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2020年05月01日

コロナウイルス時代にデフォー『ペストの記憶』が教えて呉れる事




 コロナウイルス時代にデフォー『ペストの記憶』が教えて呉れる事

           〜現代ビジネス 武田 将明 5/1(金) 16:01配信〜


             050112.jpg

            東京大学総合文化研究科准教授 武田 将明氏

 ロンドンの市民の不安
 
 世界を恐怖の渦に陥れて居る新型コロナウイルスは、日本にも牙を剝き、各自治体で新たに確認された感染者の数が連日報道されて居る。この光景に私は強烈な既視感を抱いて居る。
 2011年3月11日の東日本大震災後、東京電力福島第一原子力発電所が制御不能と為ってから、東日本の各地で計測した放射性物質の濃度が日々報道された。公表された数値への疑念が渦巻き、およそ相入れ無い解釈が飛び交う中、私達は何を信じれば好いか分からず不安に苛まれて居た。
 当時の事は、多くの方の記憶に残って居るだろうが、私自身に取って特別だったのは、この時偶然にもダニエル・デフォーの『ペストの記憶』(1722年 他に『ペスト』『疫病流行記』等の訳題もあるが、本稿では一貫して『ペストの記憶』と呼ぶ)の新訳に着手して居たからだ。

             050111.jpg

 この作品は、ロンドン市民がオランダでのペスト流行に付いて噂話をする場面から始まり、やがてロンドンでもペストに依る死者が記録され始める。その数は週毎に増減するが、或る時点で人々は気付かされる。彼等は報告書の数字に騙されて居て「最早感染は収束する見込みが無い程広がって居る」事に。
 この冒頭部に描かれて居るロンドン市民の様子、最初は対岸の火事の様に思って居た事が急に身近に迫り、行政府の発表を心の底では信頼出来ず、過酷な現実に向き合わされる姿は、此処を訳して居た時の自分と重なり忘れられ無い刻印を脳裏に残した。

 今回のコロナウイルスを巡る報道に依って、この時の記憶が呼び覚まされたのである。私は、今回のコロナウイルス感染症の患者数や死者数に付いて、日本の政府や自治体が数値を低く誤魔化して居ると主張したいのでは無い。そうした批判も見られるが、感染が終息する迄真相を知るのは困難だろう。
 何れにしても、全国に非常事態宣言の発令された今「終息では無く、収束する見込みが無い程」感染が広がり兼ね無い、危険な状況に有る事は間違い無い。

 こうした極限状況の中、外出を制限された人々の間で静かに流行って居るのが読書である。公表された数字を見る限り、日本より遥かに深刻な状況にあるイギリスでは、3月23日に罰則を伴う外出制限が発表されたが、その二日後の3月25日付の英紙『ガーディアン』に依ると、イギリスに於けるペーパーバック版フィクションの売り上げが前週比で35%の伸びを示したと云う。
 世界中で、読み通すのに時間を要する長篇小説に挑戦する人が増えて居り、アメリカの人気作家であるスティーヴン・キングも、これを機にジェイムズ・ジョイスの前衛的作品『ユリシーズ』(1922年)を遂に読んだ事をツイッターで報告した。

 又、矢張りアメリカ在住の中国系英語作家イーユン・リーは、レフ・トルストイの大長篇『戦争と平和』(1869年)のヴァーチャル読書会を開いて居る。他方、ノンフィクションの売り上げは13%下落し「読者は〔外出制限中の〕慰めを架空の世界に求めて居る」と同記事はまとめて居る。

 カミュとデフォー

 最も、今人々がフィクションを手に取る理由の全てが、鬱屈とした現実からの逃避だと見做すのは誤って居るだろう。例えば、日本を初めとする各国で、アルベール・カミュの『ペスト』(1947年)がベストセラーと為って居る。もしも人びとがコロナウイルスの流行から目を逸らしたいので有れば、感染症を主題とする本書を敢えて手に取ることは無い筈だ。
 しかし同時に、現実と物語との表面的な類似だけでは『ペスト』がこれ程読まれる事は無かっただろう。疫病感染を扱った作品は、他にも多数有るからだ。

            050110.jpg

 此処で注目したいのが、カミュの『ペスト』の冒頭に掲げられたエピグラフである。新潮文庫(宮崎嶺雄訳)から引用すると

 《或る種の監禁状態を他の或る種のそれに依って表現する事は、何で有れ実際に存在する或るものを、存在し無い或るものに依って表現する事と同じ位に理に適った事である。ダニエル・デフォー》
 
 「ダニエル・デフォー」とあるが、実はこの引用は『ペストの記憶』では無く、デフォーの別の著作『ロビンソン・クルーソーの敬虔な内省』(1720年)の序文から取られたものだ。ちなみにこの訳書には出典に関する注が無い。
 『ロビンソン・クルーソーの敬虔な内省』とは、前年に刊行された有名な『ロビンソン・クルーソー』の好評に乗じて刊行された作品である。上の引用でデフォーが言って居るのは、要するに、作者であるデフォー自身が孤独な人生で経験した出来事・・・或る種の監禁状態・・・が、ロビンソン・クルーソーの無人島に於ける冒険譚・・・他の或る種のそれへと置き換得られていると云う事だ。尚『ロビンソン・クルーソーの敬虔な内省』の詳しい説明は、拙訳『ロビンソン・クルーソー』(河出文庫)の解説を参照の事。同書には、この序文の全訳も収録されている。

 すると自ずから、この一節をカミュが引用した理由も見えて来る。第二次大戦の2年後に刊行された『ペスト』には、戦時中にナチス・ドイツへのレジスタンスに参加したカミュの体験が投影されて居ると言われて居る。詰り『ロビンソン・クルーソー』も『ペスト』も、夫々の作者が実際に直面した特異な状況を、フィクションの形で再現したものなのだ。
 この内『ペスト』は、アルジェリアのオランを舞台に、この実在する町をペストが襲ったと云う設定で書かれて居る。新潮文庫の訳者解説に依ると、カミュは本書を執筆するのに5年以上の歳月を捧げたと云うが、確かにその克明な描写は真に迫り、中心人物の苦悩は哲学的な問いへと高められ、物語も巧みに構築されて居る。

 この様な形で個人的な体験をフィクションに置き換える事で、カミュは極限状況の世界を客観的に観察する視点を提供して居る。同じ様に、現代の読者も『ペスト』を読む事で、コロナウイルス流行下の世界を客観的に眺め、現実に冷静に立ち向かう勇気を得る事が出来るだろう。此処にこそ、カミュの『ペスト』が現代人を感動させる真の理由がある。

 奇妙な作品『ペストの記憶』

 これと比べて、カミュの小説より200年以上前に刊行されたデフォーの『ペストの記憶』は、現代の読者からどう読まれるだろうか。恐らく、カミュの『ペスト』と同様の、疫病を主題にした哲学的なフィクションを期待すれば、聊か裏切られるだろう。
 カミュと異なり、デフォーは1665年にロンドンを実際に襲ったペストを題材に本書を執筆して居る。故に、先程紹介した冒頭の場面では、当時の資料に見られる死者の数がそのママ載って居る。他にはペスト流行時に出された法令も、殆ど変えずに引用されて居る。

 では『ペストの記憶』はノンフィクションかと云えば、そうとも言い切れ無い。「H・F」とイニシアルのみ示された架空の人物を主人公に、彼の見聞を紹介する形で書かれた本書には、可成り信憑性の低い噂も掲載されて居る。
 例えば、身内を失い「心が重荷に耐え兼ねてペシャンコに為った為に、首が段々胴体にめり込んで、肩の間に沈んで行き、遂には、肩の骨から頭の天辺がホンの僅か出て居るだけに為ってしまった」男の話。『ペストの記憶』とは、事実の記録の中にこうした怪しい逸話も取り込んだ、フィクションとノンフィクションのどちらにも属さ無い奇妙な作品なのである。

 どうしてデフォーはこの様な作品を書いたのか。詳細は別の機会に譲るとして、ひとつだけ事実を示すならば、1720年にフランスのマルセイユでペストが流行して居り、本書の刊行された1722年には、未だイギリスでペストへの警戒心が強かった・・・結局、この時イギリスはペストの難を逃れている。
 この状況を見て、ジャーナリストとしての才能にも恵まれて居たデフォーは、可成り急いで本書を執筆したらしい。その結果『ペストの記憶』は、多種多様なデータや逸話を未整理なママ寄せ集めて居る様に見えるのだ。

 しかしそのお陰で、返って本書には筋の通った客観的な記述だけでは到達出来無い、恐怖の根源に迫る瞬間が有るのみ為らず、疫病が人々の生活に与える影響を、様々な視点から見る事も可能に為って居る。本書で最も印象的な場面のひとつに、或る夜、ペストで亡く為った人々を埋葬する巨大な穴へと、馬車の荷台から遺体が投げ込まれる場面がある。
 馬車には十六か十七体の亡骸が収められて居たが、リンネルのシーツとかベッドの上掛けに包まれて居るものもあれば、殆ど裸のものも在った。と云うより、キチンと包まれて居なかった所為で、穴にブチ撒けられる時に、身体を覆う僅かなもの迄も剝がれてしまったのだ。こうして人びとは裸も同然で死体の山に落ちて行った。

 この時、穴の周りにはH・Fの他に一人の男が居た。彼は妻と子供達をペストで亡くし、その遺体を乗せた馬車の後を付いて来たのだが、上記の光景を見るや絶叫し気を失ってしまう。
 この場面の前後で、H・Fは繰り返しロンドン市当局に依る適切なペストへの対応を讃えて居り、全ての遺体を夜間に処理し、昼間に市民の目に触れ無い様にした手際の好さも高く評価されて居る。これは、遺体処理の残酷さを描く上の場面と矛盾する様にも見えるが、疫病を抑えるべく行政が指導力を発揮する影に、苦しみ藻掻く市民の姿が有る事は、今も昔も変わら無い現実に他なら無い。

 現代に通じる場面

 しかも『ペストの記憶』は市民の塗炭の苦しみだけに注目するのでは無く、行政の監視を擦り抜けてロンドンを脱出し、時に悪知恵も働かせながら安全な土地に移動して難を逃れる様な、逞しい民衆も描いて居る。この様に、一つの物語としてまとまら無い事で、返って安易な「正解」の見付から無いパンデミック下の社会を有りのママ描出する事に本書は成功して居る。
 他にも、本書には驚く程既視感の有る場面が頻出する。街を歩く人々は為るべく遠くでスレ違う様に神経を使い、買い物では釣り銭を貰わない様小銭を沢山用意し、店でも客が出す金には直接触れず、酢を満たした壺に入れさせ、更には、富裕層は早々に安全な場所へと避難するのに対し、貧しい人々は生活の為に商売を続け、次々と疫病の餌食に為ってしまう。

 今『ペストの記憶』を読む事は、こうした一致に驚かされながら、バランスの取れた「正しい恐れ方」へと導かれる経験と為る筈だ。本書には疫病を克服する為の答えも無いし、カミュの『ペスト』の様な深い思索も無いが、疫病が人間の身体と心に及ぼす影響に付いては、有りとアラユルことが書かれて居る。
 時折混ざって居る怪しい逸話に適切なツッコミを入れながら、本書を読み解く作業自体が、答えの見え無い事態の渦中に有る私達に取って、適切なサヴァイヴァル感覚を養って呉れるだろう。

 事実への信頼を喪失した時代

 此処で冒頭に戻りたいのだが、原発事故後の日本で、そして世界で起きたのは「事実」への信頼の喪失では無かったか。イギリスが国民投票でEU離脱を決め、アメリカでトランプ大統領が誕生した2016年には「ポスト真実(post-truth)」為る言葉が流行し、マルでアラユル事実は人為的に書き換え可能で有るかの如き錯覚が世に広まった・・・この事態を、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』に登場する「ニュースピーク」等を援用して解説した、川端康雄氏による本誌記事を参照。
 
 客観的な事実等有り得無いと云うシニカルな雰囲気が蔓延し、世の支配的な見解に反してでも真相を追及する人間は、幼稚な正義感から世の平穏を乱す厄介者との烙印を押され、統計や文書の改竄と恣意的な解釈が黙認された。
 日本に於けるコロナウイルス対策の迷走振りを見るに着け、このおよそ10年間、人々に安心を与えるべく機能して来た虚偽のシステムの底の浅さが露呈した様な感覚を抱かずには居られない。

 日々、医療現場で懸命の対応をされて居る方々には心から頭が下がる思いだが、感染症の検査を含む医療体制の不備は、どの様に統計を解釈しても覆い隠せるものでは無く、この局面の変化を行政が理解して居ない事を悲喜劇的に露呈したのが、世帯毎に布マスク二枚配布と云う奇策(?)であろう。
 勿論、私達が今経験して居るのは前例の無い事態であり、客観的に正しい答えを見出すのは極めて困難である。しかし、それだからコソ、答え等無いと開き直るのでは無く、適切な危機意識を研ぎ澄ませ、少しでも正解に近付こうと努めるべきだ。『ペストの記憶』は、正しく恐れ、事実を求める為の感性を、現代の読者に授けて呉れるだろう。


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 武田 将明 東京大学総合文化研究科准教授 言語情報科学専攻 英語 最終学歴 Ph.D. in English, Faculty of English, University of Cambridge.  学位・資格等名称 Ph.D. English 文学修士 英文学・言語態研究 British literature, Literary theory 研究テーマ 18世紀イギリス小説 Eighteenth-century British novels  海外研究活動・留学 ケンブリッジ大学(1999−2004)受賞歴 日本英文学会新人賞佳作(2005)群像新人文学賞評論部門(2008)

                   以上













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