2021年12月15日
大国が殊更〔民主主義〕を訴える裏側
「中国の民主主義」白書は単なる権力維持の道具だが
アメリカ主導の「民主主義サミット」も酷過ぎた
12/15(水) 7:31配信 12-15-1
結党100年を迎えた中国共産党 「中国の民主主義」を主張している(写真:Bloomberg)12-15-2
文章 薬師寺 克行 東洋大学教授 12-15-3
胡錦涛国家主席時代の2009年、中国の北京大学で講演する機会が在った。約200人の学生に「中国が民主主義の国と思うか?」と聞いた処、躊躇いながらだったが2人の学生が手を挙げた。すると他の学生から「何を考えて居るのか!」等と云うヤジが飛んだ。手を上げ無かった学生に意見を聞くと
「民主主義は統治形態の1つに過ぎ無い。中国は共産党に依る統治で成果を上げて居る」
「統治の在り方に絶対的なものは無い。国民がそれで好いと考え受け入れる事が重要で在る」
等と答えた。詰まり学生等は中国が民主主義国では無い事を否定的には捉えて居なかったのだ。当時はそう云う教育を受けて居たのだろう。
胡錦涛時代にはそれ為りに自由な空気が在った。中国を訪れると中央政府や地方政府の幹部に会う事が出来、内政外交に付いて率直に話を聞く事が出来た。大学の研究者等にも会え、政府や共産党の問題点や批判を聞く事も出来た。
処が習近平政権に為って空気は一変した。私に民主化の必要性を語って呉れたジャーナリストや弁護士が拘束されたと云う情報が何度か届いた。メールで遣り取りする事も憚られる様に為ってしまった。ウイグルの人権問題に焦点が当たって居るが、極普通の言論や表現の自由さえ認められて居ないのが今の中国だ。
■中国の白書は「民主主義」の普遍性を否定
その中国政府が今「自分達コソ民主主義を大事にして来た国だ」と云うキャンペーンを展開して居る。12月4日には『中国の民主主義』と題する白書を公表した。例に依って長文で且つ意味不明の用語が列挙され、極めて読み難く理解し難い文書だ。幾つかのポイントを紹介する。
先ず結党100年を迎えた中国共産党は一貫して人民民主主義を掲げ積極的に推進して来た事を強調して居る。毛沢東に依る反右派闘争や文化大革命・ケ小平時代の天安門事件等・反体制派の粛清と民主化運動の弾圧を繰り返して来た中国の現代史を振り返ると、民主主義とは無縁な筈だがそうでは無いらしい。
ソモソモ彼等の云う民主主義の定義が異なるので在る。白書は「民主主義は夫々の国の歴史や文化・伝統に根ざすもので在り様々な道と形態が在る」として、その普遍性を否定して居る。
では中国は如何云う形態かと云うと、中国共産党の他に中国共産党に緊密に協力する8つの政党が在るとして居る。
しかし、中国には与党も野党も無く共産党のリーダーシップの下の複数政党制で在るとして居る。勿論共産党以外の政党は形式的な存在に過ぎず、飽く迄も共産党一党支配の下での「民主主義」で在る事に変わり無い。共産党一党支配も専制主義も否定せず、選挙に依る政権交代等は全く想定して居ない。こうした〔中国流民主主義〕は西側からの批判の対象に為るが、白書は逆に欧米の民主主義を批判して居る。
⊡ 或る国が民主的か如何かは、その国の人々に依って判断されるべき事で、少数の部外者に依って判断されるべきでは無い。
⊡ 世界には全ての国に適用出来る政治システムは無い。各国は夫々が自国の発展に適した民主主義の形態を選択する。
⊡ 中国は民主的モデルを輸出し様とはし無い。そして、中国モデルを変更しようとする外圧を受け入れ無い。
民主主義は普遍的なものでは無いのだから国に依って様々な形が在って当然だ。従って人権問題等を理由に外からトヤカク注文を着け改革を求める事は、内政干渉で在り、コレを拒否すると云う訳で或る。
民主主義を唄う文書で或るにも関わらず、飽く迄も党や国家が最優先される内容で在り、民主主義に取って最も重要な個人の尊重、基本的人権が無視されて居りとても納得出来るものでは無い。
■何故今、中国が「民主主義」を持ち出したのか?
疑問なのは暫く前迄民主主義等全く気にして居なかった中国政府が何故、今、自分達は民主主義を大事にして来たと言い始めたかと云う事だ。
公表のタイミングはアメリカが世界各国に呼び掛けた「民主主義サミット」開催の直前だった事からサミットの対抗策としての公表だと云う見方も出て来るが、白書は可成り入念に時間を掛けて作成されて居る様に見える為、サミットへの対抗策と云う単純な話では無さそうだ。
この処習近平主席は、ケ小平氏以来の改革開放路線の結果生じた貧富の格差等の社会問題に対処する為に〔共同富裕〕を前面に打ち出し、更に11月に発表した〔第3の歴史決議〕では、中国流の共産主義やマルクス・レーニン主義を強調する等、イデオロギー的な色彩を強めて居る。
2013年、習近平政権が大学教師等に対し、学生と議論しては為ら無い7項目を伝えた事が広く報じられた事が在る。〔七不講〕と言われた。それは普遍的価値や報道の自由・市民の権利・党の歴史の誤り等だった。
過去にこの様な指示をして置きながら、敢えて民主主義キャンペーンを開始した背景には、共産党一党支配の継続と自らの権力維持の為に〔民主主義〕が利用出来ると云う判断が或るのだろうか。
それともウイグルの人権問題等で高まる西側諸国からの批判への対抗措置なのか。引き続き注意深く見て行く必要が在りそうだ。
■ドゥテルテ大統領等が一方的に放言
そして中国との緊張を強めて居るアメリカのバイデン大統領も〔民主主義〕に力を入れて居る。大統領就任当初から打ち上げて居た〔民主主義サミット〕が12月に開催されたが、予想通り内外からの評判は芳しく無かった。
(12月1日のコラム「アメリカ主催の民主主義サミットが不評な理由」参照)
サミットは共同声明の様なものは無く、結局、オンラインを使っての各国首脳等の一方的な発言に終わった。政府批判を繰り返すメディアの弾圧等強権的な姿勢で知られるフィリピンのドゥテルテ大統領が「フィリピンは報道の自由・表現の自由が完全に享受されて居る」と発言する等、独裁的な指導者がサミットに招かれ発言する事で自らを正統化する場に為ると云うお粗末な結果も生じた。
偶々だろうがドゥテルテ大統領の弾圧に抵抗し続け今年のノーベル平和賞を受賞したネットメディア「ラップラー」のマリア・レッサ氏の授賞式が、このサミット期間中に行われて居り「真実が伝わら無ければ民主主義など存在しない」とスピーチしたのは、皮肉な事だった。
バイデン大統領は最後に、中国の顔認証システム等を意識した監視技術の輸出管理を強化する為の「輸出管理・人権イニシアティブ」の発足等を打ち出したが、このイニシアティブへの参加はアメリカを含め僅か4カ国に留まり、アメリカの求心力や説得力が弱まって居る事を示す結果に終わってしまった。
アメリカ国内では、トランプ大統領時代の1月に起きた議会襲撃事件の真相が未だに解決され無いママだ。更に共和党知事が率いるテキサス州等共和党が議会多数を占める多くの州では、民主党支持層が投票し難く為る要選挙法改正が相次いで居る。
議会や選挙と云う民主主義システムの根幹を為す制度が、民主党と共和党の対立に依って徹底的に破壊されつつ在る。そんな国を民主主義のリーダーだと見做す事は出来無い。
■定義も行動も勝手なもの
アメリカと中国が同じタイミングで〔民主主義〕を政治的に標榜して居るのは誠に奇妙な状況だ。マルで〔民主主義〕と云う言葉が神棚に祭られて居る神様の様に崇め建てられて居る。
しかし、それが何を意味して居るかは不明で在り、夫々が勝手に定義して居る。しかも実際に遣って居る事は民主主義とは懸け離れて居るのだがお構い無しだ。
そう云う意味では〔民主主義〕と云う言葉は誠に便利なものだ。バイデン大統領・習近平主席共に経済や安全保障政策等内政や外交で困難に直面し、国民の支持を繋ぐ事に汲々として居る。国際社会での陣取り合戦も熾烈を極めて居る。この状況を少しでも有利に展開する為に「民主主義」と云う便利な言葉を持ち出したのだろう。
民主主義と云う言葉を都合好く振り翳(ふりかざ)しながらアメリカと中国の二大国が理念無き理念の争いを繰り広げて居る状況の先にはドンな国際秩序が待ち構えて居るのか・・・不安が募る。
薬師寺 克行 東洋大学教授 12-15-4 1979年東京大学卒 朝日新聞社に入社 政治部で首相官邸や外務省などを担当 論説委員 月刊『論座』編集長 政治部長などを務める 2011年より東洋大学社会学部教授 専門は現代日本政治 日本外交 主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)『証言民主党政権』(講談社、2012年)など
【管理人のひとこと】
政治家が兎角〔民主主義〕を語る背景には幾通りの局面が在る。例えば自分が理想とする政治を語る時とか、批判する相手が〔民主主義〕に反すると考えた際の解説・説明する時だろう。 全ての政治的帰結は〔民主主義〕に照らし合わせて考える・・・全ての規範が〔民主主義〕か如何かに懸かって居るのだ。
しかしコレは筆者が云う処の、各宗教の主・神様を定義する様なもので、目に見え無い単なる架空の幻なのかも知れ無い。だから、口先から〔民主主義〕と言い続ける裏には必ず何かの企みが在ってコソだろう。政治家が真摯に〔民主主義〕に基づく行動をして居れば、必然的に〔民主主義〕の言葉は口からは出さ無い筈だろう。〔民主主義〕とは、日頃の反民主主義的政治を反省し苦慮する故の、政治的指導者の戒めの言葉なのかも知れ無い。
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