2019年11月29日
「ここに居ていい」と言われたい。
僕はここに居てもいいのか、
僕はここに存在していてもいいのか、
その答えがほしい。
居てもいいよと言われたい。
生きていてもいいのか、というよりも
「始めから居なかったこと」にならなくていい、
存在自体はしていいんだよと認められたい。
ある程度の人がいるのに
誰も話していない空間が苦手。
特に気まずくなくても、
ごく普通のありふれた日常風景であっても。
沈黙の中にいるとすぐに、背中に悪寒が走る。
「出て行け」と言われているのではないかと
勝手な妄想が繰り広げられる。
何の変哲もない日常の1シーンなのに、
背中越しに感じるその場の空気が
ちくちくと突き刺さる。
そんなことになるのはきっと、
僕はここに居てもいいのかダメなのか
説明も回答もないのに耐えられないから。
高校の時はバスケ部の先輩から、
大学の時はバスケ部の同級生から、
自分にだけ声をかけられなかったり、
いないものとして無視されたりしていた。
社会人になってからは、
親から「居候」と呼ばれ
家族扱いされなかった。
僕はこの場所に居てはいけない、
始めから居なかったと回答された経験だった。
→「”居候”という言葉が嫌い。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/188/0
何の期待に応えなくても、
何も価値を生み出さなくても、
何かの役割や仕事をこなさなくても、
居るだけでいい、と言ってくれる場所がほしい。
人がいるのに沈黙が漂う場所で
自分の存在に対して勝手に罪悪感を感じる。
勝手に背中をすくませながら、
自動的な自責を上書きしようと試みる。
「いやいや、この沈黙には何の意味もないよ」と。
音楽を始めた理由は
ずっとやってみたかったから。
けどそれは表面的な興味で、
本当の根源的な理由は自分の存在の主張。
僕はここに居る、いいでしょ?
この問いに、誰かに答えてもらいたかったから。
→「音楽活動を始めた本当の理由。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/252/0
僕にとって、本当に心から好きで
損得抜きで没頭できることは、
バスケだけかも知れない。
音楽を始めたり、一時期モデルをやったり、
ヒーローショーのアクターをやったり、
ダンスをやったり、
人前で何かを表現する活動を
いろいろとやったのはすべて、
自分の存在を認めてほしい、
自分はここに居る、居てもいいと答えてほしいという、
存在することへの承認欲求だったんだろう。
僕は一見、やりたいことをやってきたようでいて、
実は自分の存在への肯定をずっと求めてきた。
だからたぶん、本当の意味でやりたいことは
まだバスケしか見つけられていない。
この先も存在許可を求めてさまようのか、
そんなこと抜きに、本当にやりたいことを見つけるのか。
「居るだけでいい」と言われたい心と
どう折り合いを付けていけばいいだろう。
僕はここに存在していてもいいのか、
その答えがほしい。
居てもいいよと言われたい。
生きていてもいいのか、というよりも
「始めから居なかったこと」にならなくていい、
存在自体はしていいんだよと認められたい。
ある程度の人がいるのに
誰も話していない空間が苦手。
特に気まずくなくても、
ごく普通のありふれた日常風景であっても。
沈黙の中にいるとすぐに、背中に悪寒が走る。
「出て行け」と言われているのではないかと
勝手な妄想が繰り広げられる。
何の変哲もない日常の1シーンなのに、
背中越しに感じるその場の空気が
ちくちくと突き刺さる。
そんなことになるのはきっと、
僕はここに居てもいいのかダメなのか
説明も回答もないのに耐えられないから。
高校の時はバスケ部の先輩から、
大学の時はバスケ部の同級生から、
自分にだけ声をかけられなかったり、
いないものとして無視されたりしていた。
社会人になってからは、
親から「居候」と呼ばれ
家族扱いされなかった。
僕はこの場所に居てはいけない、
始めから居なかったと回答された経験だった。
→「”居候”という言葉が嫌い。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/188/0
何の期待に応えなくても、
何も価値を生み出さなくても、
何かの役割や仕事をこなさなくても、
居るだけでいい、と言ってくれる場所がほしい。
人がいるのに沈黙が漂う場所で
自分の存在に対して勝手に罪悪感を感じる。
勝手に背中をすくませながら、
自動的な自責を上書きしようと試みる。
「いやいや、この沈黙には何の意味もないよ」と。
音楽を始めた理由は
ずっとやってみたかったから。
けどそれは表面的な興味で、
本当の根源的な理由は自分の存在の主張。
僕はここに居る、いいでしょ?
この問いに、誰かに答えてもらいたかったから。
→「音楽活動を始めた本当の理由。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/252/0
僕にとって、本当に心から好きで
損得抜きで没頭できることは、
バスケだけかも知れない。
音楽を始めたり、一時期モデルをやったり、
ヒーローショーのアクターをやったり、
ダンスをやったり、
人前で何かを表現する活動を
いろいろとやったのはすべて、
自分の存在を認めてほしい、
自分はここに居る、居てもいいと答えてほしいという、
存在することへの承認欲求だったんだろう。
僕は一見、やりたいことをやってきたようでいて、
実は自分の存在への肯定をずっと求めてきた。
だからたぶん、本当の意味でやりたいことは
まだバスケしか見つけられていない。
この先も存在許可を求めてさまようのか、
そんなこと抜きに、本当にやりたいことを見つけるのか。
「居るだけでいい」と言われたい心と
どう折り合いを付けていけばいいだろう。
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