾前迹門の邪法邪師の邪義を捨てて、法華本門の正法正師の正義を持たもち奉たてまつるや否や」

 「今身より仏身に至るまで爾前迹門の謗法を捨てて、法華本門の本尊と戒壇と題目を持ち奉るや否や」

 「今身より仏身に至るまで爾前迹門の不妄語戒を捨てて、法華本門の不妄語戒を持ち奉るや否や」

と導師がそれぞれ問いかけますので、御授戒を受ける者と紹介者も導師に合わせて、その都度

 「持ち奉るべし南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
と発声して、爾前迹門の謗法を捨てて、三大秘法の御本尊様を受持することをお誓い申し上けます。

 そして、御授戒を受ける者は、御本尊様を頭に戴いただくのです。




とあります。よく創価学会が「これは戸田会長の時代から始まった」とか言ってそれに乗っかる顕正会員もいるようですが、とんでもない話です。



【御講聞書】には

● 頭に南無妙法蓮華経を頂戴(ちょうだい)し奉る時名字即なり。(御義口伝下 1765)


●日本国の一切衆生の為に付嘱し給ふ法雨は題目の五字なり。所謂日蓮建立の御本尊、南無妙法蓮華経是なり。(中略)
法雨をふらすとは、今身(こんじん)より仏身に至るまで持(たも)つや否(いな)やと云ふ受持の言語なり(1841)


● 今南無妙法蓮華経有れ共、今身より仏身に至るまでの受持を受けずんば、成仏は有るべからざるなり。(1843)


● 何となくとも貴辺に去ぬる二月の比より大事の法門を教へ奉りぬ。結句は卯月(うづき)八日夜半寅(とら)の時に妙法の本円戒を以て受職(じゅしょく)灌頂(かんじょう)せしめ奉る者なり。此の受職を得るの人争(いか)でか現在なりとも妙覚の仏を成ぜざらん。(最蓮房御返事 文永九年四月一三日  五一歳 585〜)


● 作法の受職灌頂の比丘をば、信行の比丘と俗衆と共に礼拝を致し供養し恭敬(くぎょう)せん事、仏を敬ふが如くすべし。
「若し法師に親近(しんごん)せば速(すみ)やかに菩薩の道を得ん。是の師に随順して学せば恒沙(ごうじゃ)の仏を見たてまつることを得ん」が故なり。
自門尚是くの如し。何(いか)に況(いわ)んや他門をや。(得受職人功徳法門抄 文永九年四月一五日 五一歳 590)


● 一、五人一同に云はく、聖人の法門は天台宗なり、仍って比叡山に於て出家授戒(じゅかい)し畢んぬと。
  日興が云はく、彼の比叡山の戒は是(これ)迹門なり、像法(ぞうぼう)所持の戒なり。
日蓮聖人の受戒は法華本門の戒なり、今末法所持の正戒なり。
之に依って日興と五人と義絶し畢んぬ。



とあり、大聖人様の御在世の時代から既に御授戒はあったわけです。そもそも日蓮正宗に限らず、御授戒の無い仏教などないわけです。



そもそもこの御授戒を受ける事により、正式に戒壇の大御本尊様との血脈が繋がるわけで、三大秘法を受持する事になるのです。



広宣流布とは三大秘法を受持する事を広める事であり、三大秘法の無い顕正会がいくら「広宣流布」と言っても広宣流布どころか謗法者を増やすばかりで、これこそ亡国の原因と言わざるを得ません。



つまり顕正会こそがおままごとどころか、おままごとで済まない事をやっているわけであり、この罪業は本当にとんでもないものなのです。



そもそも勤行だって勝手に浅井会長は変えている、形式どころか御観念文すら浅井会長オリジナルなんですよ。浅井会長になんでそんな権限があるんですか?ちょっと冷静に、視野を広げて考えてみましょうよ。


とりあえず今回はここまでという事で・・
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