2020年01月09日
2020年の世界経済が抱える4つの時限爆弾
2020年の世界経済が抱える 4つの時限爆弾
〜ニューズウィーク日本版 1/7(火) 18:19配信〜
キース・ジョンソン氏
<IMFや世銀の見通しは何故か明るいが「サプライズ」回避と云う前提条件が崩れれば、下振れリスクが足を引っ張る>
思えば、2018年の世界経済は山あり谷ありだった。そして2019年はもっと酷かった。製造業は世界中で散々だったし、少なくともアメリカでは、中国との貿易戦争で農業部門が大きな打撃を受けた。それでも今年は意外や意外、大方の予測では世界経済の見通しは明るいと云う。
もう嵐のピークは過ぎたから、今年は・・・少なくとも世界全体で見れば成長軌道に戻れる筈だ。そんな見立てである。だからIMFの予測する成長率は3.4%、世界銀行の予測でも2.7%と為って居る。その最大の根拠は、各国の中央銀行が今後も金融の量的緩和を続けると予想される事。そうであれば貿易戦争や投資の縮小による痛みの一部が相殺され、今年は緩やかな回復が期待出来ると云う訳だ。
但し、こうした強気の予想の前提には2つの・・・可成り恣意的な条件がある。この処世界経済の足を引っ張って居た新興国・・・取り分けアルゼンチンやトルコの景気が回復する事、そして貿易戦争や財政破綻と云ったサプライズが回避される事だ。この2つの前提が崩れたら、2020年の世界経済は縮小に向かうだろう。
IMFも昨年10月の報告で「景気の下振れリスク」が複数ある事を認めて居る。貿易戦争の火種は未だ残って居るし、EU離脱後のイギリス経済や、転換期にある中国経済の行方も気掛かりだ。そして勿論、幾つかの地政学的リスクもある。
1 貿易戦争
アメリカと中国は、少なくとも貿易戦争の「停戦」を約束する交渉の「第1段階」に合意した。それでも両国間の貿易戦争は収束には程遠い。合意は飽く迄「暫定」であり、これ迄何度も同様の合意が発表されたが、結局はまとまらずに来て居る。
ドナルド・トランプ大統領と習近平(シー・チンピン)国家主席が最終的に何らかの協定に署名し、両国の貿易関係が部分的に改善したとしても、アメリカによる対中関税と中国による報復関税の大部分は残るだろう。
ピーターソン国際経済研究所は「高関税のニューノーマル・新常態」と称して、米中間では今後も多くの品目に付いて比較的高い関税が維持されると予想して居る。詰まり多くの中国製品(部品や素材等)に依存する米製造業は、今後も過大な負担を強いられ、アメリカの企業や消費者の経済的な痛みは今後も続くと云う事だ。
そして貿易摩擦は、米中間の争いだけに留まら無い。北米の新貿易協定がまとまり、中国との停戦をホボ手中に収めたトランプ政権は、EUとの貿易交渉に再び重点を置きつつある。アメリカは昨年10月、エアバスに対する補助金を巡る対立を理由に、新たにEUに対する報復関税を発動した。
今後、EU側が更なる報復関税を発動する可能性もある。更にフランスが導入したデジタル税、他にも複数の国が導入を検討中のものに反発し、フランス製品に追加関税を課すとも警告して居る。
イギリスはこれ迄以上にイギリス寄りに
問題は未だある。イギリスは1月末で正式にEUから離脱するが、真に困難なプロセスが始まるのはこれからだ。2020年末迄に自由貿易協定をまとめ無ければ為ら無いが、EU側は年内決着はホボ不可能とみて居る。関税率や規制基準等の重要な問題で合意出来なければ、イギリスのEU離脱問題とそれに伴う投資や事業・消費者信頼感や経済成長等の問題は、再び崖っプチに追い詰められる事に為り兼ね無い。
事態を更に複雑にする可能性があるのは、アメリカがイギリスと独自に自由貿易協定の交渉を行いたいと考えて居る事だ。これは経済的な規制と云う点でイギリスをこれ迄以上にアメリカ寄りに引き寄せる事を意味する。そう為ればイギリスがEUと具体的な協定を結ぶのは益々難しく為る。
大国間の貿易関係の緊張が今後も高まり、WTO・世界貿易機関が実質的に無力化されれば、世界経済は各国が恣意的に関税を課して居た時代に回帰し兼ね無い。高関税が世界の新常態に為れば、その影響は深刻だと世界銀行も警告して居る。
2 中国経済
中国に関しては幾つか懸念がある。何しろ規模が大きいから、それが世界経済に及ぼす影響も深刻だ。先ず、中国経済の減速は明らかだ。
その原因はアメリカの関税による打撃だけでは無い。気に為るのは、既に30年振りの低水準にある成長率だ。IMFは今年の中国のGDP成長率を僅か5.8%と予測して居るが、これは近年の実績を大きく下回る。一方、世界銀行は5.9%の成長率を見込んで居る。
中国政府はこれ迄、財政出動による景気刺激策で人工的に成長率を維持して来た。しかし結果として企業や地方政府が膨大な債務を抱え込む事に為り、これが中国経済の足を引っ張って居る。財政出動は短期的に功を奏するかも知れないが、収益性も生産性も低い企業を生き残らせるリスクがあり、将来の成長に悪影響を与えるだろう。
中国経済が大幅に減速した場合、他の諸国、取り分け世界経済の牽引役と期待される多くの途上国に負の影響が表れるだろう。
「イギリスのEU離脱後に予想される混乱に比べれば、中国経済の急激な失速のリスクは高く無い。だがそれが起きた場合は、他国の経済や世界全体に大きな影響を与えるだろう。中国は他の経済大国と密接に結び付いて居るからだ」と、ハーバード大学の中国専門家ジュリアン・ゲワーツは言う。
保護政策を全産業に
中国経済の未来に付いては更に大きな懸念がある。中国は今後も世界経済との深い結び付きを維持するのか、それとも他地域との経済的相互依存関係を解消する試みを強化するのか。
「唯一の、そして大い為る懸念は米中が離れる事だ」と言うのは、コンサルティング会社ユーラシア・グループのクリフ・カプチャン会長だ。
「両国が袂を分かつ事は、少なくとも技術分野では避けられ無い。更にそれがエスカレートすると、関税を武器にする事が常態化し、他の国を対立に巻き込み、経済成長の本格的な障害と為る恐れが出て来る」
それは単なるトランプ効果の問題では無い。カプチャンの言う米中関係の「硬直化」は、現在、米政治における既定路線と為り、議員や民主党の大統領候補者は皆中国に対してより厳しい姿勢を取ろうとして居る。「それは世界経済と世界の安定に対する真の脅威だ」と彼は言う。
中国は貿易相手国から部品等を調達するのを辞めて、代わりに国内で主要産業のサプライチェーンを構築し様として居る。その先頭を走るのが華為技術・ファーウェイ・テクノロジーズだ。
しかも中国政府は、こうした保護政策を全産業に広げ様として居る。そう為ると世界経済の見取り図は大きく変わるだろう。「指導者が相互依存を根底から見直す事が中国経済の未来に取って何を意味するか。それが大きな疑問だ」と、ハーバード大学のゲワーツは言う。
この様な動きは大規模な国家資本主義を伴い、主要産業における国内サプライヤーの育成やグローバルなサプライチェーンの解体・産業政策の強化に繋がる。又アメリカ製ミサイル配備の件で韓国を牽制したり、ツイッターで香港デモを支持したNBAを脅す等、経済的な圧迫による他国への攻撃も増えるだろう。そしてアメリカの金融支配からの脱却を図るこれ迄の中国の取り組みも活性化する。
「トップダウンで動く国が、商品からテクノロジー・・・潜在的には金融に至る複数の領域で自立性を高める必要があると判断した場合、それは2020年に非常に大きな変化をもたらすだろう」とゲワーツは言う。「そう為ったら、以前からの懸念が現実のものに為る」
3 債務残高
先進国でも途上国でも企業や家計・国家の抱える債務が途方も無く膨らんで居る。多くの国の中央銀行による過剰な金融緩和がその一因だ。既に金利を下げてしまった各国は、又新たな債務問題に直面した時、衝撃を和らげる為の余裕を欠く。
新興国・途上国の債務残高は計50兆ドル以上
世界銀行によると世界中の債務残高は2018年に対GDP比230%と云う過去最高の水準に達し、その後も増え続けて居る。特に新興国・途上国は計50兆ドル以上の債務残高を抱え、景気減速や貿易戦争に起因する金融市場の調整から打撃を受け易い。
途上国諸国は1980年代1990年代2000年代と、既に3回の債務危機に見舞われ、その度に痛い思いを味わった。世銀は恐るべき4回目の到来の可能性有りとし「規模・速度・債務残高の範囲において、より一層困難な第4波」が新興市場を襲うと警鐘を鳴らした。
これ程債務残高が大きい為、金融市場で何らかの調整が生じると、その影響は瞬く間に広がる。貿易戦争の他、企業の破綻や債務不履行も市場の調整の引き金に為る。世銀は「債務残高が上昇して居る折に、改めて金融市場から多大なストレスが加わると、顕著かつ広範に影響が増大する恐れ」を指摘して居る。
アメリカの様な先進国も、企業債務が膨らんで居るから弱い立場に置かれるかも知れない。企業による債務不履行が増えれば、過大評価されて来た株価が急落し消費者心理に響くだろう。米経済の成長予測も変わる。
大手格付け会社フィッチ・レーティングスはその場合に、今年の米経済成長率の予測値を半分の0.8%にまで下げると言う。 「中国経済の失速・貿易関連の不確実性と云ったリスク要因が消え無いものと思われる中、米国株の長期的な水準は史上最高レベルに近い為、調整の可能性が高まって居る」からだ。
4 地政学リスク
加えて世界には相変わらずのトラブルが満ちて居る。イラン・サウジアラビア・アメリカによる三つ巴の緊張関係・北アフリカ全域に広がる混乱の他、アジアでは北朝鮮の核開発や中国の南シナ海・香港・台湾に向かう野心で緊張が高まる。
古今東西お馴染みの政治的リスクにも事欠か無い。世界各国でポピュリズムが台頭し市場経済を攻撃する。そこで過去数十年の経済成長を促して来た力が損なわれる。「第4次産業革命と云う現実から逃避する世界の指導者達は代償を払う事に為る」とカプチャンは言う。
「自動化の問題やグローバル化への反動、土着的で排外的なポピュリズムに対抗するには、ドンな取り組みが必要かをキチンと考える必要がある」
それがアメリカやハンガリー等、一部の国の問題に留まるなら、それだけの事だとも言える。だが政治的な激変が広がれば、第二次大戦後の繁栄を支えて来た経済秩序も脅かされる。「ポピュリズムは市場を信頼しない。市場から構造的な推進力を奪い、長期的に厄介な問題と為る」とカプチャンは言う。
米イラン衝突で石油価格上昇へ
短期的にも心配事は沢山ある。米トランプ政権が、イランに最大の圧力を掛けた結果として、更なる緊張激化なり武力衝突等があれば、石油価格は上昇する可能性が高い。
それは世界経済の成長にブレーキを掛ける事に為る。中東から北アフリカに渉る広い地域で抗議運動が激化し、リビアで又戦闘が起こり、トルコが一段と大胆な行動に出ると云った具合では、新興経済圏の成長回復も覚束無い。そう為れば今年の世界経済の見通しは暗い。
アジアでは中国が、国内経済の問題を解消する為に外交を利用するかも知れない。その舞台が南シナ海であれ香港であれ台湾であれ、その影響で市場は動揺し、経済への信頼感が揺らぐだろう。ゲワーツが言う。
「中国経済が失速し、ソコで指導部が外交面のナショナリズムと冒険主義を更に強めるなら、その深刻な影響は世界中に及ぶ」
From Foreign Policy Magazine 本誌2020年1月14日号掲載 キース・ジョンソン 以上
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