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福井ケンシロウ
1978年生まれ、岐阜県在住です。コミュニケーションや同時並行作業をすることが苦手な性格です。これまで苦節に満ちた人生でした。浪人、留年、借金苦、詐欺・通り魔被害、ブラック企業就職、早期離職、ニート、転職先でパワハラ被害、うつ病で休職・・人生に失望し続けました。しかし、2018年40歳の年に大企業への転職を果たし、ようやく自分の居場所を見つけることができました。
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2022年08月20日

塾講師のバイトを始める

学業に専念するため何もバイトをしない生活を始めましたが、

毎月5万円の奨学金だけでは生活が成り立たないことが分かってきました。

交友費、食費、電話代、通学定期代など合わせると5万円を超えてしまいます。

そこで、大学の先輩からの紹介で塾講師のバイトを始めることにしました。

シフトは週2日、1日2コマ、時給は2,000円。

対象は小学5年〜中学3年生でした。

小学生には国語と算数、中学生には社会の科目を教えることになりました。

2022年08月19日

預金残高が100円を切る

パチンコ屋の高給バイトを辞めて4ヶ月が経ちました。

2001年10月頃です。


この頃、生活は困窮を極めるようになりました。

毎月奨学金を5万円借りておりましたが、

友人との交友費や食費やらであっという間に消えていきます。

アルバイトは何もしていなかったため収入は他にありません。

パチンコ屋のバイト代の貯金も底をついてしまったのです。

奨学金が入金される日の数日前、振込先に指定していた

さくら銀行(現在の三井住友銀行)の預金残高が、ついになくなりました。

100円くらいだったでしょうか。

耐えきれず母に連絡を入れました。

「1,000円振り込んでほしい」と。

留年が決まっていた手前、それ以上の額を要求することは躊躇いました。

振り込んだとの連絡が母からあり、一目散にATMに向かいました。

ところが引き出せません。

口座には1,000円が入っているのですが、引出し手数料の分まで入っていないため

引き出せなかったのです・・・

こうして、奨学金が入金される前日は、水を飲んで凌ぐしかありませんでした。


朝晩は冷え込むようになり、秋の深まりを感じる2001年10月のことでした。

2022年08月18日

世界は一人の男に恐怖を覚えた

高給のバイトを辞め、小遣いを得る手段がなくなりました。

2001年大学3年の夏休みは、何もすることなく実家でゴロゴロする怠惰な毎日でした。

そんなある日の夜、22時過ぎのことです。

いつもどおりテレビを観ていました。

関東地方を通過した台風の被害を伝えるニュースでした。

そして途中で速報が入りました。

ニューヨークのビルに航空機が衝突したとのこと。

世界貿易センタービルという有名な超高層ビルにです。

こんな事故珍しいなと思っているうちに、

別の航空機が別のビルに突っ込んだとの情報が・・

それを聞いた母が、「テロだ・・」と呟いたのを憶えています。


衝突の第1報から20分くらい経った頃でしょうか・・

ビルが崩落したとの情報が入りました。

立ち込める猛煙の中を逃げ惑う人たち、

取り残された人々を助けるためにビルに向かった消防士たちの運命は・・


久米宏や筑紫哲也のニュースを翌日未明まで食い入るように観ました。

2001年9月11日火曜は生涯忘れられない一日となりました。


この衝撃的な事件は、ビンラディンという一人の男が企てた犯行であることを

世界は間もなく知ることとなったのです。

2022年08月06日

2001年夏 高給なバイトを辞めた

留年した原因は、バイトが週4日で深夜までの勤務となり

夜型の生活になってしまい、朝起きれず大学に行かなくなったためでした。

月10万円のバイト代欲しさのあまり、学業を疎かにし

年額120万円の学費が留年でもう1年分加算されるのです。

これにより就職も1年遅れます。

生涯収入が百万円単位で失われたのです。

本当向こう見ずで人生を送ってました。


学業に専念すべく、パチンコ屋のバイトを辞めることにしました。

2001年6月末のことでした。

2022年07月26日

バイトにのめり込み留年決定

バイト仲間とすっかり仲良くなり、

冬は一緒に北海道へスノボ旅行するまでになりました。

その一方で、本業である学業はと言えば・・

連日の朝帰りで、大学に行くのは午後からという日が続きました。

そのうち、昼間に外に出るのが億劫になり

大学を休む日が出てきました。


こうして、講義についていけなくなり、

必修科目を落とし、大学3年の上期で留年が決定してしまいました。

2022年07月24日

バイトは思ってた以上にキツかった

めでたくバイト面接に合格し、

大学2年の6月からパチンコ屋で働くことになりました。

週4日勤務です。

深夜12時までの勤務で、終電で自宅に帰る生活になりました。

毎日、大勢の来客があるパチンコ店での接客は大変です。

スロット、パチンコ両方のコーナーを担当し、

玉出しやメダル補充、設備点検、不審客の監視、トイレ清掃、イベント案内など

様々なことをしなければなりません。

合間には、ライバル店に入店し、客の入り具合をチェックする業務もあります。

こうして1日が終わる頃にはヘトヘトです。


その後、バイト先のメンバーと一緒に深夜のファミレスに繰り出すことも何回もありました。

自分と同じ20代前半の年齢層が多く、仲良くなりやすかったのかなと思います。


こうして、帰宅するのは朝方近くという日が増えていきました・・

2022年06月29日

高給のバイトが見つかる

毎週2回発行されるバイト情報誌を読みあさる日を続けた結果、

ついに高給のバイトが見つかったのです!

勤務時間は17:00〜24:00で、週4日の勤務。

時給は1200円で、22時以降は1500円です。

日給だと9000円で月給なら10万円を超えます。

見るとパチンコ屋でのバイトでした。


パチンコ自体には全く興味がなく、したこともありません。

しかし、給料に惹かれました。

迷わず面接に行くことにしました。

2022年06月27日

大学時代の唯一の目標とは

大学2年の頃、とにかく金が足りませんでした。

毎月5万円の奨学金と3万円の仕送りを受け取ってましたが、

服を買ったり旅行に行ったりするなどの浪費をし、

常にカツカツの状態でした。

当時住んでいたアパートは、交通量が多い幹線道路沿いにあり

夜中はトレーラーの騒音で目が覚めることもありました。


ここからいち早く出て、もっと良い物件に住みたいと思うようになりました。

コンビニでバイト情報誌を読みあさり、高給のバイトを探す毎日でした。

「とにかく金を稼ぐぞ」

その気持ちが日に日に強くなっていきました。

早く良い物件に引っ越して、オシャレをしてモテたいなあ。

夢が膨らんでいきました。


2022年06月25日

現実の大学生活は・・

大学に入る前は、大学はもっと楽しいところだと思っていました。

バイト、サークル、かわいい女の子とデート、そして学業に打ち込み、

刺激的で忙しい毎日かと思っていました。


しかし、現実は・・

バイトは薄給で長続きせず、サークルでは女子から相手にされず、

デートする子は出会い系でしか見つからず、本番では失敗。

本業の学問についても、無名大学レベルの授業すら理解できず・・


今思えば、宮城県のトップ進学校に合格した時点が、

人生の絶頂期だったのかも知れません。

暗黒の高校時代と2年の浪人で気力を使い果たしてしまってました。


自分は何者なのか、何をしたいのか分からないまま

人生の漂流者になっていました。

2022年06月16日

そして本番へ・・

シャワーを浴び終わり体を拭いて、

彼女とベッドに向かいました。

さてどうしよう・・


エッチのダンドリが私は分かりません。

どうしよう・・どうしよう・・・

これから本番というのに、元気がありません。

浴室ではあんなに元気だったのですが・・


女の子も、「えっ?」と戸惑った表情になりました。

乳房を舐めたり、下の口に指を入れたりしましたが、

お互い盛り上がりません。

ムスコを下の口に押し付けるも、シマリに負けてしまい

全然入りません。

あれこれ試行錯誤しましたが、結局ダメでした。


「使えない・・」

その子に言われた捨て台詞が、20年経った今でも頭に残っています。