2020年01月07日
トランプ大統領のイランのソレイマニ司令官の殺害 何故 どう為る?
トランプ大統領のイランのソレイマニ司令官の殺害 何故 どう為る?
〜GLOBE 国際ニュースの補助線 2020.01.04〜
解説 鈴木一人 北海道大学公共政策大学院教授
2020年が始まって3日しか経って居ないが、行き成り今年最大級のニュースが飛び込んで来た。トランプ大統領の命令の下、バグダッド空港近くに居たイランの革命防衛隊クッズ部隊・Quds Forceコッズ部隊クドス部隊・ゴドス部隊等とも表記する司令官のソレイマニと、イラクの親イランシーア派民兵組織であるカタイブ・ヒズボラの指導者であり、イラクのシーア派民兵の連合体である人民動員隊・PMUの副司令官であるムハンディスが殺害された。
ムハンディス副司令官とソレイマニ司令官
バグダッド空港には米軍の施設も在り、カタイブ・ヒズボラがミサイル攻撃を仕掛けて居る中で、ドローンによる攻撃でソレイマニとムハンディスが殺された。
イランウォッチャーは勿論の事、欧米の国際政治の専門家達は一斉にこのニュースに反応し、今後の中東情勢の見通しが立た無く為り、イランとアメリカの対立が急速にエスカレートして行く事の不安に包まれた状態にある。
現時点では、イランは3日間の喪に服した後、ソレイマニ司令官の復讐を行うと宣言して居り、それに対抗する為、アメリカも中東への増派を検討して居る状況である。今後の米イラン関係や中東情勢がどう為るのかを予測するのは極めて難しい状況にあるが、今後の動きを考える上で重要と思われるポイントを幾つか解説しつつ、ニュースを理解する補助線を引いてみたい。
ソレイマニとは何者か
この事件が大きなインパクトを持つのは、殺害されたソレイマニ司令官がイランに取って極めて重要な人物であり、彼を標的にした事がイランの反発を引き起こす事が明らかだからである。
ソレイマニは元々農家の子として生まれ、血気盛んな20代前半でイラン・イスラム革命に身を投じた。革命直後にアメリカの支援を受けたイラクがイラン・イラク戦争を開始した事で、イランは革命体制を防衛する為の民兵組織を立ち上げ、ソレイマニはこの民兵組織・イスラム革命防衛隊IRGCの若き下士官として志願し、イラク軍に対して犠牲を恐れず立ち向かう勇猛な戦士として名を挙げた。こうした戦績が評価され、革命防衛隊の中でも頭角を現し、クッズ部隊を任される様に為った。
彼は信心深い人物で、前線に赴いては兵士達にユックリした口調で語り掛け、士気を上げるスタイルで多くの兵士に慕われた。クッズ部隊は所謂遠征軍であり、革命防衛隊の陸海空軍が主として領域防衛を任務として居るのに対し、クッズ部隊は国外でシーア派民兵組織を立ち上げ、彼等を鍛え上げ、資金や武器の支援を行い、所謂「代理戦争」を闘うネットワークを作って行くだけで無く、シリア内戦やイラクにおけるイスラム国との戦いでは自らが指揮を執り、アサド政権の支配地域を拡大させ、イラクからイスラム国を排除した。中東における武装組織の指揮官としては恐らく最も優秀で輝かしい戦績を誇る人物である。
それ故、ソレイマニは国内ではカリスマ性を備えた英雄として国家の「強さ」の象徴として愛され、並み居る政治家を差し置いて最も人気の有る人物として世論調査のトップに来るだけで無く、イランの各地で彼の写真が額装されて居たり、Tシャツにプリントされたお土産が売られて居る。
対外的には、彼は中東最強の野戦司令官として神格化され、取り分けアメリカからはイランの中東における覇権を得様とする野心を持つ帝王として見做され、イラク戦争において米軍を苦しめた作戦を指揮した人物として見做して居る。
イラク戦争におけるソレイマニの役割に関しては様々な評価があり、どの程度イラクの武装勢力に関与して居たかに付いては定かでは無いが何百、何千の米兵が殺されたのは彼の所為だとの言説がアメリカでは流布して居る。
又、レバノンのヒズボラはソレイマニと兄弟の契りを結んだ関係にあり、イラクのシーア派民兵であるカタイブ・ヒズボラも彼を家族の様に扱う等、中東におけるシーア派民兵のネットワークの中心に存在し、イランのイスラム革命を国外に輸出しイランからイラク、シリア、レバノンに跨る「シーア派の弧」を取り仕切る人物でもある。
なお、屡々イランとサウジの「代理戦争」と言われるイエメン内戦でイランが支援して居るとされて居るフーシ派とソレイマニの関係は薄く、ソレイマニがイエメン内戦に関与した事は現在の処確認されて居ない。フーシ派に対してイランは武器や資金の支援をして居る事は確かだが、レバノンやイラクの様な形でクッズ部隊やソレイマニが関与して居る訳では無い点は注意して置く必要があるだろう。
何れにしても、ソレイマニは国内外で高く評価され、イランの最高指導者や大統領は知ら無くても、ソレイマニの名前は知って居ると云う人が中東でもアメリカでも多数居る。そうしたカリスマ的な存在であり、且つ有能な野戦司令官であり、イラクやレバノンにおける政治的な影響力も持つ、中東における巨人でありアメリカから見れば目の敵と為る存在であった。
何故「今」殺害したのか
ソレイマニはアメリカに取って不倶戴天の敵であるだけで無く、イスラエルに取っても脅威であった。クッズ部隊の「クッズ」とはエルサレムの事であり、イランの最終的な目標はエルサレムの奪還・イスラエルの排斥であると見られて居る。
イランとイスラエルの対立はイスラエル建国から続くものだが、現在でもスポーツの大会でイラン代表選手はイスラエルの選手と戦っては為ら無いと云ったイランの政策が有る程両国間の関係は悪い。ネタニヤフ首相はイランを敵視する姿勢を一貫して居り、オバマ政権時代にアメリカがイランと交渉する事すら毛嫌いし、当然ながらイラン核合意も強烈に批判して居る。
そのイスラエルの諜報機関であるモサドの長官は、当然ながらイランの遠征部隊であるクッズ部隊の司令官であるソレイマニを常にウォッチし、何処に居るかを把握して居る事を明らかにして居る。詰まり、ソレイマニを攻撃しようと思えば、何時でもそれを実行する事は出来たと考えられて居る。
実際、何度かソレイマニ殺害の噂が流れたが、その度カスリ傷一つ負って居ないソレイマニの写真がメディアに出て来るなど、ソレイマニ殺害の計画は常に有ったと思われるが、イスラエルは彼に留めを刺す事はしなかった。
又、ソレイマニは中東地域においてイランの影響力を拡大し、シリアやイラク、レバノン、イエメンの内戦や国内対立を激化させる人物として、又イランの核開発に密接に関連する革命防衛隊の幹部として国連の制裁対象と為り、2015年の核合意後に国連のイラン制裁が解除された後も国連の制裁対象として残った人物である。
又、アメリカはクッズ部隊を2007年から制裁対象として来たが、2019年に革命防衛隊をテロ組織・Foreign Terrorist Organization・ FTOに指定した。通常、FTOはアルカイダやオウム真理教の様な非国家主体が指定されるが、初めて国家機関である革命防衛隊が指定されたことで大きな話題と為った。
と云うのも、2001年の同時多発テロの際に採択された「テロリストに対する武力行使権限・Authorization for Use of Military Force against Terrorist・ AUMFが現在でも有効であり、FTOに指定されると議会の承認を得なくてもその組織を攻撃する事が出来る。
今回のソレイマニ殺害で米民主党は議会の主要メンバー・Gang of 8と呼ばれる上下両院のインテリジェンス委員長等の主要メンバー8人に事前の相談をし無かった事を非難している。
AUMFが有効である為、革命防衛隊のメンバーであるソレイマニ殺害に議会の承認は不要だが、Gang of 8には事前に相談するのが慣例に為って居る。何れにしても、AUMFがある事で、何時でも大統領の命令一つでソレイマニを殺害出来る状況にあった。
何時でも殺害出来るのにそれを実行しなかったのは、偏にソレイマニの存在がイランに取って大き過ぎるものであり、もし殺害した場合その後の対立のエスカレーションがコントロール出来無く為る怖れがあると見られて居たからである。
ソレイマニを除く事が出来れば、イランの対外的な戦闘能力は低下し、イランの対外的な拡張を止める事が可能と為り、更にはイランの軍事力のシンボルの様な存在を消す事に為る為、アメリカやイスラエルに取ってソレイマニ殺害は得られるものが多い筈である。
しかし、それでも今まで殺害しなかったのは、もしそれを実行すれば確実にイランが弔い合戦を始め、泥沼の戦争が始まると考えて居たからである。
イランは、イスラム国やイラク戦争時のイラクとは比較に為ら無い程強力な軍事力を持ち、8000万人の人口を擁し、中東でもトルコと並ぶ水準の工業力を持つ国である。その国と正面から戦争する事に為れば、アメリカやイスラエルも無傷では居られ無い。しかも、アメリカはアフガニスタンやイラクでの長期の戦争を続けて居り、これ以上戦線を拡大する事は現実的では無かった。
処が、トランプ大統領はソレイマニ殺害を実行した。それは一方でバグダッドの米国大使館が襲撃され、更にソレイマニが指揮するシーア派民兵が更なる米国人や米軍施設等への攻撃を計画して居ると云う情報があったからである、と云うのが表向きの理由である。
確かにソレイマニと関係の深いカタイブ・ヒズボラが2019年末に米軍施設をミサイルで攻撃し、それに対して、アメリカはカタイブ・ヒズボラの施設を5ヶ所攻撃した。その行為はイラクの主権を侵害したものとしてイラク国民の反米感情に火を点け、米国大使館の襲撃と為って居た。この様なエスカレーションが進む中で、アメリカはイラク側の暴動や攻撃を指揮して居るソレイマニを排除し無ければ為ら無いと考えるのは一応の合理性はある。
しかし、同時にトランプ大統領は11月の大統領選に向けてイラクのシーア派民兵やイランに対して弱腰である事を見せる訳にも行かず、強気の姿勢で押し切る必要性に駆られた行動と云う見方をする事も出来る。
歴代の大統領が遣ろうと思えば出来たのに様々な配慮から実行して来なかったことを実行すると云うのはトランプ大統領の統治スタイルであり、そうした「オバマには出来無い事を自分は実現した」と云う姿を見せたいと云う思いもあったのだろう。
又、トランプ大統領は下院で弾劾決議が可決し、上院の弾劾裁判で無罪を勝ち取る見込みとは言え、この問題に対して激しく抵抗して居り、この問題から国民の目を逸らす必要があると考えた可能性もある。
何れにせよ、理由はどうであれ、これまでイランの反撃とエスカレーションを恐れて実行して来なかったソレイマニ殺害をトランプ大統領は実行した。
しかし、ソレイマニ殺害は間違い無く米イランの緊張関係を高め、最悪の場合全面戦争に突入する可能性も有る。トランプ大統領は記者会見でソレイマニ殺害が「戦争を始めるのでは無く、戦争を止める為に殺害した」と語って居る。今後対立がエスカレートして全面戦争に行くのか、それともトランプ大統領に「戦争を止める」方策はあるのだろうか。
イランの対応
国民的な英雄であり「アイドル」とも言って良い存在であるソレイマニを失ったイラン国民は哀しみに暮れて居る。ソレイマニを殊の外気に入って居た最高指導者のハメネイ師は全国民に3日間喪に服す様求め、国旗は半旗と為って居る。ハメネイ師を初め、ロウハニ大統領や革命防衛隊のサラミ司令官等は、アメリカの責任を追及し、ソレイマニ殺害の復讐をする事を誓っている。
では、どの様な復讐をするのであろうか。現在の処、イラン側からは何も示唆するものは無く、イランもどの様に対処して行くのか、これから戦略を練り直す段階にあると考えられる。故に、ここでは飽く迄も考えられるオプションを提示するが、必ずこのどれかに為るとも言え無いし、ここで論じた事以外の対応をするかも知れないので、単なる推測に過ぎ無いが、可能な限り現実的なオプションを考えて見たい。
先ず、イランはアメリカとの力の差を十分認識して居る。その為、自国に累が及ぶ様な事は避けたいと考えると思われる。故にイランが反撃するとすれば、典型的な非対称戦・・・詰まりゲリラ的な攻撃やテロ、サイバー攻撃等の様々な手段を使ったハイブリッド戦の様なスタイルの攻撃を仕掛けるのではないかと思われる。
その際、イランの能力から考えて、第一の標的はイラク国内に居る米軍や米国関連施設への攻撃であろう。これまでカタイブ・ヒズボラが行って来た軍事施設への攻撃や米国大使館への暴動への動員等に類する行動を強化して行くのではないだろうか。
特に、ソレイマニと一緒に殺害されたカタイブ・ヒズボラの指導者のムハンディスは、イラク国民でありイラク国内で米軍がイラク国民に対して攻撃を仕掛けた事は、イラク戦争を経験した国としては認められるものでは無く、国内での反米感情は高まって居る。
2019年末に行われたカタイブ・ヒズボラの施設への攻撃は、既にイラクの主権に対する攻撃として見做され、イラク国会では米軍を排除する法案が審議される予定であった。米軍がイラクに駐留するのはイスラム国と闘う事が前提と為っており、イラク市民や国内の施設を標的にした攻撃をする為に米軍が駐留して居る訳では無い。その為、イラク国内では米軍の撤退を求める運動も強く為る為、イランはこれらの運動を活用してアメリカに対する圧力を掛けて行くであろう。
又、アメリカの同盟国であるサウジやUAEの石油や天然ガスの施設は、2019年9月のドローンや巡航ミサイルによる攻撃で示した様に脆弱である。こうした脆弱な施設を攻撃する可能性も否定出来ない。これは直接、ソレイマニの復讐とは言えないが、アメリカと正面から闘うよりは確実な成果を得られるものとして選択する可能性がある。
更に、1月6日には核合意の部分的履行停止の第五弾を発表する予定であったが、ソレイマニ殺害に抗議する形で核合意からの離脱を宣言する可能性もあるだろう。
それが即座に核兵器開発に直結する訳では無いだろうが、このママ核合意を維持し続ける道理も見付け難く、核合意に批判的な保守強硬派の圧力が高まれば核合意からの離脱も考えられる。とは言え、核合意から離脱すれば、それ自体がアメリカによるイラン国内に対する武力攻撃を誘発する可能性もある為、そうした選択は取り辛いと思われる。
米国内ではイランによるテロが実行される可能性に備えて居る。イランが何らかの形で米国内でテロを行う要員を送り込み、こうした事態に備えて居る可能性は否定出来ない。しかし、イランが果たしてアメリカの監視網を潜り抜けてテロを実行する事が出来るだけの能力があるとは考え難い。勿論可能性はゼロではナいので、警戒して置く必要はあるだろうが、その可能性はそれ程高いとは思え無い。
米イラン関係の緊張の高まりは自衛隊派遣に影響するか
米イラン関係の緊張が高まり、イランによる「復讐」が為され、それに対してアメリカが反撃すると云う事に為れば、この対立が武力紛争へとエスカレートする可能性は高い。しかし、イランはアメリカと正面から戦争をする事は可能な限り避け、少なくともイランからアメリカの攻撃を誘発する様な事はしないと思われる。
これまでもイランは何らかの挑発を受けた場合も、エスカレーションをコントロールしながら、受けた攻撃と同等の反撃をする事で釣り合いの取れた対応をして来た。ソレイマニを失った事はイランに取って大きな打撃ではあるが、元々野戦司令官であり、戦場で戦う兵士であるソレイマニが敵の攻撃によって命を落とすのは或る程度織り込み済みである。
実際、ソレイマニが殺害されたのは金曜の未明であり、多くの金曜礼拝(イスラム教では金曜が休日)では聖職者が彼を悼む弔辞を述べたが、そこではこれ迄イラクやシリアで命を落とした兵士の内の1人としてソレイマニを位置付ける様な説教が為されたとの話もある。詰まり、イランが失ったのは戦場での有能な司令官であり、アメリカに対する報復はそれと同等のものに為ると見る事が出来る。
と為ると、イランの「復讐」で最も可能性が高いのは、米軍の兵士や司令官に対する攻撃であり、主たる標的は米軍施設等と為るだろう。
これは言い換えれば、イランの反撃はホルムズ海峡やオマーン湾を行き交うタンカー等では無い、と云う事を示唆する。勿論、イランがこうした脆弱なソフトターゲットを標的にして紛争をエスカレートさせて行く可能性はある。しかし、これ迄のイランの行動パターンや思考パターンを考えて行くと「復讐」が海に向かって行く可能性は低いと考えられる。
その意味では今まで以上にイランの行動を監視し、紛争がエスカレートし無い為にも紛争が拡大しそうな兆候を察知し、紛争の火種を消して行く事が重要に為る。日本の自衛隊派遣によってそうした監視が強化されるのであれば、紛争拡大の抑止に貢献する事に為るであろう。
最も紛争の主たる舞台はイラク国内であり、自衛隊が活動する範囲ではそうした兆候を見つけ出す事もそれ程は無いと思われるが。
鈴木一人 北海道大学公共政策大学院教授 核問題 宇宙開発 日米関係等を始め国際ニュースを判り易く解説します 以上
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