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2012年04月14日

十三月の翼・外話(天使のしっぽ・二次創作作品)







 過去のデータを漁っていたら、戯れに書いた天使のしっぽ小説の外伝が出て来たので上げてみる事とする。 


おとぎストーリー天使のしっぽ 1 [DVD]

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                 十三月の翼サイドストーリー
            『―絹毛鼠は砂糖細工の夢を見るか?― 』


 「・・・・・・お腹、減ったの・・・・・・。」
 地の底から響く様な声でそうブツブツと呟きながら、クルミはまだ日の高い下校道をぶらついていた。
 学期末試験も近づいた今日この頃、クルミの中学校は普段より早めに授業が切り上げられる。早めに生徒を解放し、試験勉強に力を入れさせようという学校側の配慮なのだが、生憎と、彼の少女にそんな切なる思いは通じない。
 今現在、彼女を支配し、駆りたてる衝動はただ一つ。
 ―もちろんそれは学問への熱意でもなければ、愛しい想い人へ熱情でもない。
 「・・・・・・お腹、減ったのぉ〜〜・・・・・・。」
 半開きになった口が、また呟く。その響きはもはや、怨念の込められた呪詛に近い。
 切羽詰っていた。


 本来、クルミの一日の栄養摂取スケジュールは次の様になっている。

 起床。朝食
 ↓
 学校。各休み時間に、通学の途中で買っておいたお菓子やおにぎりで間食。
 ↓
 昼食。
 ↓
 昼休み。購買で購入した菓子パンやヨーグルトでデザート。
 ↓
 終業。帰路の途中でスーパー等に寄り、資金に余裕があれば買い食い。なければ試食品を殲滅。
 ↓
 帰宅後、おやつ。
 ↓
 夕食までにつまみ食いなどして過ごす。
 ↓
 夕食。
 ↓
 皆と団欒の一時を菓子などつまみながら満喫。
 ↓
 夜食を食べて、就寝。

 ―となっている。
 転生以来、「食は生なり」の信念(?)のもとに、クルミは毎日欠かす事無くこのカリキュラムを続けてきた。
 しかし、彼女が神の与えたもうた厳格なる戒律の如く守り続けてきたこの慣習は、昨夜、あえなく崩壊してしまった。
 原因は、昨夜起こったアクシデント。
 昨日、クルミ達が帰宅する前の睦宅を、一人の招かれざる客が訪れていた。
 不届きにも皆のご主人様、睦悟郎を付け狙うは、かくも憎き敵。
 ―悪魔―
 彼の者が睦宅の周囲に張った結界。第三者の意識を対象物から逸らしてしまうその結界のせいで、ナナが行方不明の迷子になってしまったのである。
 その捜索のため、その日の夕食はずれにずれ込んだ。
 結局、事が解決して皆が無事に夕食(ゆうげ)の席につけたのは9時過ぎ。
 ―当然、夕食と夜食は兼用になった。
 ナナを探しに出た事自体には、何の異議もなければ不満もない。
 ある筈も、無い。
 時は人の気も失せる夜。
 時勢は隣に座る人の心根すら、容易には信じられぬ現代。
 控えめに言っても、自身を守る術もない小学校低学年の女の子を、一人放っておいて良い道理はない。
 否、それ以前に、暗闇の中で一人泣いている「家族」を、放っておける道理などありはしない。
 だから、皆迷うことなく、他の何よりも優先してナナの捜索へと飛び出したのである。
 けど、
 けれど―
 やっぱり、それとこれとは話が別なのだ。
 ―食事の回数が、一回減ってしまった。
 実に忌々しき問題である。
 例の夕夜兼用の食事で、その分を補う量だけはしっかりと摂取したとはいえ、食事の回数が“一回”“減って”しまったことに変わりはない。
 その分しっかり食ったんならいいやんけ!!などと言うのは凡人の浅はかさ。この場合、重要なのは、“個の量”ではなく、“全の数”。
 ただでさえ、一生の内に出来る食事の回数は限られている。やむなき理由とはいえ、その貴重な限定機会の一つが失われたという事実は、物理的なそれ以上に、精神的な飢餓感と喪失感となって、クルミを苛み続けていたのである。
 ―まぁ、この上なく燃費の悪い話ではある事には変わりない。
 とにかく、この心にぽっかりと空いた切ない穴を埋めるには、なんとしても今日の内に一回、余分に食事を取るより他、手立てはない。
 とは言うものの、元来の補給計画にさらなる上乗せを図れる程、懐が豊かである筈も無く、かと言って家でもう一食増やしてくれなどと言った日には、家計簿の番人たるタマミが黙ってはいまい。帰り道のスーパーで試食品を荒そうにも、最近は店側がついに「対蝗娘マニュアル」の確立に成功したらしく、彼女が店の敷地内に足を踏み入れるなり、全ての試食品が迅速かつ的確に保護される様になってしまっていた。
 八方塞がりである。結局、公園の水飲み場で水でも飲んで誤魔化すしかないのかもしれない。
 「うぅ・・・・・・、どれもこれも、昨日の騒ぎのせいなの・・・・・・アクマだかアンマンだか知らないけど、会ったら頭から丸齧ってやるなのぉおおぉ・・・・・・!!!」
 もはや狂気の気配すら見て取れる視線を廻らしながら、彼女にしては珍しく剣呑な事を呟き、クルミはまたユックリユックリと歩み去るのだった。
 尚、その姿を離れた場所から見守っていた学友達は後に、「まるで飢えたT−レックスの様だった。近づいたら、絶対に喰われると思った。」と、恐怖に震えながらそう語った。


 クルミ達の通う学校の近くに、一本の川が流れている。
 さして大きくも深くもなく、季節になれば近所の子供達が水遊びに集まる、都心に残された僅かな憩いの場の一つ。
 その河原と道路の間はなだらかな土手になっており、そこにポツリと一本、大きな桜の木が生えていた。
 華やかな春色の花こそ、とうに散ってはいるものの、代わりにその枝葉は目を潤わせる様な新緑を纏い、その身を通る風に心地よい涼と若葉の香を乗せては、道行く人にサヤサヤと気前良く振舞っていた。
 ―と、その梢から広く落ちた木陰の中に、チョコンと座り込む小柄な人影が一つ。
 月明かりの如く、薄寒く光る白髪。深く昏い夜闇を思わせる黒衣。そして冷たい夜霧の様に白い肌。
 まっさらに晴れた初夏の真昼。光の加護の満ちるその情景にそぐわない己が身を隠す様に、夜の側に在する少女は薄暗い木陰の中、ひっそりとその細身を沈めていた。
 「・・・・・・違うなぁ・・・・・・。」
 木陰を過ぎる涼風に乗り、鈴音の様な声が流れる。
 小首を傾げながら一人ごちるその手の中にあるのは、某有名メーカーの缶紅茶。それを傾け、甘く香る琥珀の液体をチビチビと舐めては、件の少女はしきりに首を傾げていた。傍らに置いたコンビニの袋をガサガサとまさぐってスティックシュガーの袋を取り出すと、五本まとめてサラサラと缶に注ぐ。
 チャポチャポと缶を振り、改めて一口。
 そしてまた、う〜〜むと首を傾げる。
 「やっぱり、違う。亀が淹れたやつは、もっと美味しかった・・・。」
 言って、缶の原材料名の欄を覗き込む。
 「・・・うん。ちゃんと同じ茶葉、使ってる。なのに、なんでこんなに味も香りも違うんだろ?」
 納得いかな気に眉を潜めて、つまらなそうにその瞳を曇らせる。
 ―彼女は昨日、ちょっとした経緯で、某少女が淹れた紅茶を口にしていた。
 その時は散々っぱら憎まれ口を叩いて来たものの、何だかんだ言って件の紅茶にしっかり味を占めていたらしい。ちゃっかり茶葉の種類までチェックをいれているあたり、そのハマリっぷりを如実に示している。(もっとも、その紅茶にも例によって常人が口にしたら吐き気をもよおしそうな程の砂糖をぶち込んでいたので、果たして紅茶自体の味うんぬんを言えた義理かどうかははなはだ怪しくはある。)
 淹れた本人が聞いたら、(色んな意味で)さぞ複雑な心境に陥る事であろう―
 「やっぱり、ちゃんと淹れたのじゃないと、駄目なのかなぁ・・・・・・?」
 ブツブツ言いながら、せめて甘味だけでもと砂糖を加えようとしたその時、
 ―ゾクリ―
 背筋に走る悪寒。そして、殺気。
 振り返ろうとするより一瞬早く―
 カプッ
 妙な音と共に、頭が妙に生暖かい感触に包まれた。
 「・・・・・・かぷ??」
 事態が飲み込めず、ポカンと立ち尽くす。
 呆けたまま、ふと視線を落とせば、下を流れる川の水面。そこに映るのは、見慣れた自分の姿と、その自分の頭に背後から“齧り”付いている、もう一人の少女の姿。
 「・・・?」
 「ムグムグ・・・・・・冷たくってオイシ――の。」
 聞こえる声と共に、痛い様なくすぐったい様な、妙な感覚が頭を襲う。
 「・・・・・・。」
 ムグムグ。
 「・・・・・・・。」
 ムグムグムグ。
 「・・・・・・・・・・。」
 ムグムグムグムグムグ。
 ・・・・・・・・・・・・・・・っ!!?
 事態が、把握出来た。
 「―――――っっっ!!!な・・なにっ?なななっなになにっ!!?ちょ・・ちょっと、やだっ!!わ――っっ!!きゃ――っっ!!!」
 我に帰ると同時に、慌てて頭上に手を伸ばす。
 「むぐぐ・・・暴れちゃダメなの〜〜〜!!」
 「暴れずにいられるか――っっ!!離せ離して離れろ離せ〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!」
 普段の冷淡なまでの冷静さは何処へやら、完全にパニくった少女が頭に別の少女を貼り付けたまま、バタバタともがき回る。
 それでも、ガップリと食らいついた襲撃者は、まるで根性の入ったスッポンの如くがんとして離れない。
 「うぁ!!ひぁ!!ひぃいぃ!!!」
 「むぐむむむ〜〜〜!!」
 第三者に見られたら、警察か救急車のどちらか(もしくは両方)でも呼ばれそうな光景なのだが、当人にとってはそんな些細なことを気にしている場合ではない。
 何しろ、頭上から感じるその執念は、まごうことなき「捕食」の意思なのだから。
 少女の身体から、ザァア―――ッと音を立てて血の気が引いてゆく。
 ああ、かの「弱肉強食」という絶対不文律の掟の元に生きていたあの頃ならまだしも、よもや今の身になってまで!!
 自然の掟の想像を上回る執拗さ、そして厳しさに心底戦慄しながら、それでも渾身の力を振り絞る。
 「〜〜〜っは〜〜な〜〜れ〜〜ろ〜〜っっっ!!!」
 ベリッ
 食いすがる襲撃者を何とか引き剥がすと、そのまま無我夢中で突き飛ばした。
 「なの〜〜〜〜〜〜・・・・」
 力任せ突き転ばされた襲撃者はそのままコロコロと転がると、桜の木の根元にボテンと当たり、キュウと言って伸びてしまった。
 やっとの思いで、およそ生物にとって最大の危機の一つから脱した少女は、地面に手をつきゼエゼエと息をつく。つきながら、前方に転がる“それ”に改めて目をやり、そして―
 「な゛っ!!?」
 また、驚いた。
 「あ・・あんた、ご主・・睦さんとこの絹毛鼠(ハムスター)っ!?い、一体どういうつもり!!?」
 「ふ、ふぇ・・なの・・・?」
 地に崩れ、今だ去らぬ恐慌に息をつく少女と、地に臥し、今だ身を苛む空腹に息も絶え絶えの少女。
 そうする理由は甚だしく違えども、互いに目を丸くして見つめ合う二人の間を、涼しい風がぴぅ〜〜〜と間の抜けた音と共に吹き抜けていった。

                                                           
 「な・・・・・・何ぃいっ!?お腹が減り過ぎて、わたしの髪が砂糖細工に見えただぁ!!?」
 「なの〜〜〜・・・。」
 ショック冷め遣らず、青ざめた顔で震えている少女に、さらに愕然たる事実を告げ、クルミは力なく頭を垂れた。
 ―曰く、
 クルミが空腹に朦朧としながらこの土手にさしかかった時、どこからともなく甘い香りが漂ってきたのだという。それに誘われ、フラフラと下を覗き込むと、キラキラと輝く銀の束が目に飛び込んできた。その透き通る様な色と、そこから香る砂糖の香が相まって、それは彼女の目にはまぎれもなく、“そう”見えた。
 それは理性ではなく、絶対たる本能。
 それは条件ではなく、純然たる反射。
 ―次の瞬間、彼女は“それ”に向かって猛然と突撃し、齧り付いていた。
 ―と言う次第らしい。
 「な・・な・・・・・・」
 少女は絶句し、今しがたまでとは少々違った理由でワナワナと肩を震わせる。
 「ど・・どういう行動原理してんのよ・・・!?天使(あんたたち)って・・・!?」
 もしこの場に、誰か一人でも他の守護天使がいたら「違うから!!ありえないから!!そんな真似すんのそいつだけだから!!」と全身全霊を投じて弁解に尽くす所なのだろうが、生憎と言おうか当然と言おうか、そんな都合の良い存在がこの場にいる筈などない。
 少女が、それまで抱いてきた天使に対する印象を(概ね間違った方向に)改めようとしたその時、
 「う〜〜〜・・・・・・・。」
 項垂れていたクルミが呻いて、身じろぎした。
 それを見て、少女はビクンッとへなだれていた身を竦ませる。
 「な・・・何よ・・・・・・?」
 言いながら、ジリジリとクルミとの間を広げる様に後ずさる。
 「い、言っとくけど、今度食いついてきたら、簀巻きにして重しつけて川に放り込むからねっ!?」
 口では気丈な事を言ってはいるが、その顔は本気で泣きそうである。
 どうやら、目の前の天使が真面目に怖いらしい。
 しかし―
 「なの〜〜〜〜〜・・・・・・。」
 件の相手に襲い来る気配はなく、それどころか、そのままヘナヘナとへたり込んでしまった。
 そのまま、ピクリとも動かない。
 「・・・・・・?」
 不審に思い、恐る恐る伸ばした足先でつつくと、水揚げされた烏賊の様なその身体がビクッと動いた。
 こちらも、ビクッと足を引っ込める。
 当のクルミは、そのままピクピクと小刻みに痙攣を続けている。
 ―何か、真面目に不安になる光景である。
 「おなか減ったの・・・・・・。もう駄目なの・・・・・・。」
 最期の力を振り絞る様な声で言いながら、虚ろな眼窩を少女に向ける。
 「と言うわけで、そこのお砂糖頭さん・・・・・・。」
 「誰が砂糖頭かっ!!?」
 「お名前知らないから、それでいいの。さっき、あなたクルミのこと睦さんとこの、って言ったの・・・・・・。ご主・・・先生のこと、知ってるなの・・・・・・?」
 「ま、まぁ、一応・・・・・・。」
 「それなら、お願いがあるなの。先生と皆に、伝えて欲しいの。先立つ不幸を許して欲しいの。でも、めいどの世界に帰っても、クルミはいつでも皆を見守ってるの・・・・・・。あ、あと、お供えは甘党屋の胡桃饅頭と特選ゴマだれ団子が良いの・・・・・・。ちなみに、ゴマだれ団子は一日限定100本だから、ツバサちゃんに朝の新聞配達のついでに買ってきて欲しいの・・・・・・。あそこのおじいちゃん、朝の4時から仕込みしてるから、頼めば売ってくれるの〜〜〜。」
 「・・・・・・・・・・・・・・。」

 餓死する前に、絞め殺してやろうかと思った。
 踏み止まった自分を褒めてあげたい。

 剣呑な感情を胸に抱いて絶句する少女に構う事なく、それだけ言うとクルミは再び草の絨毯にポスンと顔を落とした。
 そのまま、沈黙。
 ・・・・・・。
 ・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・。
 「・・・・・ちょっと・・・あんた・・・・・・?」
 一人放置状態にされた少女はそう言いながら、恐る恐る足を伸ばしてその伏した頭を再度爪先で突ついてみる。
 ピクン
 クルミの頭が微かに震えるが、返事はない。
 また、突つく。
 ピクン
 ―同じ。
 「・・・・・・・・・・・・・・。」
 途方に暮れた少女はただ立ち尽くし、目の前に転がる“それ”を見つめる。
 ぴぅ〜〜〜〜
 さわやかな初夏の風が、沈黙する二人の少女の間を、酷くわざとらしい擬音と共に通り過ぎていく・・・。
 ポテン
 「?」
 不意に頭の上で響いた音と、それとともに微かに香った香ばしい香りに、クルミは突っ伏していた顔を上げた。
 見ると、目の前の草の上に、ビニールの袋が一つ。
 印字されているのは、「シリーズ森のパン屋さん・特製メープルサンド」の文字。
 「・・・・・・?」
 事態が飲み込めず見あげると、コンビニの袋を手にした少女が、ムスッとした顔でこちらを見下ろしていた。
 「あげるわよ。」
 憮然とした表情のまま、少女が言う。
 「ふぇ・・・いいの?」
 「いいって言ってる。目の前で餓死なんかされちゃ、目覚めが悪いったらありゃしない!!」
 その言葉を聞いたクルミの顔に、見る見る生気が戻る。
 「あ、ありがとーなの。あなたはクルミの命の恩人なの〜〜〜!!」
 「・・・・・・元気じゃん・・・・・・。」
 手にしたパンを胸に押し抱きながら目を潤ませてそう言うクルミを前に、溜息を一つつくと空になった袋をクシャクシャと丸めてスカートのポケットに突っ込む。
 その辺に捨てない辺り、なかなか律儀である。
 皆さんも見習いましょう。(ほら、そこのあなたです。)
 「とにかく、それ食べたら、さっさと消えてよね!!」
 いそいそと袋を開けるクルミを横目に見ながら、苛立たしげにそう言って木陰に座りなおす。ハァ、と疲れた様に一息ついて、すっかり冷えた紅茶の缶に口をつけた。
 ヒョイ
 「・・・っケフッ!?」
 目の前に、唐突にクルミの顔が突き出され、驚いた少女は思わずむせ込んだ。
 「?、大丈夫なの?」
 「ケホ・・今度、は・・・な・・・何よ・・・・・・?」
 「えへ、あのね、あのね、はい、なの。」
 クルミはそう言うと、持っていたパンを二つに割って、その片方を少女に向かって差し出した。
 「・・・・・・?」
 「半分こ、なの。」
 戸惑う少女に半ば強引にパンを押し付けながら、クルミはその顔にニッコリと人懐っこい笑みを浮かべた。
 「・・・・・・は?」
 ポカンとする少女の鼻先を、メープルの香りを乗せた風が優しく撫ぜた。


 「・・・何してるんだ?わたしは・・・・・・」
 「んぐ?ふぅわにふぁ(何か)いっふぁふぉ(言ったの)?」
 憮然とした表情でモソモソとパンを齧りながら、ボソリと呟いた少女に、隣に座ったクルミが口をモゴモゴさせながらそう問いかけてくる。
 「・・・口にモノ入れたまましゃべるな。」
 「ん、んくっ・・・ん、っんぐぐ・・・・・・!!!」
 「・・・・・・。」
 ジト目で睨まれ、慌てて飲み込んで目を白黒させるクルミに黙って紅茶の缶を渡すと、溜息を一つついて、少女はまたモソモソとパンを齧る。
 一方クルミは渡された紅茶をンクンクと急いで喉に流し込み、一拍おいてからプハ〜〜ッと、こちらは安堵の息をつく。
 「ふひぃ〜〜、ありがとなの〜〜〜。」
 そう言って、紅茶の缶を返してくるその顔を横目で見ながら、少女は胡乱げに尋ねる。
 「・・・っていうか、何でわざわざ人の隣に引っ付いて食べてんのさ?あんたは?」
 「ん、だって、一人で食べるより、誰かと一緒に食べた方が、美味しいの。」
 そうにこにこと笑いながら、再びパンにかぶりつく。
 「ふん・・・馬鹿らしい。」
 それを聞いた少女が、小馬鹿にした様に鼻をならす。
 「味なんて、所詮舌の味雷が食物の構成成分から受ける刺激信号の一種じゃない。それが場にいる人数に対応して変動するなんてこと、あるわけ・・・・・・。」
 「むぐ、はむ、むぐ、もぐ・・・・・・」
 ・・・・・・せめて、聞けよ・・・・・・。
 もう幾度目かとも知れない溜息をつくと、手の中に残っていたパンを口に押し込み、残った紅茶で流し込む。
 「――・・・・・・?」
 「ごちそ―様なの―――。どうかしたの?」
 「・・・・・・なんでもない。食べ終わったんなら、さっさと消えてくんない?」
 「あ――っ、そうなの!急がないとお昼ごはんに間に合わないの!!」
 そんな事を言って慌てて腰を上げるクルミに、少女はゲンナリして米神を押さえる。
 「・・・・・・最後までそれかい・・・・・・!!」
 その様子に気付く事もなく、パンパンと服の埃を掃っていたクルミが、ふと思いついた様に声を出す。
 「あ、そうなの!!お砂糖頭さん。」
 「その呼び方やめい!!」
 「ん――、んじゃ、お名前なんてゆうの?」
 「――――っ・・・う゛・・・・・・!?」
 その切り返しに、少女は答えに詰まる。
 迂闊であった。
 油断であった。
 これまでの流れからして、ここで“その”呼称を否定すれば、本名を訊かれる事は天の理・地の自明ではないか。
 「・・・・・・。」
 沈黙する少女を、クルミは「?」といった瞳で見つめている。
 澄んだ瞳であった。
 一切の曇りのない瞳であった。
 人が持つという、108の煩悩も、7つの大罪とやらも、全く無縁ですよと言わんばかりの純粋な光に満ちた瞳であった。
 さっきまでの濁った餓狼の如き眼光の持ち主と同一人物とは、とても思えない。
 この星に住む人類の、せめて3割ほどがこれと同等の瞳をもっていれば、きっとこの世はもっと平和であったに違いない。
 そう思わせる瞳であった。
 ついでに言えば、古今東西、悪魔やその類が苦手とするのはこの手の純真な瞳の光と相場が決まっていたりする。
 「どうしたの?お砂糖頭さん?」
 どうする。
 言うべきか。
 教えるべきか。
 いや。
 それは駄目だ。有り得ない。だって、わたしの名前はいの一番に御主人様に呼んでもらうためのものなのだ。
 それを、何でよりにもよってこんな底なし大食脳天胃袋鼠に・・・。
 ・・・・・・・しかし、このままではこの底なし大食脳天胃袋鼠は間違いなくこの珍妙な呼び名を定着させてしまうだろう。
 否。それどころか、下手をすればこの呼び名を他の連中にまで広めてしまうかもしれない。
 それは・・・・・・・
 屈辱である。
 屈辱極まりない事である。
 しかし―
 「・・・・・・いい・・・・・・。」
 「ふぇ?」
 「砂糖頭で・・・いい・・・。」
 苦渋の決断であった。
 血涙の思いであった。
 悪魔として転生し、この地に降り立ってからこっち、これほどまでの精神的辱めを受けたのは初めてであった。
 しかし、少女はあえてそれを選んだ。
 全てはその一瞬のため。
 この先に待っている、その至福の瞬間のためである。
 これはそのための試練なのだ。
 必死でそう自分を納得させる少女に、元凶である天竺鼠(ハムスター)はいけしゃあしゃあと話しかけてくる。
 「じゃあ、お砂糖頭さん。」
 「・・・・・・何よ?」
 「これから、クルミのお家に来て欲しいの。」
 「――はぁ!?」
 唐突な提案に、思わず唖然とする。
 「お家ではランちゃんがご飯用意してくれてるの。お家来て、いっしょに食べようなの〜。」
 「いや、そんな急に・・・」
 「ほら、早く行こうなの〜」
 クルミは少女の腕を掴み、グイグイと引っ張る。
 「いや、だからね・・・」
 「今日のお昼はミートソーススパゲッティーって言ってたの。ランちゃんのスパゲッティーは絶品なのー。」
 グイグイ
 「ちょっと待てって・・・」
 グイグイグイ
 「あの・・・・・・」
 グイグイグイグイ
 「人の話聞かんか、ワレェエエエエッ!!」
 キレた。
 「ひゃんっ!?」
 突然の怒声に、飛び上がるクルミ。
 ようやく束縛から解放された少女は、ゼェゼェと息を切らしながら距離をとる。
 「人の話は聞く!!OK!?」
 「ふ・・・ふぇ・・・」
 「OK!?」
 「は・・・はいなの!!」
 「よ・・・よし・・・。」
 そこで少女は呼吸を整え、改めてクルミに向かう。
 「わたしはこの後用があるの。だからあんたには付き合えない。OK!?」
 「え〜・・・」
 「OK!?」
 「は、はいなの〜〜・・・。」
 あからさまにガッカリするクルミ。
 その様に、さすがにバツが悪くなる。
 少女が大きく一つ、溜息をつく。
 「・・・ああ、もう。分かった分かった。この次会った時に付き合ってあげるから。」
 その言葉に、クルミががばっと顔を上げる。
 「本当なの!?」
 目がキラキラウルウルと輝いている。
 何がそんなに嬉しいのか、理解に苦しむ。
 「・・・あ、でもクルミ、お砂糖頭さんのお家、知らないなの・・・。」
 またガックリするクルミ。
 忙しい事この上もない。
 「・・・心配しなくていいわよ。“その時”になったら、わたしの方から行くから。」
 「ふぇ?お砂糖頭さん、クルミのお家、知ってるなの?」
 「ええ。よく知ってるわよ。“誰よりも”ね。」
 少女の目が一瞬、暗い光を灯すが、クルミは気付かない。
 「じゃ、約束なの。」
 そう言って、小指を差し出すクルミ。
 「へ?」
 訳が分からず、ポカンとする少女。
 「ほら、約束なの〜。」
 「え、あ、ああ・・・」
 ようやく理解した少女は、露骨に嫌な顔をする。
 「嫌よ、ガキっぽい。そんな事しなくたって・・・」
 「約束なの。」
 クルミがズズイッと顔を寄せる。
 何か、凄い迫力である。
 「いや、だから・・・」
 「約束なの〜!!」
 「は・・・はい・・・」
 迫力に負け、渋々と小指を差し出す。
 その小指に、クルミの小指がガッシリと絡まった。
 「ゆ〜びき〜りげんま〜んウソついたら明日のオヤツクルミがとっちゃ〜うの。」
 「ちょっ、ちょっと、振り過ぎ振り過ぎ!!」
 悲鳴を上げる少女に構わず、クルミはブンブンと景気良く腕を振る。
 「ゆ〜び切った!!」
 言葉の結びとともに、絡まった二人の指が離れる。
 「じゃ、お砂糖頭さん。パン、ご馳走様でしたなのー!!」
 そう言うと、クルミはタタタッと土手を駆け上がっていく。
 「約束、忘れちゃ駄目なのー!!」
 最後にそう念を押すと、クルミの姿は土手の向こうへと消えていった。
 

 「な・・・何だったのよ・・・?一体・・・。」
 少女はゲンナリしながら、ペタンと土手に腰を下ろす。
 ふと気付いて、傍らに置いてあった紅茶の缶を手に取る。
 振ってみる。
 チャポチャポ
 まだ残っている。
 口を付けると、紅茶の甘い香が香る。
 だけど・・・
 「・・・・・・?」
 心なしか、さっきより味が落ちた気がした。
 ふと胸を過ぎるのは、たった今まで共にいた、かの少女のあの言葉。
 
 (一人で食べるより、誰かと一緒に食べた方が、美味しいの。)

 「・・・そんな訳、ないじゃん・・・。」
 そう一人ごちると、少女は残った紅茶を飲み干した。

 

                                     終わり
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