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2012年01月16日

水仙月・6(半分の月がのぼる空・二次創作作品)







 月曜日。ライトノベル・「半分の月がのぼる空・二次創作作品掲載の日です。原作を知りたい方はどうぞリンクの方へ。
 なお、別の某作品とクロスオーバーをしてますのでそういうのが苦手な方はスルーの方向で。



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                           −9−

 「諦めるの?」

 僕の事を冷ややかに見下ろしながら、その娘はもう一度そう言った。
 ―これは、なんの冗談なのだろう。
 周りはその風景も見えない程の雪嵐。その中で、一人の女の子が僕の目の前に立っていた。
 それは、真っ白な女の子だった。
 髪も服も肌も、吹き荒ぶ雪と同じ様に真っ白で、唯一真っ赤な靴だけが、白い闇の中で強烈に目に焼きついた。
 ―何だこれ。おかしいだろ?色々と。今は右も左も分からない様な猛吹雪で、それこそ鼻水も凍る様な寒さの中で、なのにその女の子は薄手の白いワンピース(それも袖なしの肩出し)一着の格好で平然としていて、小柄で華奢で、なのにこの立っているのも困難な様な暴風の中で身じろぎ一つなく立っていて、いやだいたい何でこの娘は立ってるんだ?下に何もない空中に、立って僕を見下ろしているんだ?

 「諦めるんだ。」

 女の子は三度(みたび)そう言って、そこだけ真っ赤な靴を苛立たしげにカツンと鳴らした。
 「あの娘はあんなに生きようとしてるのに。」
 ・・・何?何だって?
 「あの娘を守りにきた君が、諦めるんだ。」
 今この娘、何て言った?
 「じゃあ、いいよ。あの娘はあたしが連れてくから。」
 “あの娘”?“あの娘”って誰だ!?
 「うん。それがいいね。どうせ、あと5年かそこらしか生きられないんだから。」
 絶望と混乱にぼやけていた思考が、女の子の“あの娘”という言葉に焦点が合わさっていく。
 おい、誰だよ?“あの娘”って、誰の事だよ!?
 「苦しい思いをする前に、今あたしが静かに連れて行ってあげる。」
 ―次の瞬間、僕は起き上がり、女の子に掴みかかっていた。
 「何?諦めるんじゃなかったの?」
 僕の手が掴む筈の細い肩は、まるでそこにない様にすり抜けて、女の子は僕の後ろに立っていた。
 だけど、そんな事はもうどうでもいい。
 「“あの娘”って誰だ!!誰だよ!!」
 空を切る手を振り回しながら、僕は女の子に食って掛かった。
 女の子は応えず、そこに立っている。
 振り回す僕の手も、吹き荒ぶ雪嵐も関係なく、静かにただ立っている。
 「頼むよ・・・。誰なんだよ・・・。あの娘って、誰なんだよ・・・!?」
 駄々をこねる子供の様に手を振り回しながら、僕はなおも女の子に食って掛かって・・・いや、すがり付いていた。
 「里香だろ・・・?里香の事なんだろ・・・教えてくれよ・・・頼むよ・・・。」
 神様にすがる罪人の様に、僕は女の子にすがっていた。
 もしその答えの代価として、女の子が僕の命を望んだとしたら、僕は喜んでさしだしすに違いない。  だけど、そんな僕に向かって女の子は言った。
 「それじゃ、駄目。」
 まるで、僕の心を見透かすかの様な言葉だった。
 「ここで、君が死んだとしても、それはあの娘の命の代価にはならない。ただ、死ぬ人間が一人、増えるだけ。」
 そう言うと、ふわりと宙から降りて僕の目の前に立った。
 ふわふわの雪溜りに立ったというのに、そこに足跡もつかない。
 僕の前に立つと、本当に小さい。小学校の高学年くらいだろうか。
 「だけど、今の君じゃどの道無理かな。あの娘の事は守れないし、君自身もここで死ぬ。」
 突き放す様な、冷たい言葉。
 だけど、真っ直ぐに見上げてくるその目に宿る光は、里香のそれと同じ様に強くて・・・そして優しかった。
 「どうなの?」
 女の子が問う。
 「君が誓ったのは何?あの娘と一緒に死ぬ事?それとも、あの娘を守る事?」
 「僕が・・・誓ったのは・・・。」
 そう。あの日、あの夜。あの暗い病室で、いっぱいに伸ばした手の先に、痩せて小さくなった里香の温もりを感じながら、半分の月の光の下で誓った事は・・・。
 「・・・。」
 僕は半分凍りついた袖で、グイッと自分の顔を拭った。凍りかけた涙や鼻水が、小さな氷滴となってパラパラと散っていった。
 そんな僕の顔を見た女の子は、初めて微笑んだ。とても、とても優しく微笑んだ。
 「やれば出来んじゃん。」
 そう言って雪吹雪の向うを、そっと指差した。
 途端、一際酷い雪嵐が視界を遮る。
 「行きなよ。あの娘が待ってる。」
 吹雪の向うから、そんな声が聞こえた。
 一瞬の間の後、見ればもうその姿はなかった。まるで、幻の様に消えていた。ただ、その白い指が差した方向に、真っ直ぐに小さな足跡が続いていた。


                          ―10―

 ―あたしは夢を見ていた。
 あの時の夢。
 暗い病室と、白いシーツ。
 空に浮かぶ、半分の月。
 そして、いっぱいに伸ばした手の先には―

 薄っすらと目を開けると、暗い山小屋の光景が目に映った。
 そっと手を伸ばす。けれど、その手は空しく空を掴むだけ。
 ふと気付くと、胸の辺りがほんのりと暖かい。見れば、あの黒猫があたしの腕の中で丸くなっていた。
 「暖めて・・・くれてたの?」
 猫は金色の目であたしを見ると、そうだという様に一声ニャアと鳴いた。
 「変な子だね・・・。キミ。」
 あたしがそう言うと、今度は心外だと言う様にミャアと鳴いた。
 フフッと笑うと、漏れた息が白く染まる。
 
 ゾクリ

 思い出した様に冷気が走って、あたしは身体を震わせた。
 猫を抱いていた胸元を除いて、身体は冷え切っていた。小屋のおかげで、風雪は凌げたとしても、寒さそのものはどうしようもない。身体が瘧にでもかかった様にぶるぶると震えて止まらない。この寒さの中では、あたしの着ている行楽用の防寒着なんて何の役にも立ってなかった。
このままでは、凍死してしまうかもしれない。
 そんな考えが頭を過ぎり、さっきとは違う悪寒が背筋を震わせた。
 少し前のあたしだったら、こんな形の死でも受け入れていたかもしれない。
 だけど、今は嫌だった。絶対に、嫌だった。
 いつか来るだろうその時は、もうずっと前から覚悟している。
 だけど、こんなのは嫌だ。
 こんな寒さの中で。
 こんな暗闇の中で。
 たった一人で。
 彼のいない所で。
 絶対に嫌だった。
 「裕一・・・。」
 彼の名を呼び、唯一の温もりである猫を抱きしめようとしたその時、その温もりがスルリ、と腕から逃げた。
 「あ・・待って!!」
 そう言って慌てて上半身を起こしたあたしは、自分の目を疑った。

 たった今まで何も無かった筈の空間に、女の子が立っていた。

 年は小学校高学年くらい。暗闇にボンヤリと浮かび上がる様に見えるその姿は、髪から服まで真っ白で、まるで雪の化身のようだった。ただ一色、靴の朱が闇になれた目に強く焼きついた。
 その娘はあたしを見て優しく微笑むと、自分の腕に収まった黒猫に向かって言った。
 「お疲れ様、ダニエル。」
 すると、
 「まったくだよ。ホントにおせっかいなんだから。モモは。」
 喋った。猫が。
 混乱するあたしを他所に、一人と一匹の会話が続く。
 「―で、モモの方は?うまくいったの?」
 「う〜ん。大丈夫なんじゃない?あの調子なら。」
 「何それ?あてんなんないなぁ。」
 そんな事を言い合う内に、女の子がふとあたしを見て、また二コリと微笑んだ。それは幼いのに妙に大人びた、本当に優しい微笑みで、呆然とするあたしの中の恐怖や不安を全部溶かしていく様だった。
 「がんばったね。もう、大丈夫だから。」
 「・・・え?」
 あたしがどういう事かを聞き返す前に、その姿がふわりと消えた。
 まるで、淡雪が溶ける様に。
 
 「―もうすぐ、彼が来るよ。」

 そんな言葉を残して。
 そして、呆然と座り込んだあたしの目の前で、小屋の戸がバン!!と開いた。

 
 ―戸を開けた裕一は、しばらくの間あたしがここにいる事が信じられない様に、ただそこに突っ立っていた。
 あたしはあたしで、目の前に彼がいる事が信じられずに、ただ床に座り込んでいた。
 しばらく見つめあった後、先に動いたのは裕一だった。
 一瞬、頭がクラクラした。
 彼が、体当たりする様な勢いで抱きついて来たのだ。  
 「里香!!里香!!里香!!」
 裕一はあたしの名前を叫ぶように連呼しながら、力いっぱい抱きしめてきた。
 うるさいやら苦しいやら、おかげであたしの方がすっかり冷静になってしまった。
 とりあえず、苦しいので思いっきり突き飛ばす事にする。
 「グヘェ!?」
 不意をつかれた裕一はそんな声を上げて、ゴロゴロと戸の外まで転がっていった。
 「な、何すんだよ!?」
 「うるさい!!やかましいし苦しいし気持ち悪い!!」
 「あ、あのなぁ!!」
 「いいから、そこ閉めて!!寒いでしょ!!」
 裕一は何かブツブツ言いながらも、開きっぱなしだった戸を閉めた。
 吹き込んでいた風がピタリと止んで、お互いがホッと息をついた。
 そして、少しの間があって。
 ―だから、今度は、あたしの番。
 あたしは裕一の身体を、後ろからそっと抱きしめた。
 背負われてたリュックが少し邪魔だったけど、両手をいっぱいに伸ばして、彼の身体を包んだ。
 彼の身体が、驚きと緊張で硬くなるのがわかった。
 「お、おい、里香・・・なんだよさっきは・・・」
 「うるさい!!」
 一括すると、彼はすぐ黙ってしまう。いつもの事だ。そのいつもの事が嬉しかった。
 「遅いよ・・・裕一の馬鹿・・・。」
 「・・・わりぃ・・・。」
 彼はそう言って、前で組んだあたしの手に自分の手を重ねてきた。
 彼の温もりが心地良い。少しでも逃がさない様に、抱きしめる腕に力を込めた。


                                            続く
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