こんばんは。土斑猫です。
月曜日、ライトノベル「半分の月がのぼる空」二次創作の日です。
毎度言ってますが、今回の作品、昔書きかけた一次創作の作品に「半月」の世界(と言うか、キャラクター)をはめ込んだものです。よって、半月の本来の世界観からはちょっとずれてると思われます。そこのところ、どうぞ御了承ください・・・。
半分の月がのぼる空〈8〉another side of the moon-last quarter (電撃文庫) 新品価格 |
―10―
秋庭里香はまた、あの場所に立っていた。
彼女の前には、やっぱり件の透明な棺。
しかし、あの声はもう、聞こえない。
彼女が開けようとしたした棺の蓋は、今はピッタリと閉じられている。
そして、その上に座るのは赤ん坊でもなければ少女でもない。一人の若い女性だった。
黒い服に長い黒髪、朱いつけ襟を着けたその女性は、棺の上で足を組み、目を瞑りながらうんざりした様な表情で溜息を吐いた。
「”あんた達”には、ほとほと呆れるわ。」
女性が言う。水の玉が転がる様な澄んだ声。
「自分で捨てておいて、いざそうなってみたら今度はそれが寂しいなんて、どうしてどうして、笑わせてくれるじゃない。」
自分の座る棺をコンコンと指先でつつきながら、「それにしても」、と女性は続ける。
「ただでさえ有限なのに、”あんた達”は何でそう無駄に出来るかね?全く、理解不能なんですけど?」
女性は言いながら、閉じていた瞳を開ける。
現れた瞳は、淡い緑色の光に彩られていた。
女性は顎杖をつきながら、螢緑の瞳で秋庭里香を見る。
「”私ら”よりずっと永い時間をもらえてるのに、それを持て余すってか?随分と、贅沢な話じゃないの。」
非難とも、嘲笑ともとれる口調。
「それなら、それ、”私ら”によこしなよ。”あんた達”よりよほど有意義に使ってあげるけど?」
そして、女性は秋庭里香の左胸を指差す。
「あんたのも随分と継ぎ接ぎだらけみたいだけど、それでも”私ら”よりはずっと永いっしょ。」
冗談の様に言いながら、その螢緑の瞳は笑っていない。
まるで 、舌舐めずりする様な視線。
それは、先ほどに秋庭里香が見た、あの空ろな眼差しとは違う、暗く燃える焔に彩られた眼差し。
「ねえ。良いでしょ?どうせ、”あんたら”の事だから、ろくな使い道もないんだろうし。ならその時間、”私ら”に頂戴。」
あの時とはまた違った怖気が、秋庭里香の背筋を伝う。
それは、何よりも生きる事に執着する目。他者を犠牲にしてもなお、貪欲に生を求める目だった。
女性の持つ生への執着が、蛇の様に秋庭里香を飲み込もうとする。
けど。
それなら。
―負けはしない―
後ずさりそうになった足に力を込めると、秋庭里香は女性の目をグッと見返した。
秋庭里香の視線が、女性の螢緑の瞳とぶつかり合う。
しばしの間。
そしてー
「あは、あはははは!!」
女性が突然、笑い出した。
「冗談冗談。んなこと、出来るわけないっしょ!?」
ケタケタと笑いながら、そんな事を言う。
「”私ら”は”私ら”。”あんた達”は”あんた達”。お互い与えられた分を素直に受け入れときゃ、それでいいのさ。」
そうやってひとしきり笑うと、女性はまた指先でとんとんと棺をつつく。
「まぁ、とにかくあんたは”こいつ”とは違うわけだ。それが分かれば結構だよ。残された分、せいぜい大事に使えばいい。」
そう言うと、女性はよっと棺の上に立ち上がった。長い黒髪がさららと舞う。
「まあ、機会があったら他の奴らにも言っといてよ。やるなら他に迷惑かからない場所でやれって。”私ら”、”あんたら”のとばっちり食うのはもう結構なんで。」
忌々しそうに足元を見やる女性に向かって、秋庭里香は問う。
貴女はいったい何なのかと。
それを聞いた女性は、少しポカンとした顔をして、それからケタケタと笑った。
失礼だねえ。仮にも命の恩人に向かって。そう言ってケタケタ笑った。
”私ら”はねぇ・・・。喋る女性に、異変が起こる。
今まではっきりしていたその輪部が、崩れて始めたのだ。
その顔が、髪が、手が、足が、まるでモザイクの様に崩れていく。
思わず後ずさる秋庭里香の前で、ワシャワシャと蠢く塊になった女性。
やがて、そのあちらこちらに螢緑の光が灯りー
パッ
女性だったものは、無数の光の玉となって宙に散った。
視界いっぱいに舞い飛ぶ、光の玉達。
その正体に気づくと同時に、秋庭里香の意識は暗転した。
目が覚めた途端、視界いっぱいに裕一の顔が飛び込んできた。
反射的に手が出る。
バチン
「イッテッ!!」
顔のど真ん中に、張り手をする形になった。
起き上がるあたしの前で、裕一は痛い痛いと喚いている。
相変わらず、痛みには弱いらしい。
見回すと、周りにはカーキ色の壁。
どうやら、テントの中らしい。
「何すんだよ!?急に。」
鼻の頭を押さえながら、裕一がそんな事を言ってくる
「目の前に顔突きつけてる方が悪い!!気持ち悪いじゃない!!」
「お前な、それが昨夜助けに行ってやったやつに言う言葉か!?」
裕一のその言葉に、あたし達の時間が一瞬止まる。
「あれ・・・夢じゃなかったんだ・・・。」
「・・・みたいなんだよなぁ・・・。残念ながら。」
呆然と呟くあたしに、裕一は頭をかきかきそう答える。
その頭には寝癖がついていて、胡坐をかくその下にはあたしと同じ毛布が敷いてある。
どうやら、彼も今まで眠っていたらしい。
と、裕一の後ろのファスナーがジャッと開いた。
差し込んでくる朝日が眩しい。
「裕ちゃん、里香、目覚めたの!?」
「二人とも、大丈夫!?」
「里香ちゃん、裕一に変な事されなかったか!?」
皆が、次々と顔を出す。
皆、一様に心配顔だ。(山西君は裕一に、手元にあった懐中電灯をぶつけられてたけれど。)
皆の話によると、いつまでも戻ってこないあたし達を探して池まできてみると、池のほとりで抱き合って気絶しているあたしと裕一を見つけたらしい。
そのままあたし達は昏々と眠り続け、今に至るらしい。
「一体、何があったの?」
朝食の席を囲みながら、みゆきちゃんが訊いてくる。
「言っても、信用しねえよ。」
裕一がぶっきらぼうに答えるが、皆がそれで納得する筈もない。
仕方なく、あたし達は昨夜起こったことの一部始終を話した。
だけどー
「・・・あのね、あたし達真面目に訊いてるんだけど!?」
少し怒った調子でみゆきちゃんが言う。
「そうだよ。皆心配したんだよ!?」
世古口君も、珍しく少し怒っている様だ。
「やっぱり、二人で変な事してたんじゃ・・・うべぁっ!?」
山西君はまたそんな事を言って、裕一にお皿をぶつけられていた。
ついでに、あたしもぶつけておいた。
懐疑と非難の視線に晒されて、あたしと裕一は溜息をついた。
二人で、自分の足に手を伸ばす。
あたしは履いていた靴下を、裕一はズボンの裾をめくった。
「「「ーーー!?」」」
それを見た瞬間、皆の顔色が変わる。
全く、百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。
そう。あたしと裕一の足首には、紫色の手の跡がしっかりと残っていたのだから。
続く