2019年06月14日
凸凹能力を見つめ直すことが大切。
今日も就労移行支援事業所での作業だったが、
朝一にちょっとした失敗をしてしまった。
今まで一般枠で働いた時からそうだったが、
僕はどうしても朝〜10:30くらいまでの間は
どうしようもない眠気で意識が飛びかけていることが多い。
10年以上、50mg服用し続け、
昨年やっとゼロにできたパキシルを始め、
抗うつ薬をやっと止められたのに、
副作用の眠気を心配しなくてよくなってからも
この傾向は強くて困っている。
9:30朝礼後、衣類の検品作業を始めて2着目、
飛び出た糸をハサミで切る作業の中で
気づかず自分の右手人差し指を切ってしまった。
幸い、商品に血を付けるのは避けられたが、
指の怪我によって衣類の検品ができなくなり、
これ以降はパンフレットや封筒を
指定枚数に仕分けする作業へ回った。
朝に極端に弱いのはともかく(?)、
この半月、ある程度の作業に従事する中で
明らかに得手不得手がはっきりしてきている。
今日、怪我をしてしまった衣類などの検品作業は、
細かくチェックしていけばキリがない上に
個人の主観など曖昧な基準が多数待ち構えている。
切り上げていいタイミングがわからないため、
処理数でかなり著しく後れを取っている。
これに対して、怪我をしてからずっと従事した
封筒などの仕分け作業や、
ポスティング資料を作るために
決められたチラシを封入する作業は、
工程にそれぞれの工夫はあれど、完成形は同じなので
極端な話、1日中でも続けていられる。
例えば50枚の束を作るという明確なゴールがあるので、
途中経過を自分なりにアレンジする中には
曖昧な基準がほとんど入り込まない。
検品と、これらの仕分け作業で何が違うのか、
それは具体的な数字や目標があるかないか。
発達障害の特性の1つとして、言外の言葉の意味の考察や、
曖昧な指示の全貌の想像が苦手ということが言われるが、
僕もその例に漏れず、具体的でない指示に混乱し易い。
→「あいまい表現が苦手。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/6/0
「指示通りにやると怒られる不思議。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/27/0
例えば
「糸が出ていたら切る」
「シワがあれば伸ばしてからたたむ」
「ボタンの取り外しがスムーズか確かめる」
一見、簡単そうな指示に見えても、僕の頭の中では
「糸が出てるとは何mm、どれぐらいまで許容するの?」
「衣類にとって自然なシワと、整地すべきシワの明確な違いは?」
「何割の力で取り外しができればボタン正常判定できるの?」
という疑問が次々に生まれてきて
キリがないくらいに1着を延々と検品し続けてしまう。
チェック済みのモデルが1着あって、
「全てこの状態にしてください」という指示なら
問題なく理解できるのかな、と思う…。
僕はこれまで、親との関係性や
アダルトチルドレンに関する勉強を進めてきて、
もしかすると自分は先天性の発達障害ではなく、
子どもの頃の環境によって作られた”愛着障害”ではと
思い始めていた節があった。
発達障害と愛着障害は見分けが難しいそうだが、
WAIS-V(ウェクスラー成人知能検査)での検査結果、
70ものIQ乖離があったことや、
お医者さんがちゃんと判断をした結果だから
根本から疑ってるわけではない。
→「僕の発達障害。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/3/0
最近では人との関わり方や心理状況などを学ぶ機会に恵まれ、
ようやく上手に対応できるかな?と思い始めてたが、
こうやって実務に入ると、否が応でも気付かされる。
あ、僕ってやっぱり、色んな能力の発達が
極端にアンバランスな、凸凹な頭してるんだなって。
ある程度、何でもできるかも知れないと思っても、
やっぱり僕は「何でもそつなく、それなりに」
とはいかないんだと実感させられる。
過信や自惚れとは違うけど、
少し自信が付いたり、上手く物事が回り出すと
自分の基本性能、根っこの能力を忘れてしまうから、
原点に立ち返る良い機会になった。
ただし、就労移行支援事業所とは
このことに気付き、長所を生かす環境や術を模索する場所。
だからこの気付きは大成功ということ。
「あ、何でもできるかも」
という自信を付けるのは大切、
それと同じかそれ以上に、今回のような
自分の能力の特性を見つめ直すのも大切。
とりあえず、来週は指の切り傷を直して臨みたい。
朝一にちょっとした失敗をしてしまった。
今まで一般枠で働いた時からそうだったが、
僕はどうしても朝〜10:30くらいまでの間は
どうしようもない眠気で意識が飛びかけていることが多い。
10年以上、50mg服用し続け、
昨年やっとゼロにできたパキシルを始め、
抗うつ薬をやっと止められたのに、
副作用の眠気を心配しなくてよくなってからも
この傾向は強くて困っている。
9:30朝礼後、衣類の検品作業を始めて2着目、
飛び出た糸をハサミで切る作業の中で
気づかず自分の右手人差し指を切ってしまった。
幸い、商品に血を付けるのは避けられたが、
指の怪我によって衣類の検品ができなくなり、
これ以降はパンフレットや封筒を
指定枚数に仕分けする作業へ回った。
朝に極端に弱いのはともかく(?)、
この半月、ある程度の作業に従事する中で
明らかに得手不得手がはっきりしてきている。
今日、怪我をしてしまった衣類などの検品作業は、
細かくチェックしていけばキリがない上に
個人の主観など曖昧な基準が多数待ち構えている。
切り上げていいタイミングがわからないため、
処理数でかなり著しく後れを取っている。
これに対して、怪我をしてからずっと従事した
封筒などの仕分け作業や、
ポスティング資料を作るために
決められたチラシを封入する作業は、
工程にそれぞれの工夫はあれど、完成形は同じなので
極端な話、1日中でも続けていられる。
例えば50枚の束を作るという明確なゴールがあるので、
途中経過を自分なりにアレンジする中には
曖昧な基準がほとんど入り込まない。
検品と、これらの仕分け作業で何が違うのか、
それは具体的な数字や目標があるかないか。
発達障害の特性の1つとして、言外の言葉の意味の考察や、
曖昧な指示の全貌の想像が苦手ということが言われるが、
僕もその例に漏れず、具体的でない指示に混乱し易い。
→「あいまい表現が苦手。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/6/0
「指示通りにやると怒られる不思議。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/27/0
例えば
「糸が出ていたら切る」
「シワがあれば伸ばしてからたたむ」
「ボタンの取り外しがスムーズか確かめる」
一見、簡単そうな指示に見えても、僕の頭の中では
「糸が出てるとは何mm、どれぐらいまで許容するの?」
「衣類にとって自然なシワと、整地すべきシワの明確な違いは?」
「何割の力で取り外しができればボタン正常判定できるの?」
という疑問が次々に生まれてきて
キリがないくらいに1着を延々と検品し続けてしまう。
チェック済みのモデルが1着あって、
「全てこの状態にしてください」という指示なら
問題なく理解できるのかな、と思う…。
僕はこれまで、親との関係性や
アダルトチルドレンに関する勉強を進めてきて、
もしかすると自分は先天性の発達障害ではなく、
子どもの頃の環境によって作られた”愛着障害”ではと
思い始めていた節があった。
発達障害と愛着障害は見分けが難しいそうだが、
WAIS-V(ウェクスラー成人知能検査)での検査結果、
70ものIQ乖離があったことや、
お医者さんがちゃんと判断をした結果だから
根本から疑ってるわけではない。
→「僕の発達障害。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/3/0
最近では人との関わり方や心理状況などを学ぶ機会に恵まれ、
ようやく上手に対応できるかな?と思い始めてたが、
こうやって実務に入ると、否が応でも気付かされる。
あ、僕ってやっぱり、色んな能力の発達が
極端にアンバランスな、凸凹な頭してるんだなって。
ある程度、何でもできるかも知れないと思っても、
やっぱり僕は「何でもそつなく、それなりに」
とはいかないんだと実感させられる。
過信や自惚れとは違うけど、
少し自信が付いたり、上手く物事が回り出すと
自分の基本性能、根っこの能力を忘れてしまうから、
原点に立ち返る良い機会になった。
ただし、就労移行支援事業所とは
このことに気付き、長所を生かす環境や術を模索する場所。
だからこの気付きは大成功ということ。
「あ、何でもできるかも」
という自信を付けるのは大切、
それと同じかそれ以上に、今回のような
自分の能力の特性を見つめ直すのも大切。
とりあえず、来週は指の切り傷を直して臨みたい。
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