素敵な「自転車と家庭水族館」

　父の残した「インパール作戦従軍記」 その7


　７．戦闘激化

　　　　　　　　　　

　初の遭遇

　未だ敵機の攻撃も無く白昼堂々とコヒマへ向かって進軍して行った。道路の真ん中に陣地を敷いた山砲隊は、鉄帽も被らず鉢巻きを絞めて威勢良くコヒマを砲撃して居る。砲側には一升ビンの姿も見えた。その夜半から戦闘が始まった。
　敵はあの峻険なアラカン山脈を越えて、よもや日本軍が進撃して来るとは夢想だにし無かったらしく、コヒマ守備の兵員も少なく不意を突かれた英軍のその慌て振りは各所に見られた。急造の掩蔽壕(えんぺいごう)には、砂糖や缶詰、乾パン等が土嚢(どのう)替わりに使われて居て久し振りにチャーチル（当時の英国大統領）給与に在り付いた。
　古川、井上、関口、津島、村田等数名は道路下の沢を駄馬位置と定め、前線の砲陣地への食事の補給等を受け持つ事に為った。沢には腰の丈程ある芹(せり)が密生して居り毎日の食事に貴重な野菜として役立った。

　　　　　

　　　　アラカン山脈

　死の順番

　日増しに戦闘は激しく為って来て中隊でも戦死者が続出した。前線から次々運ばれて来る遺体（遺体と云っても小指一本しか無い）の処理をし乍ら「今日はお前が遣られたか」「明日は必ず俺が行くから先に行って待って居て呉れ」と心の中で語り掛けて居た。
　小野塚兵治君（同年兵）が速射砲と運命を共にした。戦友が、分隊長の戦死と云うので肘から先の遺体を持って来た。片手で受け取った私は思わず遺体を取り落とす処だった。改めて人間の身体の重さに驚いた。
　
　小野塚分隊長の後任に古川義信君（同年兵）が前線で小隊の指揮を取る事に為った。日頃度胸の好い古川君も、激闘の最前線とあって緊張と重責に顔の表情が少し変わって居る。もし、戦死に籤(くじ)と云うものある為らば、弾に当った人は籤運が悪いと云う事に為る、悪い籤は引きたく無いものだ。
　駄馬位置は嫌だ、敵情と戦況が分から無いから何と無く不安で気が滅入ってしまう。明日の命と云う言葉があるが、明日と云う日は今は無い「足った今が俺の人生なんだ」

　　

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　伊藤中隊長の戦死

　最前線と駄馬位置とは時折交替した。司令部高地の戦闘では私は砲側で敵陣地の観測を遣って居た。高地の稜線上に速射砲を据え付け、コヒマ三叉路からデマプール方面に退却する敵軍を上村軍曹の指揮で撃ち捲って居た。その内に敵迫撃砲に発見される処と為り敵の砲撃が始まった。 　
　弾着は次第に迫って来る。「危ないぞ」と壕に身を縮めた瞬間、物凄い炸裂音と同時に壕の中に下半身埋まってしまった。隣の壕から「ウメキ」声がする。咄嗟に壕を飛び出し「隊長が遣られた」「伝令、伝令」「衛生兵、衛生兵」と叫び乍ら中隊長を抱き起こした。指揮班の杉田軍曹が壕から飛び出し「そっちは危無い、こっちへ来いー」と叫びながら誘導したが、グッタリして居る隊長を抱いた３人は思う様に行動が出来ない、そこへ又一発命中した。

　笠原衛生兵が即死、菊池伝令は負傷、私だけが無事だったが、中隊長は其の場に放り出された様な格好に為ってしまった。私は夢中で壕に飛び込もうとするが壕は既に満員で入る余地が無い。咄嗟に皆の隙間に頭だけを突っ込んだ。（頭隠して尻隠さずの自分の姿を思い苦笑いした） 　
　稜線の下に収容した中隊長は苦しみ乍らも部下の事を心配して「皆命を粗末にするなよ、自分を大切にしなさい」と言って其の夜の内に息を引き取った。昭和19年４月５日であった。後に私の鉄帽に親指の腹が埋まる程の凹みがあるのを見付た。戦場での運、不運は紙一重、嫌それ以下かも知れ無い。

　　

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　ドラム缶転がし

　インパール街道は迂回路無しの一本道でデマプールからコヒマを経てインパールに通じて居る。（青海町の親不知街道に良く似ている）軍の正式作戦名は「ウ号作戦」と云うのであるが一般には「インパール作戦」と呼んで居る。本来はインパールを占領するのが目的の作戦であるが、我が部隊は其の一本道を押さえインパールへの敵の援軍と物資の輸送を遮断する任務を持って居た。
「インパール危うし」と、戦車を先頭に重火機を無制限に持った敵が続々とコヒマに集結し、緒戦の劣勢を挽回すべく反撃に出て来た。夜間攻撃でやっと手にした陣地も日中に為ると数十門の砲が一斉に火口を開き、まるで連続落雷の様な炸裂音が半日も続くと、密林のひと山が耕した畑に電柱が数本と云う姿に変わってしまう。そんな攻守が数日続いた。ここでは雨霰の如く等の言葉は通用し無い。私達は、又ドラム缶転がしが始まったと言って居た。

　　

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　黒焦、半熟、生卵

　昼間は敵の猛攻を避けて壕の中に潜み、夜に為ると敵前に這い出し敵さんの食料を盗りに出掛ける。日中の砲撃でパン工場が焼けたと云う。敵前は特に足音に気を使い乍らやっとパン工場を見つけた。「あった」バナナ篭に卵が入って焼けて居る。物音に気を配り乍ら勇んで持ち帰った。陣地に着いて撰り分けて見ると、半分は黒焦げと半熟、下の方は完全に生卵で何ケ月振りかに卵に有り付いた。

　砲を確保せよ

　敵の攻撃は日毎に厳しさを増して来て、小銃隊は夜を日に継いだ突撃に全滅に近い損傷を受け、突撃要員は皆無に等しかった。聯隊長は窮余の一策として非戦闘員の通信中隊に陣地攻撃を命じたのである。基本的な戦闘訓練しか受けて居ない通信兵は、唯の突撃要員に等しくその惨状は目に余るものがあった。（鳩班の残留者、吉田、伊藤もここで散華してしまった） 　
　我が速射砲は戦車を攻撃する対戦車砲でありながら、逆に敵戦車の攻撃により破損が酷く敵を攻撃し得る砲は殆ど無かった。しかし中隊長は、速射砲中隊に砲が無く為れば砲中隊の威厳に関わる、と言って壊れた砲でも絶対に保持せよと命じた。その為速射砲中隊は突撃要員を免れ、結果的に我々の生死を左右する事にも為った。

　その8につづく


　見て好かった　買って好かった　使って好かった!!!

　

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