2018年07月10日
今の古代史は 当時の権力者の「辻褄合わせの作り事」?
今の古代史は 当時の権力者の「辻褄合わせの作り事」?
◆「日本史」の始まり より
古代史の解けない謎
高校迄の歴史の授業で不思議だった事の一つに、邪馬台国の女王・卑弥呼の存在があった。例の「鬼道に仕え好く衆を惑わす」と云う人だ。勿論彼女に付いて書かれた書物はそれこそ星の数程あり謎めいた存在である事は間違い無い。
只、何より気に為るのはその「後」の様子である。特に気に為ったのは、彼女の存在と天皇家の系譜（皇統）との関係だった。彼女は「天皇」では無いのか。
卑弥呼が使者を送ったのは「三国志」で有名な曹操の孫である魏の皇帝・曹叡の時代。勿論彼女は３世紀の実在の人物である。何故実在だと言い切れるかと云うと「三国志」が「歴史書」だから。彼女は王朝毎に歴史書を編纂する文化を既に有して居た中国に使者を送りそこに記録された訳である。
そうした事もあって「卑弥呼」と云う漢字の名前は彼女が自ら付けたものでは無い。何等かの形で「ひみこ」に近い発音の名前だったとは思うけれども、当時は未だ漢字が使い熟されて居ない（勿論平仮名も無い）。「卑弥呼」の名前は発音を聞いた中国からの当て字である。
そうした事を記録している「三国志」の一部としての「魏志倭人伝」は、晋（西晋）の人である陳寿によって３世紀の後半に成立した歴史書である。３世紀前半、卑弥呼から魏に使者が送られた時から半世紀程の間に書かれたと云う事に為る。
詰まり「三国志」は、言及する王朝が滅んだずっと後に成立した「後漢書」等と違い次の王朝である晋の早い時期に成立した当時の「現代史」なのだ。多くの「歴史の証人」が存命だった筈で、所謂「オーラルヒストリー」も試みられたかも知れ無い。陳寿自身も三国動乱の末期、蜀の滅亡後に洛陽に移り住んだ人であると云う。
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気に為りはじめれば次の様なことも気に為る。７世紀初めより継続的に中国に遣いを送る様に為った時（遣隋使）、彼の地で手に入れたであろう歴史書（当時既に「三国志」「後漢書」は成立している）に「卑弥呼」の名前を見つけたであろうと云う事だ。
少し時代は進むが唐書（旧唐書)の８世紀頃に付いての記述には、
《使者達は、得る所の錫賚(しら) いにて尽(ことごと)く文籍を市(か)い海に泛(うかび)て還る》
とある。詰まり、賜(たま) わった宝物を直ぐに売って全て本に代え海を渡って帰って行ったそうだ。（私はこの小さなエピソードが大好きだ）その中に中国の歴史書が含まれて居たであろう事は想像に難く無い。と為れば「卑弥呼」と呼ばれた過つての「倭王」が自分達とどの様な関係にあるのか説明しなければ為らない筈だろう。一体どうしたのだろう？歴史の授業でもどうもそこが誤魔化されている様に感じたのである。同じ「唐書」には、更に次の様な記述がある。
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《日本国は倭国の別種也。或いは曰く、倭国自ら其の名の雅(はな)やか為(な)らざるを悪 (にく)み、改めて日本と為す、と。或いは云う、日本、旧(ふる)くは小国為れども、倭国の地を併せたり、と》
更にこの部分の直後には、次の様にあるのである。
《其の人、唐の朝廷に入る者、多くは自ら大を矜(ほこ)り、実を以て対(こた)えず。故に中国は焉(これ)を何処まで真なりやと疑う》
中国側は納得して居なかった様だ。何よりも倭と日本の関係が彼等には好く伝わって居ない。だからこの「唐書」には「倭国伝」と「日本伝」の両方がある・・・のである。但し、これ等の事を教えると、きっと「日本史」教育は混乱する。
それでも諸説ある中、おおよその話として倭と日本に付いての区別を簡単に教えて置く必要があるのではないか。この辺り、歴史を体感する為にも重要なポイントの筈である。
先ず「親魏倭王(しんぎわおう)」の称号や「魏志倭人伝」と云うタイトルに見られる「倭」とは、中国から見た、大体この列島に住む人々に付いてのザックリした総称（他称）である。その細かい内部事情について中国の側に余り深い拘りは無かっただろう。
あの辺りは全部「倭」でしか無く、そこに住んで居る人は「倭人」。逆にだからこそ古代の「倭」の有力者達は中国に対して使いを送り（中国からすれば）あの辺のナンバーワン、或いはまとめ役としての「倭王」に付いて名乗りを認めて貰おうとした訳である。
ずっと後、中世に活躍する「倭寇」のどう猛なイメージにより「倭」の意味も少しは変わったかも知れ無いが、一方で「倭」には「矮小」の意味もある。何れにせよ徳の低い人の事だ。これは未だに東アジアの意味秩序に影響を与えている。
詰まり「倭」とは当事者による名乗りでは無く「文字の文化」による一方的なラベルなのであった。勿論、侮蔑の意味を知りながらも漢字を持たず書物を作る事が出来ない「倭人」達は、その力を後ろ盾とする必要もあって「倭王」の称号を欲しがった。
けれどもある時点でそうした「ザックリとした総称」である「倭」を捨て「倭王」の称号を欲しがら無く為った。それは「日本」を名乗り始める必要性があったと云う事だ。
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こちらは漢字を使った自称である。それは何時の頃の事だろうか。処で倭（わ）をより良い意味の「和（わ）」に置き換え、それが諸処を統一し大きい倭に為ったと云うのが「大和」である。そう考え無ければ「大和」と云う漢字の読みが「やまと」である理由が分から無い。
これは現在の滋賀県に当たる近江の読みが「おうみ」であるのと同じで意味から来る当て字である。倭（わ）を和（わ）に置き換え「大」を着けて、自分達の集合表象である「やまと」の読みを当てたのは、当時の支配層のナショナリズムだろう。
そうした支配層のナショナリズムの決定打として「日本」が考案されたのはもう少し後に為る。その起源にも色々な説明がある様だけれども、国号としての強固な自覚を伴う様に為ったのは８世紀、奈良時代における「日本書紀」の成立と関連している。
歴史の授業で疑問に思ったのはこの辺りの事もあった。もう少し言えば「日本」と云う国号が出来る以前について、果たして「日本史」は可能なのかと云う事に関連する。不可能だと言っている訳では無い。或る地域や人々の「歴史」が、どう云った意味で「日本史」で扱う内容と為るのかと云う事に関する説明、或いはそもそも「日本」の定義、或いはその同一性が「日本書紀」と云う歴史書の成立と関連して居ると云う事を教える必要は無いのだろうかと云う事である。
只それで居て「日本書紀」に「卑弥呼」と云う名前の人物は出て来ない。けれどもそれで本当に大丈夫だったのだろうか。「日本書紀」は漢文（当時の中国語）で書かれ「中国に自分達の正統性をアピールする為の歴史書」だと教わるのにである。
繰り返す様にここで中国側は「倭」と「日本」の関係が好く分から無く為っており、その正統性を少し疑って居る様にも見える。新規の国号「日本」が胡散臭く思われて居た可能性である。
卑弥呼に関しては、神功皇后に当て嵌め様とした形跡があると云う。けれどもこれも無理な話だ。60 年単位の年代のズレもさる事ながら、何よりも卑弥呼を神功皇后に当て嵌め皇統の一員にしてしまうと困るのは（天皇では無く皇后と位置付け様とする処もその表れか）女王である卑弥呼との関係が混乱すること、或いは男系では無く為ると云う事だろう。
「魏志倭人伝」にある様に、卑弥呼には弟王が居た筈なのだが、結局彼は天皇では無く、彼女の後継者は登与と云う一族の娘と為るのである。事実を教えている筈の日本史であっても、色々気に掛かって来る事が次々と浮かんで来る。
この辺りの事実を審(つまびら)かにする論争に加わる積りは無いけれども、ここでハッキリと書いて置きたいのは日本史の教科書では『日本』史の成立の辺りで歴史を歴史として語る基準が変わって居ると云う事だ。
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勿論本格的な歴史書の編纂が企画される天武天皇以前の時代については、他国の歴史書を根拠として用いるのは仕方無い。文字によって記録する文化が貧弱であった。そもそも歴史書編纂と云うのが外国産の政治技術の輸入なのである。
だからこそ、外国からこれを一生懸命学びながら「日本」と云う国号が成立した事、そしてその成立に伴って破棄･消去されたかも知れ無い数々の「そうで無い」歴史が存在して居た可能性について言及して置く事が歴史の理解を豊かにする。
狭義の「日本史」が奈良時代から始まる事に為ったとしても、それでも世界有数の歴史を持つ事には変わり無いのだから。
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◆内乱と神話
もう少し話を続けよう。蔑称(べっしょう)が込められた「倭」の代わりに国際的な国号としての「日本」を名乗ろうとした時、将に同時に日本にも「文字の文化」としての歴史書「日本書紀」が誕生した。その成立を巡る中心人物は、本格的な律令国家＝奈良時代を準備した天武天皇。古代史最大の内乱、壬申の乱（672 年）を勝ち抜いた英雄である。
そもそも内乱と云うのは、それが内乱である限り統一される「全体」が意識されて為される戦争である。詰まり自ら「内側」と定めた範域を越えて為される「征服」や「侵略」の意味論を併せ持って居ない。
天武天皇は「内乱」を戦う事で、それが将に統一されるべき全体である事を遂行的に示す。それが将に「日本」であった。 その為「内乱」は、その終結後の再統合のプロセスを伴っても居る。対立を解き共に生きる事を約束すると云うプロセスだ。
例えばアメリカの大統領選の後の両候補のエールの交換の様なもの。これこそ思いっ切り「内乱」した後にお互いを称え合うと云う、言わば制度化された内乱なのだろう。
壬申の乱で天武天皇が倒したのは、これ又古代史のヒーローである天智天皇（中大兄皇子）の息子であった大友皇子（弘文天皇）。寧ろ逆に言えばこの辺り、天智天皇を自分に並ぶ古代史のヒーローにする事で天智系と天武系の「和解」を進めようとした側面があるのだろう。
天智天皇は若かりし日に、天皇家を圧迫して居た豪族を敢然と倒した皇子。乙巳の変（645 年）である。日本史を学んでいる時にこの中大兄皇子（天智天皇）等による乙巳(いっし)の変（私が習った当時は「大化の改新」と呼ばれて居たけれども）を巡る出来事が妙に生々しく感じられ躍動感に満ちて居た事を思い出す。
若き皇子の清冽なイメージ、陰謀の大胆さとリーダーシップ、決断力が「蹴鞠(けまり)」のエピソード等と絡む。将に「改新」と呼ぶに相応しい、詰まり「神話」だ。 だからもう一人重要なのは天武天皇の妻・持統天皇だろう。
彼女は天智天皇の娘でもある。「夫」と「父」に古代史のヒーローを持つこの持統天皇こそ古代最大のヒロインである。彼女に視点を置けば、父が勝ち取った乙巳の変、夫が勝ち抜いた壬申の乱こそ「日本」を成立させる二つの「内乱」である。
だからこの二つの（当時における）「現代史」的エピソードは「日本書紀」の重要な柱であるし、間に挟まる持統天皇をヒロインとして輝かせる。只二人共国内の政権争いを勝ち抜いた人であり対外的なヒーローでは無い。特に天智天皇等は斉明天皇を扶(たす)けた中大兄皇子時代に、白村江の戦い（663 年）で新羅･唐連合軍に敗れている。必要とされた穴を埋める対外的なヒーローが５世紀末〜６世紀初めの推古朝の「聖徳太子」。
彼こそは日本側の歴史書において重ねる人物が置かれ無かった「卑弥呼」と違い、中国の史書（７世紀成立の「隋書」）に多利思比孤(たりしひこ)として描かれ、８世紀成立の「日本書紀」において聖徳太子に矛盾無く重ね合わされている。
彼こそは、東アジアにおける国際的な政治家の一人だった。遣隋使の手紙の文面には、隋の煬帝にタメを張ろうとしたエピソードが残されている。「天才」とされる人物像によってそれが補強される。 「多利思比孤(たりしひこ)」に重ね合わされた「聖徳太子」と云う天才的政治家の創造。これらも又『日本書紀』の成立と関連して居る。
そしてそれは「皇帝」のコピーではあるけれども、それと外交的にタメを張る事の出来る存在である「天皇」と云う存在を、それまで「倭」とされて来た地域に新たに生み出す事にも繋がった。彼等は皆夫々英雄であり、神話「的な」人物である。
超能力や「天孫降臨」だけが「神話」の条件なのでは無い。古代史（当時の「現代史」）は神話的な制作に満ちているのだ。ここで歴史の「体感」に取って求められるのは、そうした真／偽の判断に留まら無い想像力や「創造」の働きを、将に「歴史」（ここでは「日本史」）の成立の瞬間に見つけ出す事なのである。
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参考文献
加藤徹『漢文の素養――誰が日本文化を作ったのか？』（光文社新書、2006年）
藤堂明保・竹田晃・景山輝國注『倭国伝――中国正史に描かれた日本』（講談社学術文庫、2010年）
遠山美都男『天智と持統』（講談社現代新書、2010年）
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日本史、特に天皇の起源については、上記にあるように「古代史（当時の現代史）は神話的な制作に満ちている。ここで歴史の体感に取って求められるのは、そうした真／偽の判断に留まら無い想像力や創造の働きを、将に歴史（ここでは日本史）の成立の瞬間に見つけ出す事なのである」との如く、優しい眼差しで過去の書を眺め愛情を込めた解釈で受け入れる事なのだろう。上記著者の指摘する疑問は、私と全く同じなことに気が付いた・・・辻褄を合わせ様と、必死に為った当時の為政者の汗と涙と努力の賜物が、現在残る古代史なのだろうか?
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