2018年06月11日
父の残した「インパール作戦従軍記」その4
父の残した「インパール作戦従軍記」その4
４．ビルマ入国〜エウー集結
ビルマの平原地
タンビサヤからビルマ鉄道に乗り替えモールメンに着いたのが昭和18年7月12日で、モールメンを経てベグーの町に設営する亊に為った。
この街は川沿いにあってナカナカ景色の好い町だ。
街外れに有名な釈迦の寝像があり、50メートルもある巨体を横たえて線香の煙の絶え間が無く、仏教国ビルマ人の信仰の的に為って居る。
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私は、国境踏破の後遺症の熱帯潰瘍の治ら無い身体で１週間の休養の後、北部ビルマの「イウー」地区に先発設営隊として7月19日ペグーを出発した。聯隊甲副官、長家大尉を設営隊長として各中隊から10名位づつ選抜され先行する事に為った。
速射砲中隊では小田少尉を長として、小野塚兵治、関口栄、村田勇、滝沢義一、渡辺正八、渡辺国一、黒埼孝吉、其の他２名が同行する事に為った。
ビルマの汽車も薪を炊いて走るので、火の粉が飛び散り無蓋車輸送の兵隊は軍衣を焼く心配があった。敵に制空権を握られて居るビルマの汽車は昼間の運行は出来ず、夜間のみの運行なのでナカナカ目的地への到着は円滑に行か無い。
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オッパイパゴダの由来
途中爆撃にも遭わず古都マンダレーに到着した。今の首都はラングーンに在るが、現在は昔の面影を残すお城と其の周囲にお堀がありビルマ第二の都会と為って居るが、日本軍の爆撃で無惨に壊されて見る影も無い。昼間でも人影は疎らで民家も余り見当ら無い。我々は通過部隊宿舎に泊る事に為り、そこでは酒もあって久し振りに楽しい一夜を過ごす事が出来た。
明くる日、イラワジ河の渡河点に着いてみると「アバ」の鉄橋は橋脚だけを残し日本軍の進撃阻止の為爆破されてあった。
現地人の話しでは、英軍は撤退の際必ずここは取り戻すから橋脚だけは確保して置くのだと、言って居たとの事・・・ここでも英軍の自信の程を見せ着けられた。
船舶工兵隊の鉄艇で7、800メートルもあるイラワジ河を渡り、対岸の「サガイン」の町に上陸、兵站宿舎に２日間休養する事に為った。（後にこの町は、インパール作戦の撤退患者で地獄絵図を繰り広げられる所だ）
サガインの町は緑の多い大きな街で、シエボー方面に行く鉄道とエウー線の分岐点であり、又ラングーンからイラワジ河を船で塑航する物資の集積地で日本軍の軍事的にも重要な地点と為って居た。その為敵機の爆撃も毎日激しく繰り返し行なわれた。
ペグー出発以来始めて２泊の休養とあって、馬車で「サガイン」の街を見学に出掛ける事に為った。ここの馬車は砂利道の所為もあるが非常にクッションが悪い。その上座席は板張りと為って居て走り出すとお尻の潰瘍が痛い。仕方無く我慢して乗って居ると、街外れに見慣れ無い形の変わった「パゴダ」が見えて来た。馬車の馭者はその「パゴダ」の由来を詳しく説明して呉れた。
・・・昔この地方を支配して居た王様は、若くして美しいお妃を亡くし嘆き悲しんだ挙句お妃の乳房を型取って建立したのがこのバゴダで、カンムドウパゴダと云うが、通称オッパイパゴダと呼んで居る・・・そう言われて見ると成る程オッパイの形にソックリだ。やがてサガイン２日間の休養も終わりエウー線の目的地に向かって出発した。クッションの悪い馬車が潰瘍の膿を全部出して呉れたのか、その頃から自然と治って来始めた。途中「モニワ」の町に下車し１泊する事に為った。
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モニワの町
この町は小京都を思わせる様な静かな町で、裏手には「チンドイン」河の豊かな水を滔々(とうとう)と流して居る。街の中心部は爆撃により殆ど廃墟と化して居たが、ここはこの地方の仏教信仰の中心地と為って居た。（地方の村々で「モニワ」はどう為って居るか、と良く聞かれた事があった）
異様な光景
７月30日 エウー線の終点に到着した。ここは小さな田舎町だが何処と無く落ち付いた雰囲気のある街で、辺りは草叢が多く隣村へ行くにはかなりの距離がある。この駅の付近で異様な光景に出合った。
私達の降りた汽車は折り返しエウーの駅を緩やかに走り出すと、線路の両側に居たビルマ人が何やら大きな幟を持って汽車を見送って居る。汽車が近付くと其の人達は一勢に両手を上げて「バンザイ」の様な仕草をして居る。車窓から身を乗り出して盛んに手を振って居る人達は皆泣いて居る様だ。
汽車が近付くと、見送りの中の一団が汽車を追い掛けて走り出した。子供や若い奥さんだろうか、又年老いた親か、皆目を真っ赤にして涙を拭こうともせず何やら叫びながら走って居る。
其の人達の持って居る幟には「国境建設奉仕隊」と書いてあった。そうか、この人達もあの生地獄の泰緬鉄道建設に狩リ出されるのか。残された親子も、作業の苛酷さを噂に聞いて知って居るから泣いて別れを惜しんで居るのであろう。果たしてこの人達の中で何人生きて帰れるだろうか、内地の出征兵士を送る駅頭の光景が浮かんで来た。
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タダウの部落
エウーからの道は細いデコボコ道で、両側には雑草と一緒にピンクの綿毛を付けたオジギ草が群を為して咲いて居る。軍靴で触ると一勢に葉を閉じて私達に挨拶して居る様だ。
ここは数十戸の集落と為って居て、殆どの家は竹の柱に椰子の葉で屋根を葺いてあり窓の無い粗末な家が多かった。村には井戸が一箇所しか無く、煉瓦で積み上げた井戸の回りには「メマー」（主婦）達の社交の場と為って居て、言って居る言葉は判ら無いが話に花が咲いて居る。昔からある井戸端会議と云う日本の言葉は、或いはこの国が先祖かも知れない。
私達は「マンポイユ」さんの家を兵舎として借りる事に為った。一見２階に見えるこの家も、実は高床式の家で床下は牛の寝床に為って居た。家族は裏手の米倉に住まいを移し母家は私達に住ませて呉れた。家主の「マンポイユ」さんは、体格はガッチリして居り垂らせば腰迄も来る髪を無造作に束ねて居る。ビルマ人は男女とも髪を長く伸ばして居るので始めの内は男女の見分けに苦労した。
妻の「マコー」さんは、背が高く骨太でお世辞にも美人とは言え無かった。一人息子の「マンコイマン」は５才位の我がまま盛りで、親の言う事を聞かず時々「コイマン、コイマン」と叱られて尻を叩かれて居た。ビルマの男性は名前の前に「マン」と呼称を着け、女性には「マ」と云うらしい。
隣の家には「マンポーイ」と云う青年が居り、夕方に為ると毎日遊びに来て彼に日本語を教えたり、又ビルマ語を私達が習ったりした。時には南十字星を見上げ乍ら彼の将来の抱負を聞いたり、日本の事を語って聞かせたりして、熱帯の夜の更けるのも忘れて語り合った事も度々あった。
英国の植民地だったビルマは、現地人と白人とは一定の距離を置き、絶対に同等の対話やレストラン、集会所等あらゆる処での同席は許され無かった。日本の兵隊が来てからは、ビルマ人大衆の中に溶け込んで汚い家の中まで入り込み、同じ釜の飯を食べたり手真似足真似で話をする等信用され、あらゆる処で好感を持たれた。
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さて、道一つ隔てた所にビルマ酒を作って居る家があって、そこの主人は大学を出たと云うインテリーだった。彼は酒が強く、ある日小野塚兵治君（コヒマで戦死）と飲み比べを遣ったが、流石酒豪の小野塚君も頭を下げたと云う。
その妻がビルマ人には珍しく色白で綺麗な顔形をして居て、一目見ただけで気も遠く成る程の美人だった。その容姿を自負してか凄く気位の高い女だった。一人娘の「マッケンセ」は６才位で母親に似て器量も好いがナカナカ気の強い女の子だった。
我々設営隊は真っ先に便所の設置から取り掛かった。衛生観念の乏しいこの国の農村部は殆どの家には便所が無い。人が草薮に入って行くと犬が後から付いて行くと云う話には頷けるものがある。
「マンポイユ」さんは大の親日家で、私達の作業の終わる頃を見計らって「ブランデーとお摘み（そら豆とお茶の葉を油で炒めたもの）」を毎日持って来て呉れた。１週間後に来る予定だった本隊が大巾に遅れ、全員集結し終ったのが１ヶ月後だった。部隊が到着すると「タダウ」の小部落も俄然活気付いて来た。
しかし今度は今までの様なビルマ人との家族的な生活が破られ、私達が１ヶ月間掛かってやっと築き上げて来た部落民との「コミュニケーション」が崩される様な事件が度々あった。その都度私が中に入り、タドタドしいビルマ語を駆使して部落民との調和を諮った。
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愛国の花
或る日、エウーの設営隊本部より映画会を開催するから見に来る様にとの連絡があった。南方へ来てから映画等始めての事だ。「愛国の花」と云う題名からして、劇映画だろうか、まさか「メロドラマ」等来る訳は無い。
あれこれ想像しながら会場ヘ早々と行き上映開始を今や遅しと待った。愈々上映された画面には、男女大勢の合唱隊が愛国の花と云うコーラ スを、
「真白き富士の気高さを 心の強い盾として
御国に尽くす女ならは 輝く御代の山桜 地に咲き匂う国の花」
と唄って居る、この歌が終ると本題の映画に為るのだろうと最後まで見て居たが、到頭唯ただ歌の宣伝だけで終ってしまった。期待して居ただけに裏切られた時の虚さが大きく胸に応え、帰りの２キロの夜道は暗く遠かった。
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黒崎君の武勇伝
部隊が着いた数日後、中隊内で大変な事件が起こった。クアラカンサール出発以来、泰緬国境の苦難と数ヶ月に渉る行軍の後、要約一応の目的地エウーに無事集結が終った事を祝って各小隊毎に会食をする事に為った。
皆夫々料理の腕を振るって会食も終わりに為る頃、黒崎孝吉（現存）がコッソリ遣って来て、今晩遣るから22次兵は全員集まって呉れと言って来た。私は何の事か良く分から無かったが同年兵で一杯遣るのかなと軽い気持ちで飯盒に天麩羅を入れ「源ちゃん行こうか」と井上源治を誘ったが、彼は余り良い返事が無かったので私一人で出掛けた。
黒崎君の所へ行って見ると異様な雰囲気に驚いた。アチラコチラで「ゴソゴソ、ヒソヒソ」これは何か始まるぞと悪い予感がした。若林見習士官が私を見着けて「おー関口来たか、これからは作戦が始まるとこんな呑気な事は出来ん、今日は大いに飲もう」とナカナカのご機嫌である。
サテは何かあるぞと思った私の予感が的中してしまった。誰かの合図で、回りに居た兵隊が一斉に見習士官に殴り掛かる。「上官に向かって何をするか」と強気を言って居た彼も、多勢に無勢とても適わんと姿を消してしまった。
殺気立って居る兵隊は彼を捜すが到頭見付ける事が出来無かった。巻き添えを食った形に為った私はこの場に居たからには言訳が出来ず困った事に為ってしまった。井上源ちゃんはこの事を事前に知って居たのだろうか。上官侮辱の罪で重営倉は間違い無いと覚悟をした。
サテ、明くる日公用で聯隊本部へ行くと通信隊の神林伍長に「速射砲はナカナカ元気が好いのー」と言われた。仕方無く私も「もう知れたのか」と苦笑いすると「地獄耳だからねえ」と笑って居た。しかし何日経っても何の沙汰も無く過ぎてしまった。しかし黒崎君だけが聯隊本部へ呼ばれ、長家甲副官に油を絞られたと彼は後日私に語った。
それからの若林見習士官は、私を見ると「この作戦が終わったら又一杯遣ろうよ」と言って居たのだが、彼はコヒマで戦死してしまった。ご冥福を祈る。色々あったが、本隊が到着後１ヶ月で思い出多いタダウの部落に別れを告げ、最前線へ向かって出発した。
その5につづく
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