2021年07月11日

体験発表

私が日蓮正宗に帰伏して9月で5年目になります。

そこで、今の体験発表を書いてみようかと思います。


私は平成12年、高校2年生の夏休み。当時高校の同級生であったY君の誘いを受け顕正会に入信しました。



当初は勤行もままならずでしたが、新横浜の横浜会館に足を運んだり話を聞いているうちに真面目に取り組んでいくようになりました。



ある日、学校からの帰り道に自転車で急坂を下っていると、ハンドル操作を誤り登ってくる自動車と正面衝突してしまいましたが、お互い急ブレーキで止まる事ができ、双方無傷で済んだのでした。



この現証に私はまさに仏法のおかげなんだと思い、紹介者のY君に感激のメールを送ったほどでした。



そこからはいよいよ本格的に顕正会の活動にのめりこみ、気づけば同級生や友人などを片っ端から勧誘する日々でした。



当時の神奈川男子部は非常に体育会系であり、高校生であろうと夕方に帰宅する事などは許されず遅い時間まで活動をしていました。


そして、勧誘相手の親からの苦情の電話でついに両親に顕正会の活動の事がバレ、両親の説得も「魔なんだ」と耳も貸さず顕正活動にますますのめり込む日々でした。



そして、高校卒業後は鉄道系の専門学校に進学しましたが、そこでは更に活動にのめり込む日々でした、挙げ句には取るべき資格も取れず、学校からの怨嫉も激しくなり、後ろ指をさされる毎日になりました。


当時は、卒業名簿に過去5年分の卒業生の住所や電場番号、挙句には進路まで載っていたので、名簿がボロボロになるまで会館の電話コーナーで朝から夜まで電話していました。



電話コーナーで電話をしていると、当時の隊長が仁王立ちで
「オイ、まだ出ねえのかよ」
「早く出せよ」
「あと30分以内に出せ、いいな」

とまるでヤクザのようにドスを効かせた声で言われるのでまさに地獄のようでした。



また世法では、深夜に及ぶ活動で学校は行っても居眠り、また遅刻は日常茶飯事でありました。



成績は落ちていく一方で、更に怨嫉している講師と揉め事になり不登校となるのでした。



学生でありながら学業をおろそかにする日々でしたが、それでも活動は相変わらずでした。高額な授業料を払ってくれている親の事も考えずに。



そんな中、紹介者のY班長も同じ学校に通っていたN組長も、顕正会未活動となっていったのです。



それでも私は活動に没頭していきました。


20歳で会館衛護を始め、車を入手していた事からも深夜まで組織の活動に動き回る日々でした。まさに顕正会の為に体をぶつけていったのです。


今思えば恐ろしい事ですが、私の縁で顕正会のニセ本尊に52名もの人が縁してしまったのです。



そして、24歳の時に当時就任したN総支隊長がパワハラ気質であり、揉めた結果日曜休みの仕出し給食弁当の配送ドライバーの仕事を辞め、土日関係無しの念願だったバス運転手の仕事を受け、結果内定となりました。



顕正会では日曜に仕事をするなど許されませんでしたが、幹部に反発した結果でした。



不規則勤務ではありましたが、会館衛護は続けており、また活動も日曜が休みの日は変わらず動いていました。平日であっても必ず会館には参詣していました。



また住まいも会館にバスで一本とアクセスしやすい市ヶ尾に変えたほどでした。



しかし、当初は魔の通力で順調かに見えた私の人生も、だんだんとその害毒が目立ってきました。



都内でバスを運転していますが、都内の劣悪な走行環境とマナーの悪い車の多さに、ストレスは日々激しくなっていきました。



そしてすぐにキレ、煽り運転、バスを降り怒鳴り込み、窓や外マイクで罵声を浴びせる等ひどいものでした、そういった不真面目な勤務態度に会社の私に対する評価もどんどんと落ちていく一方でした。



何故怒りを抑える事ができないのか、悩みに悩んでいたもののいくら会館の御本尊に祈っても悩みは解決どころか悪くなる一方でした。



そして精神的に病んできてしまい、睡眠障害を患った直後に車内人身事故を起こしてしまった事をきっかけに会社を休職しました。



眠れない日々の苦しさと将来の不安で押しつぶされそうになり、救いを求め会館に参詣するも何も得るものはありませんでした。



この時入信15年目、積もり積もった害毒は確実に私自身に噴き出して参りました。



そんなおり、ビデオ放映に参加し浅井会長の指導を聞くと「自宅拠点を増やす」と発表がありました、平成27年12月度総幹部会の時です。


私は不思議でした、一体どこからそんなに御本尊が出てくるのだろうかと。



松本日仁氏から戴いたというのは知っていたものの、どう考えても限りがあると。



休職中で時間もあったのでインターネットで顕正会について色々と目にする機会が増えてきました。



そして、元顕正会幹部で法華講員となった方々のブログには衝撃を受けました。



ニセ本尊、塔婆供養や勤行の勝手な改変、葬儀について・・。



御金言や御歴代上人の御指南と全くかけ離れた顕正会に激しく疑問を感じてきました。



そしてyoutubeで樋田さんと顕正会員の対論の動画を見ると顕正会の余りにも筋の通っていない、盲信している姿に疑問は激しくなるばかりでした。



どう見ても法華講員の言う事の方が筋が通っていたのです。



そしてついに、セロリさんのブログを通じて連絡をし、脱会を決意し日蓮正宗で御受戒を受ける事となりました。



職場近くの寺院でありますが、暖かく迎えられ、在勤の執事様には色々とお気遣いを頂きました。



脱会し御受戒を受けた事を支隊長に宣言し、細かく顕正会の間違いを丁寧に文章にして送るも、返ってきたのは汚い言葉のまるで意味不明のメールが来たり、更には支隊員全員に送ったメールがきっかけで隊長から電話が来て正式に除名処分となりました。



16年間も顕正会で活動してきた私に対して、あまりにも無慈悲で、哀れな悲しい姿に、顕正会を離れて本当に良かったと思います。



日蓮正宗信徒として動き初めた私はその月のうちに御講参詣、更には登山を迎える事ができました。



また次の月には菩提寺である長野・妙相寺の参詣、さらにその次の月には御本尊下付を迎える事ができたのです。



とにかく日々の信心が楽しく、お寺が大好きでしょうがなく、特に登山で大石寺に行くこと、元顕正会を初めとした妙相寺の仲間と語り合う事が楽しくて充実した日々となりました。



また平成29年の4月のお虫払い法要に参加が叶い、初めての本山での一泊、法要の荘厳さ、初めての丑寅勤行参加の時には不思議と涙が流れ、その時に今までの懺悔の念が猛烈にこみ上げて参りました。




お虫払いの感激も冷めやらぬそんな折、待っていたかのように自身の罪業が溢れ出して来ました、自律神経の不調により気分が悪くなり、頭がボーっとする症状が出始めました。



バスの運転の仕事に支障が出る事から2回目の休職となりました。



これはまさに自身の罪障とは分かっていたものの、自分の罪が分かっていたからこそいつまでこれが続くのかと不安になる事もありました。



しかしお寺の執事様より「業ではなく、功徳だと思いましょう」とお言葉を頂き、自分自身が確実に功徳を積んでいる事を分からせて頂き、そこからは毎日お寺に参詣し、2時間の唱題に取り組み、妙相寺メンバーとともに活動を実践していきました。



すると不安な気持ちはどんどんと無くなり、周りからも休職してるとは思えないほどイキイキしていて元気そうと言われるほどになっていきました。



そしてようやく症状も安定して1年で復職が叶いました。



この1年間はひたすら自行化他に励んでいきましたが、その結果なのか、乗務中のイライラがすっかり収まり、常にイライラしていた自分の境涯がすっかり変わって穏やかになっていた事に気づきました。



また自分自身の相もすっかり変わったようで、参詣寺院の方々も「キッコーマンさんの相が変わったって、青年部の間で話題になってますよ」と言われるほどでした。



仕事に対する姿勢も変わり、以前とは打って変わって真面目に乗務に取り組む中に会社の評価も上がっていきました。



最近入った運転手に昔の私の話をすると信じられないと驚くほどです。



また私を顕正会に入れたY君は度重なる私の話に耳を向けてくれ、最終的に樋田さんの話を聞き無事御受戒が叶っています。



そんな中、私も35歳となり周囲が結婚していく中、いい加減落ち着かないといけないと思うようになっておりました。



70を過ぎた両親にも心配をかけたくないという気持ちもありましたが、子供が欲しいとずっと思っていました。



そんな中、令和元年の秋の支部登山が終わった直後に、SNSで産まれた時からの法華講員である現在の妻と知り合い、お付き合いをし、翌年6月にはお互いの両親と顔合わせし10月に無事入籍する事となりました。


そして入籍してすぐに妻の妊娠が分かり、遂に今年6月22日に念願の長男が誕生しました。



長男が産まれた日は私は乗務中で、もうすぐ交代で乗務を終えるタイミングで妻から職場に電話がありました。


何も知らない私を突然みんなで拍手で迎えられキョトンとしていると「産まれたと連絡がありましたよ!」と、慌ててロッカーに入れていたスマホを見ると、妻と産まれたばかりの赤ちゃんの写真が送られてきており何とも言えない感激と喜びがありました。




そして退院し、私の実家に行き孫を抱っこして喜ぶ私の両親を見て、もしこのまま顕正会だったらどうなっていたんだろうな、とふと思う事もあります。



目に入れても痛くないという言葉はまさにこれだな、と思うほどにかわいい息子、本当に今幸せだな、と思います。



振り返って見たときに、本当に正しい御本尊様のおかげで変わっていった自分自身。これからも迷える顕正会員を一人でも正法に目覚めさせるべき戦いを敢行して参りたいと思います。

2021年05月02日

嘘ばっかり

久しぶりの投稿となりました。


実は子供を授かり、7月に男の子が誕生する予定となりました。
その為かなかなか色々忙しくブログ記事を書くタイミングが見つからずでした。



決して「キッコーマンは法華講の罰で苦しんでいるからおかしくなったのだ」というわけではございませんので(笑)



顕正会時代「死にたい」とすら思っていた自分が日蓮正宗に縁をさせていただき5年目、気づけばジワジワと境涯が変わってゆき、荒っぽかった命は穏やかになり、36歳と少し遅くなりましたが結婚し、待望の子供を授かる事となり、このまま顕正会だったらどうなっていたんだろう、とふと振り返る事もあります。




大聖人様は「子に過ぎたる財なし」と仰せですから、しっかりと法統相続に務め幸せな家庭を作っていきたいと思っています。



この信心は松野殿御返事に
「魚の子は多けれども魚となるは少なく、菴羅樹の花は多くさけども菓になるは少なし。人も又此くの如し。
菩提心を発こす人は多けれども退せずして実の道に入る者は少なし。
都て凡夫の菩提心は多く悪縁にたぼらかされ、事にふれて移りやすき物なり。鎧を著たる兵者は多けれども、戦に恐れをなさゞるは少なきが如し。

(御書1048~1049頁)

よ仰せの如く、せっかく縁をしてもすぐに信心を見失ってしまう方がどうしても多いのです、特に私のような邪教出身の者は積んできた罪障を消滅するのが非常に大変です。


私もまだ何があるか分かりませんが、それを乗り越える事ができずに見失っていってしまいます。

大聖人様は新池御書に 

「皆人の此の経を信じ始むる時は信心有る様に見え候が、中程は信心もよは(弱)く、僧をも恭敬せず、供養をもなさず、自慢して悪見をなす。これ恐るべし、恐るべし。始めより終はりまで弥信心をいたすべし。さなくして後悔やあらんずらん。譬へば鎌倉より京へは十二日の道なり。それを十一日余り歩みをはこびて、今一日に成りて歩みをさしをきては、何として都の月をば詠(なが)め候べき。何としても此の経の心をしれる僧に近づき、弥法の道理を聴聞して信心の歩みを運ぶべし(御書・1457頁)

もっともこの御金言は浅井会長にも当てはまる御金言ではありますが・・




自分自身も常に信心を見失わまいようにしっかりと引き締めていかねばならないな、と気をつけていきたいと思っています。



とある御僧侶がこんな例えをされていました。



「桶に入った泥水があります、この桶の泥水をキレイな水にする為にはどれだけのキレイな水を注ぎ込まねばならないでしょうか。そして注ぎ込んでいくと泥水はどうなるでしょう。当然泥水は溢れて桶から出てきます、これが罪障消滅です」と



またお世話になった御僧侶も罪業が吹き出て大変だった時に


「業ではなく、功徳だと思いましょう」

と仰せになりました。



つまり、業が出ているから、ではなく功徳を積んで罪障消滅しているから嬉しい事なんだ、と捉えましょう、という事だったんですね。確かに功徳を積まないと罪障消滅はしません。



頑張れば頑張るほど罪障が出てくるのでそれで信心を見失う人もやはり多いのです。




それを顕正会では「罰だろう」と言ってくる事もあるでしょう。




しかし長くやってくるとジワジワと境涯は変わってきます、短い髪が次の日にいきなりロングヘアーになる事もありません、短い爪が突然伸びる事もありません、小さい子供が次の日にいきなりおっさんになる事もありません。それが道理です。




私もジワジワと境涯が変わってきたのは振り返って分かりました。



顕正会でのパッと出る功徳めいた「魔の通力」とは違うのです、本来の功徳とは除々に六根が清浄になっていくのです。


仏法と申すは道理なり、ですから。




「でも宗門は御遺命を破壊してるから・・」と言われそうですが本当に顕正会では嘘ばっかりなんです。




「僧侶は折伏しない。」


嘘ばっかり。法華講員の方は折伏相手にはまずお寺にお連れします、そして御僧侶が折伏をされます、私の通ってるお寺ではまだ20歳前後の所化さん(お寺に在勤しながら日蓮正宗の学校に通う御僧侶)が折伏をされます。



御僧侶の折伏というのは熱く、そして暖かく礼節を保った慈悲のある折伏です。私はそのような御僧侶を幾度か見てきました、何故見た事もないのにアレコレ言えるんでしょうか、それが嘘ばっかり、という事なんです。




「御開扉中はみんな寝てたり雑談している、奉安堂では芸能人用の席があり何百万も供養している、金儲けだ」


嘘ばっかり。



朝早い上に食後ですから多少ウトウトする方もいますが、みんな真剣に読経・唱題しています。大体読経しながらどうやって雑談するんでしょうか?釈尊の時代でしたらそんな事ができる人もいたかもしれませんが普通の人間には無理でしょう。




芸能人用の席ってどこなんでしょう?私が教えてほしいくらいです、御開扉御供養は一律2000円です、それ以上もそれ以下もありません。




なんで嘘つくんでしょうか?




どうか、顕正会だけの言葉を信じないで、もっと多角的に物事を見てほしいと思います。


2020年11月02日

顕正会ブログを見て

久しぶりの記事更新となってしまいました。



私事ですが、10月13日付けで他支部の女性信徒さんと入籍致しました。(もちろんこれに伴い、夫の菩提寺となる妙相寺に移籍となります。)



そのため少しバタバタしていましたが、少しずつ落ち着いてきたのでぼちぼちブログを更新しようかな、と思った次第です。



さて、あいも変わらず顕正会の宗門攻撃は留まる所を知りません。



どこどこのお寺に行って住職を論破してやった・・とか、法華講員を黙らせてやった・・とか。



正直、顕正新聞に掲載されている記事は、デタラメや誇張して書くケースが多いので実際と異なる内容が都合よく書かれている事が多いのです。



なので、顕正新聞の記事は基本当てになりません。


とにかく大事な事はもっと客観的に物を見るべきであり、「浅井先生が絶対なんだ」と思う方は一歩引いて物を見る事だと思います。


さて、以前からある顕正会員のブログでありますが、
https://seito-kenshokai.net/


更新する度に「開いた口が塞がらない」というか、反論するのもバカバカしいとしか思えないというのが一線で活躍する法華講員の本音だと思います。



しかし真面目な顕正会員は真剣に信じてしまうと思いますし、うなづいてしまうかもしれません、なので少しずつ書いていこうかと思います。


こちらは最新の記事ですね

https://seito-kenshokai.net/post-1411/

「法華講の登山に功徳がない本当の理由」


なんというか、現役の法華講員からしてみれば笑いしか出ないタイトルではあるのですが。


その記事を読んでみれば


いま法華講では「あり得ないこと」が起きています。それは、宗門(日蓮正宗)から「登山せよ」と言われて登山したのに、「全く功徳がない」ということです。

 「あっ、やっぱり俺だけじゃなかったんだ。そうそう、住職から『登山、登山』って言われて何度も登山するんだけど、お金と時間がかかるだけで、御利益なんて全くないんだよね。むしろ、登山するたびに、なんだか悪いことが起きてくるような気すらするんだけど・・・。なんでなんだろう?」と思われた、そこのあなた!

 実はこれには、宗門(日蓮正宗)では絶対に教えてくれない、仏法上の深い「理由」があるのです



まず、登山というのは「大聖人様の御元に参詣する事」です。

日寛上人も「未だ時至らざる故に直ちに事の戒壇之れ無しと雖も、既に本門の戒壇の御本尊存する上は其の住処は即戒壇なり。其の本尊に打ち向ひ戒壇の地に住して南無妙法蓮華経と唱ふる則は本門の題目なり。志有らん人は登山して拝したまへ」(寿量品談義・富要十巻131頁)


と仰せであり、古来より志ある信徒は戒壇の大御本尊様の御前に詣でるというのが一般的でした。



なので、当然大石寺から遠い地域の方や、ましてや海外信徒の方など交通費や時間をかけて戒壇の大御本尊様の御前に詣でるという事がどんなに尊い志なのか。



特に海外では物価が安い国もありますから、一生懸命貯めた旅費でお登山をするその信心というのは、大石寺から近い私からしてみれば計り知れないものがあります。



また登山する度に悪いことが起きる・・、とかそんなの当たり前の話です。



功徳が大きいからこそ魔も強く競い起こるし、今までの罪障も噴き出してきます。


罪障消滅というのは功徳を積むからこそ出てくるものです。


だからこそ戒壇の大御本尊様の御前に詣でる事を御住職が勧めるのも当然だし、嫌な人は行かなきゃいいだけです。強制ではないのですから。


そして

浅井先生のご指導を拝してみましょう。

毎回このワードが出ますけど、だから浅井会長は何者だって話なんですけどね。

 大聖人様の御心に背いては、お題目を唱えても功徳はない。

 いま顕正会を怨嫉する法華講の者たちが、「顕正会は登山行かれなくて、かわいそうですね」などと言っているのは、御法門が全くわかっていない。

 御遺命に背いて登山しても功徳はない。いやかえって大聖人様のお叱りを受けるのです。

 このことは私が勝手に言うのではない。

 内房尼御前が、氏神詣でのついでに、身延にまします大聖人の御許に参詣したとき、大聖人様はお目通りを許されず、返しておられる。この一事を拝すれば、よくわかります。

 大聖人様は後日に三沢殿への御文に託(つ)けて、その理由を次のごとく仰せ下されている。

 「内房の御事は、御年寄らせ給いて御わたりありし、いたわしく思いまいらせ候いしかども、氏神へ参りてあるついでと候いしかば、見参に入るならば定めて罪深かるべし。

 その故は、神は所従なり、法華経は主君なり。所従のついでに主君への見参は世間にも恐れ候。其の上尼の御身になり給いては、まず仏を先とすべし。かたがたの御失ありしかば、見参せず候。

 此れ又、尼ごぜん一人にはかぎらず、其の外の人々も、下部の湯のついでと申す者を、あまた追い返して候。尼ごぜんは親のごとくの御としなり。御なげき痛わしく候いしかども、此の義を知らせまいらせんためなり」と。

 この御意は、「神は所従、法華経は主君」と仰せのごとく、内房の尼御前が、自身の氏神参詣を先として、そのついでに大聖人の御許に参詣した、仏法上の失をお誡め下されたものです。「見参に入るならば定めて罪深かるべし」と。もし対面するならかえって罪を作るとまで、仰せ下されている。

 これを以て知るべきです。

 大聖人様の唯一の御遺命に背いて登山しても、全く功徳にならないどころか、かえってお叱りを受けるのであります。

顕正新聞令和2年10月25日号



この指導も全くお門違いです。もう説明しなくても分かりますよね・・


法華講員が志で登山しているのと、氏神詣でのついでに参詣した内房尼御前の事じゃ全然違うじゃないですか。


それに「御遺命に背いて登山しても功徳はない。いやかえって大聖人様のお叱りを受けるのです。このことは私が勝手に言うのではない。」って、日蓮正宗が御遺命に背いてるって言ってるのは浅井会長が勝手に言ってる事です。


次に

 宗門(日蓮正宗)はひた隠しにしていますが、彼らはかつて創価学会の池田大作にへつらい、偽戒壇・正本堂を「御遺命の戒壇(となる建物)」と偽り、大聖人一期の御遺命である国立戒壇(広宣流布の暁に国家意志の表明を以て建立される本門戒壇)を否定しました。そして、その改悔もなく、未だに国立戒壇を否定し続けているのです。大聖人の御心に背くこと、これより甚だしきはありません(詳しくはこちらの記事をご覧ください)。

 だから、かつての清浄な御開扉とは異なり、いまの宗門(日蓮正宗)の登山には全く功徳がないのです。「付け願い」をはじめ、ただ坊主たちの収入源になっているだけです。



これももう散々破折され尽くしてるので省きます。


付け願いについても書いておきます。


付け願いというのは今回のコロナのように急遽登山が中止になった、あるいは重い病や外出が厳しい高齢な方など登山に行けない方に、「戒壇の大御本尊様に対する御供養」として一律2000円を御供養するものです。


勘違いしている方もいるようですが、登山の御供養は一律2000円でそれ以上もそれ以下もありません。なので大石寺からそれほど遠くない私でも、登山にかかるお金は交通費の方が多いのです。



また付け願いもよほどの事が無いとしません。仕事程度の理由では御住職も受け付けなかったと聞いていますし、また生まれながらの法華講員である私の妻も「付け願いはほとんどした事が無い」とサラっと言っています。


またTwitterで、中道一実さんよりこのようなツイートもされています。

お付け登山(現在の付け願い)は、日有上人の時代にはすでにあります。

これは、宗祖御在世に宗祖の元に、経済や病苦などにより参詣できなかった方が、せめて御供養だけでもと、お手紙と一緒にお届けした故事に倣うものです。

そのときに、宗祖が御供養のお礼状と共に法門をお書きしたお手紙がいわゆる皆様がお読みになられる御書として残っておるのですよ。
だから、御書の冒頭には、御供養くださった目録が、並べられているんですよ。




つまり古来からあるもので、それを最近始めたかのように喧伝する、そもそも浅井会長はその事を知っていたはずですよね。これを姑息や謀りと言わずして何というのか、という話ですよ。

次に

 ちなみに、ある法華講員などは、顕正会を怨嫉して、「遥拝勤行というのは、大石寺仏法にはありません」、「大石寺の方角に遥拝として、その途上のあらゆる謗法に感応したら、どうするのですか?大石寺の方角にはたくさんの、邪宗がありますよ。遥拝だとそれら全てに同時に感応してしまいますよ」などと難癖をつけているそうです。

 では反詰します。入信したばかりで未だに御本尊を頂いていない方は、どうやって日々の勤行を申し上げるのでしょうか。この理屈だと、御本尊を頂くまで、自宅で勤行できないことになってしまいます。拝む先にある謗法の「全てに同時に感応」してしまうそうですから(笑)。

 たぶんこの方は知らないのでしょうが、宗門(日蓮正宗)でも、未だ御本尊を頂いていない信徒に対しては、自宅から富士大石寺にまします「戒壇の大御本尊」を遥拝して勤行するように指導しています。実際、私が折伏して顕正会に入会した法華講員も、そのように指導されたと話していました。

 また、先輩から教えてもらったのですが、宗門が平成30年に発行した「勤行―その仕方と観念文の意義」という本には、「自宅に御本尊をご安置するまでの間は、本門戒壇の大御本尊がまします総本山大石寺(静岡県富士宮市)の方角に向かって勤行・唱題をするようにしましょう」と書いてあるというからオドロキです。

 ところが、先ほどの法華講員は、「遥拝勤行というのは、大石寺仏法にはありません」、「大石寺の方角に遥拝として、その途上のあらゆる謗法に感応したら、どうするのですか?大石寺の方角にはたくさんの、邪宗がありますよ。遥拝だとそれら全てに同時に感応してしまいますよ」などと、何も知らずに言っているわけです。「無智」というのは恐ろしいですね。

 ちなみに、たとえ法華講員が遥拝勤行をしたとしても、御遺命に背く宗門に身を置く以上、大聖人の御心に背き功徳がないことに変わりはありません。

 そこに、いま浅井先生のもと、大聖人の御心に適う遥拝勤行を実践し、大聖人仰せのままの功徳を頂ける顕正会員の立場は、何と有難いことでしょうか。



顕正会で言う遥拝勤行(御本尊様の無い所でやる勤行)は日蓮正宗では「内得信仰」といい、これはあくまで仮の状態です。


基本はあくまで御本尊様を御安置し、仏様に対し御供養しながら信仰する事なのです。


もちろん、御本尊様を御安置していても泊まり勤務や旅行などで内得信仰の形で勤行をする事は割とあります。そんなのは当たり前の事ですね、御本尊様の前じゃないから勤行しないというわけにはいきませんから。


ちなみにその「法華講員」というのはどなたの事なのでしょうか、また会話の全文か録音を是非聞かせて頂きたいものです。


もっとも、顕正会で「法論」の音声を公開する事は無いのでどこまでホントなのかも疑わしい所ではありますが・・




2020年09月18日

日顕上人一周忌

久しぶりの更新となりました。


今月に入り、色々な事もあり、先週から会社の社宅に入りました。

これにより、従来の1Kの狭い部屋から一気に3LDKの部屋に移り、ようやく御本尊様専用の仏間が出来ました。


また今月、来月ともに少し多忙ではありますが、今御宗門で一丸となっている百日間唱題行にはしっかりと取り組んでいきたいと思っています。



さて、昨日(9月17日)は日顕上人の一回忌法要が奉修されました。

そんな折に去年の御本葬の時と同様に吊るし雲が現れ、Twitterには続々と写真が上がっています。


https://twitter.com/wni_jp/status/1306718784573509632

https://twitter.com/team_designlab/status/1306871232575320069

https://twitter.com/mamaneko8/status/1306689143615811584

https://twitter.com/fujitomo_photo/status/1306692570202779649


顕正会員の方はこの現証をどう感じるでしょうか?

「ただの偶然だ」

「珍しい事ではない」

「恐ろしい前触れだ」

等と言うのでしょうか。


ただ、普段から現証だ諸天の働きだ、等と言う方が顕正会員は多いです。


私はこれこそが、諸天の働きだと思っています。


以前に浅井会長は「臨終の相について真実が明るみになってくる」と発言しました。

しかしそれはこのSNSが発達し、多くの法華講員、それも元顕正会員が参列した方達の報告で既に明るみになっています。


大聖人様のお力が本当ならば、本当に浅井会長でなく大聖人様に信をとるならば、30年以上も戒壇の大御本尊様のお近くにいらっしゃる事がどうしてできますでしょうか。


この現証を見る限り、日顕上人が御相承されている事は明らかです。


どうか顕正会員の方は、いつも同じ事を書きますが、会内だけでなくもっと広い視野で物事を見てほしいと思っています。




2020年08月09日

元顕正会員はみんな頑張ってきました。

実は来月引っ越しをするキッコーマンですが、全然片付いていなくてちょっと気が重い今日この頃です。


今年は色々と忙しいですが、だからこそ変わらず自行化他に励んでいかなくてはいけないと思います、人生の節目でもありますので。




さて、顕正会員の方と話すとよく言われるのが「魔にやられたから日蓮正宗に行った」「浅井先生の戦いについていけなかった、逃げ出した」「そもそも信心が無かった」等と言われる事があります。




私からしてみれば、いや元顕正会員からしてみればそんな単純な言葉で片付けてほしくないと思います。



私は晩年までずっと組長職でした、しかし会館衛護は10年以上やっており、管理主任からも信頼を受け個人的に色々な事を頼まれたりもしましたし、組織の中では結集の為に動き回る事も多かったです。




会館衛護の時に、相方となる人から「え、キッコーマンさんって組長なんですか?副長くらいかと思ってました・・」と言われた事もある程でした。




しかし私は、単純に「大聖人様のお役に立ちたい」という一心で動いていました、動くには体力も勇気もお金も時間も必要です。その原動力となるのはやはり信心なんです。




それは顕正会員であるならみんな同じ気持ちだと思いますし、街頭で一生懸命やっている顕正会員の気持ちも分かります。




だからこそ、少しでも気づいてほしくて私は必ず声をかけるようにしています。
そうじゃないと無慈悲で終わってしまいます。




私は現役時代は色々辛い事もありました、若さもありましたがとにかくひたすら身体をぶつけてきました、最終日に朝まで戦うのは当たり前でしたし貴重な休日を朝から深夜まで動き回るのも当然でした。




これは顕正会員ならごく当たり前の事だと思います。




真夜中に決定し一名決まった時の喜びも知っています。




時には暴力を振るわれ、顔を血まみれにした事もあります。暴言などは当たり前でした。学校からの怨嫉は凄まじく未だに同窓会の便りなど来た事がありません。




とにかく青春を全て顕正会にかけました、命かけてきました。



組長の私でこれならば、元隊長・区長・総支隊長・支隊長・総班長はどうなんでしょう。



もっともっと、厳しく辛く、まさに命尽きても構わない思いで戦ってきたはずです。



それを「信心がない」だとか「魔に負けた」などと簡単に片付けてほしくありません。



みんなそれぞれ思いがあって、迷って日蓮正宗へ来たのです。



多くの元顕正会員の人達は「ニセ本尊など拝みたくない」「日蓮正宗の方が法義上、筋が通っている」「正しいはずの浅井先生が実は自語相違だらけのとんでもない邪師だと分かってしまった」



他にも色々あると思います。




そして何よりも、「浅井会長ではなく、日蓮大聖人を信じている」事だと思います。



どうか現役の顕正会員の方は何故、元顕正会の法華講員が多くいるのか、よく考えてほしいものです。




2020年07月20日

街頭顕正会員と接して

久しぶりの更新となります。

最近は顕正会元隊長のSOPH…さんのブログが連日更新されているので目を通して頂きたいと思います。

http://blog.livedoor.jp/ishinikoganewokae/




最近は法戦やコロナ云々の件もあり、更に街頭の顕正会が活発になっているようにも感じます。



意外だったのが私の職場の最寄り駅で配布していた事です、私の職場の最寄り駅はサザエさんで有名な都内の某駅なのですが住宅地がメインでそれほど大きな駅でもありません、


富裕層も多い地域で、ここに顕正会がいるのはなかなかレアなのです。



そんな中男子部らが広告文の配布を平日夜に行っており、私は日蓮正宗信徒で、かつ元顕正会員である事を伝えておいた上でお話をさせて頂きました。



最初に聞いてくれた壮年は普通に話せたのですが、途中から班長か副長と思われる青年が割って入りましたが、これがまた話が通じない。



曰く慧妙のインターフォン越しの「かえりたまえ」音声の件を取り上げ、謝れだ土下座しろだのしつこい。



私としてはそんな事はハッキリ言ってどうでもよく、お互い当事者でも無いんだから知らんわという話であって、そんな事より法の話をしましょうと促しても全く聞き入れない。



そもそも妙観講側もそのつもりなはずであり、顕正会側が乗ってきてウソだデタラメだと騒ぐもんだからしょうがないから反論したというだけの話で、妙観講も論ずる事は「法」である事は重々承知なはずです。




それでも30分程度は話はできたので良かったかな とは思っています。(本当はもっと話したかったけど帰れ帰れしつこいので)


てか普通に帰宅途中に向こうから広告文を差し出してきたのに帰れ帰れはおかしいだろと思うんですけどね。



ちなみに「道路使用許可取りました?」と聞くと「取ってない」とぶっちゃけてきたので「取った方がいいですよ」というと素直に「分かりました」と聞き入れてくれました。



しかしこれ、道路使用許可を取ってない顕正会員がかなり多いのですが、チラシを手渡す行為をするにはキチンと道路使用許可が必要です。逆にこちらが顕正会会館付近でチラシ手渡しの活動をすると決まって幹部が現れては「道路使用許可を出せ!」と言ってきては写真を撮ってきます。



人にどうこう言うなら自分の所をどうにかしろよ、と思うものです、本当に常識が無いっす。



私は別にそんな事でいちいち通報などくだらない事はしませんけど、やる事はしっかりやるべきでしょう。


さて、男子部は割と話せるのですが女子部・婦人部はどうもアッという間に逃げてしまう傾向が多いです。


特に婦人部は平日でも遭遇する確率が高いのですがひどいのは5分も経たずに逃げてしまいます。


顕「キリスト教の神父を正本堂に招いた!」

キ「その時、大御本尊様はどこに御安置してたか御存知ですか?完工式ですよね。その後御遷座式があってその時に大御本尊様が正本堂に御安置されたんですよ。けっこう勘違いしている顕正会員の方多いんですが」

顕「あなたとは法論するつもりはありませんので!邪魔しないでください!もういいです!」

キ「ええ・・」


悲しすぎませんかこれは。



昨日は女子部2名と話をしましたが、こちらは上長と思われる女性が対応する形となりました。

私が元顕法華講員である事を言うと「妙信講時代からの人ですか!」と言うので「そこまでおじさんじゃないっす」と和やかにスタートしました、てか話聞くと私の1個下じゃないすか。



ここで、私が顕正会を脱会した理由として顕正会四大謗法(ニセ本尊、塔婆、勤行、葬儀)を上げましたが話していくとどんどんと表情が険しくなり、恐らく後輩である若い女子部員に聞かれたくないと思い、こちらも割とすぐに「もういい、行こう」といなくなってしまいました。



その後夜に話した婦人部の方は一人で配布しており、こちらは元顕法華講員である事を明かしても割とあっけらかんとしており、聞けば法華講員とは何人も話しており慣れているそうです。



お互い一人という事もあり、立ち話ですがじっくりと話す事ができました。 お互い顕正会に入った時期が同じくらいで、横浜・神奈川会館をメインで活動してた事などもあり、特に警戒心もなく穏やかに話が進んでいきました。



最後に曰く、「私が一人だったからこれだけゆっくり話ができたかもしれない、これで2人や3人だったらこういう形にはならなかったかも」との事。顕正会員がすぐに帰れと逃げてしまうのも上長が都合の悪い話を聞かせたくないからなのかな、とも思います。


確かに私が現役で、後輩の前で「ニセ本尊だよ」なんて話が始まったら「やばい」と思いますもんね。



またこちら側の態度も改めて大事だな、と感じます。



残念ながら法華講員であっても最初から喧嘩売るような態度の人もいないとは言いません。
全員の対応なんて見られるはずがないので断定などしません。


ただ仏法とは「法に依って人に依らざれ」なので人で仏法の正邪の判定などできません。


御法主上人猊下は平成30年の夏期講習会の折に

「折伏はけんかとは違います。けんかするのではないのです。
まさか、けんかするのが立派なようには思っていないと思うけれども、邪宗邪義をやっつけなければいけないと息巻いて、勘違いしているような振る舞いをする人もおるのです。

もちろん、邪義邪宗は破折しなければいけませんが、相手の人間性まで、けちょんけちょんに言うようなことをしてしまってはいけないのです。

みんな仏性を持っていて、その仏性を活かすことが大切です。
これが折伏ですよね。そのところが解らないといけません。」



と仰せになってしまいます。顕正会員の中にはホント何なんだお前はみたいな者もけっこう多いです。

ただそこで私達法華講員は六根清浄された姿を見せつけてやらなければなりません。


ただ強折する事もときには大事です。


樋田さんなどはなんかいつも怒ってるイメージある方も多いかもしれませんが、よく聞けば最初は礼節を保ち相手が訳の分からない事を言い出せば冷静に厳しく言うだけであり、感情的になっている場面などはほぼ無いのが分かります。



やはり折伏というのはこういう事であり、感情的になったり威嚇したりする事が無いようにありたいものです。よく「怒ると叱るは違う」とはいいますが、やはりそういう事でしょうね。



賢者とはどんな時でも余裕があるもので、相手に乗って感情的になる事が無いようにしたいものです。


A野さんなんてあんな人を挑発しまくるようなひどい人間もいますが、そんな時でも「かわいそうだな」と思うものです、私はあまりにも凄い如是相に笑ってしまいましたが・・








2020年05月12日

新しい元顕正会のHP開設

今回、元顕正会有志による新しいHPが開設されました。

https://savekenshokai.org/



元顕正会員による体験談等が実名で、写真と共に掲載されていますので、現役の方は是非目を通してみてほしいと思います。


ちなみに、この「漫画で見る顕正会」というのは実際の元顕正会員の体験談を素に描かれています。


最近入った現役の方などは「そこまでひどくないよ!」という方もいるかもしれません。


でも昔の顕正会は本当にそういう時代があったんですよ。


妙にリアルだな、と私は見てて思ったのですが、実はこのモデルになった方は元神奈川男子部の方なんです。 私も当時の神奈川男子部をリアルに体験していたので非常に共感できます。それだけ当時の神奈川男子部は凄まじかったんですよ。


対象者は基本、「入信するまで粘る」のが当たり前でした。


思い出に残ってるのは、千葉の柏の自宅拠点に向かうのに、対象者を車に乗せたのですが、この時点で本当に渋々でした。 そして国道6号線を走っている時に突然対象者が車から降りようとしたので私はドアロックを連打して対象者を怒鳴り散らし、わざと右側の車線へ車線変更をして降ろさないように必死でした。


また、ときわ台のマクドナルドで突然対象者が逃げ出したので、そこで「オイコラちょっと待てよ!」と追いかけたり、また別の対象者には駅まで逃げた対象者に対して自動改札機に切符を通さないように手で塞いだり(当時はICカードなど無かったので)


またある副長は逃げる対象者のTシャツを掴んで破ってしまったり、また新横浜のマクドナルドで「今日はこれで・・」と1000円札を出してきた対象者にブチ切れて座ってた椅子ごと吹っ飛ばしたり・・


また会館の狭い食事をするスペースに対象者を呼び出して、総支隊長が応援に入るのですが、相手が断ろうとすると「え?なんでなんでなんでなんで?」と追い詰め、「世間の人間なんてよ、誰も救ってくれねえんだよ!」と追い込むわけです、ここまで来たらもう「やらざるを得ない」わけです。


ま、結局誰も救ってくれねえのは顕正会なんですけどね。すぐ見捨てるし。


と、色々書きましたがこれでも極一部なんですよ(笑)


それが当時の姿だったんです。だからあながちこの漫画が嘘を書いているとは言えないというわけですね。


ちなみにこのような激しい気性だった私ですが、今日蓮正宗に来て驚くほど穏やかになっています。


多分今の私を知っている方は到底怒鳴ったり、拉致ったりするような人物には見えないと思います。


このように、顕正会にいると本当に命が荒れてきてしまう傾向があるのです。


もちろん当時の空気に飲まれているだけで、顕正会員がみんなそうだとは言いません。本当に幹部でも紳士的で落ち着いた方もいる事は知っています。


ただ現在の教学部の振る舞いは本当に酷いものがあります、まるでかつての自分を見ているようでした。



六根が不浄になるとそのような振る舞いになってしまうのですね。


さて、今回顕正新聞で関御尊師の反論に対する再反論が掲載されました。色々ツッコミどころはありますが、結局顕正会側は根本である部分を隠し、「浅井先生はこう仰ってる」と述べています。


法論に於いて破門された在家の言う事など論点になりません、だから浅井教と言われてしまうのです。


ここに両方の記事を掲載しますので、是非見比べてどちらが正しいのかを精査してほしいと思います。

関御尊師.jpg菅原.jpg

2020年05月04日

正しい信仰とは「根本」が大事

現在、幻の総支隊長さんのブログのコメント欄が盛り上がっています。

http://blog.livedoor.jp/maboroshi7729/archives/40497366.html#comments

顕正会員・法華講員、更には末端の顕正会員も含めてなかなか楽しい事になっています。



「天母山戒壇説」についてがメインですが、こんなものはとっくに破折され尽くした事です、ちょっと検索かければいっぱい出てきますからね。



しかし幻さんも仰ってますが、天母山云々がどうであれ、顕正会はそもそもの根本が間違っているのです。



顕正会は結局、根本的な問題を突きつけられるのが痛いので、教学部連中は特に枝葉の事や戒壇義で喚くしかありません。


本尊を勝手に作り、塔婆を否定し、在家で葬儀をやり、勤行を勝手に変える。


これらについて顕正会から「ほう」という反論がありましたでしょうか?一つも無いではないですか。



当然なんですよ。血脈が繋がっていないんですから。



化儀抄二十七条(要集一巻六四)

・第九世 日有上人 信と云い血脈と云い法水と云う事は同じ事なり、信が動ぜざれば其の筋目違うべからざるなり、違わずんば血脈法水は違うべからず(中略)出世には師匠の心中を違へざるが血脈法水の直しきなり、高祖已来の信心を違えざる時は我等が色心・妙法蓮華経の色心なり。


第59世 日亨上人『有師化儀抄註解』

信心と血脈と法水とは要するに同じ事になるなり、
信心は信行者にあり・此信心に依りて御本仏より法水を受く、
其法水の本仏より信者に通う有様は・人体に血液の循環する如きものなるに依りて・信心に依りて法水を伝通する所を血脈相承と云うが故に・信心は永劫にも動揺すべきものにはあらず・攪乱すべきものにあらず、
若し信が動けば其法水は絶えて来ることなし、爰に強いて絶えずと云はば其は濁りたる乱れたる血脈法水なれば・猶仏法断絶なり、
信心の動かざる所には・幾世を経ても正しき血脈系統を有し仏法の血液活溌に運行す、
其は世間にて云えば子は親の心に違はす祖先の定めたる家憲を乱さぬが・其家の血統正しきが如く・仏法には師匠の意中に違はぬが血脈の正しき法水の清らかなるものなり、
仏法の大師匠たる高祖日蓮大聖開山日興上人已来の信心を少しも踏み違えぬ時、末徒たる我等の俗悪不浄の心も・真善清浄の妙法蓮華経の色心となるなり此色心の転換も只偏に淳信篤行の要訣にあり、
若し此の要訣を遵奉せずして・不善不浄の邪信迷信となりて仏意に違う時は・法水の通路徒らに壅塞せられて・我等元の儘の粗凡夫の色心なれば・即身成仏の血脈を承くべき資格消滅せり。(富要一―一七六n)



これは極一部ですが、これだけでも血脈に違う事が間違っているのか、よく分かります。


日如上人猊下も平成23年の夏期講習会に於いて
「まさに今日の、下種三宝を破壊した池田創価学会、あるいは血脈を否定した自称正信会、または顕正会、これらの者たちは、まさしく『信なくして此の経を行』ずる者になるわけですから、この御文の御指南のように、いくら拝んでも功徳はないのです。根本のところが間違っているわけですから、そのような者は『手なくして宝山に入り、足なくして千里の道を企つるがごとし』であると、大聖人様は厳しくおっしゃているのです」と仰せになっています。




顕正会は今、日如上人猊下の事を「優柔不断」「前科ある」などと「伏して拝す」からだんだんと誹謗にシフトしていっていますが、猊下は既に9年前の時点で「根本から間違っている」と斬られているのです。



結局、門外漢の顕正会がいくら頑張っても、根本が間違っている故に功徳が無いのです。功徳だと思いこんでるのは「魔の通力」であり、魔の通力に誑かされ、本質を見失い、「功徳とは六根清浄の果報なり」との大聖人様の仰せの如く六根清浄からかけ離れていっていないでしょうか?



どうか今一度顕正会員の方には視野を広め、もっと調べてほしいと思っています。今はちょっとググるだけでいくらでも情報が入ってくる時代なのですから。



こういうブログを見ているという事は既にそういう見識を持っての事だとは思いますが・・

2020年04月08日

疫病と南条時光殿

新型コロナウィルスの蔓延は現在、凄まじいものがあり、これを書いてる現在、実に都内で144人の感染者が出たとの事です。


国は7日、緊急事態宣言を発令し、私の住む神奈川もその地域に入っています。


8日の今日、仕事をしていましたが普段多くの通勤者が行き交う渋谷駅前もまるで日曜日の朝のようでした。またラッシュ時にもかかわらず立客が出る事もなく座席は多く空いていました。



公共交通事業者は今大変です、乗客が少ない分、減便したくてもその分車内が混み合う事で濃厚接触のリスクが高まる為通常通りの運行を確保せねばなりません。



しかしスカスカの電車やバスを大量に走らせる事はコスト的にも非常に効率が悪いのです。


公共交通とはいえ商売です、お店で例えれば全然売れない商品を大量に仕入れるようなものです。



民間企業でありながら国の支援も期待できないのです。



そして不特定多数の乗客と触れ合う我々従業員の感染リスクは厳しいものがあります。



なので是非とも優しい目で見てほしいな、と思う今日この頃です。






ところで先日、友人から1本のLINEが来ました。


友人は宅配スーパーの配送をしているのですが、どうも都内の某所で休憩の為、車内で食事をしていたら顕正会員に声を掛けられたそうです。


曰く「コロナから守られる」とか・・


またSNSなどを見てもそう言った事を言う顕正会員が多いようです。


そもそも、休憩とはいえ勤務中に声をかけるのもどうかと思うし、宅配スーパーは外出自粛の影響で、非常に多忙だと聞いています。


そして何よりも、正しい信仰していればコロナにかからないとは言えないのです。


ここで、平成24年2月1日号の大白法より、南条時光殿の事が書いてありますので転載したいと思います。

 南条時光殿には、五郎という六歳違いの弟がいました。五郎に対面した大聖人様は、
 「肝ある者かな、男なり男なり」 (御書 一四九六n)
と評され、時光殿と共に南条家を支える立派な青年として期待されていました。
 しかし弘安三(一二八〇)年九月五日、五郎は不慮の事故で亡くなってしまいました。
 五郎の死は、南条家の悲劇であったばかりでなく、身延(山梨県身延町)にいらした大聖人様も、
 「人は生まれて死するならいとは、智者も愚者も上下一同に知りて候へば、始めてなげくべしをどろくべしとわをぼへぬよし、我も存じ人にもをしへ候へども、時にあたりてゆめかまぼろしか、いまだわきまへがたく候。(中略)まことゝもをぼへ候はねば、かきつくるそらもをぼへ候はず」(同n)
と、あまりのことに何と書いてよいのか判らずにおりますと仰せられています。
 しかし、また、
 「さは侯へども釈迦仏・法華経に身を入れて候ひしかば臨終目出たく候ひけり」(同n)
と仰せられ、大聖人の仰せのままに法華経を信仰しているのであるから、たとえ不慮の事故であっても、必ずや成仏したであろうと述べられております。
 大聖人様は残された母の後家尼に対して、四十九日のお手紙で、「乞ひ願はくは悲母我が子を恋しく思し食し給ひなば、南無妙法蓮華経と唱へさせ給ひて、故南条殿・故五郎殿と一所に生まれんと願はせ給へ」(同 一五〇九n)
と心温まる御言葉をかけられると共に、いよいよ証大菩提のために御題目を唱えていくよう励まされています。
 南条時光殿や後家尼は、大聖人様の御言葉と共に、五郎の不慮の事故死という大きな悲しみを受け止め、菩提を弔うと共に、いよいよ信仰に励んでいったのです。

 しかし、全国的に猛威を振るった疫病が、弘安四年の夏頃に時光殿を襲いました。五郎の死に続いて、南条家に苦難が降りかかったのです。弘安五年二月頃、時光殿の病はにわかに重くなってしまいました。
 「時光病篤」の報せは、すぐに大聖人様のもとに伝えられました。大聖人様は、御自身も御病気が続いており、おそらく満足に筆を御持ちになれない状態だったのでしょう。弟子の日朗に代筆を命じて日興上人への書状を認めさせ、御秘符を託されたのです。
 しかしその三日後、大聖人様は病の体を押して筆を執り、『法華証明抄』を認められました。
同書では、
 「鬼神めらめ此の人をなやますは、剣をさかさまにのむか、又大火をいだくか、三世十方の仏の大怨敵となるか。(中略)永くとゞめよ永くとゞめよ。日蓮が言をいやしみて後悔あるべし、後悔あるべし」(同 一五九一n)
と、
 「法華経の行者 日蓮」(同 一五九〇n)
として、南条時光殿を悩ます鬼神に病を治すように強く命じられています。
 こうして大聖人様の御祈念と日興上人の激励を受けて、時光殿は強盛な病魔を退散せしめ、さらに五十年の寿命を延ばしたのです。

と、あります。

強情な信心の南条時光殿でも、当時流行していた疫病に感染しています。

大聖人様御自身も病の身でありながら筆を執り、激励をされた大慈悲に大きな尊さを感じます。


つまりはどのような困難であろうと、正しく血脈の元、強情に信心していく事が大事なのです。


それは顕正会ではありません。浅井会長に血脈が繋がっているのでしょうか?


何故、浅井会長だけが正しいと断定できるのでしょうか?


どうか何が正しいのかを盲信せず、客観的に見て頂きたいと思います。

2020年03月21日

顕正会はブラック企業?

キッコーマンです

コロナの関係で今、社会全体が大きく沈んできており、寺院の行事も中止・自粛が相次いでおり、令和3年の大佳節を迎えるにあたる大きな魔だな、と感じます。



御法主上人猊下は年頭の辞において大きな障魔が来ると仰せられましたが、早速このような魔が競い起こるとは、まさしく令和3年の大佳節の大事さがわかります。



この影響は経済にも大きく関連し、私の会社でも大きく売上が落ちています、観光バスの仕事が大きく減り、ディズニーランドを始めとした各施設の休業による運休、一般路線バスも見るからに乗らなくなってしまっています。 会社全体で億単位のマイナスになっているのが現状だったりします。


これはあくまで私のしがない凡夫の憶測ですが、2年前より始まった顕正会の猛烈な宗門誹謗、寺院攻撃はまさに猛烈な謗法です。この謗法行為が一国に蔓延した時にまさにこのような状況になったのは立正安国論の


「世皆正に背き人悉く悪に帰す。故に善神国を捨てゝ相去り、聖人所を辞して還らず。是を以て魔来たり鬼来たり、災起こり難起こる」(p234)の姿であると感じます。


顕正会の謗法こそ亡国の原因です。



ところで話は変わり、スマホでネットを見ていると漫画の広告を目にする方も多いと思います。


つい、タップして試し読みをしてしまうのですが、その中でこのような漫画がありました


「社畜が異世界に飛ばされたと思ったらホワイト企業だった」という漫画であり、ブラック企業に3年勤めた主人公がホワイト企業に飛ばされたという漫画で、コメディー要素が強く重い内容でも何でもないので気軽に見られます。



これを見ていて、思わず顕正会から日蓮正宗に来た自分に当てはまるような気がしました。


ではブラック企業の特徴とは何なのか、

https://roudou-pro.com/columns/57/ 
ここから抜粋させてもらいますと


特徴1|長時間労働・過重労働
特徴2|休日が少ない・有給が取れない
特徴3|給料が低い・最低賃金を下回っている
特徴4|残業代が出ない
特徴5|謎の雇用契約
特徴6|従業員の入れ替わりが激しく離職率が高い
特徴7|募集要項にやる気や情熱の言葉が多い
特徴8|上司や社長は絶対のトップダウン
特徴9|パワハラやセクハラの横行
特徴10|精神論がよく出てくる


何か、顕正会に似ていると思いませんか?


今はだいぶマシになったようですが、特に私がバリバリやっていた平成13年から凄まじかったです。



折伏(勧誘)は逆縁が絶対許されず、逆縁の報告をすると上長から怒鳴られるのもザラで夜遅い時間であろうと「ここらか今日一名絶対やれ」と言われたものでした。



また当時学生だった私はスーパーでアルバイトをしていましたが、スーパーで土日休むなどとんでもない話ですが、それでも日曜日は絶対休ませてもらいました、その代わり土曜日に出勤したのですが、突然T隊長(当時)から電話がかかってきたと思うと電話が爆発するんじゃないかと思うくらいに「てめえ!何土曜にバイト入れてんだよ!ふざけんじゃねえぞ!」と大声で怒鳴られました。



また支隊誓願の遅れの緊迫感は凄まじく、日曜勤行終了後の集まりではT隊長の猛烈な怒りが隊員や支隊員の凝縮させていました。



また会館の電話コーナーではT隊長が仁王立ちで見張っており、名簿で段取りを当たっていると「オイ、まだ出ねえのかよ」「あと30分で出せ」と煽られます、これが出ない時は悲惨で朝から22時半の会館が閉まる時間まで永遠と続くのです。



もちろん会館が閉まってからも駅へ移動し、駅の公衆電話で当たるのです。



また当時はコンビニのampmがあり、そこで携帯電話の充電ができるのですが、それで出ようとすると「オイ、どこ行くんだよ」と引き止められます、まさにトイレにすら行けないブラック企業の姿ですね。



唱題しようと3階の礼拝室に行こうとすれば「逃げの唱題」と言われたものでした。



このように挙げればキリが無いのですが、最近顕正会に入った方は実感しない部分もあるかもしれませんが、私が活動していた時期はまさにそのような環境でした。


とはいえ現在でも深夜まで戦うというのは常であるようですね。



そのような環境でしたので、私が日蓮正宗に移った時には夕方に活動が終わると「え、もう終わりなんですか?」と思ったものでした。顕正会では夕方に帰るなどまず無かったので。



翌日の仕事に影響が出るといけない」、「無理して仕事に影響が出ないように」「体を壊してはしょうがない、無理せずにやっていこう」という言葉を聞く度にまさに漫画のブラック企業からホワイト企業に移ったような感覚でした。



趣味やリラックスできる時間も十分に取れ、より人間らしい生活が送れるようになったと思います。



顕正会時代は会社の仲間と旅行に行ってる最中に電話が来て「法戦の最中に旅行なんて行ってるんじゃねえ」と言われたものでした。



また日蓮正宗に来てからも当然、誓願がピンチな時もあります、でも御住職も講頭も決して追い詰めるような事はしません。むしろデンと構えており心の余裕を感じます。



そういった事を漫画を通して感じたものでした。


顕正会は脱会したい、でも顕正会のトラウマで日蓮正宗に行くつもりは無い。という人も多くいると思います。でもまさにブラック企業からホワイト企業に移ったような感覚になりますので、一度元顕正会の法華講員の話を聞いてみる事をオススメします。


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