はい、皆様方、おはこんばんちわ。土斑猫です。さて、月曜日。ライトノベル・「半分の月がのぼる空・二次創作作品掲載の日です。原作を知りたい方はリンクの方へ。
それでは、どうぞ。
半分の月がのぼる空〈3〉wishing upon the half‐moon (電撃文庫) 新品価格 |
―5―
――18時56分、〇〇山のスキー場北側斜面にて表層雪崩発生。スキー教室に来ていた伊勢市の〇〇高等学校の女生徒三人が巻き込まれた模様。内二人は自力で脱出。助けを求めてきた処を保護。残り一人が依然、行方不明。引率の教師から当生徒は心臓に障害在りとの報告あり。迅速なる対処を求む――
最初、皆が言ってる事が理解出来なかった。
ホント。
何の冗談だよ。それ。
やめろよ。
全然、笑えねぇよ。
そんな事、ある筈ないだろ?
なぁ。
なぁ!!
「何だよ!!おい!!何でそんな事になってんだよ!?」
皆が集められたロビーに、僕の怒鳴り声が響いた。
他の生徒や宿泊客の視線が集中するけど、気にする余裕なんてなかった。
僕の目の前では、里香の同級生の女の子が二人、泣きじゃくっている。
僕はその内の一人の肩を掴むと、乱暴に揺さ振った。
女の子がビクリと身を竦め、僕の顔を見上げる。
怯えきった目。後悔と無力感と恐怖に塗れた、憐れな目。
けど。
――構うものか。
「里香はどうした!?どうしたって!!?何でいないんだよ!?何処にいるんだよ!!」
女の子は答えない。答えられない。ただごめんなさいごめんなさいと繰り返しては、両手で顔を覆って泣きじゃくる。
ああ、くそ。
泣くなよ。
泣いてんじゃねぇよ。
泣いてちゃわかんねぇだろうが。
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
傍らで震えていたもう一人が、止めてくれと言う様に、相方の肩を掴む僕の手に縋り付いてきた。縋り付きながら、話し始める。わたしが、わたしが誘ったんです。美夏は悪くないんです、と。
添えられた手が震えている。歯の根があっていない。カチカチと歯の鳴る音が、妙に癇に障る。
「樹氷、見に行ったんです・・・。先輩、誘って・・・。それで・・見てたら、変だって、先輩が、なんかおかしいから、帰ろうって・・・でも、綺麗だったから、わたしと千恵が・・もう少し、もう少しって・・・・そしたら・・上の方で、変な音がして・・・見たら、雪がたくさん、たくさん落ちてきて・・・わたし・・その、わけわかんなくて、頭、真っ白なっちゃって・・・すくんじゃって、動けなくて・・・そしたら・・そしたら先輩が、先輩が突き飛ばしてくれてそれで、みんな真っ白になって、それで、それで・・・気がついたら先輩・・・いなくて・・・いなくなっちゃってて・・・それで・・・・それで・・・・」
「・・・何だよ・・・。それで・・それで帰ってきたのかよ!!お前助けた里香置いて、お前らだけ帰ってきたのかよ!?」
抑えられない。
怒鳴りつける。
女の子が、ひっと小さく悲鳴を上げて身を引いた。
もう一人は僕に肩を掴まれたまま、両手に顔を埋め、ただひたすら泣きじゃくっている。ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返しながら。
胸の中で、何か真っ黒なものが煮えたぎっていた。
いつか、夏目に対して抱いたものよりも、もっと、もっとドス黒い、凶暴な衝動。
こいつらが里香を誘いさえしなければ。
こいつらが里香の忠告をさっさと聞いていれば。
里香がこいつらを庇いさえしなければ。
里香は、感じていたに違いない。
なにせ、生まれてからほとんどの時間を“そいつ”に付き纏われて生きてきたんだ。
傍らに佇む、“死”の気配。
その時だって、里香はそれを感じてたんだ。
だから言った。
早く戻ろうと。
それなのに。
それなのに。
こいつらが。
こいつらが。
――こいつらが――
小さな肩を掴む腕に、力がこもる。
女の子の顔が、歪む。
「痛い・・・!!」
痛い?
痛いだって?
はは。
面白い事言うな。こいつ。
この位で、痛いだってさ。
里香は、里香はもっと・・・。
は・・はは・・・うはは。
駄目だ。
切れる。
切れる。
心が。
切れる――
「裕ちゃん、もうやめて!!」
そんな悲鳴の様な声を上げて、誰かが僕と女の子の間にぶつかる様にして分け入って来た。
女の子から、手が離れる。行き場を失った黒い滾りが、代わって目の前に立った相手―みゆきに向けられる。
「・・・み、ゆき・・・。何だよ・・・。邪魔すんなよ・・・。」
「駄目!!」
「どけよ・・・。そいつに・・そいつらに訊いてんだよ・・・。里香のこと・・訊いてんだよ!!」
自分の声とは思えない位に、暗くくぐもった声が言葉を紡ぐ。
僕の顔を見上げたみゆきが、酷く驚いた様な、怯えた様な、悲しそうな顔をした。あの、いつも強気なみゆきが。
はは、スゲェな。いったい、どんな顔をしてんだ。僕。
「どけってば・・・。」
僕は、みゆきに詰め寄る。
「駄目だってば!!今の裕ちゃんは、駄目!!」
みゆきが、悲痛な声で訴える。けど、その悲痛ささえも、今の僕には届かない。
「――っどけって言ってんだろっ!!」
そう激昂すると、僕は必死に踏ん張るみゆきの胸倉に向かって手を伸ばした。
その瞬間――
ゴッ
横っ面を殴られて、僕は派手に吹っ飛んでいた。
ものスゴイ衝撃だった。たった一発で頭がクワンクワンと鳴って、視界がグルグル回った。夏目や亜希子さん、いや、親父にボコボコにされた時だって、ここまで酷くはなかった。
床に手をつきなんとか上半身を起こすと口端から一筋、血が流れた。それを拭いながら、殴った相手を見て、また、驚いた。
「つか・・さ・・・?」
呆然と見上げる僕の視線の先で、震える右手を握り締めた司が、真っ青な顔で立っていた。
「裕一・・ごめん・・・。でも・・でも・・・!!」
呆然とする僕の肩を、後ろから誰かの手がポンと叩いた。振り返ると、引率の「鬼大仏」、近松覚正が 片膝をつき、僕の肩に大きな手を置いていた。
「戎崎、落ちつけ。」
酷く、優しい声だった。
「大丈夫だ。もう捜索隊に連絡が行っている。すぐに捜索が始まる。秋庭は絶対無事だ。必ず無事に見つかる。だから、落ちつけ。取り乱すな。大丈夫、大丈夫だ・・・。」
ゆっくりと、噛み締める様に、言い聞かす様に、優しく、静かに語りかける。
何だよ。あんた、「鬼大仏」だろ?なんでそんな優しい顔してんだよ。止めろよ。気持ち悪いよ。いつもみたいに怒鳴れよ。無意味に、景気良く、怒鳴って、くれよ。
ああ、頭がクワンクワンする。痛ぇよ。畜生。
視線を上げると、そこには立ち尽くしたままの司がいた。
血の気の失せた顔をうつむけて、白くなるくらい強く握り締めた拳を震わせて。
・・・なんか、殴られた僕よりも痛そうな顔をしていた。
僕の隣には、みゆきがいた。
何時の間にか、みゆきも泣いていた。
僕は、崩れる様に、床に突っ伏した。
ゴォオオオ・・・ゴォオオオ・・・
何時しか外では、雪嵐が酷く鈍い音で唸りだしていた。
窓を見上げれば、世闇にあってなお黒い雲が、延々と白い雪を吐き出していた。
―月は、見えなかった。―
・・・二次災害の恐れのため、今夜の捜索活動の中止が告げられたのは、それから1時間ほど後の事だった・・・
続く