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2012年01月30日

水仙月・8(半分の月がのぼる空・二次創作作品)







 月曜日。ライトノベル・「半分の月がのぼる空・二次創作作品掲載の日です。原作を知りたい方はどうぞリンクの方へ。
 なお、別の某作品とクロスオーバーをしてますのでそういうのが苦手な方はスルーの方向で。



半分の月がのぼる空〈8〉another side of the moon-last quarter (電撃文庫)

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                           ―12―

 「何だよ?その雪童子(ゆきわらし)って。」
 僕の言葉に、里香むっとした様な顔になって返してきた。
 「さっき教えたじゃない。宮沢賢治の「水仙月の四日」に出てくるキャラクター。」
 さっき?いつだ?
 「ほら、旅館の中で・・・」
 しばらく頭を捻って、ようやく思い出した。そうそう、旅館で保険医の先生の所から戻る途中の話だ。
数時間前の話なのに、今思うと遠い昔の事の様に思える。
 「裕一ったら、すぐ忘れるんだもん。」
 「しょうがないだろ。読んだ事ないんだって。それにほら、こんな事あったから・・・」
 むくれる里香に、僕は必死で弁解した。こんな所で機嫌を悪くされたら、折角収まっているジャケットの中から蹴り出されかねない。そんな事になったら、また寒い小屋の隅に逆戻りだ。そして何より、僕は今のこの状況を終わりにしたくなかった。
 「しょうがないなぁ・・・。」
 里香はそう言って溜息をつくと、こう言った。
 「それじゃあ、あたしが、話してあげる。」
 ・・・へ?何言ってんだ?この女。
 「だから、あたしが話して聞かせてあげるって言ってるの!!」
 な、何ですと!?
 「お、お前、その話暗記してんのか!?」
 「何度も読んだし。それに短い話だもの。覚えるんじゃない?普通。」
 いやいやいや。普通じゃないから。少なくとも、何度か読めば小説の中身を暗記出来るなんて常識は、僕の中にはない。
 「何よ?何か文句でもあるの?」
 いえいえ、ありませんよ!文句なんてありません。僕がそう意思表示をすると、里香の顔からやっと険がとれた。
 「じゃ、始めるから。言っとくけど、途中で居眠りとかしたら蹴り出すからね?」
 「お、おう。」
 やっぱり考えてやがったか。なんて思ってる僕を他所に里香は一呼吸すると、ゆっくりとその物語を語りだした。
 「雪婆んごは、遠くへ出かけておりました・・・」


 ―その頃、そんな二人を見守りながら、その娘と一匹はフワリフワリと浮いていた。
 周りを吹き荒ぶ風も、吹き付ける雪も関係ないという風に、フワリフワリと浮いていた。
 「いい雰囲気だね。あの二人。」
 「覗き見みたい。趣味悪いんじゃない?モモ。」
 「何か言った?ダニエル。」
 主人に横目で睨まれ、背中に黒い羽を生やした黒猫はプルプルと首を振る。その度に、首にぶら下げた大きな鈴がリンリンと鳴いた。
 「それよりさ、何か勘違いされてるよ。ボク達。」
 「みたいだね。雪童子(ゆきわらし)だって。あたしが雪童子なら、さしずめダニエルは・・・」
 白い少女は少し意地悪気に笑って、傍らの相方に声をかける。
 「「雪狼(ゆきおいの)」って所かな?」
 「な、何だって!?」
 それを聞いた黒猫は、憤慨しながら少女の周りをクルクル回り始める。
 「ボクは天上に名だたる仕え魔を輩出した名家、「アラーラ家」のダニエル・ド・アラーラだぞ!!それをあんな、野蛮な描写の連中と・・・」
 「はいはい。」
 喚き散らす相方を軽くいなすと、少女はまた“その二人”に目を向けた。


 「・・・アンドロメダ、あぜみの花がもう咲くぞ、おまえのランプのアルコオル、しゅうしゅと噴かせ。」
 里香の語りは、まるで歌う様だった。
 薄く目を閉じ、スルスルと記憶の蔦を辿るその声に、僕はいつの間にかすっかり聞き惚れていた。
 短い話だと言っていたけど、いったいどれ程の長さなのだろう。今ではその事が悔やまれる。僕はもっともっと、この声を聞いていたかった。
 僕の頭では、後で詳しく内容を言ってみろと言われたら困るけれど、取り敢えず大まかな話の態だけは把握出来た。
 寒い冬の日、水仙月の四日と呼ばれる日に繰り広げられる、雪童子(ゆきわらし)と一人の子供の物語。
 憲治独特の、柔らかい文体に里香の声はとても良く合っていた。
 件の女の子の姿と、雪童子(ゆきわらし)の描写に差があるとか、雪童子(ゆきわらし)が連れているのは雪狼(ゆきおいの)なのに、さっきの女の子が連れていたのは黒猫だったとか、気になる所はあったけれど、そんな事は里香も承知だろう。
 突っ込むだけ、無粋というものだ。
 小屋に満ちる、澄んだ冬の空気の中に、里香の語りは静かに流れては消えていく。
 さっきまで忌まわしかった空気の冷たささえが、この語りの前では気のきいた演出の様に思える。
 僕はその語りを一文字一句、聞き逃さない様に精神を集中させた。
 どうかこの一時が、少しでも長く続く様に。流れる声に耳を傾けながら、僕はただそれだけを願った。


 「綺麗な語り・・・。」
 「本当。」
 吹雪の中でその語りに耳を傾けながら、白い少女と黒い猫はお互いに頷き合っていた。
 「ねえ、ダニエル。」
 「何?モモ。」
 「お礼をしようか?」
 「は?お礼?」
 少女はそう言うと、その意を汲みかねている相方をヒョイと抱き上げて微笑む。
 「ちょ、モモ、何を・・・ってうわぁああああああ!?」
 その笑みに不穏なものを感じた黒猫が、その真意を聞こうとするその前に、少女は猛スピードで上昇を始めた。
 あっと言う間に吹雪を抜け、ついたのは遥か空の彼方。雲の上。月の真下。
 明るく照らす月明かりの中で、少女はパッと抱いていた黒猫を放した。
 「モ・・・モゥモ〜、一体何する気なのさぁ〜?」
 半分目を回しながら彼女を見ると、その手にはいつの間にか握られた、本人の背丈の倍はある長さの鎌。
 「うん。こうするの。」
 少女は微笑んで、月明かりに鈍く光るそれを大きくブルンと振るった。
 冷たい大気が鋭く裂かれ、その下にある雲がそれに薙がれ、大きく流れる。
 「ああ、なるほど・・・ってモモ!?」
 「なぁに?ダンちゃん。」
 「ダンちゃんって呼ぶな・・・じゃなくて駄目だよ!!こんな自然のなりあいに関わる大事に直接手を出しちゃ・・・」
 そう言いかける相方に、少女はニコニコしながら問いかける。
 「あの二人は死ぬ予定だっけ?」
 ニコニコ。
 「・・・いや、だけど・・・」
 「この嵐で、死ぬ予定の人がいたっけ?」
 ニコニコ。
 「いない・・・けど・・・。」
 「じゃあ、いいよね?」
 ニコニコ。
 「う〜・・・」
 「う〜?」
 あくまで、ニコニコ。
 「あー、もう分かったよ!?勝手にすれば!!」
 「うん。勝手にする。」
 そう言って、少女は鎌を振るう。
 舞う様に。踊る様に。クルクル、クルクル。鎌を振るう。
 いつもなら、人の命を刈り取るために舞うそれを。
 いつもなら、死した魂を導くために踊るそれを。
 今は人の命を救うために。
 二人の幸せを守るために。
 少女は踊る。
 いつもは涙と共に舞うそれも。
 だから今は微笑みとともに。
 クルクル、クルクル、少女は舞う。
 それと共に振られる鎌が空を切る度、厚く空を覆っていた雲は薙がれ、裂かれて散っていく。
 やがて、大地を覆う吹雪を吐いていた雲は散り散りとなり、澄んだ夜空に浮かんだ半月が、地上を明るく照らし出し始めていた。


                                              続く
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