2020年11月24日
【ギリシャ神話・プロメテウス】不老不死は本当に幸せか。それとも永遠の退屈か。
古来より、多くの権力者が求めてきた
不老不死。
仮に不老不死を手に入れたとしたら、
本当に幸せだろうか。
たとえ若く健康で、
望むものは何でも手に入るとしても、
永遠に生きることは果たして幸せだろうか。
永遠の苦痛と退屈ではないだろうか。
不老不死を望む者たちが本当に欲しているのは、
「もう充分だと思うところまで生きること」
ではないだろうか。
ー目次ー
ギリシャ神話、
先見の神・プロメテウス。
彼は、人間と神との肉の分配について、
最高神ゼウスに申し立てをした。
ゼウスは骨ばかりの肉を選んでしまい、
プロメテウスは美味しい肉を人間に与えた。
そこでゼウスは、
人間には肉を与える代わりに火を奪った。
プロメテウスは
天界から火を持ち出し、人間たちに与えた。
これに怒ったゼウスは、
プロメテウスを山頂へ縛り付け、
ワシに内臓をついばまれる刑に処した。
神は不老不死のため、
毎夜、ついばまれた内臓が復活した。
幸い、後にヘラクレスに助けられるが、
プロメテウスの苦しみは3万年も続いたという。
プロメテウスは幸運にも、
永遠の苦しみから解放された。
もし助けが来なかったら
文字通り、永遠に苦しむことになる。
不老不死であるために。
プロメテウスが解放された後も、
人間は争い、憎み合い、奪い合った。
ずっと味方していた人間の愚かさに絶望し、
最後は他の神々と同じく人間たちを見捨て、
天界へ去ってしまう。
人間を作ったとも言われるプロメテウス。
彼は不老不死であるがため、
天界で今も人間に絶望し続けている。
それは果たして幸せだろうか。
天界で、人間に代わる喜びを
探し続けられるならいい。
もし、あらゆる喜びを探し尽くした時、
不老不死は永遠の退屈にならないだろうか。
もし、天国で永遠に過ごせるとしたら、
不老不死は幸せだろうか。
これについて、
神に反逆した悪魔がこう語った話がある。
人間は何十年、一生涯、
大好きな何かに没頭できる。
ただし、人間は複雑になり過ぎたために、
「飽きる」ことができてしまう。
何千年後、もうあらゆることに飽きたら、
そろそろ死んでもいいと思う時が来るかも知れない。
その時にも身体は若く健康、なのに死ねない。
なぜなら不老不死だから。
そうなったら、
天国に居たくなかった悪魔と
同じ気持ちにならないだろうか。
不老不死は永遠の退屈だ、
もううんざりだ、交代してくれないか?
と。
どんな喜びも、永遠に味わいたいと
思い続けるのは難しそうだ。
ということは、
不老不死を欲した者の本音は、
「永遠に死にたくない」
ではなく、
「もう充分だと思うところまで生きたい」
ではないだろうか。
大きな何かを成し遂げ、
この世のあらゆる快楽を味わい尽くすには、
人生はあまりに短い。
だから、
何もかもすべてに飽きるまで生きたい。
そして、永遠の退屈に襲われる前に、
安らかに死にたい。
それが望みなんじゃないだろうか。
不老不死を求めることで、
短すぎる人生と、自分に残された時間に、
必死で折り合いをつけてきたんじゃないだろうか。
不老不死。
仮に不老不死を手に入れたとしたら、
本当に幸せだろうか。
たとえ若く健康で、
望むものは何でも手に入るとしても、
永遠に生きることは果たして幸せだろうか。
永遠の苦痛と退屈ではないだろうか。
不老不死を望む者たちが本当に欲しているのは、
「もう充分だと思うところまで生きること」
ではないだろうか。
ー目次ー
- 不老不死のプロメテウスが受けた”永遠の苦痛”
- プロメテウスが直面する”永遠の人間への絶望”
- 不老不死の裏返しは”永遠に死ねない”
- 不老不死の本音”すべてに飽きるまで生きたい”
1.不老不死のプロメテウスが受けた”永遠の苦痛”
ギリシャ神話、
先見の神・プロメテウス。
彼は、人間と神との肉の分配について、
最高神ゼウスに申し立てをした。
- 見た目は美味しそうだが、中身は骨ばかりの肉
- 見た目はまずそうだが、美味しい部位を詰め合わせた肉
ゼウスは骨ばかりの肉を選んでしまい、
プロメテウスは美味しい肉を人間に与えた。
そこでゼウスは、
人間には肉を与える代わりに火を奪った。
プロメテウスは
天界から火を持ち出し、人間たちに与えた。
これに怒ったゼウスは、
プロメテウスを山頂へ縛り付け、
ワシに内臓をついばまれる刑に処した。
神は不老不死のため、
毎夜、ついばまれた内臓が復活した。
幸い、後にヘラクレスに助けられるが、
プロメテウスの苦しみは3万年も続いたという。
2.プロメテウスが直面する”永遠の人間への絶望”
プロメテウスは幸運にも、
永遠の苦しみから解放された。
もし助けが来なかったら
文字通り、永遠に苦しむことになる。
不老不死であるために。
プロメテウスが解放された後も、
人間は争い、憎み合い、奪い合った。
ずっと味方していた人間の愚かさに絶望し、
最後は他の神々と同じく人間たちを見捨て、
天界へ去ってしまう。
人間を作ったとも言われるプロメテウス。
彼は不老不死であるがため、
天界で今も人間に絶望し続けている。
それは果たして幸せだろうか。
天界で、人間に代わる喜びを
探し続けられるならいい。
もし、あらゆる喜びを探し尽くした時、
不老不死は永遠の退屈にならないだろうか。
3.不老不死の裏返しは”永遠に死ねない”
もし、天国で永遠に過ごせるとしたら、
不老不死は幸せだろうか。
これについて、
神に反逆した悪魔がこう語った話がある。
人間
「どうしてお前は神に反逆したんだ?」
悪魔
『よし、教えてやろう。
俺がここに座っているから、踊り回りながら
讃美歌を歌い、神の偉大さを称え続けてくれ。』
しばらくそうしてから、人間は言った。
人間
「もううんざりだ。交代してくれないか?」
悪魔
『俺もまさにそう言ったのさ』
『「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義』 より
人間は何十年、一生涯、
大好きな何かに没頭できる。
ただし、人間は複雑になり過ぎたために、
「飽きる」ことができてしまう。
何千年後、もうあらゆることに飽きたら、
そろそろ死んでもいいと思う時が来るかも知れない。
その時にも身体は若く健康、なのに死ねない。
なぜなら不老不死だから。
そうなったら、
天国に居たくなかった悪魔と
同じ気持ちにならないだろうか。
不老不死は永遠の退屈だ、
もううんざりだ、交代してくれないか?
と。
4.不老不死の本音”すべてに飽きるまで生きたい”
どんな喜びも、永遠に味わいたいと
思い続けるのは難しそうだ。
ということは、
不老不死を欲した者の本音は、
「永遠に死にたくない」
ではなく、
「もう充分だと思うところまで生きたい」
ではないだろうか。
大きな何かを成し遂げ、
この世のあらゆる快楽を味わい尽くすには、
人生はあまりに短い。
だから、
何もかもすべてに飽きるまで生きたい。
そして、永遠の退屈に襲われる前に、
安らかに死にたい。
それが望みなんじゃないだろうか。
不老不死を求めることで、
短すぎる人生と、自分に残された時間に、
必死で折り合いをつけてきたんじゃないだろうか。
リンク
リンク
【このカテゴリーの最新記事】
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/10330226
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック