2018年06月08日
モンゴル異聞 その2
モンゴル異聞 その2
征服王朝「元」の中国統治
金蓮川 「金蓮川(きむれんがわ)」と云う単語を最初に読んだのが何時だったか、余り多くの時間が経ってしまったのでその詳細を全く覚えていない。
若しかしたら、フビライの祖父のジンギスカンの伝記の一節だったのかも知れ無い。最初にイメージしたのが、初夏の小川の屈曲する流に沿う様に咲く黄色の花の群落だった。調べてみると、この名前の由来はキンポウゲ科キンバイソウの仲間の黄色い花が群生して居る草原の風景で、ネットの映像で見ても心地好い感触が伝わって来る癒しの空間だった。
実際に軽騎に乗って「金蓮川」を疾走した祖父ジンギスカンや孫のフビライに取って、騎馬軍団編成の為の理想の天地の一つだったのだろう。 フビライが、兄の第四代モンゴル皇帝モンケから南宋攻略の指令を受けて軍勢を整えたのもこの金蓮川だった。
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モンゴル帝国の首都「カラコルム」
世界帝国の成長しつつあったモンゴル帝国に於ける都を明確に最初に定めたのは第２代皇帝「オゴディ」だった。彼によってモンゴル高原の中央に帝国の首都として「カラコルム」が建設されて居る。モンゴルの首都カラコルムがモンゴル高原の中央部に位置するのに対し、フビライの本拠地「金蓮川」はモンゴル高原の南部に位置して居た。更に、フビライが皇帝と成って後に建設した大都との位置関係で云うと、現在の北京から金蓮川は北に275ｋｍとネットに表示されて居る。
カラコルムはオゴディ以降の歴代モンゴル皇帝に取って政治的に重要な都市だった。その価値は第4代皇帝であるフビライの兄のモンケの時代に為っても変わら無かったし、西方に連なる一族の国家群との関係を考えてもその存在価値と政治的な重要性は変わら無かった。
もう一つ、カラコルムの重要性を挙げるとすれば、オゴディによって実行された首都カラコルムから帝国各地のウルスへの駅伝網「ジャムチ」の整備である。ジャムチによってモンゴル皇帝の命令は直ちに広大な帝国の各地に伝えられたし、各ウルス（分国）の情報も迅速に皇帝の元に到達するシステムが構築されたのだった。
首都カラコルムやジャムチは第二代から第四代のモンゴル皇帝によって受け継がれて、モンゴル世界帝国発展の為の大きな足掛かりと為って居たのだった。そして、第５代皇帝フビライの活躍は兄モンケの突然の死から始まる。
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「フビライ」人生最大の危機と漢人世侯の反乱
第４代皇帝モンケは弟フビライと共に南宋征討作戦の遂行中に突然病没して居る。その時フビライはモンケの指示に従って南宋の領域深く侵入中だったのに対し、末弟アリク・ブケは都カラコルムに居て最も有利な立場にあった。
更に悪い事にフビライと共同作戦遂行中だった勇将ウリャンカダイは長江中流域を転戦中で南宋の中に孤立して居たのだった。当然、第５代のカン位を一早く手に入れる為には一刻も早く首都カラコルムに帰り「クリルタイ」を開いて、衆望を得てカンの位を手に入る必要があったのである。
凡将為らば、間違い無く南宋戦線の味方を置き捨てて側近の軽騎だけを率いて北帰した筈だが、フビライはウリャンカダイと確実に連絡が取れる迄北上を開始せず、辛抱強く連携が確実と為るまで待ち続けたのだった。友軍の無事が確認出来る迄󠄀手元の遠征軍を動かさ無かった行為によって、中国各地のモンゴル軍の信望を得たフビライだったが、首都カラコルムでは弟のアリク・ブケがカン位への策動を開始して居たのだった。
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南宋から帰還したフビライは本拠地金蓮川に帰ると自派の「クリルタイ」を開き皇帝に即位して居る。一方、兄達の南宋侵攻中カラコルムに安居して居た末弟のアリク・ブケも翌月自派のクリルタイを開催しモンゴル皇帝に即位したのだった。その結果、モンゴル帝国には同時に２人の皇帝が存在する非常事態が起きたのである。当初、首都カラコルムで帝位に就いたアリク・ブケの方が支持者も多く絶対的に優位だった様だ。
長子相続が確立して居なかったモンゴルでは、往々にして末弟の家督相続は存在したし、何と云っても皇帝就任に欠かす事の出来無いクリルタイ開催に於ける首都カラコルムの位置的重要性は否定出来無かった。この時点で、金蓮川はフビライ個人の軍事的な根拠地にしか過ぎ無かったのである。
歴代のモンゴル帝国のカンを決めるクリルタイはモンゴル独特の民主的な催しだったが、決定後に反対候補及びその後援者が平和で過ごせる絶対的な保証があった訳では無かったのである。気性の激しいカンが就位したケースでは、反対派が歴史から排除される危険性を孕んで居たのである。
この第５代モンゴル帝国のカンの位が、フビライとアリク・ブケのどちらの手に入るか不透明なこの時期こそフビライの人生の中で最も危険な時期であったのである。事実、フビライのカン位がモンゴル帝国全体で認められアリク・ブケがフビライに降伏して２年後、アリク・ブケの存在は歴史上から消えて居る。一歩、判断を誤れば、フビライの名が地上から消えて二度と現われ無い可能性もあったのである。
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このフビライに取って最も危険性が高まった時期に、フビライの本拠地近くで起きたのが漢人世侯「李璮(きたん)の反乱」だった。モンゴル軍の華北侵攻時に協力して広大な土地と軍権を含む利権を与えられて優遇されて居た漢人世侯の一人の李璮(きたん)だったが、同じ漢人である南宋の誘いに乗ってフビライが苦境のこの時期に反乱を起こしたのである。
この行為は、間接的ではあったがフビライ最大の敵である実弟アリク・ブケを支援する利敵行為だった。この反乱は早期に鎮圧されたものの、これ迄中国人に対して最も好意的に接し優遇と大きな権限を与えて来たフビライの心の奥底に刺さった棘の様に漢人への不信感を内在させる事と為ったと推定したい。
しかし、賢明なフビライは本心を隠し、従来のモンゴル軍では余り見せ無かった寛容を中国人の降伏者に対して示して居る。その一例が襄陽(じょうよう)で元軍に激しく抵抗した呂文煥(ろぶんかん)将軍等への優遇であった。降将を許す度量が南宋の民心を得る早道に為る事をフビライは理解して居たのである。
しかし、この李璮に始まる降伏漢人層に対する大きな拭い難い不信感は、フビライの各民族に対する慎重な観察の必要性を助長し、中国民族全体に対する不信感として蓄積して行った様に歴史的には感じる。何故為らば「元」による中国統一が完了した時点でフビライの明確な施政方針と為って示されたからである。
「元帝国」に於いて、第一位の民族は勿論「モンゴル人」ながら、第２位の民族は漢人では無く西方から来た「色目」だったのである。色目人とはイスラム教徒やヨーロッパ人だった。そして、第３位が旧金領だった華北の住人の「漢人」であり、南宋出身の江南人は「南人」として最下位に位置付けられたのだった。
フビライが、皇帝の位を手に入れるか、それとも反逆者として殺されるかの瀬戸際に居た時の一部漢人の豪族層の反逆を発端として、結果的にはフビライの中国人全体への不信感が増大した結果、旧金や南宋の国民に取って極めて高い代償と為って跳ね返ったと個人的には考えたい。
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それでは、フビライが、どの様にして中国支配を実施して行ったのか観察してみよう。
「元号」の採用と「大都」の建設
1260年 皇帝に即位したフビライはモンゴル皇帝としては初めて中国風の元号「中統」を立てて居る。フビライに取ってはモンゴルと同様、中国の北半分も既に自分の勢力圏に属する重要な支配領域だったし、華北を安定的に治める手段としての中国風の元号実施に抵抗は無かったのである。
更に加えれば、漢人の臣下から進言される古代中国伝統の習慣に対しても、実害が無い限り嘉納(かのう)する皇帝としての度量もフビライは持って居たのだった。
フビライは中国統治中核の行政機構としては「中書省(ちゅうしょしょう)」を新設して行政府の最高機関としての機能を拡充させて居る。モンゴル族の権力基盤である軍に関する軍政に対しては「枢密院」を設けて掌握し、監察業務の遂行機関としては「御史台(ぎょしだい)」にその権限を与えている。
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1276年 実質的に南宋を滅ぼして中国全土の統一に成功したフビライは、翌年の至元（1267）４年、己の大モンゴル帝国統治の拠点として「大都大興府」現在の北京を建設して帝国支配を加速させて居る。加えて、愛着のあるモンゴル高原の金蓮川の名称を「上都開平府」と改めて夏営地として居る。
騎馬民族として中国全土の征服者であり支配者と為った皇帝フビライに取って、旧都カラコルムはモンゴル高原にある父祖の地ではあっても、彼が支配する全領域の中心地では無かったのだった。
結果としては、フビライは中国人官僚の勧める大都（現在の北京）の建設を急ぐ一方、狩猟民族であるモンゴル族との妥協を図る都市計画を大都で実施して居る。
当時の大都の平面図を見るとフビライの宮殿が区画の中心に置かれ、大都の城壁に囲まれた北半分はモンゴル族がゲルを建て易い広々とした緑の草地だったらしいし、南半分には中国風の役所や住居は、宮殿の南側の地域に当初建設が許されたと読んだ記憶がある。
ゲルを住居として、気随気ままに移動を繰り返して来たモンゴル族に取って、定住を好む中国風住居は決して嬉しい生活環境では無かった筈だった。その妥協点の一つが大都の都市計画で、南北で生活環境の違う民族同士が共存出来る様に設計されたとも考えられる。
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モンゴル帝国の中国統治と問題点
先に、中国統治行政の中核機関として「中書省」を設けたと述べたが、どうもこれは、征服王朝の先輩である「金」の統治システムから学習した様子がある。
この中国古来の「中書省制度」を元は中国全土統治制度の中核として用いただけで無く、地方毎の行政機関として「行中書省(ぎょうちゅうしょしょう)」を設けて地域統治の最高機関として居る。この制度は、現在の中国の行政区画「省」制度の基に為った組織と言われ、今日、中国の地方行政単位で使用されて居る「省」はこの「行中書省」の「省」から来て居るらしい。
この組織は地方の統治システムとしてだけで無く、軍事、例えば日本征服の為にも設けられて居り「元寇」時の最高機関は「征東行省(せいとうぎょうしょう)」と呼ばれて高麗国王が兼務して居た。征東行省府は二度の元寇の後に為っても廃止されず、三度目の日本征服準備を進めて居たのだった。
フビライの中国支配を概観するとモンゴル人らしい自由経済と東西交易の重視が感じられるのが紙幣の採用である。世界初の紙幣は、北宋の紙幣「交子(こうこ)」の発行と言われ、次の金では「交鈔(こうしょう)」と呼ばれて継続されて居るし、南宋でも「会子(かいし)」として運用されて居た。
しかし、金朝に対するモンゴルの攻撃やその後の混乱期に於いてモンゴル族や漢人軍閥が勝手に「交鈔」を乱発して経済の混乱を招いて居たが、元は経済の安定化の為、乱発されて居た紙幣「交鈔」の個別発行を禁止して、通貨を「諸路通行中統元宝交鈔(しょろつうこうちゅうとうげんほうこうしょう)」に統一し国家経済の安定を図っている。
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ヨーロッパでの最初の本格的な紙幣の発行が、1661年 スェーデンの銀行が発行した銀行券だった点を考えると、北宋・金・南宋・元と続く紙幣発行の通貨制度の実施は、ヨーロッパよりも数百年早く東アジア世界が誇って良い経済的先見性の一つだと実感する。但し、紀元前の段階で古代エジプトのパピルス、カルタゴの革製の通貨が既に存在して居たらしい。
宋代や金朝から続く先進的な紙幣の発行には長所も多かったが問題点も多かった。有力諸侯による紙幣の乱発は帝国経済を混乱させるだけで無く、場合によってはモンゴル帝国崩壊の糸口と為り兼ね無い危険性を帯びて居たのだった。
南宋から続くこの時代、隋以来の南北の大動脈である大運河の改修と整備、そして外航船の発達による海外との交易港の整備が中国南部を中心に進んで居る。更に、大運河の要として発達したのが旧南宋の都だった杭州や揚州だった。又、海外貿易港と大運河の結節点としての泉州の発展も見逃せ無い。泉州は当時世界最大の貿易港として栄えた様子が今日まで伝えられて居るし、南の広州もこの時期から成長が認められて居る。
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元での海上交通の活発化の背景には、中東のイスラム圏の広い部分がモンゴル帝国のウルスに為った点を見逃しては為ら無い。世界帝国としての長所は海上交易でも有効に機能して、海からも多くのイスラム教徒が中国に遣って来たのだった。
その背景には、元では、モンゴル人の次に重用されたのが色目人と呼ばれたイスラム教徒だった点も大きかったと思う。色目人と呼ばれた彼等は税金の徴税者としてモンゴル人に重用されて居る。
その3につづく
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