2019年09月23日

日顕上人の御遷化を通して

所属寺院より、昨日正式に通達がありましたので、日顕上人のご遷化について思う事を書きたいと思います。



日顕上人の御通夜は22日・23日、御密葬は24日にあり、この記事を書いている(23日)昨日・今日で既に大勢の方が日顕上人の臨終の相を拝する事となりました。


既にTwitterやLINEグループでは多くの法華講員による日顕上人の相が報告されており、その姿は「色白く、半口・半眼であり透き通るような相であった」との事です。


日達上人が御遷化された40年前と違い、今は情報が一瞬で広まります。


もう顕正会がどんなに頑張ろうとデマは流せないでしょう。あまりにも証人が多すぎます。


残念ながら私は本葬も含め全て仕事と重なってしまい、参列が叶いませんでした、顕正会で散々日顕上人に対し矢を向けていた私にとって参列が叶わないのは悔しくてしょうがありません。


日顕上人はかつて「折伏する者が大好きだ」と仰せになったとの事です、されば日顕上人がお喜びになるような折伏を実践していかねばと決意しています。


臨終の姿こそ最後の折伏であると言いますが、まさしく日顕上人はこの臨終の姿を通し、「日顕上人は相承を受けていない」「御遺命破壊の大悪人」「宗門から追放すべし」等という顕正会に対し破折された、と感じます。


浅井会長はどのような言い訳をするのでしょうか、「追放」などされずに御遷化された時点で浅井会長の叫びは終わりました。 臨終の相は証人が多すぎて騙せません。 


もし日顕上人の御遷化を喜び、拍手でもしようものなら人として、仏教徒としてあるまじき姿です。


ある顕正会員は「悪風が吹いていた」等と言っているようですが、本山は至って穏やかであったとの事です。


また、歴代上人でも日満上人の通夜は大雨で日隆上人も天候は良くなかった、との事で天気云々は言い訳にはならないでしょう。


また、御遷化の前日に往診に来たお医者様が「数値はよろしくないのですがお元気ですね」と言われ、そのお話を聞かれた日顕上人が「それは唱題(のおかげ)だよ」と奥番の方に仰せられた。というお話もあったとか。


勝手な推測で恐れ多いのですが、御遷化の前日は総本山は寛師会で、日寛上人の御正当会でした。

恐らく日顕上人は日寛上人の祥月命日と被らないように御遷化されたのではないかと思ってしまいます。


いずれにしてもこれから色々なお話が出てくるでしょう。


もし日顕上人が顕正会が言うような悪人であれば、このような穏やかな御遷化は無いでしょう。まさしくこれこそ現証であると思います。


さて日顕上人の事について、あまりよく分かってない顕正会員も多いでしょう。


日顕上人のお父上は第60世日開上人、そう東京会館の御本尊様を書写された方ですね。知ってました?意外と知らない方が多いんですね。お母上は妙修尼であり、日顕上人が得度をされた後に出家されているのです。


日顕上人は生まれは大正11年で、昭和3年の5歳の時点で出家得度されているんです。

東京、池袋の常在寺で出家され、当時の御住職であられた桜井仁道御尊師が日顕上人のお師匠様となります。


当時は末寺で弟子を取る事は自由であり、現在のように総本山で養成するようになったのは昭和47年からなんです。


日顕上人は戦時中、海軍に入隊もさせられていますが、赴任されたのが青森県の大湊警備府という所で、雪が深いためアメリカの爆撃機も来なく、それほど苦労も無かったそうで、まさにご利益だったのではないかと日顕上人は語られています。


戦後、日顕上人は東京・常泉寺の執事をしておられましたが、本山から本行寺の住職になるように指示があったそうです、しかし本行事は戦争で焼けてしまっており、しかも本行寺所属の信徒はいない。


それを懸命に立て直し、再建されたのが日顕上人でした。信徒がいない中でひもじい思いをしながらも懸命に御本尊様をお守りされたのでした。


そして日顕上人は昭和36年、38歳で教学部長に日達上人から任命されています。

そして昭和54年に登座されるまで18年もの間教学部長をお勤めになっています。


日顕上人の教学力は超越したものがあり、御書等はすぐにページ数が出てくるほどであると言います。このようにお若い時点で既に日達上人から信頼されていたのが分かりますね。


よく顕正会は創価学会と日顕上人は仲が良かったみたいに言っていますが、もちろん善導は当時されていたものの、池田大作はもっと自分を褒めてほしかったようで、それが不満で最終的に日顕上人を誹謗し始めたようです。


どんどんと暴走する創価学会を破門という大英断を下した日顕上人の御決断たるや相当なものだったと思います。


よくカネ目当てで・・等と誹謗する顕正会でしたが、創価学会を破門する事で御供養がどれだけ激減するのか、富士宮市内の業者や商店等も閉鎖するほどの影響力なのです、しかしそれでも日顕上人は大聖人様の仏法を守る為に破門に付したのです。


数々の誹謗中傷を堪えられた日顕上人、顕正会が言うような事は全くありません。

三大謗法などとっくに破折されています、どうか現実をもっと調べてほしいと思います。



















2019年09月22日

顕正新聞の嘘

久しぶりの更新となってしまいました。


まず、最初に日顕上人の事ではありますが、まだ所属寺院からの正式な連絡が来ておらず、御蜜葬もまだですので、現段階ではコメントは差し控えます。 



さて、顕正新聞8月25日号の7面に掲載されているK婦人部総班長の記事について、詳細が分かってきましたのでここに書きたいと思っています。



婆供養がトータルで8000円など、法華講員が聞いたら噴き出してしまうようなウソですがそれ以外の点についてもウソが分かってきました。


まずは当該記事です。


〜前略〜

中村さんは二年ほど前、池袋の喫茶店で法華講員に声をかけられ、「あなたには過去の害毒により邪悪な垢が鎧のように固まっていて、何十年かかっても取れない」と言われ、変われるならと、誘われるまま池袋の法道院で法華講に入信したそうです。


しかし功徳を感じる事は全くなく、月一回の勤行会は勤行が早すぎてついていけず、塔婆供養は「供養代六千円・線香代二千円」と言われ、勤行に真剣さも感じられず、宗門機関紙「大日蓮」には「大石寺登山者何名達成した・・」等の内容ばかりで、いったい何を目的にしているのかと、不信感が湧いていたそうです。


中村さんは始めて「大聖人様の御遺命は国立戒壇建立である」ことを知り、「顕正会で正しい信心をしたい」とすぐに入会決定しましたが、その日は時間がなく、何度も魔に試されつつも、三日後に無事に入会が叶い、日如館長書写の本尊も顕正会本部に返納する事ができました。



この部分に於いて、法道院に所属する方から詳細をお聞きする事ができましたのでそのまま転載したいと思います(御本人には承諾済です)

例の河野某の登壇の件、御本尊様が法道院に返納され一区切りつきましたので、一旦ご報告します。

登壇記事は嘘ばかりです。
「中村さんは二年ほど前、池袋の喫茶店で法華講員に声をかけられ」
まず「二年ほど前」が嘘、2015年元旦なので4年半以上前です。元旦という覚えやすい日を間違えることが理解できません。また、紹介者曰く喫茶店で声を掛けていないそうです。

「誘われるまま池袋の法道院で法華講に入信した」
前述の通り、入信は4年半以上前です。入信日から虚偽です。

「月一回の勤行会は勤行が速すぎて付いていけず」
中村某の云う「月一回の勤行会」は存在しません。当時「勤行練習会」はありましたが、基本月に複数会行っていましたし、初信者用にゆっくりと勤行練習をする戒ですので、「速すぎて付いていけない」というのはあり得ません。

「塔婆供養は「供養代六千円・線香代二千円」と言われ」
日蓮正宗信徒なら簡単に分かることですが、塔婆供養の御供養は二千円です。また、何も知らない顕正会員は騙せますが、塔婆供養に「線香」は用いません。「抹香」です。「線香代二千円」を取ること自体が虚偽です。

「宗門機関紙「大日蓮」には「大石寺登山者何名達成した:」等の内容ばかり」
これも大日蓮を拝読したことがある人ならすぐにわかる嘘ですが、このような内容ではありません。
抑々中村某は大白法すらきちんと拝読していたかわからないような不信心の輩なので大日蓮を拝読したことなどほとんどないと思われます。

「日如管長書写の本尊も顕正会本部に返納することができました。」
法道院から下付された御本尊を「顕正会本部に返納」という考え自体が顕正会という団体の異常さを物語っています。
なお紹介者が強く法道院への返却を求めたところ、9月12日におそらく本部での竜の口法難御報恩勤行会の後に河野某を含む婦人部5名が徒党を組んで返却に法道院に来ました。中村某本人は不在であり、一般常識的には「委任状」が必要であるのにそれすら用意せず、そのくせ「受領証」にサインをしろと一方的に要求をしてくる様子は異常集団以外の何もでもないです。

以上、ご報告とします。


との事です


顕正新聞の虚偽は別に今に始まった事でもありませんが、今回はその一例として挙げさせていただきました。



あと大日蓮の事が書いてありますが、機関紙としては基本的にざっと「大日蓮」の他に「妙教」と「大白法」があります。大白法は法華講連合会から出ていますので、「法華講の機関紙」と言ってもいいでしょう。顕正会員もよく聞く「慧妙」は妙観講の機関紙となります。


大日蓮は「録事」から始まり、院達や役員の認証や承認等が掲載されています。


次に御法主上人猊下の御指南が掲載されます。猊下の御指南は基本的に殆どが御書の解説であり、折伏の大事を御指南されます。

続いてが宗内の動向で、こちらは法要や御住職様の代替りや忌引等の様子を掲載しています。


よって、大日蓮には登山者の数等載っておらず、見れば明らかに嘘だと分かるはずです。


そもそも教学部連中は「大日蓮」を読んでいるわけで、当然発行人であるK沼さんも見ているはず、分かっていてこういう記事を載せるのは、悪質で「詐欺」と言っても言い過ぎでは無いとも思います。


2019年08月05日

顕正会ブログを見て

酷い猛暑でさすがに体に応えるキッコーマンです・・


私は冬生まれのせいなのか知りませんが昔から暑さには非常に弱く、夏は本当に苦手な季節なのです。



外で現場作業をしてる方などは本当に尊敬します、またグラウンドで野球をしている学生を見ると凄いなあ、と思います。



私は空手部でしたが、練習場所が冷房の効いてる講堂で、合宿も涼しい山の中だったので日差しの強い中で頑張ってるのは素直に凄いと思います。



そんな訳で今回の前置きは本題と全く関係のないのですが・・



顕正会員のブログ(匿名でコメント欄も連絡先も無いブログ)を見て思う所がありましたので書きたいと思ういます。



https://seito-kenshokai.net/post-960/



「僧侶たちの姿を見れば、やれ下着泥棒や強制わいせつで逮捕されたとか、やれ寺のお金を横領したとか、やれ夜のスナックに私服姿で繰り出しているとか、サイテーな人たちが多いです。」


申し訳ないですが、顕正会員の方が殺人事件を始め逮捕者も多く出てますよね。



そもそも仏法は依法不依人であり、人に依らずに法に依らなくてはいけません、なのであの人がどうだとかこうだとか言うのは全くお門違いな話です。



そして続いて
「日蓮正宗の信徒(法華講員)たちは、それこそ必死になって反論してきます。彼ら、彼女らは「法主絶対!」と信じ込まされ、洗脳されているため、かわいそうなことに「事実」を受け入れられません。」



法主絶対も何も、百六箇抄に

「但し直授(じきじゅ)結要(けっちょう)付嘱は唯一人なり。白蓮阿闍梨日興を以て総貫首と為し、日蓮が正義悉く以て毛頭程も之を残さず、悉く付嘱せしめ畢んぬ。
上首已下並びに末弟等異論無く尽未来際に至るまで、予が存日の如く、日興が嫡々付法の上人を以て総貫首と仰ぐべき者なり。

又五人並びに已下の諸僧等、日本乃至一閻浮提の外万国までも之を流布せしむと雖も、日興が嫡々相承の曼荼羅(まんだら)を以て本堂の正本尊と為すべきなり。所以(ゆえん)は何(いかん)、在世・滅後殊(こと)なりと雖も付嘱の儀式之(これ)同じ。譬へば四大六万の直弟の本眷属有りと雖も、上行薩・(さった)を以て結要(けっちょう)付嘱の大導師と定むるが如し。今以て是くの如し。六人已下数輩の弟子有りと雖も、日興を以て結要付嘱の大将と定むる者なり。」(1702)



とありますね、


更に17世日精上人は

「当家甚深の相承の事。全く余仁に一言半句も申し聞かす事之れ無し、唯貫首一人の外は知る能わざるなり」(歴全二―三一四n)


26世日寛上人は

「南無仏・南無法・南無僧とは、(中略)南無本門弘通の大導師、末法万年の総貫主、開山付法南無日興上人、南無一閻浮提座主、伝法日目上人、嫡々付法歴代の諸師。此の如き三宝を一心に之を念じて唯当に南無妙法蓮華経と称し乃ち一子を過ごすべし云々。」【当家三衣抄】(六巻抄二二五n)

「吾が富山のみ蓮祖所立の門流なり。故に開山已来化儀化法、四百余年全く蓮師の如し」(六巻抄一九三n)


「宗祖云く『此の経は相伝に非ずんば知り難し』等云云。『塔中及び蓮・興・目』等云云」(文段集二七一n)


「今に至るまで四百余年の間一器の水を一器に移すが如く清浄の法水断絶せしむる事無し、蓮師の心月豈此に移らざらんや」(六巻抄六六n)


56世日応上人は

「此の金口の血脈こそ宗祖の法魂を写し本尊の極意を伝るものなり。之を真の唯授一人と云ふ、(中略)
故に予は断言す、汝等か山は不相伝なり、無血脈なり、と。宜しく猛省すへし。」  「辨惑観心抄」日応上人219


59世日亨上人は

「貫主上人は本仏の代官にもあり・又本仏の義にもあり・口づから命を発したる仁なれば、御前に復命せんこと亦勿論なり」『有師化儀抄註解』日亨上人(1-160)

「本山の住持の当職(末寺も此に准ず)は三世諸仏高祖開山三祖の唯一の代表者なれば・仏祖も殊に現住を敬重し給ふが故に供養の一切の酒を当住持が始らるゝは勿論の事にて・即宗開三祖が自ら受け給ふ姿なり」 (1-145)

また65世日淳上人は

「仏教は必ず相伝による」(日淳上人全集七四四n)

「真に大聖人様から日興上人様への御相伝、日興上人様から日目上人様への御相伝、仏法の要を尽して御相伝あそばされてありまする。
実に尊い所と拝する所であり、我が日蓮正宗は、この相承の家にありまして、この大聖人の尊い教を七百年の間一糸乱れず今日に伝へて居る次第でございまする。
で私共は未熟でありましても宗開両祖、歴代上人の御跡を継ぎまして仏法の正統の家にあるのでございますから、この身の有難さをつくづく思いまして信心に励まねばならないと強く考へる次第でありまする。」『日淳上人全集』 194


これでもほんの一部ですが抜粋しました。



日蓮正宗に於いては唯授一人の血脈相承に御法主上人猊下の御指南に従う事こそが伝統であり、それを外れれば異流儀となります。



これを知っていれば「法主絶対論」等というバカな事をほざくのは所詮門外漢の謗法者の発言でしかないと感じます。


続いて


法華講員たちが言ってくるのは、だいたいこんな内容です。

A 「顕正会は謗法だから、血脈を信じられないのよ!」

B 「顕正会だって、昔は日顕上人(阿部日顕のこと)を貫首と認めていたじゃない!」

C 「宗門ではみんな日顕上人のことを法主と認めているんだから、あなたたちに言われる筋合いはないわ!」

D 「当時、宗門のご僧侶の中でも、次の貫首は日顕上人だという話が出ていたんだ!」

 などなど。

 まあ、だいたいこんな感じでしょうか(笑)

 でも、これってよく考えると、何の根拠にもなっていないのです。

 まずAは論外です。「信じる・信じない」とか言っている時点で、証拠がないことを認めているようなものです。

 Bも論外ですね。もし顕正会が一時的に阿部日顕を貫首とみなしてあげたことがあったとしても、別にそれで阿部が相承を受けたことにはならないからです。

 Cも的外れです。「いまみんなが法主と認めている(信じている)かどうか」と、「実際に相承を受けたかどうか」とは、やはり全く別の話です。

 Dは、宗門お得意の「後から証言」です。自分たちのメシの食いブチを失いたくない坊主たちが信徒をだましておくために後からそんな話を持ち出しているわけです。しかも、よくよく見ると、どれも曖昧な内容で、細井日達が阿部日顕に相承をしたことをズバリ証明できるようなものは何一つありません。なんというか、ふわっとダマす感じですね(笑)




全く謗法者達の言う事は面白いですねえ



血脈に付いては文証上げましたからいいでしょう。



「もし顕正会が一時的に阿部日顕を貫首とみなしてあげたことがあったとしても、別にそれで阿部が相承を受けたことにはならないからです」等と抜かしていますが、それではその文証も見てみましょうかね。


「ここで、正信会が問題にした阿部管長の相承疑義について触れておく。
(中略)
非常事態が万一あったとしても、血脈が断絶するようなことは断じてあり得ない。
御本仏の下種仏法は金剛不壊である。
法体たる戒壇の大御本尊は厳然としてましまし、金口の相承また厳然である。
(中略)
どうして途中で中断するような方法をお用いあそばすであろうか。
甚深の御仏智に深く信を取らなければならぬ。

いかなる事態があろうとも、本宗の血脈はまた不断である。

ちなみに現在、正信会に席を置いているか否かは知らぬが、
久保川法章の戒壇の大御本尊と血脈についての所論のごときは、
いまだ初学の慢心者が、学会憎しのあまりに血迷って吐いた大謗法の邪説に過ぎない。」

『学会・宗門抗争の根本原因』


「阿部管長憎しのあまり、そして池田大作を偉く見せるために、
ついに下種仏法の命脈たる金口の相承までも学会は完全否定してしまったのであります。
(中略)
これを仏法破壊といわずして、何を仏法破壊とというのか。
これを大謗法といわずして、何がいったい大謗法でありましょうか。」

(『顕正新聞』平成4年6月5日号)


 今池田大作は、大石寺を怨嫉する要法寺の謗法貫主と同じ論法で、この「唯授一人の血脈相承」を否定しているんだ。
まさに仏法の命脈を断たんとする魔の所行といわねばならない。


阿部日顕管長の権威を徹底して失くしたいんだね。
だから学会は、日蓮正宗の血脈そのものを否定するだけでなく、その上に阿部管長については、「日達上人から相承を承けていない」「贋(にせ)法主」「詐称法主」などと、最近ではしきりに匂わせている。
「日蓮正宗には本来血脈相承などない」と云っておきながら、「日顕は日達上人から相承を受けてない」というのも矛盾した話だがね(大笑)

血脈は絶対に断絶しない。
たとえ御相承の儀式があろうと、なかろうと、絶対に断絶はしないのです。


断絶してたまるかい。
長い歴史の間にはいろいろなこともある。
しかしどのような事態が起きようとも、断絶しないようになっているんだよ。
大聖人様の御仏智によって。

戒壇の大御本尊は一日として付嘱の人の空白ということがない。
またこの付嘱に付随して『金口の血脈』もなくなることはない。
(中略)
何代、代を重ねようとも、また面授の儀式があろうとなかろうと、断絶もせず、色も替わらず、伝えるように出来ているんだ。
これが御本仏の御仏智なのです。
だから御相承の儀式のあるなしは、本質的には全く問題ない。
断絶などはあり得ないのです。」

(『顕正新聞』平成5年1月5日号)




もう説明もいりませんね。 これが過去に浅井会長が発言していた事なんですよ。


そもそも貫主とみなしてる時点でイコール相承を認めてるんですよ。


これを何ていうかわかりますか?謀りって言うんですよ。


「当時、宗門のご僧侶の中でも、次の貫首は日顕上人だという話が出ていたんだ!」について、しょうがないので一部あげますね。


(妙修尼に)あなたの息子さんに後をやってもらうのですからね、早くよくなって下さいよ(日達上人/光久御尊能化証言『大白法』H15.11.1)

(野村慈尊師に対して)妙修さんにな、あなたの息子さんに後を譲るから安心しなさいと言って励ましてきたよ(日達上人/野村慈尊御尊師証言『大白法』H15.11.1)

私のあとは、(法主を)阿部教学部長(現・日顕上人猊下)にやらせようと思うから、後見を頼みますよ。(第66世日達上人/『慧妙』H14.6.1)

昭和54年4月末、日達上人は、「10月に登座20周年を迎えたあと、隠居して、阿部(日顕上人)にゆずろう。その時は、菅野慈雲(※日龍御尊能化)を総監にすえ、隠尊となった自分と、上下からしっかり体制を固め、見守ろう」と言われ、5月1日、阿部教学部長を宗門ナンバー2の総監に任ぜられた。(山崎正友氏の手記=正信会当時/『慧妙』H14.6.1)


(日顕上人に内付があったという発表を聞いて)そういわれてみれば、昭和53年4月を境として、それ以後、日顕上人が本山へ来られた時など、日達上人は、日顕上人を対等に遇されるよう御指示されていた(早川検道尊師=昭和53年当時、日達上人の奥番『慧妙』H14.6.1)

 また、この53年4月以降、地方への御親教の際などにも、時間の合い間を見つけては、日達上人が現・日顕上人に「花押」の書き方を御指南されているのを、随行の役僧の方が拝見した旨、語られている。

 かくのごとく、当時の宗門において立場のたしかな方々が、御相承の事実を拝信され証言されているのであり、これらの厳然たる事実の前には、創価学会の邪説・邪難が入り込む余地はどこにもないのである。(『慧妙』H14.6.1)



そもそも、普通に考えれば宗門で「総監」というのはナンバー2であり、当時総監であった日顕上人が猊座につくのは自然な流れでしょう。



大体創価学会も顕正会も途中まで日顕上人の相承に対して異論を示していなかった癖に、自分達が認められなくなったら恨みつらみのように正信会に乗っかって否定してるんだから、御都合主義とはまさにこの事です。




続いて

・阿部日顕が細井日達から相承を受けたことを証明できるような証拠は、何かありますか?

・あるというなら、それは何ですか?また、本当に証拠になるものですか?

・阿部日顕が、本当は相承を受けていないのに、「相承を受けた」と勝手に自己申告している可能性は、ゼロですか?

・もしゼロだというなら、その根拠はなんですか?それは、あなたが生きてきた社会常識に照らして、誰もが納得できる根拠ですか?それとも、なんとしても「信じたい」という、あなたの思い込みですか?

・もしも―あくまで「仮定」の話ですが、昭和54年7月22日のあの日、細井日達が急死を遂げた直後、阿部日顕ではなく、別の僧侶が「実は私が相承を受けていた」と自己申告していたとしたら―それでもあなたは、その僧侶を「相承を受けた法主上人猊下様」と信服随従し、「盲従」しましたか?

・万が一、阿部日顕が「相承を受けた」と自己申告しているだけだとしたら、そのような者に御本尊を「書写」する資格があるのでしょうか。相承を受けていない者が「書写」した本尊を、拝んでも良いのですか?




では質問しましょう、あなたは日興上人から現日如上人まで全員の相承についてどこまで知っているんですか?日目上人から日道上人の相承の証拠は?



出せないでしょう?出せない癖に難癖付けるのはおかしくないでしょうか?



あと顕正会で日顕上人の御本尊様で入信勤行や勤行やっていたのは有名な話ですよねえ?



「拝んでもよいのでしょうか?」じゃないですよ、センセーに聞きなさいよ。


もしニセ法主だと言うならニセ本尊になるんですよ?



いいですか?顕正会では以前、創価学会から顕正会に入会してきた人が所持していた日顕上人書写の御本尊様をそのまま使用していたんですよ? そして血脈を否定するようになってから回収して日寛上人のニセ本尊に変えたんですよ。 有名ですよこんなのは



という事は結局、日顕上人の相承を認めていたって事でしょうが。


続いて

「阿部はとんでもない。学会にべったりでどうしようもないやつだ」(時事懇談会記録)

これ、正信会の離脱僧の発言ですよ、何も知らないんですね、ほんと正信会の言う事鵜呑みにしますねえ



これについてはセロリさんが記事にしていますのでご参照を
http://blog.livedoor.jp/no_sleep502/archives/38170757.html


基本的に正信会→創価学会→顕正会と情報を共有してるんですよ、バカバカしいにもほどがありますね。



そもそももし日顕上人が相承を受けてないとしたら、何で戒壇の大御本尊様の御前に40年近くも座る事ができるんですか?戒壇様は生きてまします大聖人様でしょう?それを信じられないっていう事になりませんか?


結局、信じてる信じてるって言いながら、大御本尊様のお力を信じていないっていう事なんですよ。








2019年06月25日

日蓮正宗での功徳

また顕正新聞の記事が信用できない事が明るみになりました。


平成31年3月15日号掲載の某総支隊長の「国柱会講師との法論」についてです。


この件についてSOPH…さんのブログにて詳細が書かれましたので拡散の為にここに載せておきたいと思います。

http://blog.livedoor.jp/ishinikoganewokae/archives/32419450.html



またとある法華講員と教学部の法論を聞く機会もありました。聞いた感想は「ひどい」としか言いようがありません。 3人で「聞けえーー!」と叫ぶ癖にこっちの話は聞かないしすぐ遮って怒鳴り散らすし。



「答えられないのか!?ええ!?」と挑発して喋ろうとすると狂ったようにまた怒鳴る。



まさに物に狂うとはこの事だなと感じますね。




法華講側は「あなた方を救いたい、お山に連れて行ってあげたい」と慈悲をもって落ち着いて接しているにもかかわらず顕正会側は「脱講するんだな!脱講」だぞ!とそれだけ。




いい年した大人がよく3時間近くこんな狂態というか、キチガイというか、図破作七分というか完全に悩乱した姿をできるなあ、と感じます。まさしく魔の力ですね。普通の人間ならこんな狂態3時間も続きませんよ。



ところでこれを聞いて「何かに似てるなあ」と思ったらコレでした。

https://www.youtube.com/watch?v=2_9iuR2WHTc


特に4:34〜あたりととかそっくりですよ。いやホントに。



これ見て頭狂ってんな、と思うでしょう?でも顕正会教学部とそっくりなんですよ。



こういう風に怒鳴り散らすのを目的として会議室やカラオケボックスを指定してくるわけですね。(お店じゃできませんから)



それではここで本題に・・


私も早いものでもうすぐ御授戒を受けて3年となります。


顕正会員が気になるのは「現証」でしょう。法華講行ったヤツが3年経ったらどうなってるんだろうと。
どうせ罰で後悔してるんだろうと。




正直言えば苦しい事は起きますよ。



それを聞いて「罰だ罰だ」と喜ぶ顕正会員もいるかもしれませんね。



ただ正法に縁して最初に起きるのは罪障消滅です。 特に頑張ってくればくる程、貯めこんだ罪障が溢れ出てきますからね。



例えば泥が入った桶にキレイな水を注ぎ込んでいくと桶に入った泥はどうなるでしょうか?

桶から泥が溢れてきますよね、これが罪障です。しかしずっと注いでいくと最終的に桶の中はキレイな水のみとなります。



なので最初は「いい事なんてねーじゃん!」なんて退転してしまう方もいるでしょう。 だから保つが難しなんですよ。



しかしそれでもしっかり信心していくとどうなるか。まず如是相が変わっていき穏やかな顔つきになってきます。


そして命が穏やかになっていきます、私も顕正会時代はイライラしやすくいつか犯罪を起こしてしまうのではと悩んでいたくらいです。



それが今はウソのように穏やかになりました。




以前東名で煽り運転で夫婦が亡くなった事件があったでしょう?アレも他人事では無いと思いました、それは被害者ではなく加害者としてです。 あの時の命だったら些細な事であのような事件を起こしてもおかしくないな、と思いますからね。



そのような命はニセ本尊を拝む事で起きやすいのです。だから教学部はあのような狂態になってしまうのでしょう。



あと、寂しさが無くなりましたね。何というか不安な気持ちも不思議と無くなっています。



そして仕事に対する姿勢も不思議と変わりました、お陰様で上半期の評価は5段階評価のうちトップ評価でボーナスは満額+5万となります。



しかしこの邪教で積んだ罪障消滅、約7年かかると言われてますのであと4年は油断せず信行に励んでいかないといけません。



ところで私は参詣寺院の御尊師様より、一言頂いたのが凄く印象に残っています。


「業ではなく功徳だと思いましょう」


つまり、罪障消滅とは功徳を積まないと出てきません、何もしないと罪障も出てきません。



罪障消滅が出てきているという事は功徳を積んでいる証拠なんだとハッとした思いとなりました。



それより自分自身の罪障の深さを自覚していて、先の見えぬ罪障消滅に悩んでいた私はパッと視界が開けました。



そして今こうやって命が充実し、六根清浄されてきている事も御本尊様の功徳であるしあの一言を頂いた御尊師様には本当に感謝しています。




そして顕正会員の方には本当に伝えたい、今の宗門誹謗は本当にひどいです。もし悩んでいる方は今すぐやめましょう。




三宝を誹謗する事の罪障はとてつもないです、後になって罪障消滅で苦しい思いをするのは自分自身なんです。 考えてもみてください、過去日達上人の悪口を散々言った浅井会長の長男の克◯さんはどうなっていますか?平成初頭に宗門攻撃をした幹部達はどうですか?みんないなくなってるではないですか。



私は必ず本物の現証が現れると思います。




2019年06月18日

血脈と御授戒

顕正新聞の令和元年6月15日号を見ました。



慧妙の記事に書かれた、浅井会長宅に妙観講の方が訪ねた件に対する反論記事がありましたね。



これがどちらが事実かなどは、私がどうこう言える立場でもないので何も言いませんが(当事者でも無い私がどちらが真実か等は断定できないので不毛です)


「虚偽・捏造だらけ」等と言ってますが顕正新聞の記事こそが虚偽や捏造だらけなのは言うまでもありません。お前が言うなと思うものです。



そもそもとして、浅井会長がいなかった。等としていますが浅井さんはどこにいるのか、といった証拠が無いではないですか。ようはアリバイが無いんですよ。



あと対応したのは長女のM子さんらしいですが、末端が汗水流して戦っているのに家でのうのうとしているのもいかがなものかとも思いますけどね。末端は日曜日家に居たら幹部からの罵声が飛んできますよ。




そういえば現役時代に支隊長と動いてた時に、車のテレビをつけたらたまたま笑点をやっていて、支隊長が「笑点見たの何十年ぶりだろう」と言っていました。それくらい末端は日曜は頑張ってるんですよ。



比べるのもかなり恐れ多いですが、御法主上人猊下は毎日の丑寅勤行、及び御開扉には特別な出張が無い限りは欠かさず御導師を務められていらっしゃいますが、浅井会長は週1回の日曜勤行すら出なくなってしまったではないですか。



最新の慧妙については幻の総支隊長さんがブログ記事にあげてますので参照してください
http://blog.livedoor.jp/maboroshi7729/archives/37706179.html




さて、本題ですが本来は御授戒を受けないと戒壇の大御本尊様と繋がりません

文証
http://toyoda.tv/jukai.htm


血脈相承の御法主上人猊下の認可を受けた御僧侶の導師の下、三度の誓いを立て、お巻きした御本尊様を頭に乗せられるのが御授戒です。



ニセ本尊の前で方便・自我掲だけ読んで血脈の無い浅井会長の言葉を聞かせられて入信した所でどうやって戒壇の大御本尊様と繋がるんですか?



おかしくないでしょうか?普通に冷静に考えて。



鉄道マニアが「俺は◯◯電鉄の事をよく知っている」と言ったってそのマニアは◯◯電鉄と何の関係も無いですよね?きちんと入社試験を受けて内定を貰って初めてそこで◯◯電鉄と繋がるわけですよ。



日蓮正宗から破門された浅井会長の栞読んだ所でどうやって繋がるんでしょうか?



会員の方には少し冷静になって考えて頂きたいと思います。


※ちょうど同じタイミングでセロリさんのブログと記事が被りましたので合わせて御覧頂ければと思います
http://blog.livedoor.jp/no_sleep502/archives/37708359.html

さすが私の折伏親です(笑)


2019年06月14日

「正義に目覚めて」を拝読して

最近、高齢者の自動車の事故が問題になっています。

怪我をされた方だけでなく、亡くなった方もいらっしゃいますから、これは放置しておける問題ではないという事で国や自治体などで安全装置の補助金を出す所も出てきました。



首都圏のように公共交通機関が充実している所ならともかく、地方においては自動車はなくてはならない生活の道具ですから、簡単に運転するなというのもなかなか無理がある話です。



かくいう私の父も今年で73になるのですが、やはり運転を見ると以前より落ちたなあ、と感じます。


父は自覚があるのか、あまり積極的に運転をしようとしません。元々車が好きで若い頃は自動車整備の仕事をしていた経験もあるのですがそういう車に精通した所があるからこそ、自覚を持っているのかもしれません。



私も運転にかけては素人ではありませんから、車の動きを見ればその人の持っているセンスや危険感受性などを把握する事はできます。



子供の頃から父の運転する車に揺られていましたが、そういった所も踏まえてもやはり高齢になって落ちたのはよく分かります。



ただ私は一緒に住んでいませんので、どうしても父が運転する事もありますので、近々お寺で交通安全祈念をして頂こうと思っています。



この交通安全の御祈念は既に私の仕事、及び自分の車にして頂いています。 



ひねくれた顕正会員であれば「また坊主の金儲けか!」等と言うでしょう。



言っておきますが、これは御僧侶や先輩信徒の方に勧められたものでも何でもありません。自らが自分の意志で願い出てされて頂いたものです。



私は仕事柄、車の運転というのは技術だけで事故を防ぐのは不可能だと自覚しています。



バスの運転手で「俺は事故起こさないから」等と言う人はまずいないでしょう、職業ドライバーだからこそ公道の危険性は普段から感じています。 


だからこそ、御本尊様のお力を頂かないといけないと思っています。


ちなみにこの御祈念は当然ながら御供養の金額は全く決まっていません、しつこいかもしれませんが金額は自分の真心ですから、100円でも100万円でも自由です。この御供養は御僧侶ではなく御本尊様に対する御供養ですから、いつも書いてますが、御僧侶の懐には入りません。



それを勘違いしている顕正会員のあまりにも多い事。



それを踏まえた上で今回の本題である(相変わらず本題に入るまでが長くてすみません・・)最新の顕正新聞(令和元年6月5日号)に載せられたK氏の記事について書きたいと思います。




妙相寺の全国メンバーというのは色々なお寺にお世話になっていますから、情報はすぐ入るものです。
このK氏、平成16年に御授戒を受けたそうですが、初信の功徳で仕事が決まり功績も認められたにも関わらず、7年間一度も登山参詣をしていなかったそうです。



その後、発心し新たに引っ越しを決めて御本尊様を御安置する事になった時、飼っていた猿に御本尊様を傷つけられないように御住職様に注意されていたにも関わらず、なんと猿が御不敬をしてしまったそうです。



なので脳梗塞を患ってしまったのも、もしかするとそういった所から来ているのかもしれません。



そもそも、真面目に信仰し、教学をきちんと学んでいれば顕正会に行く人はまずいません。逆に顕正会から法華講に行く人というのはバリバリ活躍していた活動家がほとんどです。同じ組織の方であれば驚くような人が法華講に行くというパターンが非常に多いのです。



つまり、顕正会というものを知り尽くした上で法華講に行くのです。



今回のK氏は逆ですね、この方を見るに、法華講として純粋な気持ちはあったかもしれませんがいかんせん教学的な部分は足らずと見受けられます。




まず一つ、「法華講では御遺命をはじめ大聖人様の一切御化導など一切聞かされない」等と書いてますが、御講の際は必ず御書を拝読し、御住職様から御説法を頂きます。「そんなはずねえだろ(笑)」というのが法華講員なら誰しもが思う所です。



続いて、おかしな点として、芸能人が御開扉を受ける際に「高額な御開扉料と供養を払う」と書いて、更に僧侶席のすぐ後ろに席が用意されている、等と言っている所ですね。



これもありません(笑)。まず御開扉御供養は2000円でそれ以上もそれ以下もありません。つまり出せないんです。



だから御開扉の席は決められていません、コンサートじゃないんだから(笑)。御開扉の席は早いもの勝ちです。だから真面目な信徒さんは何時間も早く行って並ぶんですよ。 ちなみに平日の人が少ない時の添書登山であればそこまで焦らずとも前の方に座る事ができますからね




それに創価学会じゃあるまいし芸能人だから特別扱い等しませんよ。そもそも芸能人の誰が法華講員なんて、確定してる方は何人かいますけど、あとは噂程度だったり確実な証拠がありませんからね。だからここには書きません。




あと日如上人の御本尊様を本部に納めたそうですが、もうこの時点で法華講で何やってたの?と言わざるをえません。



一般の信徒に下付される御形木御本尊は宗門からお貸し出されたものです。授与ではありませんから自分のものではないんですよ。



貸し出されたものを勝手に顕正会の本部に渡してしまうなどというのは世間的にもおかしいでしょう。




きちんとお寺に返すのが筋です、こんな事も分かっていない時点で法華講員としてどうなのか、という話なんです。つまりそのレベルの信心だったということです。



ちなみにもし顕正会の御形木御本尊が本物だったらそれは宗門のものです、つまり宗門に移った元顕正会員が所持していた顕正会版御本尊が本物だったら返す必要等ないという事です。もし返せというならそれは顕正会で作った本尊である事を認めているという事ですね。



だってTSUTAYAで借りたDVDをTSUTAYAに返すのは当たり前ですよね?TSUTAYAの社員が借りたDVDを回収したら「返せ」というのはおかしいですよね。


しかしまあ、本当に顕正新聞の登壇は本当に信用できないですねえ・・









2019年05月12日

十四誹謗と五逆罪

本日は御報恩御講でした。

今月の拝読御書は「松野殿御返事」でこの御書は顕正会員時代にも御書講義などで拝読したものです。

御書では5ページと割と短いのですが有名な御文がいくつか載ってたりと言い方は軽いかもしれませんが中身は濃いです。


「聖人の唱へさせ給ふ題目の功徳と、我等が唱へ申す題目の功徳と、何程の多少候べきや」という御質問に対し大聖人様が「其の差別なきなり」とお返事された事


また十四誹謗についてや雪山童子の不惜身命の精神の事等私達が普段心がける事として大事な事が書いてあります。


まず十四誹謗は顕正会では教えて貰っている組織もあればない組織もあるようです、私のいた組織では「顕正会員同士の悪口を言ったりすると十四誹謗」だと教えられていましたが細かい部分は教わりませんでした。


それでは十四誹謗とは何かといえば

@憍慢きょうまん(驕おごり高ぶって正法を侮あなどること)
A懈怠けたい(仏道修行を怠なまけること)
B計我けいが(自分勝手な考えで仏法を推おし量はかること)
C浅識せんしき(自らの浅はかな知識で、深く広い仏法を判断しようとすること)
D著欲じゃくよく(欲望に執着して正法を軽んじ、求めようとしないこと)
E不解ふげ(仏法を正しく解わかろうとしないこと)
F不信ふしん(正法を信じないこと)
G顰蹙ひんじゅく(正法を非難すること)
H疑惑ぎわく(仏法を疑い、迷うこと)
I誹謗ひぼう(仏法を謗そしり、罵ののしること)
J軽善きょうぜん(根本善である正法を受持する者を軽蔑けいべつし、莫迦ばかにすること)
K憎善ぞうぜん(正法を受持する者を憎むこと)
L嫉善しつぜん(正法を受持する者を怨嫉おんしつすること)
M恨善こんぜん(正法を受持する者を恨うらむこと)

※日蓮正宗公式サイトより抜粋
http://www.nichirenshoshu.or.jp/page/jpn/p-deta/kyogaku/gosho/068.htm

です。


この十四誹謗で分かりやすいのは特に慢心し、同じ正法を保つ人を誹謗したり、また軽んじたり、妬む事ですね。



御授戒を受けたらその人には仏界が備わるわけです、つまりこの僧俗を誹謗すると言う事は仏を誹謗するのと同じ事なんです



では同じ講でそのような姿を見聞きしたらどうすればいいのか、その時に無闇に「あの人はおかしいんだ」と吹聴するのではなく、手継の師匠である御住職に相談して御指南を仰ぐというのが正しい姿なんです。



例え確かに「あれおかしいだろ」というような事実であっても決して影でコソコソと悪口を言うような事があってはいけないんです。



正法を保っているとはいえ、やはり凡夫で人の集まりですからそのような事になりがちですが、それは十分気をつけないといけないという事ですね。



これを踏まえた上で過去、妙信講時代の浅井会長はどうであったでしょう、解散処分前の妙信講と創価学会は同じ正法を保つ同志となります。 確かに当時の創価学会はかなりおかしい所もあったのは事実でしょう、ただ同じ同志である以上は謗ったりしてはいけないんです。



顕正会員はここを勘違いしやすいんですが、末寺に所属する法華講も、創価学会も、妙信講も同じ日蓮正宗信徒なんです。だからこそ日達上人は創価学会と妙信講に対し苦心されたと拝察されます。



特に浅井会長はこの計我と浅識が顕著であったと感じます。どこまでも日興上人より続く血脈相伝の御法主上人猊下の御指南に付き従う事が大事なんです。



古参の壮年信徒の方に当時の妙信講の姿を聞くと「腫れ物に触るような存在だった」と言っていました、まさにこの十四誹謗が故に批判はできない。ただやたらと自己主張が強すぎる。


職場にもいません?こういうタイプの人、職場なら飲み会で「おかしいよねー」とか言えますが法華講ではそれはしてはいけないですから。



そして妙信講はついに破和合僧を犯してしまいます。



ここで五逆罪について見てみたいと思います。



顕正会で五逆罪とは何と教えているか。

・父を殺し
・母を殺し
・仏弟子を殺し
・仏の身から血を出し
・正しく仏道を行ずる団体の和合を破る
(基礎教学書 99ページ)

と書いてありますが実際は

・父を殺す
・母を殺す
阿羅漢(僧侶)を殺す
・仏身より血を出し
和合僧を破る


なんですね。仏弟子とは僧侶の事ですから(在家は檀那)あながち間違っているわけではないかもしれませんが、これが浅井会長のうまい所だな、と思います。


この中で一番大事な所は最後の「和合僧を破る」、つまり破和合僧なんです。



これは『大乗義章』巻七によれば、仏の教団を分裂混乱させる行為で、人々を三宝から離れさせることから、五逆罪のなかでも最も重い罪と説かれている(法華講員の基礎教学辞典 248ページ)


とあります。


最も一番重いのは創価学会の池田名誉会長に過ぎないのですが、次に重いのは浅井会長です。



顕正会が解散処分になった理由を「国立戒壇の正義を叫んだから」と思っている会員がほとんどでしょうが、実際はデモ行進をしたりビラを撒いたりなどこの破和合僧を行ったのが根本の原因なんです。



そして解散処分の段階ではまだ講が無くなっただけで信徒の資格があったのですが、元妙信講は創価学会本部に殴り込みをかけました。これはもう破和合僧を乗り越えています。



よってついに妙信講は中心幹部を中心として33名が除名となりました。


破和合僧を犯し、除名となり信徒資格を喪失した浅井会長はもう血脈が切れているんです。


だから顕正会で信心しても戒壇の大御本尊様と繋がらないと我々は訴えているわけです。



そして五逆罪を犯した浅井会長の行く末は無間地獄です、顕正会員の方は知っていると思いますが無間地獄に堕ちる人は今生に罰が無いんですよ・・



更には今現在、末寺糾弾等と日蓮正宗を誹謗し、御僧侶を口汚く罵る行為。このままだと浅井会長だけでなく、それをやっている教学部の人間も無間地獄の原因を積んでしまいます。


セロリさんが記事にしていますが

https://blogs.yahoo.co.jp/no_sleep502goal/15682473.html

五逆罪がどんなに恐ろしい事なのか、今顕正会がやっている行為がどんなに恐ろしい事なのか・・



私はかろうじて、今の宗門誹謗の波が来る前に正法に縁できました。それではこれに巻き込まれている顕正会員はどうなってしまうのか・・、ハッキリ言って生半可な罪障消滅では済まないとすら感じます。



盲信せず一度冷静に考えてください。



顕正会では法華講から顕正会に行く人が続々といる等と言っていますが、本日も妙相寺支部で一名の顕正会員の御授戒が叶っております。逆です、顕正会から法華講に行く人が圧倒的です。



元顕正会員として、一人でも多くの顕正会員が救われる事を願っています。








2019年05月03日

末端会員の方へ

平成の時代も終わり、令和の時代がスタートしました。


今35歳の私にとって平成とはまさに人生のメインというべき時代でした。 しかし何よりも正法に縁して新しい時代を迎えるのはとても喜ばしく思います。


私にとって令和は日蓮正宗に始まり、日蓮正宗に終わる。そんな時代にしたいと思っています。


ところでここ最近は顕正会の宗門批判が活発に行われている為か反論記事ばかりになってしまっている気もします。


ただ末端の組長や班長、あるいは副長に至るまでは教学部での対論の具体的な内容が分かっていない方が多いのでは、と感じます。


今の教学部ではなかなかきわどい所まで調べてきています、顕正新聞には到底載せられないような所までやり合っているでしょう


それがまさに私達法華講員が攻めている部分だと思います。


というより何故末端に隠す必要性があるのでしょうか? 顕正会の中には組長や班長であっても心ある人達が大勢いる事は知っています、「顕正会歴は長いけど折伏の数があがらず組長のまま・・」「折伏や活動はしているけど証拠があがらないので上に上がっていない・・」そんな方々がけっこう顕正会には多かったりします。



でも気持ちは本当に純粋で信心強盛な人だったりします。なので会館衛護や茶寮出仕などを懸命にやっている方もいる、また普段お役に立てていない分、広布御供養や新聞購読を多めに取りお役に立ちたい・・。そう思っている方も多いでしょう。



なので顕正会歴がそれなりに長い分、教学もある程度身についている方も多いのです。なので役職は低くても今教学部でどのようなやり取りをしているのか具体的に知りたいと思っている方も多いのではないでしょうか?



もちろん信心が純粋なので簡単に顕正会を疑うような事はしません。



その気持ちは非常に分かります、ただ・・少し視野を広げてみてはいかがでしょうか。


どのようなきっかけでこのブログにたどり着いたかは分かりません、ただ私自身もそういう「要員」的な存在だったのです。


ネットを見始めてから日蓮正宗で御授戒を受けるまで、半年以上はかかったと思います。



どちらが正しいのかはもはやハッキリしています。教義的な部分等は今更上げるまでもありません、過去の記事や他の方のブログ、あるいは樋田さんが大量にあげているyoutubeの動画を見て貰えれば分かる事です。


それを見た上で「法華講員の言ってる事の方が筋が通っている気がするなあ・・」と感じるかもしれません、ただその感想は魔ではなく正常なんです。


考えてもみてください、戒壇の大御本尊様は即日蓮大聖人です。その大聖人様がおわします大石寺、日蓮正宗がそう簡単に濁乱するはずなんてないんですよ。



仏様のお力なんてそんなチャチなものではない、必ず仏天の加護があるんです。



本当に大聖人様を信じているならば、戒壇の大御本尊様にお目通りをしたい、大石寺に行ってみたいという気持ちがあるでしょう。当然の感覚です、純粋に顕正会で信仰してきた方達なら。


私は日蓮正宗に来てから全てのモヤモヤした気持ちが全てパーっと開きました。疑問も全て解決しました。


広宣流布とは三大秘法を弘める事です。戒壇の大御本尊様がいらっしゃらない顕正会は三大秘法は無いんですよ。戒壇の大御本尊様を信じているだけなら破門されて戒壇の大御本尊様を否定する平成26年までの創価学会だって同じ事ではないですか。


きちんと「戒壇」で「御授戒」を受けないと戒壇の大御本尊様と繋がらないんです、今こうしてモヤモヤしている時間がもったいない、どうか現役会員の方はいつでも相談してきてください。



謗法とは謗仏・謗僧ですから僧に対して悪口し、誹謗している今の顕正会にいたら猛烈な罪障を積むだけです。悲惨すぎます、どうか一刻も早く気付いてほしいと思います。



2019年04月20日

日蓮正宗の解散(笑)

忙しかった今月の勤務もようやく今日から落ち着きを見せる事になり、早速昨日はお寺で3時間半の唱題行をやらせていただきました。


私のブログを見て頂いているという現役さんから連絡を頂いたりする事もあり、こんな駄文でも現役顕正会員の方が正法に気付くきっかけとなるのであれば本当に本望だと思います。


私もそれほど頭のいい人間では無いので、他の顕正会員の方のブログに比べると何かと読みづらかったりする事もあると思います。ただ私は広く、大勢の顕正会員の方に事実を知って頂きたいというだけなのです。



誰でもSNSで簡単に情報が発散されるようになり、それをきっかけに多くの方が正法に目覚めている事実はまさしく「現証」であると思います。



今はもう既にネット社会であり、スマートフォンの爆発的な普及によりすぐにググって答えを出せる時代となりました。もう「便所の落書き」等で片付ける時代では無いのは誰でも実感としている事だと思います。


確かに間違った情報もあるかもしれません、ただそれは新聞・テレビでも同様であるのは身近な所でここ最近私自身が経験としている所なのです。



我々元顕正会員が開設しているブログにはほぼ全てに於いて連絡先が記載されています。よって会って話せる方は是非とも会って話したいと思っています。



今、顕正新聞に載せられる登壇内容はみな顕正会側からの一方通行です。もっと広く、視野を広げ相手側の主張に耳を傾けなければいけません、「法華講員の言う事なんて聞く必要ない」なんて言っていたらどうやって広宣流布するんでしょうか?



相手側の言う事に対し、一つ一つ破折をする、それがまさに大聖人様のお振る舞いであり、折伏だと思います。


相手の信仰する事に対してこちらが知識を得なければ、どうやっても広宣流布などできません。


どうか末端の方こそどちらが正しいのか、きちんと精査してほしいと思います。
上に行き、罪業を積んでからでは遅いのです。



ところである顕正会員のブログに於いて、


かりそめにも御本尊を謗ることが、どれほど深い罪障を作るか。恐れ多くも御本尊に対する誹謗であれば、その罪、まさに万死に値するもの、無間地獄は疑いありません。後になって「あのときは言い過ぎました。勘違いでした」といって済む問題ではありません。


と言った事が書いてあります


もっともらしい事を書いていますが、御本尊の事に対して目を向けさせようとしないようにしているとしか思えません。


信仰で一番大事なのは御本尊様です、三大秘法を一大秘法に約せば「本門の本尊」に当たるのは顕正会員でも分かっている事だと思います。


本尊義がいい加減では全く話にならないのです、存在しない御本尊がある時点で既にニセ本尊が確定しているのです。それを拝めばどうなるのか、大聖人様は「家に主のなきに盗人が入り、人の死するに其の身に鬼神入るが如し。」(木絵二像開眼の事 文永九年 五一歳 638)と仰せになっています。



御本尊をお札で例えるのは恐れ多いですが、ニセ札もいくら本物だと思いこんでいても所詮は「ニセ札」であり、ただの紙切れです。



顕正会では「日布上人大幅御形木御本尊」なるものが会館に安置されてますが、宗門に於いてそのような御本尊は存在していません(注・日布上人の御形木御本尊はあるものの大幅はありません)



そもそも導師曼荼羅の御形木御本尊など法華講員が聞いたら驚くほど、有り得ないんです。


これはどういう事かと言えば、日本に初めて来る外国人に、「日本には三千円札があるから、これ使って」と渡すようなものです。このような行為を浅井会長はやっているんです。


何も知らない会員にそのような事をする事が大謗法であり、知らずとは言え、それを拝む事がいかに罪業を積む行為なのかを我々は主張しているのです。



況や、臨終という大事な時にこのようなニセモノの本尊を掲げるという事がいかにとんでもない事なのか。事実を知った我々からすればゾッとする話なんです。



だから我々は顕正会員にニセ本尊である事を訴えるのです。御本尊を謗るも何も、ニセモノはニセモノです。


じゃああなたはニセ札を財布に入れますか?謎の三千円札を財布に入れますか?(ネタとしては面白いかもしれませんが・・)



顕正会の会館に掲げている御本尊が白く綺麗である事は我々元顕正会員がよく知っているんです。



そもそも臨終用心抄を文・義・意に照らし合わぜずに解釈し、根幹であるニセ導師曼荼羅と在家が導師の葬儀をやっている事実から目を背けさせようとしている、更に日蓮正宗信徒でも成仏の相を現じている事実を知ってか知らぬか知りませんが説明できるのか、と言いたいものです。





と、あまりにも前段が長すぎてしまいました、本題です。


D18Ri5UVAAAj2H3.jpg



これは妙観講・機関紙に於ける慧妙3月16日号からです。


ここで顕正会教学部のN氏が浅井会長と大草講頭の対論を実現するとの話が出ましたが、「日蓮正宗との解散」を賭けないとやらない、等と逃げてしまっているのです。


簡単に「日蓮正宗の解散」などと言っていますが意味が分かりませんね。


浅井会長は『(正系門家の中から)必ずや正義にめざめて立つ(中略)「有羞の僧」が二人・三人と出現することを、私は確信しております』

「日目上人御出現の露払いとして、正直にして小欲知足、道念ある僧侶が次々と出現しないわけがありましょうか」 (顕正新聞平成31年4月5日号)


と、3月度の総幹部会での発言と非常に矛盾しています。


大体、日蓮正宗が解散したら唯授一人の血脈はどうなるのか、大石寺はどうなるのか、そもそも戒壇の大御本尊様はどうなるのか、もはや噴飯ものとしか言いようがありません。

末端の会員がつい口走ってしまったとかならまだ百歩譲って分かりますけど、これを教学部員の人間が誰の命を受けてか知りませんが発言しているのですから、どうしようもないでしょう。


ちなみに慧妙に訂正記事がありますが、これは日付と日達上人の臨終の話をした相手の間違いを訂正しただけであり、内容そのものはしっかりとうちの妙相寺のメンバーが隣で聞いています。 

2019年04月15日

相変わらず末寺糾弾

ようやくネットが復活したキッコーマンです。


ちょうど最新の顕正新聞の情報も入ってきましたが相変わらず末寺糾弾の記事に溢れていますね。

SOPH…さんのブログにもある通り、この登壇内容などは事実を都合のいいように歪曲して掲載されている事はもう重々承知していますのでもはやバカバカしいとしか思えないですね。



そんな中、法華講から顕正会に・・という内容もあります。


「供養・供養」と言われるとか、参詣する度に供養しなくちゃいけないとか、書かれていますね。



私は既に、何度でもブログで書いていますが、供養の強制など全くありません。


まず、私は長野の妙相寺の所属であり、菩提寺は長野県です。横浜に住む私が長野までちょくちょく通うのはさすがに無理がありますので普段の参詣は職場近くの都内寺院にて参詣させて頂いてます。


御授戒を受けてから2年半、ここのお寺にはずっとお世話になっており、御僧侶や信徒さんともすっかり顔馴染みになっています。


そんなこちらの寺院ですが、しょっちゅう参詣していますが御供養は実は本当にたまにしかしていません、だからといって御僧侶から何も言われる事もありません。


あと御供養をどれだけしているかは信徒同士では知りません。誰がどれだけ御供養したなども全く分からないのです。



勘違いしてはいけないのは、御供養は御本尊様に対してするものです、なので自宅の御本尊様にも当然御供養をするわけです。


ご飯を炊けばお供えをしてから頂くし、お菓子やお酒なども同様です。 また日蓮正宗の御僧侶は給料制ですから御供養は全てお寺の事に使われる為、御僧侶の懐に入る事もありません。会社員は会社のお金は自分の懐に入りませんよね?それを勘違いしている顕正会員の多い事、その辺りは邪宗とは違うんです。



顕正会と日蓮正宗を両方経験している私からしてみれば顕正会の方がよっぽどお金に関してはえげつないですよ。


もうすぐ新聞購読推進が始まりますが、私はこの新聞購読の立て替えを5部ほどやっていました、自動車税の支払いと重なる為、いつもこの時期は頭が痛かったのを覚えています。


さてこの機関紙、未活動の後輩の所へ送付すると受取拒否になる事が活動家でしたら経験があると思います。


その場合、当然それ以降は新聞は送付されないわけですが・・、するとお金はどうなるかというと返ってこないんですよね。当然そのお金は顕正会のお金になるわけです。


また広告文は会館で10円で頒布されていますが、これ、高いんです。


我々が配布しているチラシ、両面カラー刷りで1枚3円なんです。それも印刷は外注ですよ。


また顕正新聞も一部200円ですがほぼ同じ枚数の大白法は110円です。


そして広布御供養、これも誓願がありますよね?


結果、顕正会の方がよほどお金に苦しむ形となっているのが実情なんです。ハッキリ言って日蓮正宗に来てからの方がお金に関しては本当に楽になりました。



顕正会員の方は情報が一方的になりがちですが、もっと相手側の話も聞いてみて真実を確かめるべきでしょう。


ところで妙観講の大草講頭が浅井会長と一対一の法論を促しています

D3DcYfVVAAAS2Wz.jpg



元々、浅井会長は大草講頭からの法論から逃げ回っては、「日蓮正宗の解散を賭けろ」等というバカげた事を言っていますが、「講頭」の立場でそんな事を賭けられるわけがない事などは、以前妙信講の講頭であった浅井会長自身が一番知っているハズなんです。


会員には無責任に法論しろ等と言っておきながらトップに浅井会長がこの体たらくとは情けなくないのでしょうか?


大草講頭は法華講大講頭であり、法論する立場としては申し分ないはずです。


そして顕正会のトップとして

・ニセ本尊疑惑
・在家の葬儀
・塔婆の否定
・勤行の改変


会員が法華講から詰められて答えられないこの事実を責任者として出てきて堂々と説明したらどうなのでしょうか。

そもそも昭和54年7月15日の顕正新聞より
26812.jpg


このような事がありますが、完全に自分達の今やっている事と矛盾していますね。


そして顕正会員の方たちに忠告しておきたい。

「凡そ謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり。」(608P)、今あなた達が盛んにやっているのは大謗法です、このままいつまでもこのような事をやっていれば本当の現証が出てくるでしょう。


本当の「罰」です。何よりも破和合僧は五逆罪のうちの一つです、とんでもない事をしている事を自覚するべきでしょう


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