2018年06月11日
父の残した「インパール作戦従軍記」その5
父の残した「インパール作戦従軍記」その5
５．馬の調達
前線基地の設営
インパール作戦も決定したのであろうか、チンドイン河に程近い「ワヨンゴン」と云う所の部落を避け態々(わざわざ)ジャングルの中に部隊は設営する事に為った。敵機の爆撃を避ける為と作戦を秘慝する為であろう。付近には竹が多く生えて居り兵舎を立てるには好都合だった。竹の柱にチークの葉で屋根を葺き、床と建物の回りは竹のアンペラの囲いで何とか雨露だけは凌げる事が出来た。軍隊と言う処は色々な職業や特技を持った人が居り、馬糞を穴に埋め其の熱を利用して豆モヤシも食べる事が出来た。
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巨大な山芋
馬の退避所を作る為山を削って居ると白い「ネバネバ」した根が出て来た。手で触ると山芋の様だ。根を辿って見ると何と２メートルもある本物の山芋であった。
古川と二人で折ら無い様に兵舎へ持ち帰ると皆も驚いて居た。しかし半分から上の部分は筋が堅く食べられず余り美味しいものでは無い。後で方々捜して見ると至る所に生えて居り、蔓の太さは人の小指程あり、しかも蔓には刺が生えて居る。この地方の人はこれを食べると皮膚病に為ると敬遠して居るらしい。
生活の知恵
文化と云う言葉さえ知らぬ奥地の原住民にも、夫々天然資源を上手に生かした生活の知恵がある。或るジャングルの大木に穴を開け、其の樹液を竹筒に入れて灯火として使って居る。物が無ければ必ずそれに替わる物を見着け出す、代々使って居るのであろうが良くも考え出したものだと感心する。
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再会
馬の買い付けの為「ワヨンゴン」から退り、元駐屯して居たエウーの町付近で１日休養する事に為って、久し振りに「タダウ」の部落を訪ねる事にした。お父さんの「マンポイユ」お母さんの「マコー」「マンコイマン」隣の「マンポーイ」青年、皆元気で居るだろうかと胸を弾ませながら訪問した。家の回りの垣根代わりに植え込まれた「クジャクサボテン」緑の松笠の様な実を付ける「オーダデー」の木、皆当時のままだ。
家の前迄行くと、マコーさんが私を見着け、懐かしそうに走り寄って来て泣きながら「セキグチシャン」「ピヤーレー」（病気）と言って私を裏手の米倉の方へ連れて行った。病気だと云うが、息子でも具合が悪いのかなと思って彼女の後を付いて行った。そこには主人の「マンポイユ」さんが寝て居る。日頃余り肥って居ない彼は益々痩せ細って頭は丸坊主、苦しそうな顔にも懐かしいのか無理に笑って「セキグチシャン、ピヤーレー」と悲しそうに言った。
お母さんの「マコー」さんの話では、私達の前線移動後、日本軍の食糧輸送に部落から7、8名の牛車隊に狩り出され悪性の「マラリヤ」に患り殆どの人が死んでしまったとの事。私は、これは大変だ何とかして遣らねば為らぬ、と早速背嚢から塩基錠（マラリヤの薬）を取り出し彼に遣って「ケサムシブ（心配無い）この薬を飲めば直ぐ治る」と慰めて遣った。
彼は非常に明るい顔になり何度も何度もお礼を言った。私の来て居る事を知った隣の青年「マンポーイ」君が訪れて来て、私のお父さん病気です「関口さん、シロサトクダサイ」（白砂糖）と彼は少し日本語が出来る。そうか、この人のお父さんも病気なのかと思った。「好し、今度持って来て遣る」と言ってエウーの町へ帰って来た。
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再来
それから私達は又方々の部落を馬の買付けに回って、エウーへ帰って来たのが１週間程過ぎて居た。もう一度「タダウ」の「マンポイユ」さんを訪ねてみた。彼の顔色は未だ本物では無いが病気はスッカリ良く為って居て妻のマコーさんに起こして貰い「部落で私だけが助かりました、有難う御座いました」と二人で何度も何度も泣き乍らお礼を言った。
国は違い人種は違っても、皆同じ地球上に生きて居る人間である。困って居る時助けて遣るのは当然の事だ。しかも人間一人の命を救う事が出来たのだと思うと胸に「ジーン」と来るものがあった。妻の「マコー」さんは母家の方から巨大なバナナを持って来て私に食べる様勧めた。
約束
私の来て居る事を聞いた隣の青年「マンポーイ」君が来て「関口さん嘘言いました。私のお父さん死にました」と言われた。サア悪い事をしてしまった。あの時は「マンポイユ」さんの病気の事で頭が一杯だったので、唯何と無く「今度持って来て遣る」と言ってしまった。
病気の父に、責めて日本の白砂糖を食べさせて遣り度いと云う彼の親孝行の気持ちを踏み躙ってしまった、と思うと申し訳無いやら何とも言われぬ気持ちに為って来た。
事実私達は任務があり今日迄来る事が出来無かったのだが、あの時何故ハッキリ其の事を言わ無かったのだろうかと後悔した。私は僅かだが、有り金全部香典の気持ちで彼に差し出した。しかし心を硬くして居る彼は受け取る事を拒んだ。
困った私は、来られ無かった理由を彼に説明し、このお金は君に遣るのでは無いお寺に上げて仏の供養をして呉れ、とタドタドしい「ビルマ」語で精一杯話した。流石仏教国の青年である。お寺へ上げて呉れと言われ私の気持ちが理解出来たらしく「有難う」「有難う」と言って気持ち良く受け取って呉れた。
帰りに、これは普通の米では無いと言って餅米を２升程持って来て呉れた。私は何とも割り切れ無い気持ちで皆の待って居るエウーへ急いだ。
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青春の血潮
馬の買い付けも順調に進み馬の頭数も大分増えて来た。ビルマ人の人夫数名を雇い、兵隊一人監視として道順通り同道し隣部落へ行く事にした。私達は裸馬に毛布を掛け手綱を取ると思いっ切り馬の尻を叩いた。
隣と言ってもビルマの平原地は広い、微かに見える部落の森まで２キロは充分あり、乾季の田圃を真っ直ぐに部落へ向かって突っ走る。馬も若いし我々も若い、馬の背に胸を擦り付け大きな土手小さな畦を跳び越える時のスリルに、青春の血潮が全身に漲って来る。
デジー（村長）の歓待
着いた部落には気に入った馬は居なく村長の家に宿を取る事にした。我々がこの村から１頭の馬も買わ無かったのを喜んだ村長は私達を非常に歓待して呉れた。
ビルマ料理の一番は何と言っても鶏のブツ切り煮と言っても過言では無い。ニンニク、トマト、唐辛子、カレー、あらゆる物を入れて煮込む。一流のコックさんの手に掛かると絶妙な味を出す。アイエー（酒）も出て皆上機嫌に為った。（馬の世話は勿論ビルマ人が全部引き受けて呉れた）・・・ビルマの農家の鶏は殆ど離し飼いで、夜に為ると高い木の上で眠って居る・・・
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珍しいお経
さて目標の馬購入も順調に終わり愈々帰隊する事に為った。時には宿を見つける事が出来ず「ポンジー、チョン」（お寺）に泊めて貰う事も度々有った。
そんな時には絶対に靴を脱いで跣(はだし)に為って本堂へ上がり、先づ本尊様に手を合わせて何事でも良いから口ずさんでお参りをすると「ポンジー」（お坊さん）が喜んで歓待して呉れ、勿論精進料理だが精一杯持て成して呉れた 。
或る時ヒョウキンな兵隊が、何時もの如く本尊様に手を合わせお経を読み出した。「オヤ」と思って聞いて居ると流行歌ではないか。本人は真面目顔で当時戦地で盛んに唄われて居た「勘太郎月夜唄」をお経の節にして唄って居る。
「ポンジー」も真面目に一緒に手を合わせて居るので私達は笑う訳には行かず、後で腹を抱えて笑い転げた。夕食後村人達が集まって来て、日本のお経を教えて呉れと言われて困ったと彼は笑って居た。
ビルマの虎虎除けの炬火
１ヶ月に渡りノンビリとした馬の買い付けの帰路も、ジビュー山系に入ってからは一変して険しい山道と為って来た。私達が馬購買班として出発したワヨンゴンの部隊は、既に前線へ移動して居り兵舎も敵機の爆撃で跡形も無く為って居た。
ワヨンゴンを過ぎてからビルマ人の先導で近道だと教えられた山道に入って来たが、何時の間にか道を見失って谷川に出てしまった。ジャングルの日暮れは早くスッカリ暗く為って来て、もう引き返す事も出来ない。ビルマの人夫は夜に為ると「虎」が出るから行軍は嫌だと渋る。さりとてこんなジャングルの中の露営は猶更危険が多い。嫌がるビルマ人を説得して枯竹で炬火を作り一晩中歩き通し、漸くジャングルを抜け出す事が出来た。いやはや飛んだ近道に為ってしまった。
焼けた飯盒
私達が部隊に追及した所は「カウンカシ」と言う地で、ジビュー山系の末端チンドイン河に近い所だった。山系に降った豪雨が土砂を流し、谷と云うか天然の防空壕と言った処だ。部隊と合流した気の緩みか、朝まで何も知らずに眠ってしまった。誰か大きな声で怒鳴って居るのに目が覚めた。
「オイ!今日は一日飯はお預けだ」
「ハイ」
「明日から何で飯を炊くんだ」
「ハイ」
叱って居るのは同年兵のＡ君、不動の姿勢で立って居るのは補充兵応召の私達よリ年上の一等兵だ。炊飯の水が少無かったのか、飯盒の底に穴を開けてしまったらしい。軍隊と云う処は年より食器の数だと云われる言い伝えがある。しかし一旦戦闘が始まればそんな事は通用しない。
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虎騒動
この付近は竹薮が多く、時々虎や猪の出没が多く不寝番は専ら焚火を切らさ無いのが任務と為って居た。或る夜、異様な物音に不寝番が駆け着けると馬が２頭虎に殺されると云う事件があった。それ以後夜間の行動は炬火を持ち二人以上で行動する様厳しい通達があった。
ジャングルの鳴き声
今日も何時もと同じ爽やかな朝だ。ジャングルは陽が高く為るに連れて賑やかに為って来る。東の山から「キャーン」とも「クワーン」とも云う鳴き声が聞こえて来る。朝食の時其の事が話題に為り、鳥の声と猿の声と意見が分かれ偵察に行く事に為った。
山を二つ越えた稜線の向う側らしい。夫々小銃を手に稜線に這い上った。稜線上に僅か頭が見え掛かった瞬間「キャーン」と言う一声に木の上から「ドドー」と猿の一群が逃げ去った。長閑(のどか)に遊んで居る様に見える猿の仲間にも、外敵を警戒する歩哨が立って居る事を始めて知った。あの死闘の地「コヒマ」へ出撃直前の長閑な朝の出来事だった。
その6につづく
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