2020年01月15日
日本人だけが知ら無い「ゴーン逃亡」本当の罪 欧米はどう報じたか
日本人だけが知ら無い「ゴーン逃亡」本当の罪 欧米はどう報じたか
〜現代ビジネス 町田 徹 1/14(火) 8:01配信 〜
国外逃亡は悪質、しかし・・・
保釈の条件を破ってレバノンに国外逃亡した日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告が日本時間の1月8日夜、現地で記者会見を実施。一連の事件について、自分は無実であり、起訴された罪は何れも「日本の検察と日産の経営陣が画策した陰謀に過ぎない」「日本の司法制度は非人道的で、公正な裁判を受けられない」という主張を繰り返した。
こうした言動に対して、日本では、法務・検察当局や日産自動車の関係者のほか、新聞・テレビも一斉に強い調子で批判を浴びせている。
例えば、森雅子法務大臣はワザワザ翌日未明に記者会見を開き「日本の刑事司法制度は適正な手続きを定めて運用されている」「国外逃亡は刑事裁判そのものから逃避したもので、どの国の制度の下でも許され無い」と批判。
東京地検の斎藤隆博・次席検事も「適法に捜査を進めて訴追に至ったものだ。ソモソモ犯罪が存在し無ければ起訴に耐え売る証拠を収集出来る筈が無い。日産と検察に仕組まれたとの主張は不合理だ」とコメントした。ゴーン前会長に同情的な国際世論を意識したのだろう。地検は英語でも同じ趣旨のコメントを出す異例の対応をした。
筆者も、ゴーン前会長の国外逃亡は悪質と考えて居る。刑事裁判の罪状はこれから裁判で争う余地があるものだが、国外逃亡はゴーン前会長が自らの意思で明らかに違法な出国手続きに基づいて行ったもので、将来に渉って国際逃亡犯の汚名が付いて回り、許される事は無いだろう。
とは云え、マルで、ナショナリズムに取り憑かれたかの様に、当局や日産関係者だけで無く、新聞・テレビも一斉に逃亡犯には耳を傾け無いと云う論調に振れた事には、違和感を覚えざるを得無い。もう少し冷静な議論をしないと、懸案である日本の司法制度改革の機を逸する事に為り兼ね無い。そこで先ず、ゴーン会見の概要のお浚いから話を始めよう。
「人質司法」の問題が浮き彫りに
ゴーン前会長は開始予定より少し早めに、黒いジャケットにピンクのネクタイと云うビジネスマンらしい姿で会場に登場した。当初は、冒頭の30分間をオープニング・ステートメントとして、自身の主張をする予定だったと云うが、実際は2倍超の67分間に渉って自説を展開。その結果、会見は全体で2時間35分を超える長時間に及び、マルで独演会だと云う批判も少無く無かった。
オープニング・ステートメントはザックリ分けると4部構成で、最初が130日間に及んだ拘置所生活の説明だった。窓も無い狭い独房で、食事もその中で採らされ、シャワーは週2回しか許されず、薬も飲ませて貰え無かったと云った話が語られたのだ。
次いで、ゴーン前会長は日本の刑事司法制度、特に一般に「人質司法」と呼ばれる長期勾留の問題点等に関する批判を深掘りした。そして、公正な裁判を受けられるのかと自身の弁護士に尋ねた処「そう為る様努力する」と云う心許ない答えしか無く、これでは、日本で死ぬか日本から逃げるしか選択肢は無いと感じたので、選択肢としては国外逃亡しか無く、これが正当な行為だったと言い張ったのだ。
この会見を、筆者が自身のラジオ番組で取り挙げた処、或るリスナーから「選択肢が無かった、と云う話は会見を聞いて居てとても実感出来ました」とのコメントを頂いた。国外逃亡を容認する訳では無いが、そこに至る人質司法の問題点を憂慮して居ると云うのである。
会見に話を戻すと、具体的な逃亡方法については、手助けした人達が追及されるからだろう。この点には頑なに口を噤んだ。その上で、32分過ぎから、ゴーン前会長が言及したのが、この事件は自分を権力の座から引き摺り降ろす為のクーデターだったと云う、ゴーンサイドから見た事件の構図だ。
この陰謀に関与した日産関係者として、以下の順で6人の名前を挙げた。併せて肩書も記すと、前日産自動車CEO兼社長の西川広人取締役、ハリ・ナダ日産自動車専務執行役員、元日産自動車理事の大沼敏明三菱自動車秘書室長、豊田正和日産自動車社外取締役、川口均前日産自動車副社長、今津英敏元日産自動車監査役・・・である。
これ等の人々が検察官や政治家と協力してゴーン前会長を追い落としたと語ったのである。しかし、事前の米国メディアの取材では明らかにすると表明して居た、日本政府関係者の名前は「レバノン政府に迷惑が掛かる」と云い、明らかにし無かったのは肩透かしだった。
肝心の真相は未だ分からず
次がいよいよ罪状への反論だ。この部分で比較的説得力があると筆者が感じたのが、役員報酬に関する有価証券報告書の過少記載問題である。取締役会決定はないし、支払いも完了していないので、ゴーン前会長は自身が無罪だと主張したのである。
ゴーン前会長の主張を額面通りには受け取るわけにはいかないが、それでも、支払いが完了していない以上、日産が契約を破棄すれば過少記載にはならず、会社として金融商品取引法違反という不名誉で重い犯罪に問われることが避けられたはずなので、名前を挙げられた人たちの当時の判断と対応に理解しがたい部分が残るのは事実だ。
フランス政府からルノーとの不可逆的な経営統合というミッションを与えられていた、ゴーン前会長の権力が絶大であり、容易に退任を迫れるような状況になかったから、逮捕を利用して解任を目論んだという、ゴーン前会長の主張するクーデター説が真実味を帯びてしまうことも否定できない。
自動車業界で、ゴーン前会長に名前を挙げられた人物の一部が日本政府要人や経済産業省のもとに足しげく通っていた話も有名だ。
すでにフランスの会社と見なされていた日産の問題で、下手な介入をすると日仏外交関係の懸案になりかねないとはいえ、傍観すれば日産の研究開発部門や工場閉鎖を招いて国内の雇用問題に発展するリスクがあると、日本政府の支援を求めていたとされている。ゴーン前会長が主張するような日本政府と日産の共謀はなくても、彼の眼には日産の働きかけが共謀と映っても不思議がない。
この案件に比べると、失敗した個人投資を日産に付け替えたのではないかとか、CEOリザーブという秘密資金が存在したとか、取引先からキックバックがあったとかされる問題についてのゴーン前会長の反論は迫力に乏しかった。
と云うのは、これらの問題については、複数の代表取締役の承認のサインがあり、適正な社内手続きを経ていたと主張したうえで、何やら、その承認書類らしいものを提示したのだが、文字があまりにも小さくて内容が読み取れなかったからだ。こんな提示の仕方では、とても無罪が裏付けられたとは言えない。
ゴーン前会長は、会見で「数週間以内に全ての証拠を開示し、嫌疑を晴らしたい。真実を明らかにしたい」と強調していたが、この種の証拠を何度も小出しにする意味があるとは考えにくい。無実を証明したいのならば、もっときちんとした形で開示すべきだった。
しかも、無実の主張は、日本の裁判で証明すべき問題で、犬の遠吠え感を免れない。このままでは、日本での裁判も尻切れトンボになり、真相が闇の中に消えてしまいかねない。
メディアのゴーン批判に対する“違和感”
実際、ゴーン前会長の国外逃亡で、冒頭で紹介した法務・検察当局をはじめ、日産自動車関係者はもちろん、新聞・テレビまでゴーン批判の大合唱になってしまった。この状況は、年来の課題である司法制度の問題点を質す好機が失われかねず、憂慮すべき事態である。
例えば、日産の前CEO兼社長の西川現取締役は1月9日朝、新聞やテレビの取材に応じ、ゴーン前会長のクーデター説を「不正の話とは全く次元の違う話だ」と否定したうえで「あの程度なら日本で話をすればいいという内容で、拍子抜けした。裁判で有罪になるのが怖いと逃げてしまったのか、私としてはまた裏切られたという感じが強い」と述べたという。
しかし、西川氏は、受け取るべきでない「SAR(ストック・アプリシエーション・ライト)」と呼ばれる株価連動型報酬を受け取っていたことが明らかになり、CEO兼社長を事実上解任された人物である。手続き上、取締役職にはとどまっているが、6月の株主総会で取締役職が更新されることはないとみられている。ゴーン前会長が国外逃亡して記者会見で自説を展開していなければ、そんな西川氏にこれほど偉そうなことを発信する機会をメディアが与えたとは考えにくい。
このほか、新聞は、ゴーン前会長が会見で実名を挙げて事件への関与を批判したことに対し、経済産業省出身の豊田正和・日産社外取締役がやはり1月9日朝「法律違反をして国外に出ている方の自作自演にお付き合いするつもりはない」と述べたとか、別の幹部が「日産はゴーン前会長に損害賠償訴訟を起こすつもりなのに、根拠もなく不正を指摘できるわけがない。会見は自分を正当化する茶番にすぎない」と語ったと報じている。
新聞・テレビについては、レバノンでのゴーン会見が「過去に関係を築いたメディア」だけを招待する形で行われ、フランスや中東のメディアが大半を占め、日本のメディアは朝日新聞社、テレビ東京、小学館の3社しか入れなかったことも微妙に影響しているのだろう。日本での報道がゴーン批判一色と為ってしまった感を免れ無い。
日本とは対照的な欧米メディアの反応
こうした報道振りと対照的なのが、欧米メディアである。欧米メディアも一斉にトップ級のニュースとして報じたが、その内容は概して日本の司法制度を槍玉に挙げる内容だった。
米ワシントン・ポスト紙が「『腐敗した非人道的な』日本の司法制度について、逃亡後初めて批判」と報じ、米CNNは「日本で死ぬか、逃亡するかの選択だった」との発言を大きく伝えた。
米ブルームバーグ通信も「検察官が弁護士の立ち会いなしに容疑者を繰り返し尋問し、ほぼ100%の有罪率となる制度に疑問を投げかけた」と書いた。米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルに至っては、日本語版の社説で「疑いを晴らす会見としては『力作』だった」と持ち上げるほどだったのである。
一方、米ニューヨーク・タイムズ紙は「国際逃亡者として、ゴーン前会長の未来は不透明だ」と報じたが、こういう冷静な論調は少数派に過ぎなかった。
筆者が警鐘を鳴らしたいのは、海外メディアが槍玉にあげた人質司法批判が、もともと国内で古くから問題になっていたことである。ゴーン前会長が、一昨年11月に、東京地検特捜部に逮捕された後、勾留・再逮捕が繰り返され、保釈まで108日間も身柄を拘束されたのは典型的な例と言える。
多くの国では起訴されたら、被告人は保釈されるのに対し、ゴーン前会長を含めて日本では勾留が続くことが珍しくない。起訴後の勾留について、被告人が容疑を否認しており、証拠隠滅と逃亡の恐れがあるという説明がなされているが、それは物事の片側しか見ない議論だ。実際には、長期勾留は長時間の取り調べを弁護人の立ち会いなく行うことを可能にしている。加えて、家族との面会を認めず、精神的・肉体的に被告人を追い込んで、自白を強要することに繋がりかねない。このため、「人質司法」と呼ばれ、えん罪を生むとかねて国内的にも強く問題視されてきたのである。
我が国は、日本版の司法取引の問題も含めて、国外逃亡犯ゴーン前会長の批判にかまけて、司法制度の透明性を高める努力を怠っては為ら無い筈である。
町田 徹 以上
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