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2015年09月28日

十三月の翼・いふ(天使のしっぽ・二次創作)




 こんばんは。土斑猫です。
 前回お話した「天使のしっぽ」SSの第一弾が完成したので載せておきます。
 あくまで、”IF”のお話なので、本編とは別次元のお話と思ってくださいな。
 ではでは。


リンゴ飴.jpg
                

                     十三月の翼いふ
               ある秋の日の悪夢


 季節は静かに、けれど確かに移ろっていた。
 昼間響き渡っていた蝉の声は、いつしか黄昏に流れる虫達の歌へと変わる。
 緑に輝いていた木々の葉は、夕焼けが染む様な朱へと変わっていく。
 生温かった風は、涼やかなそよぎとなって吹き通る。
 そんな、穏やかな秋の日の出来事だった。


 「こら!!クルミ!!」
 「ふみゃあ、なの!?」
 「これ晩のおかずなんだから、食べちゃダメだって言ったろ!?」
 そう言いながら、ツバサはクルミの手からハムカツを取り上げる。
 「あ〜ん。とっちゃダメなのぉ〜!!」
 すがりついてくるクルミを手で制しながら、ツバサは溜息をつく。
 「全く、凄いのは前からだけど、ここんところいつにも増して凄いんだから。」
 「食欲の秋っていいますからね・・・。」
 買い物袋の中身を取り出しながら、苦笑いをするラン。
 「にしたって、限度があるよ。ほっとくと、バターやジャムにまで手を出すんだから。」
 「う〜〜〜。今年の夏は暑かったの!!夏痩せした分を取り戻さないと冬眠出来ないの〜!!」
 「夏痩せって・・・。冷やし中華大盛り5杯食べといてよく言うよ・・・。」
 ツバサがもう一度溜息をついたその時―
 ボギャホン
 突然そんな音が響いたかと思うと、モクモクとわき上がった白煙が室内に満ちる。
 「ゲホ・・・ゲホッ!!な、何事よ!?これ!!」
 「目がしょぼしょぼします・・・。」
 煙をかき分け、前を見たミカの見たものは―
 ヴ〜〜〜〜〜ン・・・
 そんな断末魔の呻きを上げながら、フルフルと震えるパソコンの姿。
 青く染まった画面に浮かぶ英語の羅列は、さながら最後の力を振り絞ったダイイングメッセージである。
 「あ〜〜〜っ!?ご主人様のパソコン―――!!」
 「こ、壊しちゃったんですか・・・?」
 ミカとモモの言葉に、パソコンの前に立っていたミドリとナナ。そしてルルが困った様な、泣きそうな顔をする。
 「こら!!それは大事なものだから、イタズラしてはダメと言われてたでしょう!?」
 煙の向こうから現れたアユミが、三人に向かって言う。
 ますます、ヘニャリとなる三人。
 「ごめんなさいらぉ・・・。」
 「ルルやミドリ姉ちゃんは悪くないよ!!ナナが誘ったんだもん!!」
 「いえ・・・。ネズミさんをポチポチしたのはミドリさんれすから・・・。」
 互いにかばい合う三人。
 その様に毒気を抜かれ、アユミはフウと息をつく。
 「全く・・・。一体、何をしたんですの?」
 「カードペラペラのゲームしてただけらぉ・・・。」
 「は?」
 「カードペラペラって・・・ソリティア?」
 「それだけで、ぶっ壊れたの!?”コイツ”は!?」
 頷くミドリ達三人。
 呆れて沈黙したパソコンを見やるミカ。
それが、「もうだめぽ(死)」とでも言う様に、プスンと鳴った。


 「う〜ん・・・。」
 「どうですか?アカネちゃん。」
 難しい顔でパソコンを診るアカネに向かって、ランが問う。
 「ダメだ。」
 そう言って、ハア、と息をつくアカネ。
 「素人じゃ、どうしようもない。専門の修理屋にでも頼まないと・・・」
 「修理って、いくらかかるのよ?」
 「・・・この位かな・・・?」
 アカネの指がピッピッと電卓を押し、皆に向かって液晶を晒す。
 途端、皆の顔が引きつった。
 「・・・んな・・・?」
 「こんなに・・・!?」
 「これでは、新品を買うのと大差ありませんわ・・・。」
 「実際、限界だったと思う。」
 パソコンのブラウン管をペシペシしながら、アカネは言う。
 「ソリティアを起動させただけで壊れるなんて、よっぽどだよ。」
 「まあ・・・ねえ・・・。」
 「わたくし達が来る前からあったものですし・・・。」
 「今時、ブラウン管だもんねぇ・・・。」
 何度目かも知れない溜息をつきながら、顔を見合わせる皆。
 「それでは、新調と言う事ですか?でも、中のデータは・・・」
 「それは、心配ないと思う。」
 心配そうな顔のランに向かって、アカネが答える。
 「ご主人様、大事なデータはちゃんと外付けHDやUSBメモリにバックアップをとってた筈だから。そっちが無事なら、大事にはならないよ。」
 「??????そ、そうなんですか?良かった・・・。」
 訳が分からないなりに安心するラン。
 しかし、問題が解決した訳ではない。
 「でも、本体はどーすんのよ?いくらバックアップがとってあったって、パソコン自体がなけりゃ意味ないじゃない?」
 「とは言っても、新品を買う様な余裕はとても・・・」
 「どうしましょう・・・。」
 八手手詰まり。
 皆が頭を抱えたその時・・・。
 「ふふ・・・」
 「ん?」
 「へ?」
 「ふふふふふ・・・」
 突如湧き上がってきた、不敵な笑い声。
 皆の視線が、そちらに向く。
 「タ・・・タマミお姉ちゃん?」
 「ど、どうしたの・・・?」
 気味悪がる多勢を前に、タマミは笑い続ける。
 そして―
 「ニャーハッハッハッハッハ!!」
 突然グワッと胸を張ったかと思うと、高らかに声を上げる。
 「ヒィッ!?」
 「タ、タマミお姉ちゃんまで壊れました!!」
 「壊れてぬわぁ―――いっ!!」
 そう雄叫びを上げると、タマミはビシィッと右手を掲げる。
 「これを見るのです!!」
 そう言う彼女の手にあるのは、一枚の紙切れ。
 皆が、しげしげとそれを見る。
 「何よ。町内会のチラシじゃない。」
 「なになに?秋季恒例の町内祭。今年は食品関係店の全面協力による「食欲の秋!!喰い尽くせ!!!大食い大会!!!!」に決定?」
 「なお、上位三名には町内会より豪華賞品を進呈。」
 「3位はインスタントラーメン50食セット・・・。」
 「2位は商店街共通で使える商品券、3万円分・・・。結構、奮発してるわね。」
 「商店街の皆様も、大型ショッピングモール進出の話を聞いて、だいぶ危機感を感じてる様ですから・・・。」
 「世知辛い世の中だねぇ・・・。」
 「だー!!そんな事はどうでもいいです!!1位!!1位を見てください!!」
 何か、関係ない方に話を流し始める皆に向かって怒鳴るタマミ。
 「あー、はいはい。なになに?1位の賞品は・・・。なぬ!?」
 「これは!!」
 「ええ!?」
 「なんれすってー!!?」
 口々に上がる、驚きの声。
 無理もない。
 そこに載っていたのは・・・
 「1位・最新型デスクトップパソコン!!」の文字と、燦然と輝くパソコンの御姿。
 「す・・・すごい・・・!!」
 「これなら、ウチのパソコン代差し引いてもお釣りがくるわ・・・!!」
 目を皿の様にしてチラシに食い入る皆を見て、タマミは得意げに胸を張る。
 「ニュフフ・・・。これぞ正しく、天啓と言うものでしょう。ご主人様には、これをプレゼントするのです。」
 「で・・・でも・・・」
 おずおずと声を上げるモモ。
 「ニャ?何ですか?」
 「これ、1位の賞品なんですよね・・・。どうやって・・・」
 「ニャハw」
 いきなりズズィッと寄ってくるタマミの顔。
 モモ、ちょっと引く。
 「モモちゃん!!このタマちゃんがそんな事を忘失すると思いましたか・・・?」
 「・・・え?」
 「この大会の、競技はなーに?」
 「・・・あっ!!」
 ハッとした様に口に手を当てるモモ。
 「そう!!この大会で行われるのは大食い競争!!そした我が家には―」
 バッとターンを切り、隣の部屋を指差す。
 そこにいたのは・・・
 「大食いのリーサルウェポンにして餓欲の化身!!クルミお姉ちゃんがいるのです!!」
 「おおお―――――っ!!!」×9
 「んぐ?」
 突然の注目に、ハムカツを齧っていたクルミが目を丸くする。
 「そうだ!!そうだよ!!ウチにはクルミがいたんだ!!」
 「いける!!いけますわ!!」
 「クルミ!!」
 ダダッと近寄ったミカが、クルミの両肩を掴む。
 「頼むわよ!!頑張って、1位をとって、ご主人様におニューのパソコンをプレゼントするのよ!!」
 「む・・・むぐぐ・・・」
 ミカの剣幕に、目を白黒させながら頷くクルミ。
 「大丈夫!!クルミちゃん!!あなたなら勝てるわ!!」
 「貴女はきっと、この日の為に転生したのですわ!!どうか!!どうかご主人様の為に!!」
 「ファイトだよ!!クルミ!!」
 「頑張って!!クルミお姉ちゃん!!」
 次々に詰め寄り、目をぎらつかせる皆に少々?怯えながらもクルミは言う。
 「わ・・・分かったの。頑張るなの。」
 次の瞬間、ワッと上がる歓声。
 「よっしゃー!!これで優勝はもらったも同然!!」
 「今夜は前祝いといこう!!」
 「あ、それじゃあ、秘蔵のカニ缶開けますね。」
 わいわいと騒ぐ皆。
 その喧騒から一歩離れた場所で、アカネは一人カードをめくっていた。
 「ふぃ〜。なんとかなりそうで良かったのれすぅ〜。」
 傍らで、そんな事を言いながら汗を拭っていたミドリが、ふとアカネの様子に気づく。
 「どうしたれすか?アカネさん。そんな難しそうな顔をして・・・。」
 「・・・うん・・・。」
 気のない返事をしながら、最後のカードをめくる。
 「・・・そんなに上手く、いくのかな・・・?」
 「?」 
 呟く様なその言葉に、小首を傾げるミドリ。
 けれど、そんなミドリに構う事なく、アカネは騒ぐ皆の輪を不安そうに見つめた。


 光陰矢の如し。
 時は飛ぶ様に流れ、ついに運命の日がやってきていた。
 パン
 パパン
 見事な秋晴れ。
 雲一つない青空に、開会の合図の空砲が上がる。
 シルバーウィークの只中と言う事もあって、人の出は上々。
 並んだ屋台の皆さんも、忙しそうに回転している。
 「思いの外、混んでるわね。」
 「皆、娯楽が少ないのかなぁ。」
 「ルルちゃん。ナナちゃん。離れちゃダメよ。」
 「は〜い(らぉ)。」
 意気揚々とくり出して来た一同。
 人混みの中ではぐれない様にと固まるその中心で、一人の青年が困った様な顔をしながら歩いていた。
 皆のご主人様こと、睦悟郎である。
 「いいんだよ。皆。パソコンなんか、中古品をローンで買えば済む事なんだから・・・」
 ギロン
 そんな事を言った彼を、タマミの鋭い視線が射抜く。
 「ご主人様!!」
 「は、はい!?」
 思わず気をつけする悟郎。
 「何を言ってるですか!?例え中古品とは言え、お金はお金!!我が家の家計はそんな贅沢を許す様な余裕はないのですよ!?それに・・・」
 急に、優しくなる語感。
 「ご主人様はこれからもっともっと偉くなって、沢山の動物を助ける人です。その為にも、少しでも良い環境の中に身を置いてほしいです・・・。」
 「タマミ・・・」
 ふと周りを見回すと、他のメンバーもタマミと同じ瞳で彼を見つめていた。
 想いは全員、同じらしい。
 悟郎はふぅ、と息をつく。
 「分かった。皆の気持ちに甘えさせてもらうよ。」
 その言葉に、皆の顔がパアと明るくなる。
 けれど、
 「ただし!」
 間を置かず飛び出てきたのは、釘を刺す言葉。
 「決して、無理はしない事。無理だと思ったら、すぐにリタイアしてくれ。いいね。クルミ。」
 いかにも闘志満々と言った体で、鼻息を荒くしているクルミに言う。
 彼女は答える。
 「ダイジョーブなの。この日の為に体調は万全にしてきたし、朝ごはんも抜いてきたの。何の心配もないの♪」
 「クルミ・・・。」
 「あ、クルミお姉ちゃん。あっちが受付みたいですよ。」
 タマミが、人だかりの向こうを指差す。
 「あ、ハーイなの。じゃあご主人様、楽しみに待っててなの〜。」
 そう言って、満面の笑顔で人混みの向こうに消えていくクルミ。
 どこか不安な気持ちを拭えないまま、悟郎はその背を見送った。


 『えー、それではこれより第一回戦を行います。参加者の皆さんは、会場に集合してください。』
 ゾロゾロと動く人混み。
 その中を、一固まりになって移動する悟郎達。
 何処か浮かない顔の彼に向かって、ツバサが言う。
 「もー。何そんなに心配してるのさ。たかだか、大食い大会だよ?戦場に行く訳でもあるまいし。」
 ツバサの後押しをする様に、ミカも言う。
 「そうそう。心配ない心配ない。どう転んだって、今生の別れになんかなりゃしないんだから。」
 「そ、そうだよね・・・。」
 ミカに背中を叩かれた悟郎が、無理やり自分を納得させようとしたその時―
 「いや。死ぬでしょ。」
 そんな言葉が、いきなり横から飛んできた。
 「!!!!????」×11
 一斉に振り向く一同。
 そこにいたのは、瀟洒な洋装に身を包んだ、白髪の少女。
 長い髪をしゃらりと揺らし、彼女は言う。
 「はーい。ご主人様♡♡、アカネちゃん♡、ナナ、そして背景の皆さん。ご機嫌如何?」
 「ト、トウハ!?」
 「ゲ!!ガキンチョ小悪魔!?」
 「ちょっと、背景だなんて失礼ですよ!!」
 「そうれす!!せめてモブキャラと言って欲しいれす!!」
 「いや、そうじゃなくて・・・」
 口々に驚き(?)の声を上げる一同。
 無理もない。
 彼女こそは、かの事件の立役者にして主役を務めし者。
 第一級悪魔、「クロスズメバチのトウハ」その人(?)なのだから。
 「どうして、こんな所に・・・?」
 呆然と問うアカネに、屋台で買ったらしいリンゴ飴をシャリシャリと齧りながらトウハは答える。
 「いやね、”連れ”の同伴・・・って言うか、保護者役。」
 「は?」
 「だから、一人で行くのはつまんないからって、無理矢理引っ張ってこられたのよ。せっかく気持ちよく寝てたって言うのにさ。」
 そう。かの事件の際、力を使い果たした彼女は、その魂魄ごと散華して消え去る筈だった。
 それを、一柱の産土神が受け止め、我が身に取り込んだのだ。
 以来、彼女は大地の懐の中で眠り続けている筈だった。
 希薄と化したその魂が、再び確かな存在を取り戻すまで。
 それが、何故?
 「・・・まあ、見てりゃ分かるわよ。」
 そう言って、リンゴ飴で目の前の舞台を指す。
 要領を得ない皆の様子に、口で説明するのを諦めたらしい。
 同時に、パンパカパーンとファンファーレが鳴り響く(※ラジオ)。
 「レッディイース・エェンド・ジェントゥルメェン!!」
 それに合わせて颯爽と現れたのは、実況者らしき一人の男。
 ポマードで固めた頭に黒いヒゲ。格闘技のレフェリーみたいな格好(ピンク色のワイシャツが趣味悪い)に、何故か右目に眼帯をしている。
 ・・・分かる人ならすぐに分かるが、分からなくても支障はないので気にしなくていい。
 「・・・あれ、魚屋さんの松さんじゃない?」
 「・・・ノリノリだね・・・。」
 呆れる皆の視線など何処吹く風。松さんはマイクを握りしめ、力の限りシャウトする。
 「さあ、いよいよ始まった本日のメインイベント!!メガミ商店協会の全面協力による、今世紀最大のフードファイトの幕開けだ!!集まったのはこの総勢32名!!」
 それと同時に、彼の後ろの幕がシャーッと開く。
 そこから現れる、大勢の参加者達。
 ちなみに、舞台の両端は積み重ねたミカン箱。
 どうやら参加人数が想定より多くて、急遽継ぎ足したらしい。
 ミシミシ言いまくって、乗ってる方々は非常に不安そうである。
 しかし、そんな切ない想いになど目も向けず、松さんの口上はさらにヒートする。
 「彼ら皆、誰もが腕もとい胃袋に覚えのある猛者ばかり!!そんな彼らの熱闘が、今世紀最高の興奮を約束してくれるだろう!!」
 「・・・ウザイおっさんね・・・。刺そうかしら・・・。」
 「いやいや、落ち着け!!今それやったら大騒ぎだろ!!」
 「大丈夫よ。一撃で昏倒させるから、苦しまないわ。」
 「だから、そうじゃなくて!!」 
 松さんのキンキン声にイラつくトウハ。
 リンゴ飴の串で狙いを定める(ちなみに、照準は松さんの眉間である)彼女を、アカネは慌ててなだめる。
 「あ!!クルミねえたんらぉ!!」
 「あ、ホントだ!!お〜い!!」
 選手達の中にクルミの姿を見つけたルルとナナが、ピョンピョン跳ねながら手を振る。
 それに気づいた彼女も、微笑みながら手を振り返す。
 「ふふん。見たとこ、どいつもこいつも大した事なさそうね。」
 「ええ。クルミちゃんの敵ではありませんわ。」
 面子をザッと見渡したミカとアユミが、ニタリと笑う。
 「にゅふふふふ。当然。タマちゃんの計画に手抜かりなど、ある筈がありません。」
 タマミもそんな事を言いながら、不敵にほくそ笑む。
 「最新型パソコンはもう、我らの手中にありなのです!!」
 ガシッと拳を握り込むタマミ。
 しかし―
 「相変わらず、甘いわねぇ。アンタ達。」
 酷く冷静な声が、勝利の確信にわく皆に冷水をぶっかけた。
 発言の主は、当然の様にトウハである。
 「にゅにゅにゅ・・・。聞き捨てなりませんね。タマちゃんの計画に、何か落ち度でも?」
 剣呑な目つきでにじり寄ってくるタマミを、リンゴ飴の串を咥えてブラブラさせながら見下ろすトウハ。
 「”ある筈がない”なんて言ってる時点で、甘いって言ってんのよ。」
 「にゃ?」
 「いい?この世には”ある筈がない”なんて事こそ、ある筈がないのよ。」
 まるで、禅問答の様な言葉。
 流石のタマミも、頭を捻る。
 「何が言いたいですか?」
 「見てれば分かるわ。」
 そして、トウハは再び舞台を見やった。


 舞台の上では、松さんが相変わらず雄叫びを上げている。
 「ルールは情け容赦なしのサバイバル形式!!これから出される食べ物を、食べて食べて食べて食べて食べ抜いてぇ!!最後に残った一人が勝者だ!!OK!?」
 ワァッ
 響く歓声に合わせて、係員らしき人達がお盆に乗せたペットボトルを持ってきた。
 2リットルサイズの、コーラのボトルである。
 「さあ、まずは食前酒替わりだ!!皆、一気に飲み干してくれ!!」
 横一列に並べられたボトルの前に、参加者達が腰掛ける。
 「いいかい?それでは・・・」
 

 その時、クルミは全く余裕の体であった。
 気負いも、不安もない。
 文字通り、明鏡止水の境地。
 彼女は、絶対の勝利を確信していた。
 松さんが、その右手を上げる。
 皆の手が、コーラのボトルにかかる。
 たかだか2リットルのコーラ。
 物の数ではない。
 じっくりと味わうか。
 それとも一気に空けて、他の参加者にプレッシャーをかけるか。
 絶対的強者の余裕。
 それを胸に秘め、クルミは燦然とそこに座していた。
 と、
 「わあー。コーラなんて久しぶり。美味しそー♪」
 そんな聞きなれない声が、唐突に隣から響いてきた。
 ん?
 聞きなれない?
 いや、この声。何処かで・・・
 思わず目を向けた瞬間、こっちを見る黒い瞳とかち合った。
 微笑む”彼女”。
 「どうぞお手柔らかに。”ハムスター”さん。」
 甘い桜の香とともに届く、鈴音の様な声。
 「・・・へ・・・?」
 「フゥウドファイトォ!!レィディゴゥオ―――――!!」
 クルミの声は、松さんの雄叫びによってかき消された。


 当惑の波は、観客席にいる皆の間にも広がっていた。
 「・・・え゛・・・?」
 「んな・・・?」
 「あれって・・・」
 そう。
 クルミの隣に座った少女。
 実際に、会った訳ではない。
 けれど、話は聞いている。
 写真も、見た。
 その顔。
 姿。
 紛う事無く―
 「冬葉さん!?」×10
 皆の声が、揃ってその名を呼んだ。


 「楠冬葉」。
 「クロスズメバチのトウハ」の器の型となった少女。
 故あって故人となり、現在は悟郎の故郷を守護する産土神の端末として存在している。
 かの事件の際、散華しかけたトウハの魂を受け包んだのも、彼女である。
 その性質上、本体である産土神から離れる事は出来ないのだが・・・。


 「な・・・ななな、なんなの!?どういう訳な訳!!!???」
 「どうって、見ての通りよ。」
 テンパるミカに、トウハは平然と答えを返す。
 「あ、あの方はご本体のあるご主人様の田舎から動けない筈では!?」
 「相変わらず、頭が鈍いわねぇ。少しは考えなさいよ。」
 同じくテンパるアユミに溜息をつきながら、トウハはトントンと頭をつつく。
 「あの時だって、あの娘はこの町に顕現したじゃない。あの時、どうやった?」
 「どうやったって、それは・・・あ!!」
 話を聞いていたアカネが、ハッとした様に胸を押さえる。
 「当たり。」
 それを見たトウハが、クスクス笑いながらアカネの胸をつつく。
 「あの時、あの娘は土気の強いアカネちゃんの身体を苗床にしてチャンネルを繋げた。それがまんまになってるからね。今のアカネちゃんは、冬葉(あの娘)専用の分社みたいなものなのよ。」
 「にゃんと・・・」
 一同、唖然。
 「そ、そんな事何度もやって、アカネちゃんは、大丈夫なんですか!?」
 「あー、心配ないない。」
 不安げに問うランに向かって、トウハはピラピラと手を振る。
 「通るのが悪鬼悪霊の類なら霊障も起こるかもしんないけど、ものは神霊。それも光にも闇にも偏らない存在。水飲む様なもん。なんて事ないわ。」
 「は・・・はぁ・・・。」
 「アカネさん、知らないうちにスゴイ事なってたれすね。」
 「・・・わたしも驚いた・・・。」
 しげしげとアカネを見つめるミドリ。
 それを見たトウハが声をかける。
 「ちょっと、狸。今のはあくまで超常的な話だからね。物理的に通れる訳じゃないからね。」
 「はれ?そうなんれすか?」
 何か、ガックリするミドリ。
 「・・・わたしで何をする気だったんだ・・・(汗)」
 妙な悪寒を覚えるアカネだったりする。


 「だ、だから何だって言うんですか!?」
 自分の動揺を振り払う様に、タマミが言う。
 「冬葉さんだろうと誰だろうと、関係ありません。この大会でクルミお姉ちゃんが優勝するのは天の理、地の自明なのです!!」
 他のメンバーも頷く。
 「まあ、そりゃそうだわ。」
 「そもそも、何で出場してるのかも分かんないレベルだし。」
 「顕界の食べ物の味でも恋しくなったんでしょうか?」
 「ちょっと、遊んでみたかったとか・・・?」
 「なら、ルルたんもあそぶらぉー。」
 「そうそう。皆で遊ぼうよ。」
 新しい友達が出来そうな気配に、ナナとルルがピョンピョンと跳ねる。
 ああ、無邪気なる事は美しきかな。
 「それじゃあ、ご主人様。大会が終わりましたら、冬葉さんを誘ってお茶でも・・・?」
 そういう流れでまとまりそうになり、ランがそう言いながら悟郎を振り仰ぐと・・・。
 「・・・ご主人、様?」
 それどころじゃなかった。
 悟郎、顔面蒼白。
 脂汗だらだら。
 身体にいたっては、プルプルと痙攣する様に震えている。
 「ご、ご主人様・・・?」
 「・・・どうしたらぉ・・・?」
 他のメンバーも異常に気づいたその瞬間、
 「クルミ!!駄目だーっ!!」
 そう叫ぶと、悟郎は舞台に向かって駆け出そうとする。
 しかし、悲しきかな。
 人混みに阻まれ、近づく事もままならない。
 しかし、それでも人混みをかき分け必死の体で進もうとする悟郎。
 皆も流石に慌て始める。
 「ちょ、ちょっと、ご主人様!!」
 「一体、どうしたのさ!?」
 かけられた問いにかえってきた言葉は―
 「駄目だ・・・。」
 「は?」
 「駄目なんだ!!この事で冬葉お姉ちゃんと競わせちゃ!!」
 「え?え?」
 「離してくれ!!クルミが危ない!!」
 「!!!??!?!???!!??」×9
 皆さん、混乱MAX。
 「あー、やっぱりご主人様、覚えてたか。」
 一人冷静なトウハが、呟く様に言う。
 「ど、どう言う事だ!?」
 慌てて問うアカネ。
 それに対して、改めて舞台を指差すトウハ。
 「言ったって、理解できないわ。見るのが一番。」
 「見るって・・・」
 誰かが、もう一度問おうとしたその時―
 ザワッ
 群衆に、戦慄が走った。


 「ほら。始まったよ。」
 呆然と自分を見ているクルミに向かって、”彼女”が囁く。
 ハッと周りを見ると、他の選手達は皆ボトルを口にしている。
 慌てて、自分もボトルを手に取る。
 隣から、「いただきまーす♪」と言う無邪気な声が聞こえてきた。
 その声の響きに、合点がいった。
 ああ、そうか。
 ”彼女”は遊びのつもりなのだ。
 どうやったのかは知らないけれど、久々に現世(こっち)に出てきて浮かれているのだ。
 丁度、都会にくり出した田舎娘の様に。
 しかし、それにしてはあまりにもお門違いな選択をしてしまったのではないだろうか?
 ここは、遊びの場ではない。
 戦場なのだ。
 浮ついた気持ちでいたら、痛い目を見てしまうかもしれない。
 些か心配な気持ちでボトルを傾ける。
 ズッシリと重い、2リットルの液体。
 少女の手には、余るかもしれない。
 まして、”彼女”の細腕では。
 何となく、横目で確認しようとする。
 その時―
 ストン
 なんか、そんな感じに空気が揺れた。


 コーラの一気飲み。
 よく祭りの座興として行われるものだが、たかが児戯と甘く見てはいけない。
 勢い良く口内に流れ込んだ液体が喉の奥で泡立ち、滞留し、呼吸を完全に止める。
 多くの炭酸を含んだそれは容易には通過せず、飛び散る気泡が気道を刺激し、咽せを誘発する。
 それに耐え切れず吹き出せば、強烈な刺激を伴った液体が顔面の穴という穴を逆流し、目及び鼻腔に耐え難き激痛を走らせる。
 よしんば耐えたとしても、炭酸を含んだ液体は喉に滞留し続け、呼吸を遮断し続ける。その苦痛は、筆舌に尽くし難い。
 事実、その苦しみの果てに死者すらも出る事があると言う。
 正真正銘の、魔戯なのである(良い子の皆さんは、くれぐれも真似しないでね♡)


 ・・・空である。
 どう見ても空であった。
 「いただきまーす♪」が聞こえてから、クルミが気になって視線を向ける。
 その間、3秒もあっただろうか。
 刹那にも等しい時間。
 しかし、その間に冬葉の前のボトルは空になっていた。
 もう一度言おう。
 空である。
 空と言ったら、空である。
 一瞬、ボトルの重さに耐えかねてこぼしてしまったのかとも思ったが、何処を見てもそんな様子はない。
 なら、あの大量のコーラは何処へ行ったのか。
 答えは、一つしかない。
 周りでは、コーラの魔手に翻弄される者達が阿鼻叫喚の地獄絵図を繰り広げている。
 本来なら、この手の競技では一番の笑いどころであろう。
 しかし、笑い声はほとんど上がらない。
 そう。彼らは見てしまったのだ。
 その瞬間を。
 クルミは、ただ呆然と”彼女”を見つめる。
 ニコニコと微笑むその様には、2リットルもの炭酸を飲み込んだ気配は全くない。
 ゲップの一つもしない。
 けれど次の瞬間、彼女は両手を合わせると・・・
 「ごちそうさま♪」
 と、にこやかに。
 本当ににこやかに、そう言い放ったのだった。


 ―そして、恐怖は始まった―


 2種目目、一人につき100枚の分厚いサンドイッチ。
 それが、10秒も経たずに消え去った。
 3種目目。目の高さまで積まれた大福の山が、瞬きする間に呑み込まれる。
 4種目目。5ホールのデコレーションケーキ(直径30cm)も、1分と持たなかった。
 この辺りになると、観客席からは一切の声がしなくなった。
 選手の大半も、もはや諦観の眼差しで事を見つめている。
 多くの視線が集まる中で、楠冬葉は平然と食事を続ける。
 大きなおむすびを両手に持ち、小さな口を開ける。
 次の瞬間、ペロンとおむすびは消える。
 休む間もなく、もう一個。
 それも、同じ運命をたどる。
 満面の笑みを浮かべたまま、冬葉は次々とおむすびを平らげていく。
 数多の食物が、その細身の中へと消えてゆく。
 訳が分からない。
 質量保存の法則とか、エネルギー保存の法則とか。
 そんなこの世の理が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
 おかしい。
 おかしい。
 そうは思いつつも、事は目の前で現在進行形。
 認めるしかない。
 その場にいる全ての命は(つまりそこらへんを飛んでる鳥やトンボも)、ただただ、無言で事の成り行きを見守るだけだった。


 混乱は勿論、守護天使達の間にも広がっていた。
 「な・・・何なんですか!?あれは!!」
 タマミが、上ずった声で叫ぶ。
 「・・・あ、ああ・・・おむすびももうもたない・・・!!」
 ツバサの声も、悲鳴に近い。
 「こ・・・怖いです・・・」
 モモに至っては、恐怖のあまり泣き出しそうである。
 他のメンバーも、言わずもがな。
 目を疑う光景に、ただただ絶句するばかり。
 「ちょっと!!小悪魔!!あの娘、何かズルしてるんじゃないでしょうね!?変な術使ってるとか!!」
 トウハに食ってかかるミカ。
 しかし、
 「んな事してないわ。普通に食べてるだけよ。」
 妙に平坦な声で、トウハは答える。
 「普通って・・・!!あれのどこが普通なのよ!!どう見たっておかしいでしょうが!!あれを普通とかぬかしたら、世界中の物理学者や生物学者が引きつけ起こしてひっくり返るわよ!!」
 「んな事言ったって、しょうがない。ホントに普通に食べてるだけなんだから。」
 あくまで淡々と答えるトウハ。
 「ま・・・まだ言うか!!このガキンチョ小悪魔〜〜〜!!!」
 半ば半狂乱のミカが、さらに追求しようとしたその時―
 「・・・そうだよ・・・。・・・あれは、普通に食べてるだけなんだ・・・。」
 突然聞こえたその声に、皆の視線が集中する。
 声の主は悟郎。だらりと力の抜けた身体は、何かに怯える様に震えている。
 「ご・・・ご主人様・・・?」
 焦点の合わない眼差しで、彼は言う。
 「お姉ちゃんは・・・トウハお姉ちゃんは・・・」
 一瞬、何かを躊躇する唾を呑み込む。
 一拍の間。
 そして、彼は恐ろしい事実を言い放った。

 「物凄い、”腹ペコ属性”なんだ!!」

 「んな・・・!?」
 瞬間、確かに皆の時間が止まった・・・。


 ―腹ペコ属性―
 常にお腹を空かせているキャラ(主に女性)につけられる、萌え要素の一つ。
 巷ではこのタイプの女の子が出てきた場合、餌付けしてあげる事が奨励されている。その後のエンゲル係数の犠牲と引き換えに、相応の幸福感が得られるはずである(※あくまでゲーム等のフィクションの中での話であり、現実に行おうとするとおまわりさんのお世話になる事になる。空想と現実の区別はつけよう。お兄さんとの約束だ!)
 同じ萌え属性の一端である大食い属性と重なる部分が多いが、「大食い故に空腹である場合」と、「食べ物を買うお金がない故に空腹である場合」とでは若干意味が異なる。
 特に後者の場合、大食い属性よりもむしろ「貧乏属性」という別の属性に分類する事が多い。
 ここ、テストに出ます。


 「じゃっかーしーわ!!!!」
 響く怒号。
 説明書き(上記)の板を蹴破り、ミカが吠える。
 「何が属性じゃ!!何が萌えじゃ!!」
 彼女の怒りは、皆の怒り。
 「腹ペコとか大食いとか言うレベルじゃねーぞ!!!!」
 叫ぶ彼女の前では、冬葉が座布団大の皿に小山の様に盛られたナポリタンを口に流し込んでいる。
 パスタは飲み物。
 「もう超常現象の領域でしょうが!!”アレ”は!!!!!」
 トウハの胸ぐらを掴み、ガクガクと揺さぶる。
 けれど、彼女は遠い眼差しのままで無抵抗。
 彼女的にも、思う所はあるらしい。
 傍らでは、無力感に打ちひしがれた悟郎が泣き崩れている。
 「あの時・・・あの、時もっと真剣に止めていれば・・・!!」
 ダンッと拳を地面に打ち付ける。
 本編を上回るヘタレぶりである(比べたい方は「十三月の翼」本編をどうぞ(宣伝))
 「ごめん・・・ごめんよ・・・。クルミ・・・。」
 そう。
 今、この大会には彼らの仲間。ハムスターのクルミも参加しているのである。
 しかし、いかに健啖家である彼女と言えども、あの少女の姿を借りた食魔の前では象の前のミドリムシ同然。
 奈落より深い絶望が、皆を覆っていた。
 しかし―
 「ご主人様!!皆!!立って!!」
 凛とした声が、皆の耳を打つ。
 声の主はツバサ。
 彼女はその目に涙を浮かべながら、舞台を指差している。
 その指の指し示す先。
 そこに彼らは奇跡を見た。
 ―もはや、舞台の上で動くものはほとんどない。
 怒涛の様に襲い来る物量。
 同じ舞台に立つ、人知外の存在。
 物理と概念。
 双方から与えられるプレッシャーに耐えかね、ある者は箸を折り、またある者は食物の海へと沈んだ。
 死屍累々。
 阿鼻叫喚。
 その地獄の中で、一人喜々として食事を続ける少女。
 それはまさに、世紀末の情景。
 絶望と諦観が支配する世界。
 しかし。
 しかしその中に。
 微かな。
 けれど確かな。
 光が、あった。


 ・・・クルミが、食べていた。
 顔面は蒼白。
 額には無数の脂汗。
 時に咽せ込み。
 その目からは涙をこぼしながら。
 それでも、彼女は口に食べ物を運び続けていた。
 その姿に、会場中の視線が集まる。
 「ク、クルミちゃん・・・」
 「あの娘・・・」
 ツバサは叫ぶ。
 目の涙を拭いながら。
 「クルミは・・・クルミはまだ諦めてない!!なのに、アタシ達が諦めてどうするのさ!!」
 その言葉が、皆の瞳に光を灯す。
 「そうれす!!クルミ姉さんは頑張ってるのれす!!」
 「わたし達も、諦めちゃ駄目だ!!」
 「頑張って!!クルミちゃん!!」
 「ファイトらぉー!!」
 「負けないでー!!」
 力の限り声を張り上げ、声援を送り始める仲間達。
 「ご主人様、立って!!」
 「どうか、あの娘に力を!!」
 ミカとランが、悟郎に呼びかける。
 ガリリ・・・
 地を噛む様に握り締められる拳。
 悟郎の身が、ゆっくりと起き上がる。
 ふらつく足で地面を掴み。
 虚ろだった視線を”彼女”に合わせ。
 彼は、叫んだ。
 「頑張れ!!クルミー!!!!」


 ・・・始めは、小さな小波だった。
 けれど、それは徐々に数を増し。
 確かな大波となって、地を揺らし始めた。
 「そうだよ!!頑張るんだよ!!クルミちゃーん!!」
 八百屋の、タケさんが叫んだ。
 「根性見せろ!!イナゴ娘ー!!」
 ラーメン屋の泰三さんが、涙を拭いながら声を上げる。
 「ファイトだよー!!睦さーん!!」
 「オレ達がついてるぞー!!」
 観客の中にいた級友達が、スクラムを組んで声援を送る。
 舞台の上では、松さんがその身を震わせる。
 「私は、レフェリー・・・。本来ならば、中立であるべき立場・・・。しかし・・・しぃかぁしぃ!!」
 グイッ
 むしり取られた眼帯が、数滴の雫と共に宙を舞う。
 「今ここに置いてぇ!!あえて私はクルミ氏へとエールを送る!!この町の住人として、そして、一人の人間としてぇええええええええっ!!!!」
 そのシャウトは、その日一番の情熱を滾らせていた。
 湧き上がる、クルミコール。
 いつしか会場は大きな想いに包まれ、一体と化していた。
 その奇跡の中で、トウハは一人苦笑する。
 「・・・ホント、馬鹿ばっかり・・・。」
 そう呟いて、彼女は目尻の光るものを拭った。


 耳に届く、皆の声。
 それが、クルミに確かな力を与える。
 エベレスト盛りのナポリタン。
 その最後の一巻きを、こじ開ける様にして口に押し込む。
 皆が、息を飲んで見つめる。
 モグモグ。
 ゴクン!!
 口の中のものを飲み下し、ハアッと深い息をつく。
 そして―
 グッ
 震える手でガッツポーズを作り、彼女はニッと笑ってみせた。
 ワッ
 沸き立つ観衆。
 希望は、確かにそこにあった。
 と、
 「え〜、両者食べ終わりましたので、次に移らせていただきます。」
 そんなアナウンスが響き、4人の係員が機械の様に淡々と大皿を運んできた(つまり、2人で一つの皿を持っている。)
 うん。少し空気読もうか。
 次に運ばれてきたのは、”イモ”だった。
 イモである。
 重ねて言おう。”イモ”である。
 あの秋の暮れ。焚き火で美味しいあのサツマイモである。
 大ぶりのそれが、大皿に100個以上無造作てんこ盛り。
 ほとんど、やけくそである。
 いかに秋の味覚の王様とは言え、こうなると食の暴力以外の何物でもない。
 見ているだけで吐き気がする。
 しかし―
 「わあ、美味しそう♡」
 この期に及んでなお、かの少女はそんな事をぬかす。
 観衆、沈黙。
 もう、リアクションをとる気力もないらしい。
 しかし、そんな事には委細構わず。
 冬葉はイモを両手にパクつき出す。
 せめて皮くらい剥け。
 そんな空気が漂う中、クルミもイモの山に手を伸ばす。
 皮を剥き、口に押し込む。
 口中を満たす、強烈な甘味とホコホコ感。
 常時なら至福であろうそれも、今のクルミには地獄の池に満ちる血泥に等しい。
 さらに曲者なのは、そのホコホコ感である。
この食感。ご存知の通り、喉に絡まる。
 只でさえ、胃から喉までギュウギュウ詰めのこの状態。
 身体が全霊を持って拒絶する。
 それを、渾身の力を込めて飲み下す。
 ハア、ハア・・・
 息が苦しい。
 膨満した胃と食道が、呼吸器官を圧迫しているのかもしれない。
 それでも。
 そう。それでも。
 クルミはイモを口に詰め込み続ける。
 ハッキリ言おう。
 この時点で、どう頑張っても彼女に勝機はなかった。
 何せ、クルミが口の中のものを呑み込む間に、冬葉の方はイモを3個呑み下すのだから。
 その事は会場の皆が、いや、何よりもクルミ自身が察していた。
 それでも、クルミは手を止めない。
 そう。全ては、悟郎の為。
 何よりも大事な、彼の為。
 ただ、それだけの為に。
 その姿を、彼女の仲間・・・否、会場の全員が涙を流して見つめていた。
 ランが言う。
 「クルミちゃん・・・。もういい・・・もういいのよ・・・。」
 ツバサも言う。
 「そうだよ・・・。もう、十分だよ・・・。十分だから・・・。」
 皆が、祈る様に呟く。
 「もう止めて・・・。お願いだから・・・。お願いだから・・・!!」
 「・・・ここまでね・・・。」
 そう呟くトウハ。
 その手の上に、蛍緑色の針が浮かぶ。
 「トウハ・・・。」
 「これ以上は、クルミ(あの娘)が危ない。異論は、ないわね?」
 自分を見つめるアカネに向かって、彼女は問う。
 唇を噛み締め、頷くアカネ。
 「ああ・・・。頼む・・・。」
 それに頷き返したトウハが、針の切っ先をクルミの胸に向ける。
 そして、今まさにそれが飛ぼうとしたその瞬間―
 「クルミ!!」
 会場の悲壮な空気を裂く様に、その声が響いた。
 「ご主人様・・・」
 凛と立った悟郎が、その目でしかとクルミを見つめていた。
 皆の視線が、彼に集まる。
 けれど、そんな事は意に介さず。
 悟郎は、真っ直ぐにクルミを見る。
 そして―
 クルミも、彼を見ていた。
 見つめ合う、2人。
 しばしの間。
 静寂に包まれる会場。
 やがて、悟郎は微笑み―
 ゆっくりと、頷いた。
 それを見たクルミの顔が、ホロリと綻ぶ。
 その手から、齧りかけのイモがポロリと落ちて―
 湧き上がる歓声と、スタンディングオベーションの拍手の音。
 それを確かに聞きながら、クルミの意識はゆっくりと夢へと落ちた。


 「ご主人様、ごめんなさいなの・・・。」
 日の傾いた朱空の下、帰路につく悟郎と12人の少女達。
 悟郎の隣を歩くクルミが、しょげた顔で言う。
 そんな彼女の頭を撫でながら、悟郎は微笑む。
 「何を謝ってるんだい?クルミが僕の為に頑張ってくれたって言うだけで、十分に嬉しいよ。」
 「ご主人様・・・。」
 頭を撫でられる感触に、クルミはくすぐったそうに目を細める。
 「あー、それにしてもハラ立つわねー!!あの無限大食娘!!」
 「そうだよ。あの娘さえいなければ、クルミが余裕で優勝だったのにさ。」
 「ふにゃあああああ・・・。タマちゃんの完全無欠な筈の計画が・・・」
 プリプリしながら言い合うミカとツバサ。そして、しょげかえるタマミ。
 「はは・・・。そう言わないでおくれよ。冬葉お姉ちゃんも、久しぶりにハメを外したかったんだと思うよ。」
 「そう言えば、トウハさんもいつの間にかいなくなっちゃったれすね。」
 「ああ。折角会えたんだから、もう少し話したかったんだけどな・・・。」
 ミドリの言葉に、アカネは少し寂しそうに朱空を見上げる。
 どことなく流れる、しんみりとした空気。
 それを振り払う様に、ランが言う。
 「ほらほら、そんなシュンとしないで。折角、クルミちゃんがとってくれた商品券でお買い物が出来たんですから。今夜は、ご馳走ですよ。」
 「わーい。ご馳走ー!!」
 「すぱげっちょう、あるらぉー?」
 嬉しそうにピョンピョン跳ね出すナナとルル。
 クルミも、途端に目を輝かせる。
 「わーい!!いっぱい食べるなのー♪」
 その様に、目を丸くする一同。
 やがて、誰ともなく聞こえ始める笑い声。
 「さっきまで死にそうだったのに、もうこれだよ。」
 「でも、調子が戻ったみたいで良かったですわ。」
 「クルミお姉ちゃんは、やっぱりこうでないと。」
 「そうですね。」
 明るく響く笑い声。
 それを包んだ夕焼けが、皆の影を長く長くたなびかせていた。


 「・・・で・・・」
 「何で・・・」
 「アンタ達が家(ここ)にいるのよー!!」
 アパートの中に響く叫び。
 帰り着いた皆を待っていたのは、リビングにチョンと座った冬葉とトウハの姿だった。
 「あ、悟郎君。おっかえりー♪」
 「お茶、勝手にいただいてたわよ。」
 そう言いながら紅茶をすすり、茶菓子を頬張る2人。
 「アンタ達、よくもいけしゃあしゃあと・・・!!」
 「何であなた達がウチのお茶菓子の場所知ってるですかー!?」
 靴を放り投げ、トウハ達に迫るミカとタマミ。
 「あら、随分な態度ですこと。」
 「今日一連の行動の何処で、アンタ達にイイ顔出来るって言うのよ!?」
 「そうです!!あなた達のせいでご主人様のパソコンがー!!!」
 「パソコンって、あれの事?」
 ふぅーっと唸るタマミの鼻に指をつけ、スイッと横に流すトウハ。
 向けられたその先は、悟郎の書斎。そして―
 「にゃ!?」
 「え!?」
 「ああ!!」
 次々と上がる驚きの声。
 そこにあるのは、燦然と輝くパソコン。
 紛れもなく、大会の優勝賞品だった”それ”である。
 「諸々の設定も、完了済みだから。」
 「すごいね。トウハがパソコン得意だなんて知らなかった。」
 「蜂は理数系得意なの。」
 そう言って、コロコロと笑い合う2人。
 「で・・・でも、どうして・・・?」
 戸惑う一同に、冬葉は言う。
 「ん?元から悟郎君にあげる気だったよ?あれ。」
 「へ?」
 「当たり前じゃない。今のわたし達の状況でどうしろってのよ?パソコン(あんなモン)。」
 考えれば分かるだろと言わんばかりの体のトウハ。
 「ん〜〜。産土神様のお膝元って、光もWi−Fiもつながんないからね〜。」
 「持ってたって、かさばるだけなのよ。」
 ガクリ
 脱力した様に崩れ落ちる、タマミその他大勢。
 「そ、そんな・・・」
 「それなら、最初から言ってくれれば・・・」
 それを聞いた冬葉が、ピラピラと手を振る。
 「そんな事言わないで。ちゃんと意味はあったんだから。」
 「え?」
 「「だって・・・」」
 ポカンとする皆の前。冬葉とトウハは手と頬を合わせ、ニッコリと笑みながらこうのたまった。
 「「その方が、楽しいじゃない(てへぺろ)♡」」
 グシャアァアアアアアン
 崩れ落ちた体勢から、さらにズッコケる一同。
 「い・・・いい加減にせんかい!!この小悪魔ども〜〜〜〜〜〜!!!!!」
 ミカの、そして皆の魂の叫びが深秋の月夜に木霊した。


                 おしまい
この記事へのコメント
(=゚ω゚)ノ 超ウルトラ久々に惨状だべよ。かれこれ11か月ぶりぐらいかのう。
さて、エマッちょんに4年ほど遅れて爆撃いくよー

ソリティアを起動して壊れるって事は、そのパソコンはとっくの昔に限界って事だよなw
そして大食い大会ときて、クルミの出番なわけだが、
ここですんなり優勝とはいかないのが土斑猫さんクオリティなわけでw

復活した冬葉っちがまさかあんな胃袋してるとはwww
肉体という枷に縛られないからありなのかとも思ったが、
悟郎の話からすると生前からそうだったみたいで。
今はともかく生前はどうやって腹に収めていたのかと思ったが、
彼女の腹にはきっと「じ〜すり〜ず」がいるに違いないw
G3‐XXがクジラのメギドを食った時の事、覚えてる?

で、最後のパソコンをくれるオチは予想外だったw
たしかにトウハーズが持ってても持ち腐れだなw
話の緩急のつけ方が見事というまとめ方で第1波はここまで。でわわん。
Posted by G5‐R at 2019年12月08日 22:24
さっそく感想なんだぜ・・・。

本編で最後どうなったか、微妙に謎だった(なんとか存在としては助かったところはまでは分かったけど)トウハですが、この「いふ」では普通に復活してますなw
微妙にうれしいw この話では脇役だけど。

しかしソリティアで壊れるとか、悟郎さんのパソコンどんだけなんだぜw
いや、ある意味パソコン持っているだけでも大したものと言うべきか。
あれ? Chu!ではすでにパソコンあったんでしたっけ?
しっぽ1期ではなかったよね。14インチテレビを買うにもローン組んでたくらいだしww

で、最新デスクトップパソコンをかけた大食い大会ですか。
そりゃもう、クルミが出るんですから、マジ余裕で優勝する展開を予想しますわな。

ええ、そりゃもう疑いませんでしたよ。
それがまさか。

こんな展開になるなんてな!!

冬葉ちゃん復活は嬉しいが、どんな胃袋しているんだぜ・・・。

クルミちゃんの胃袋の中にはクルミーズが居て、クルミーズたちがどんどん消化してくれるとかいうわけわからん公式設定があったが、今回はそのクルミーズたちの処理能力さえ超える量のくいもんをだな。
冬葉ちゃんの胃袋は、多分ブラックホールだよ。どっか銀河の果てのホワイトホールにつながっとるwww

エマステの旧チャットでもつぶやいたけどなー。冬葉ちゃんはてっきり小食だと思っていたんだよぉww
「もうお腹いっぱい。残りは悟郎くんが食べてね」っていって、食べかけをあーんしてくれるとか、萌えるじゃんかよぉぉぉ。土斑猫さん。そんな可能性を見事に潰してくれたよ。貴公はw

そのうえ、「イケメンに限る」属性まであるという疑惑もついているときた。もうおいらの純真な恋心はどうすればいいんだ。くそうw

本編以上にヘタレな悟郎くんとか。んなこたぁどうでもいいんだ。ヘタレなのは十分わかってるから! 1ミリすら登場していない四聖獣とかももっとどうでもいいんだ(ry
魚屋の松さんのノリの元ネタとかもどうでもいいんだ!(Gガンダム? とかきっと外れていると思うけど答えてみる)

冬葉ちゃんなんだよぉぉぉぉぉ! 今回のMVPはぁあぁぁぁぁっぁあああ!

最後、悟郎くんに商品のデスクトップパソコンをくれる所もナイスだ。
「だってそのほうが面白いでしょ」っていうセリフもナイスだ。こういうところはさすが土斑猫さん。上手いぜw

あ、頑張ったクルミも。まぁ冬葉ちゃんの引き立て役としてよく頑張った。ウム。
クルミすら、限界があるというある意味これもショッキングな話ですけどね。クルミが大食い競争で負けるなんて、こんなの前例ないよ。きっと人類史上初の試みだよww

まぁ、なんというんですかね。
本シナリオでの冬葉ちゃんの可憐なイメージは、あんまり壊さんといてくれると、エマお兄さん嬉しいなw(=^ω^)

いや、とにかく楽しいお話でした。

皆さん、「十三月の翼」はマジ面白いんで、天使のしっぽ知らなくてもぜひ読むよーにw と一読者がエラソーに宣伝しておきますよ、とw
(エマステ旧チャットでも宣伝しておいたぉw)

という感じです。まったね〜w
Posted by エマ at 2015年09月29日 11:48
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