久方ぶりに、SS掲載です。
ジャンルは天使のしっぽ。「いふ」シリーズ第二弾です。
いい加減、何か載せないとSS系ブログの体裁が保てないという強迫観念に駆られながら書いたので、かなり作りが荒いです。後で修正するかも。
まあ、とりあえずは暇な時のお茶濁しにでもどうぞ。
ちなみに、キャラ崩壊は前作の比ではありません。
そこの所はご承知で。
ではでは。
十三月の翼・いふ
愛・・・仁義なき戦い
それは、必然だったのかもしれない。
いつかは、起こるべき事態だったのかもしれない。
それでも、彼女達は思わずにはいられないのだ。
何か、他に道はなかったのだろうか・・・と。
その日の夜。
睦家はいつもどおり、夕餉の時を迎えていた。
それは、温かい湯気の中、食器の鳴る音と笑い声と語らいの声が響く時間。
いつもと変わらない、穏やかな団欒の時。
・・・の筈だった。
シーン
沈黙である。
シーン
耳が痛くなる程の沈黙である。
それが、楽しき筈の夕餉の場を支配していた。
何故、この様な事態になったのか。
原因は、食卓を囲むメンバーにあった。
睦家の総人数は12人。
家主である睦悟郎その人と、お馴染み11人の守護天使達である。
しかし、今日に限っては事情が違った。
今日この時、食卓についていたのは”13人”だったのだ。
と―、
「はい、アカネちゃん。あーん♡」
そんな甘ったるい声が、沈黙を破って室内に響いた。
「い、いいよ。自分で食べるから。」
料理の乗った箸を口元に寄せられ、狼狽する少女はキツネのアカネ。
その彼女にしなだれかかる様に身を寄せて、箸を差し出すのは黒の洋装に長い白髪の少女。
名を、クロスズメバチのトウハと言う。
「いいじゃない。幼虫への給餌は、働き蜂の至福の時なんだから。」
「わたしは幼虫じゃないぞ!!」
「愛情の対象って事よ。細かい事はいいから、はい、あ〜ん♡」
「だから、いいって!!」
アカネの困り顔など何処吹く風。
トウハはなおも身を擦り寄せる。
ベタベタ
イチャイチャ
室内に充満するゆりぃ・・・な空気。
些か・・・いや、非常に甘ったるい。
「あ、あのさ・・・」
まとわりつく甘気を振り払いながら、ツバサが問う。
「君、ご主人様が好きなんじゃなかったっけ・・・?」
「ん?そうだよ。」
あっさりと返る答え。
「じゃあ、何で・・・?」
重ねる問い。
トウハは平然と答える。
「好きの種類が違うの。ご主人様は雄として好きだけど、アカネちゃんはさっき言ったみたいに庇護の対象と言うか何というか・・・可愛いのよ。とにかく♡」
「はぁ・・・。」
微妙な顔を並べる皆の前で、トウハは薄い胸を張る。
「今のわたしの夢は、ご主人様を王に頂いた巣を作り、アカネちゃんと一緒にお使えする事。」
どうやら、事情がかわって最終目標も変わったらしい。
「そのために、まずはアカネちゃんから陥落すると決めたのよ!!」
ドジャーン。
高らかに宣言する。
しかし、対する皆のテンションは低い。
「はあ・・・さいですか・・・。」
納得した様にうなずくと、またもくもくと食事を再開する。
「ちょ、ちょっと皆、納得しないでよ!!」
「ほら、了解がおりた♡これで心置きなく・・・」
「いや、だからわたしは・・・」
首に絡みつくトウハを押し戻そうとするアカネ。
求める助けに、応じる者はいない。
それどころか・・・
「ト・・・トウハ、あんまりアカネに迷惑かけちゃ・・・」
「大丈夫よ!!ご主人様!!」
「そうそう。アカネお姉ちゃんなら平気です。」
「ご主人様は、お気にせずに召し上がってください。」
などと言って、制止しようとする悟郎を逆に止める有様である。
この時における、皆の心の中を覗いてみると・・・
(この娘の気がご主人様に向くと、面倒だからねぇ・・・。)
(アカネちゃんがスケープゴートになってくれるなら、それに越した事はありませんわ・・・。)
(ごめんね・・・。アカネちゃん・・・。)
(アカネお姉ちゃんの犠牲は、無駄にはしません・・・。)
こんな具合である。
友情もへったくれもあったものではない。
「う・・・裏切り者・・・」
アカネの恨み言にも、皆素知らぬ顔である。
そもそも、何でこんな事態になっているのか。
発端と言えば、クルミのあの一言。
「一緒に食べようなの〜。」
・・・である。
かの大事の果てに、有耶無耶になりかけた約束。
それが産土神の手によってトウハが存在を留めた結果、ここに来て実現の期を得た。
しかし、その結果が―
「もう。アカネちゃんったら、そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない♡」
「いやだから!!そうじゃないって!!」
・・・これ。
どうもトウハ(かの娘)、復活を遂げてからテンションが高い。
ほぼ無の状態から急激に存在率を上げた事による副作用、と件の神の端末―楠冬葉―は言っていたのだが―
「う〜ん。前から思ってたんだけど、アカネちゃんっていい香りがするのよね。ちょっと舐めてみようかな〜♡」
「んな!?何言って・・・ひゃああ!?」
完全にキャラ崩壊の領域である。
もともとツンデレ疑惑はあったが、どうやら針が”デレ”の方向に振り切れてるらしい。
この状態になったかの属性の持ち主(特にSな攻めタイプ)は、往々にして非常にめんどくさい。
絡まれる方としては、非常に厄介だろう。
かと言って、件の娘はヤンデレ属性も持っている。
下手に機嫌を損ねて、”病み”が発動するとめんどくさいどころの話ではない。
触らぬ神に祟りなし。
現在、場の皆がその言葉を胸において行動していた。
ぶっちゃけて言うと、
「とりあえず、死ぬわけじゃなし。ご主人様さえ無事なら無問題。」
・・・なのである。
重ねて言うが、友情も何もあったものではない。
これでいいのか守護天使。
「ほらほら。そんな事言っても、身体は嫌って言ってない♪」
「ちょ!!こら!!どこ舐めて・・・ひゃん!!」
止める奴がいないから、だんだん調子に乗ってくる。
当然、勢いもついてくる。
「やめろって!!ルルやナナもいるんだぞー!!」
しかし、アカネの最期の訴えも虚しく消えゆくのみ。
「やめろー!!!(泣)」
もはやこれまで。万策尽きたかと思われたその瞬間―
ベキン
乾いた激音が、室内に高々と響き渡った。
「!!!???」×12
皆の視線が、一斉に”彼女”に集中する。
集まる視線の先で、”彼女”は俯き、プルプルと身を震わせていた。
メシ・・・ビキ・・・
血管が浮き出る程に握り締めた拳の中で、折れた箸がひしゃげ砕ける音がする。
「ミ・・・ミドリちゃん・・・?」
そう。件の少女とは、タヌキのミドリその人であった。
いつもとは別人の様に、ピリピリした気配を発する彼女。
「ど・・・どうしましたの・・・?」
半ばと言うか、完全にビビリながらアユミが問う。
「・・・いい加減に・・・」
「・・・は?」
「いい加減に・・・」
「はい?」
「いい加減にするのれす―――――っ!!!」
どっごぉおおおおおおんっ
「ひぃいいいいいいいいいっ!!??」
雄叫びを上げながら立ち上がるミドリ。
腰抜かすアユミ(とその他大勢)
ダンッ
振り上げた左足をテーブルに叩きつけ、ギラリッと射殺す様な視線とともに突き出した指を”彼女”に向かって突きつける。
「トウハさん!!アカネさんから離れるのれす!!」
そう。突き出した指の先の”彼女”とは、誰あろうクロスズメバチのトウハその人であった。
「ミ・・・ミドリ・・・!!」
半ば押し倒されかけていたアカネ。
思いがけず入った救いの手に、たまらず目を潤ませる。
「アカネさんは迷惑しているのれす!!」
うんうん。
涙の珠を散らしながら、頷く。
「好きな人に迷惑をかけるのは、いけない事なのれす!!」
うんうん。
「そもそも、何れアカネさんがトウハさんのものになってるれすか!?」
うんうんうん。
「アカネさんのパートナーは、トウハさんじゃないのれす!!」
うんうんう・・・ん?
「アカネさんのパートナーは、大昔からミドリさんと決定しているのれす――――っ!!」
ドガラガシャーンッ
何の音か。
あまりに急転直下な展開に、皆(アカネ含む)がズッコケた音である。
しかし、そんな事には委細構わずテーブルの上に仁王立ちするミドリ。
その背後には、彼女のキャラには非常にそぐわないゴゴゴゴとドス黒い炎が燃え立っている。
タヌキの背に火なんて、まるでどこぞのおとぎ話である。
まあ、この作品の題がそもそも「おとぎストーリー」なので原点回帰と言えるのかもしれない。
もっとも、かのお話に沿えばこの後ミドリは背中を炙られるなど散々な目にあった挙句、泥船とともに深い水底に沈む運命にある訳だが。
でも大丈夫。
炎云々はあくまで比喩なので、ミドリに深刻な被害は出ない。
良かったね♪
閑話休題。
「な・・・何言ってるんだ!!!???ミドリ???!!!」
焦るアカネ。
混乱のあまり呂律が回らない。
しかし悲しきかな。
嫉妬という名の黒炎に背を焦がすミドリには、その言葉は届かない。
「分かったれすか!?アカネさんはミドリさんのなのれす!!分かったなら、早くそこを除けるのれす!!」
鬼気迫る勢いで迫るミドリ。
そのあまりの迫力に、他の皆は恐怖のあまり固まるのみ。
ところが―
「あらぁ?”前妻”が何か言ってるわ〜。」
肝心のトウハが、余裕綽々でそんな事をぬかしやがる。
「んな!!ミドリさんのどこが野菜サラダれすか!?」
そりゃ”前菜”だ!!と皆が心で突っ込むが、恐怖が邪魔して口から出ていかない。
「ふふん。」
自分を射抜くミドリの視線を鼻で笑うと、トウハはユラリと立ち上がる。
そして―
ダン!!
足音高くテーブルにあがると(行儀悪い事この上もないが、今この場でそれを注意出来る勇者はいない)、ミドリに向かって向き合う。
ちなみに、ミドリとトウハの背丈はほぼ同じ。自然とかち合う視線。
キリキリと、捻り込まれる様な視線の応酬。
見てるこっちの胃が痛くなってくる。
その目を朱く燻らせながら、トウハは言う。
「あんたがアカネちゃんの隣にいられたのは、単に変化するためにパワーの底上げをするパートナーが必要だったから。一人での変化が可能となった今、あんたに存在価値はないわ!!」
「そ・・・それは・・・」
「それに、アカネちゃんとわたしは、一度心を重ねてる。一つになってるのよ?」
「う・・・!!」
言葉を失うミドリ。
確かにその件については、アカネ本人から話を聞いている。
言い様に、何かよろしくない想像を掻き立てる表現が含まれてはいるが。
「ちょ、ちょっと!!変な言い方・・・」
慌てるアカネは無視して、トウハは絶対の自信とともに言い放つ。
「そう!!わたしとアカネちゃんはもはや一心同体!!その事実の前には、あんたの言う絆なんか伸びきったきしめんほどの厚さもないのよ!!」
言葉とともに、ビシィッと突きつけられる指。
ガビ〜ン
ミドリの背後にそんな擬音が浮かび、その顔に縦線が無数に入る。
しかし―
「そ、そんな事ないのれす!!」
揺らぎかける身体を立て直し、ミドリは叫ぶ。
「ミドリさんとアカネさんの絆は、そんなものじゃないのれす!!」
「あらぁ。じゃあ、何があると言うのかしら?」
「そ・・・それは―」
言葉に詰まるミドリ。
う〜んう〜んと考える。
う〜ん。
う〜ん。
必死である。
しかし、トウハの自信を揺るがす様な事は一向に思い浮かばない。
もう、終わりなのだろうか。
自分とアカネの絆は、こんなぽっと出に奪われてしまうのだろうか。
嫌だ。
絶対に嫌だ!!
諦める事は簡単だ。
しかし、それで失うものはあまりにも大き過ぎる。
全てを賭けた。
己の存在そのもの代価にする覚悟で、ミドリは”それ”を求めた。
そして。
天啓は、降りた―
カッと目を見開くミドリ。
渾身の力を込めて、言の葉を紡ぐ。
出てきた言葉は―
「ミドリさんは、アカネさんと一緒にお風呂に入ってるのれす!!」
ブッ
場にいる全員が一気に吹いた。
特に、アカネの受けた衝撃は甚大である。
「ミ、ミドリ!!何言い出すんだ!?」
慌てて制止の言葉を放つが、悲しきかな。ヒートアップした相方には届かない。
「昨夜だって、一緒に入って洗いっこしたのです!!」
「ちょ、おm!!!!!」
アカネ、大混乱。
しかし、それと同等の衝撃を受けている者がもう一人いた。
「な・・・なん・・だと・・・!!!???」
黒衣に包まれた細身が、グラリと傾ぐ。
「ア・・・アカネちゃんと・・・洗いっこ・・・ですって!!!???」
そう。誰あろう、トウハその人である。
「ア・・・アカネちゃんの玉の肌・・・。わたしだって、まだ見てないのに・・・!!!!!」
どうやら、予想外に効果は抜群だった様である。
「あ・・・ありえない・・・。アカネちゃんが、わたし以外の存在に身体を許すなんて・・・!!!!!!」
「変な言い方するなー!!!!!!!」
虚しく響く、アカネの叫び。
好機と見たミドリが、ここぞとばかりに攻め立てる。
「ミドリさんは知ってるのれす!!アカネさんの(ピー)に黒子があるとか、(ピー)が何色をしてるかとか!!」
「もう、やめてー!!!!!!!!」
顔を真っ赤にして泣き叫ぶアカネ。
しかし、それらはことごとく虚空に消える。
止めとばかりに、ミドリは言った。
「ミドリさんは、アカネさんの全部を思い描けるのれすー!!!!!!」
ガクリ
トウハの身体が崩れ、テーブルの上に膝をつく。
凛と立つミドリ。
地に崩れ、うつむくトウハ。
そして、茫然自失の体のアカネ。
勝負はついた―かに見えた。
しかし―
「・・・許さない・・・」
ゾワ・・・
地の底から湧き上がる様に、声が響いた。
「・・・絶対に、許さない・・・」
ゾワゾワゾワ・・・
長い白髪が、生き物の様に騒めく。
トウハが、ユラリと立ち上がる。
見る見る下がっていく、体感温度。
さざめく白髪の間から、真っ赤に染まった眼差しがミドリを睨めつける。
ギシ・・・
ギシ・・・
軋む様な音を立てて、爪が伸びる。
ギャリンッ
金属を擦る様な音を立てて、爪刃が鳴る。
「よくも・・・」
ザワリ・・・
黒い衣が、陽炎の様に揺らめく。
「よくも・・・」
揺らめきながら、その形を変えていく。
より深く。
より禍々しく。
それはまさしく、虚無の権化。
そして―
「よくもアカネちゃんをキズモノにしたなぁ―――――っ!!!!!!!」
ズバァッ
怨嗟の叫びとともに、虚無を突き破りほとばしる螢緑の閃光。
バサァッ
閃光は四枚の羽根となり、トウハの背で大きく広がった。
虚無色の衣を身に纏い、禍しい羽根を負う姿。
それは正しく―
「あぁ!?あれはまさか!?」
それを見たアユミが、悲鳴とも奇声ともつかない叫びを上げる。
「し、知ってるの!?らいd・・・いやいや、アユミ!!」
問いかけるミカに、アユミは戦慄きながら答える。
「クロスズメバチのトウハ最凶魔王モード!!人呼んで『針蠱のトウハ』!!」
「な、なんですと(汗)!?」
「作者の脳内補完で終わる筈の裏設定が何故!!」
アユミさん。メタ発言はやめてください。
そんな作者の叫びに構う事なく、アユミは叫ぶ。
「いけません!!ミドリちゃん!!”それ”は全ての存在率を刺し貫き破壊します!!早く謝ってください!!」
「そ、そうです!!トウハちゃんだって鬼じゃありません!!素直にごめんなさいすれば・・・!!」
「ま、待ってください!!ランお姉ちゃん!!トウハお姉ちゃんは鬼じゃないけど悪魔ですよ!?」
「え!?あ、あれ!?そ、そうですね!!えーと、それだと・・・どうなんでしょう?」
「いや、そんな事どうでもいいから!!ミドリ、早く逃げて!!殺られるから!!マジで!!」
慌てる皆の言葉を背に負い、立ちはだかる病みの権化を目の前に、それでもミドリは凛と立つ。
「そうはいかないのれす!!ここを退けば、それはアカネさんを渡す事になるのれす!!」
「いや、それもういいから・・・」
頭を抱えるアカネ。でも、当人たちは完全無視。
血走った朱眼を爛々と輝かせながら、トウハはギラリと牙をむく。
「いい覚悟ね。なら、消えなさい!!」
ジャカカカカカッ
白髪の向こうに展開する魔法陣。そこから指先に装填される光針。
「アカネちゃんをキズモノにした代価の重さ、思い知れ!!」
ジャキッ
螢緑の光を灯す爪の切っ先が、ミドリに向かって構えられる。
「ちょ!!待てって!!洒落にならないぞ!!」
焦ったアカネが、二人の間に割って入る。
「ああ、アカネさん!!やっぱりアカネさんはアカネさんなのれすね!!」
感涙するミドリ。
「アカネちゃん、どいて!!そいつ殺せない!!!」
どっかで聞いた台詞を喚くトウハ。
ヤンデレ此処に極まれり、である。
「ミドリ!!早く逃げろ!!」
必死の体で叫ぶアカネ。
しかし、返ってきたのは不敵な笑い。
「フフフ、アカネさん。見くびってもらっては困るのれす。」
「へ?」
「万事抜かりはないのれす!!こんな日のために、準備は万端なのれす!!」
バッ
言葉と共に、舞い散る木の葉。
そして―
「変化!!」
ドロン
途端、室内に立ち込める緑の煙。
「ゲホッゲホッ・・・」
「へ、変化って一体何に・・・」
訝しがる皆の前で、晴れていく煙。
その向こうから現れたのは―
デデーン!!
「な・・・」
「んな・・・」
「え〜〜〜〜〜〜〜!?」
響き渡る、驚きの声。
皆の視線の先。そびえ立つ、巨大な円筒形。
大きささえ除けば、皆が見た事がある代物。
そう、そこにそびえ立っていたのは、タヌキマークの付いた巨大な殺虫剤のスプレー缶だった。
「さ・・・殺虫剤って、あんた・・・」
「いくらトウハちゃんがハチだからって・・・」
口々に漏れる呆れ声。
しかし、それを真剣な瞳で見つめる輩が一人。
「・・・いえ、あれはただの殺虫剤ではありませんわ・・・。」
「へ?」
そんな言葉に振り返る先には、真剣な面持ちでスプレー缶を見つめるアユミの姿。
「ただのじゃないって・・・何が?」
「あれをご覧なさってください!!」
問うミカの前で、アユミはビシリとスプレー缶の真ん中を指さす。
「・・・あれって・・・」
「・・・タヌキのマーク?」
「ミドリが変化したもんには、いつも付いてるじゃない。あれがどうしたのよ?」
「いいえ。あれはいつものタヌちゃんマークではありませんわ!!」
「は?」
「よく見てください!!あのタヌちゃん、いつもより威厳があるとは思いませんこと!?」
言われてみてもう一度、しげしげと眺めてみる。
確かに。
目つきは鋭く、キリリと引き締まった口元には不敵な笑みが浮かんでいる。硬そうなヒゲはピンピンと張り、体毛はリーゼントでまとめ上げた様にシャープである。
何と言うか、妙に迫のある顔つきである。
「・・・言われてみれば・・・」
「まぁ、そんな気も・・・」
「で、それが何なのよ?」
てんで訳が分からねーと言った体の皆に向かって、アユミは続ける。
「あれこそ、タヌキ界伝説の名将、「金長狸」様に間違いありませんわ!!」
「・・・・・・。」×8
?マークの沈黙が室内を包む。
実にやるせない沈黙である。
「きん・・・ちょう・・・?」
「あの〜、どちら様ですか?」
「あ〜〜!!もう!!どうして皆さんそう無知なんですか!!!」
口々にでてくる疑問符に、アユミはじれったいと言う風に地団駄を踏む。
「金長狸様とは、古くは「阿波狸合戦」に登場する、化け狸の大頭ですわ!!」
「は、はぁ・・・。」
「要勉強ですわ!!後でウィキペディアで検索してください!!」
(うわ、めんどくせー)×8
そろって嫌そ〜な顔をする皆。(無理もない。)
「・・・で、そのタヌキのお偉いさんのマークがどうしてミドリにくっついてんのよ?」
いい加減、疲れ果てた心身を支えながら問うミカ。
「簡単な事ですわ。」
そんなミカの様子など知らぬ素振りで、アユミはしゃなりとポーズを取る。俗に言う、ジョジ〇立ちと言うやつである。ムカつく。
「その存在を現す印がより高位のものへと変わった。それは、ミドリちゃんの力がより高次元の域に到達した事を表します。」
「・・・え゛・・・?」
「・・・なん・・・だと・・・?」
皆さん、唖然。
「恐らくは、アカネちゃんに対する強い想い!!それが、ミドリちゃんをその高みへと登らせたのでしょう!!」
拳を握り締め、感動の涙を流しながら力説するアユミ。
「その想い、まさに”愛”ですわ!!」
愛ってスゲー。
「ついでに言うと、これは殺虫剤でお馴染みの金鳥(大日本除虫菊株式会社)と狸の金長をかけた洒落でもあると思われますわ。筆者が本編で使おうと思っていながら、あまりにも空気読まねーという事で封印したネタをここで持ってくるとは、ミドリちゃん、やりますわね!!」
だからアユミさん、メタ発言はやめてください。
「いや、それはどーでもいいんだけど・・・。」
「そ、そうです!!いくら金長さんが強くても、魔王レベルに敵うとは思えません!!」
先だっての事件で、魔王の力を散々垣間見た皆。
その恐怖は、今だ薄れてはいない。
「ミドリちゃん!!変な意地張ってないで、早く逃げ・・・!?!?!?」
言いかけたランの口が、アングリと開く。
その視線の先にいるのは、立ち竦む魔王トウハの姿。
真っ青であった。
ただでさえ白い肌はさらに血の気を失い、その表面を無数の脂汗がツタツタと下っている。
「・・・ト、トウハちゃん・・・?」
おそるおそる、声をかける。
返事はない。
代わりに飛んできた言葉は・・・
「・・・何で・・・」
「え?」
「何でミドリ(あんた)が、わたしのトラウマを知っている!!??」
「えぇえええええ―――――!?!?!?!?!?」×9
驚天動地の叫びが、広くもない部屋を揺るがす。
「な、何ぞそれ―――!?」
「トウハ(あの娘)、トラウマなんてあったの!?」
「ま、まあ、守護天使(わたくし)達の対の存在ですから、同様にトラウマ(それ)を持ってたとしてもおかしくはありませんが・・・」
「で、でも、何で殺虫剤!?」
「そういえば、トウハ(あの娘)の巣って殺虫剤で駆除されたんだっけ・・・。」
「あ〜〜、それで・・・」
皆さん、納得。
納得出来ないのは、トウハの方。
「ど・・・どうして・・・!?アカネちゃんはおろか、ご主人様でさえ知らない・・・作者だけの裏設定を・・・!?」
・・・トウハよ。お前もか・・・。
そして、ここまでミドリ台詞なし。
「あ〜えと・・・。そ、そうれす!!ミドリさんの目はごまかせないのれす!!」
あ、我に帰った。
「ニハハ!!ミドリさんの観察眼を甘く見てもらっては困るのれす!!虫さんだから殺虫剤なんて浅はかな考えで変化した訳れはないのれすよ!!」
(・・・やっぱりそうか・・・)×9
皆が己の認識の正しさを確認する中、トウハは一人衝撃に身を震わせる。
「・・・どうやら、貴女を甘く見ていた様ね。いいわ。認識を改めてあげる。今この時から、貴女は純然たるわたしの好敵手!!」
ジャカカカカカカッ
そんな言葉と共に、その背に負う魔法陣からさらに無数の光針が現れる。
「全域、全方位ロック!!もう、逃げられないし、かわせない!!全身全霊をもって、貴女を壊す!!」
蛍緑の光に染まる部屋。その中で、巨大殺虫スプレーもといミドリは迫る殺気を身じろぎもせず受け止める。
「逃げも隠れもしないのれす!!全てはアカネさんのため!!ミドリさんは全身全霊でもって受けてたつのれす!!」
凛と響く言葉。
スプレーの格好でなければ、さぞや映えるだろうに。
「いい覚悟ね。貴女の名前は、わたしの記憶に永遠に刻んであげる。だから、安心して逝きなさい!!」
「アカネさんの幸せは、皆とともにあるのれす!!それを守るために、ミドリさんは負けないのれす!!」
ピンと張り詰める空気。
誰もが、沈黙のままそれを見つめる。
皆が悟っていた。
もはや、二人を止める事は叶わない。
訪れる終焉を、ただ見守る事しか出来ないのだと。
しかし―
「あの・・・」
場違いの声が、控えめに沈黙を押し退ける。
袖を引かれたミカが振り返ると、そこには困った顔でこちらを見上げるモモの姿。
「何よモモ!今取り込み中!!後にしなさい!!」
「ご、ごめんなさい!でも・・・」
ビクリと肩を竦めながら、それでもモモはポソポソと続ける。
「あの・・・いいんですか?」
「いいって、何がよ?」
「だから、その・・・」
言いながら、心配そうに周りを見回す。
「・・・あ。」
そう。
お忘れではなかったろうか。
ここは、家の中である。
ついでに付け加えれば、借家である。
そして、トウハの魔針は全方位を射程に収めている。
それが、意味する事は―
「ちょ!!待っ・・・」
・・・全ては遅かった。
次の瞬間―
バシュシュシュシュッ
プシューッ
蛍緑の閃光が四方八方に打ち出され、噴出された白煙が皆の視界を塞いだ。
「キャ―――ッ!!」
「うにゃあぁあああっ!!目が、目がぁああああああっ!!」
「うえーん!!こわいらぉ―――!!」
「ゲホッ!!ゴホゴホッ!!ちょっ、これあたしらもキツイ・・・!!」
「ギャー、何か崩れてきた―――っ!!」
「皆、落ち着いて!!落ち着いて避難してください―――!!」
「そんな事言ったって、どっから出ればいいなの―――!?」
地獄絵図。
阿鼻叫喚。
あらゆる存在率は崩れ、万物は汚染されていく。
このまま、全てが終わると皆が覚悟を決めた時―
スカポーン×2
「んきゃ!!」
「ふぎゅ!!」
滅びの中に、そんな間の抜けた音と声が響いた。
そして、崩壊の音がピタリと止んだ。
「へ?」
「何?」
成す術なく這いつくばっていた皆が、頭を上げる。
徐々に薄れていく煙。その向こうに現れたのは―
「全く、何をしているのですか?ミドリさん。」
「もう。なかなか帰って来ないと思ったら・・・」
神衣を纏った二つの影。
一つは大きく、一つは小さい。
「あ―――!!」×9
その姿をみとめた皆が、一斉に声を上げる。
「ユキさん!!」
「冬葉さん!!」
「ああ、皆さん。息災でしたか?」
「ごめんねー。ちょっと目を離すと、すぐ暴走するんだから・・・。」
言いながら、二柱の神は足元に転がっているトウハとミドリをそれぞれ担ぎ上げる。
昏倒している二人の頭には大きなタンコブ。
どうやら、背後からどつかれたらしい。
「今回はやりすぎです。一度、メイドの世界に戻ってお説教です。」
「ホントに、まだまだ一人じゃ駄目だねー。」
グチグチいうユキとトウハの姿が、光に包まれる。
「それでは皆さん、今日の所は失礼します。」
「悟郎君によろしくねー。」
そしてトウハとミドリともども、その姿はかき消える。
キラキラと輝く光の粉と、淡い華の香を残して。
後に残された皆は、ただ呆然とするばかり。
「失礼しますって・・・。」
「よろしくって言われても・・・。」
辺りを見回す。
文字通り、蜂の巣になった部屋。
薬品の匂いが染み付いた家財道具。
死屍累々。
ただ途方にくれる皆の耳に、トントンと何かを叩く音が響く。
見れば、穴だらけのドアの向こうに人影が見える。
「睦さん、何の騒ぎですか?」
聴き慣れたその声に、皆の顔から血が下がる。
「お、大家さん!!」
「いけませんわ!!ご主人様!!」
慌てて振り返れば―
そこには、昏倒して白目をむく悟郎の姿。
額には先のトウハ達に勝るとも劣らない、大きなタンコブ。
傍らには、ひび割れたお茶碗が転がっている。
どうやら、かなり早い時点でその意識は戦域離脱していたらしい。
ホント、役にたたねーな。コイツ。
トントン トントン
ドアは鳴る。
「睦さん?睦さーん?」
届く声を何処か遠くに聞きながら、皆は思うのだった。
何か、他に道はなかったのだろうか・・・と。
かくて、今日も夜は更けていく。
おしまい
タグ:天使のしっぽ
以前は悟郎を巡ってアカネと熾烈な争いをしたというのに、
今度はアカネを巡ってミドリと対決かw
本編でトウハはアカネのライバル的な立ち位置だったから、
それがミドリと対峙するとは思わなかった。
ミドリではいろいろ不利だと思ったけど意外に接戦(笑)な辺り、
ずいぶんと成長しているなw
アカネとは互いに体の成長を確かめ合っているのだろうかw
そういえばトウハは前世で仲間たちと共に駆除されてたけど、
その時に「宇宙服」の人達が殺虫剤を使ってたっけ。
金長狸とやらは知らんけど、「ジュボッコ」といい
そっち方面の知識を豊富に身につけているのが伺えるな。
そういえば「小説家になろう」と「カクヨム」で
アウト・サイド・チルドレンのスピンオフが消えてない?
「カクヨム」では本編も消えてるようだけど、何かあったのかな?
ともあれ第2波はここまでよ。