2020年05月11日
日本が社会を壊さずに コロナを終息させる唯一の道
日本が社会を壊さずに コロナを終息させる唯一の道
〜JBpress 木村 もりよ 5/11(月) 8:00配信〜
医師 作家 木村 もりよ氏
世界の感染状況を集計するジョンズ・ホプキンズ大学
新型コロナウイルスの報告の中で米ジョンズ・ホプキンズ大学の名前を目にする機会が多く為ったが、それは、2020年1月24日、同大学のCSSE・Center for Systems Science and Engineeringシステム科学工学センター)が、世界の新型コロナウイルス発生状況のデータベースを公開したからではないかと思う。
それ以来、世界各国の新型コロナウイルスの広がりをアップデートして居る。これ等の情報は、WHO・世界保健機関、米国CDC・疾病予防管理センター、各国の政府が発表する報告だけでは無く、世界の医療関係のSNSから得て居る様だ。
日本では余り馴染みが無い名前だが、ジョンズ・ホプキンズ大学は医学に於いては世界ナンバー1と称され、諸外国では最も知名度の高い大学である。隣接するジョンズ・ホプキンズ病院は1889年に開院したが、1991年から2011年迄米国病院ランキング第1位に選ばれて居る。2020年は第3位。
ジョンズ・ホプキンズ大学と病院は、起業家であるジョンズ・ホプキンズ氏の遺言に基づいて設立された。当時ビッグ4と呼ばれた4人の医学の権威を招き、医学教育システムを確立した。研修医制度を導入したのも同大学である。
特にビッグ4の1人である内科医ウイリアム・オスラーWilliam Oslerの名前は医療従事者で知ら無い者は居ないだろう。毎朝、教授と専門医達が患者のベッドを訪れる回診は、オスラーに依って開始されたものである。
リサーチ重視の姿勢と潤沢な資金
この様に医学に於いて有名な大学だが、今回の新型コロナウイルスに関して、非常に莫大なデータを発表し続けて居るのは、幾つか理由が有ると考えられる。その1つが、リサーチを重要視する姿勢であり、もう1つが潤沢な資金であろう。
医学の分野は日進月歩であるが、それと同様に医学を取り巻く分野も多様化して居る。その大きな分岐点が、近代疫学の導入である。疫学とは疾患の広がりを研究する学問であるが、近代疫学が花開いたのは、20世紀初め以来世界を脅かして居る結核対策が欧米で大きな社会政治的問題と為ったからと言われて居る。
1919年、ジョンズ・ホプキンズ大学は、世界初のパブリックヘルス大学院を設立した。当時、WHOがキャンペーンを展開したBCG・結核予防ワクチンの有効性を確かめる為「RCT」Randomized Controlled Trial・ランダム化比較試験と呼ばれる極めて信頼度の高い研究手法を確立し、米国CDCの前身である米国公衆衛生チームと共に、世界各地で中長期的な大規模研究を行い、データ解析を行った。RCTは現在流行りのEBM・Evidence-Based Medicine・根拠に基づく医療を構築する研究手法である。
米国の医学校を目指す学生の中で、最も人気の有るのがパブリックヘルスである。日本では公衆衛生学と訳されるが、恐らくその内容は可成り異なって居る。
パブリックヘルスは、患者対医師と云う、所謂医療の枠を超えて、国として世界として、疾患に対してどの様な対策を行うかを、メガデータを用いて行う分野として位置付けられて居る。それ故、医学だけで無く、統計学、生物学、経済学、政治学、国際関係学等多種多様の領域に跨って居る。
こうした状況に対応するが如く、ジョンズ・ホプキンズ大学は、様々な分野に進出して居る。特に今回のデータベースを公表したCSSEは、同大学のメディカルエンジニアリング部門に有る。此処は、情報工学やロボット等のリサーチを産官合同で行って居る。この他SAISと云う国際政治大学院は、国際関係と軍事データに特化したデータベースを持って居る。
こうしたリサーチに賭ける情熱は、数字としても表れて居る。ジョンズ・ホプキンズ大学の研究者が獲得する政府からの研究費は他の医学校と比して約5億円多いと云うデータが有る。資金が有れば優秀な人材を集める事が出来る。
2019年にノーベル生理学賞を受賞したグレッグ・セメンザを含め、同大学は21人のノーベル学者を研究者として迎えて居る。また、マイケル・ブルームバーグ元ニューヨーク市長は、2018年に個人としては過去最高の約2,000億円を母校に寄付して居る。
筆者は同大学のパブリックヘルス大学院で学び、ポスドク時代には、米国CDCのプロジェクトコーディネーターとして勤務出来た。何よりも大きかったのは、コリン・パウエル時代の米国保健省特別顧問を務めたD・A・ヘンダーソン、BCGワクチンの結核予防効果は不明として米国のBCG導入を留まらせたG・W・カムストック、ヘンダーソン及びWHOと共に天然痘根絶を行った蟻田功等の優れた恩師と出会った事である。
以下では、こうしたデータ解析の重要性を学んだ土台を元に、現在の新型コロナウイルス対策に関して論じてみたい。
集団免疫が得られる状況迄は程遠い
日本では緊急事態宣言が延長されたが、現在迄の処、新型コロナウイルスに関しての中長期的な見通しは示されて居ない。
一方、新型コロナウイルスは未知のウイルスであるが、4カ月以上の世界的流行の中で分かって来た事が有る。それは、重症化するのが高齢者と基礎疾患を持つ集団に特化して居る事である。その危険因子を踏まえてどの様に対策を取って行ったら好いだろうか。
先ず、感染症には原則がある。感染する能力を持つ人は、短期間で複数の人に遷す、第2に、一度感染して治癒すると、短期間は自分がその感染症に対して免疫を持ち、遷る事も無いし人に遷す事も無い。
短期間でどれだけ複数の人に遷すのかを表す数字として、基本生産数「R0」と云う専門用語が使われる。R0が2.5と云うのは、1人が2.5人に感染させると云う意味である。1週間に1人の人が2.5人遷すと仮定すると、10週後には2.5の10乗で9,536.74人、20週後には、9,094万9,470人の感染者が出る 。この数字は何の対策も講じ無かった場合である。
では、何も対策をし無かったら永久に感染者数が増加し続けるのかと云うとそうでは無い。或る集団の中で感染して居る人が多く為ると、感染して居ない人が感染して居る人と出会う機会が少無く為り、最終的に感染症はその集団を諦めて出て行ってしまう。
これが集団免疫と云う概念である。言い換えれば、全部の人が罹ら無くても或る割合の人が罹れば、その集団は、或る一定期間その感染症から守られると云う事に為る。集団免疫は、今流行して居る感染症の病原体が1種類で有る事、人の交流がランダムに行われると云う前提が在るが、感染症に当て嵌る一般原理である。
しかしながら、当該集団の中、どの程度の人が罹れば集団免疫が成立するかは感染症により異なる。致死率が高い感染症程、多くの人が罹ら無いと集団免疫が成立し無いと云われる為、今回の新型ウイルスの比較的低い致死率を考えると、約60%程度の人が罹れば、日本の中での集団免疫が成立するのでは無いだろうか。
では現状ではどの程度の人が感染して居るのであろうか。これを正確に把握するには国民全員に検査・PCR検査と抗体検査・・・PCRは現在ウイルスに感染して居るかどうかを調べる検査・抗体検査は既にウイルスに罹ったかどうかを調べる検査・・・をすべきで在ると云う議論に為るが、物理的に不可能である。
又、検査自体の信頼度は100%では無い為、年齢や性差等の個人に依る特性が偏ら無い様に、出来るだけ多くの集団を選んで検査し、それ等の集団での結果を下に推測するのが適当である。現在迄の処、個別の自治体や医療機関で抗体検査等が行われて居るが、その結果は5%程度で、集団免疫が得られる状況とは程遠い。
この結果が正しいとすれば、多くの人々に新型コロナウイルスへの免疫が出来て居ないと云う事に為る。この状況下では、新型コロナウイルス流行終息に向けての今後の見通しは極めて悲観的なものに為る。
感染防止対策のプランAとプランB
今回の政府の緊急事態宣言は「医療崩壊を食い止める為の時間稼ぎ」で有ると筆者は理解して居る。と云うのも日本に先んじて流行が起こった諸外国での致死率を上げたのは、高齢者の院内感染とそれに依る重症化に依り、集中治療室と人工呼吸器が足り無く為った・・・即ち医療キャパシティを遥かに上回ったからである。
日本は諸外国と比して、病床数は多い為、医療崩壊は起こら無いと云う指摘も有ったが、実際は、ICUのベッド数や人口対の医師数は他国と比して少なく、僅かな感染者数の増加に依って、医療キャパシティを超えてしまう恐れが出て来たからである。
現在行われている人の移動の制限等は一時的に感染者を少なくするが、手を緩めればリバウンドにより感染者数が増加する事が判って居る。感染者数を徹底的に抑え込む為には、強力な感染防止対策をワクチンや特効薬が利用可能に為る迄継続する事の必要性が指摘されて居る。(以下では「プランB」)
しかし、こうした徹底的な封じ込め戦略を長期に渉って続ける事が出来無い事は、欧米諸国等が自粛規制を解いて来た事からも明らかである。そこで、厳しい自粛を行い、感染者数が少なく為った事が確認されたら緩める、そして又医療キャパシティを超えそうに為ったら厳しい規制を行う事を繰り返す方法が示唆される・・・以下では「プランA」。程度や、遣り方の違いは有るにしても、日本並びに諸外国が実際的に取ろうとして居るのはプランAである。
しかしながら、プランA・Bに類似したものはこれ迄どの国でも長期的に行われた事が無い。この為、実際どれだけ続けられるかどうかは好く判ら無い。最近出されたハーバードの研究では、プランAに類似した対策を続けるカギは、医療キャパシティに依る事が報告されて居る。即ち、医療キャパシティが増え無い場合は、都度都度の厳しい自粛と緩和の1タームが感染終息迄、恐らくは2022年迄、同じ長さで何回も繰り返される事に為る。
だが何度も同様の自粛が起こる事に依り、経済恐慌・社会不安・暴動・自殺の増加・人々の心身の健康悪化・教育水準の低下等、様々な問題が発生する事も懸念されて居る。そうした懸念の現実化により、プランAやプランBの成功に依って新型コロナウイルスによる死亡率が減少しても、経済不況、社会不安に依る自殺、孤独死、餓死等の総死亡率が増加する恐れがある。
又、このプランが失敗した場合、多大な被害を医療現場にもたらす事に為るかも知れない。感染症は新型コロナウイルスだけでは無い。年間12万人が命を落とすインフルエンザを含めた肺炎は秋から冬に流行し易い事が分かって居る。特にインフルエンザは若年層でも重症化するリスクが有る事から、今回の新型コロナウイルスの第2波と、インフルエンザ流行が重為れば、医療崩壊を加速させる事は必至である。
過つて猛威を振るった1918年の当時の新型インフルエンザ・所謂スペイン風邪は、今回の新型コロナウイルスと対比される事が多い。当時の報告に依れば、第1波を免れても第2波があり、第1波が大きかった地域は第2波が小さかったと云う事だ。
これが今回の新型コロナウイルス流行に当て嵌るとするなら、今抑え込んでも何カ月か先に第2波が来る可能性が有ると云う事である。今回の新型コロナウイルスは致死率がスペイン風邪と比して低く、重症患者は高齢者が多い事等、単純比較は出来無いにしても、100年に一度の感染症で有る事は間違い無く、過去のデータから学ぶことは多い。
(*)プランA・Bに関しては、関沢洋一氏・藤井聡氏と共著の「高齢者と非高齢者の2トラック型の新型ウイルス対策について」を参照されたい。
2022年迄は終息し無い積りで備える
以上、医療のキャパシティと社会経済の損失は大きな関係が有る事が分かったが、実際にどの様に医療キャパシティを増やすかと云うのは極めて難しい。ICUや人工呼吸器を増やす事が出来ても、そこに投入される人的資源を増やす事は難しい。
現在の状況下では、感染の広がりを上記のPCR検査と抗体検査でモニターしながら、医療崩壊を起こさ無い様にして行くと共に、未だ感染が拡大して居ない地域から、人工呼吸器を扱える医療従事者等を掻き集める努力をするしか無い様に思える。
中長期的な政策決定をどうするのか、は政府が決定する事であるが、最終的には2022年迄は感染症は終息し無い積りで備えるべきである。最終的にワクチンや治療薬が開発される事を期待するが、それがどれだけ効果が有るかを見極めるには時間が罹る。寧ろ現存のワクチンを試す事も視野に入れる必要があるだろう。
確実なエビデンスは無いものの、BCGワクチンの接種に依って新型コロナウイルスの発症が予防されると云う指摘があり、BCGワクチンが高齢者の肺炎を減らすと云う報告も有る事から、今の内から増産し、他国での臨床試験の結果次第では、高齢者に接種する事が良いと思う。医療だけで無く、社会、経済等全ての英知を集め、長期戦に為るであろうこの感染症と立ち向かって行か無ければ為ら無い。
(参考文献)
1. Ferguson, N.M., et al., Impact of non-pharmaceutical interventions (NPIs) to reduce COVID-19 mortality and healthcare demand. 16 March 2020
2. Kissler, S.M., et al., Projecting the transmission dynamics of SARS-CoV-2 through the postpandemic period. Science, 2020: p. eabb5793.
3. 新型コロナウイルス国内感染の状況(東洋経済オンライン)
木村 もりよ 元厚労省医系技官・医師 1965年生れ 筑波大学医学群卒業 米国ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院疫学部修士課程修了・MPH公衆衛生学修士号 ジョンズ・ホプキンス大学デルタオメガスカラーシップを受賞 米国CDC・疾病予防管理センター・財団法人結核予防会に勤務後厚生労働省入省 厚生労働省医系技官を経て、現在はパブリックヘルス協議会理事長 医師・作家 著書に『厚労省と新型インフルエンザ』(講談社現代新書)『厚労省が国民を危険にさらす』(講談社)『辞めたいと思っているあなたへ』(PHP)など
以上
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