2016年04月14日
十三月の翼・いふB(天使のしっぽ・二次創作)
おとぎストーリー天使のしっぽ・二次創作、とりあえず「いふ」更新。
新シリーズに関しては、今少しお待ちくださいな。
ではでは。
十三月の翼・いふ
酔の桜
その夜は、穏やかな月の夜だった。
刻の頃は1時近く。
優しい月明かりの下、街は静かな眠りに落ちている。
それは、ここ睦家も同じ事。
昼間の喧騒は鳴りを潜め、住まう少女達は皆安らかな寝息を立てていた。
と、眠る皆を見つめる眼差しが一つ。
戸口に立ち、皆の様子を伺うのはここの家主。睦悟郎その人。
彼は少女達がすっかり寝入っているのを確かめると、薄く微笑んで戸を静かに閉めた。
キシ・・・
微かな音を立て、ベランダに通じる戸が開く。
足音を忍ばせて出てきたのは悟郎。
彼は月明かりの差すベランダにそっと腰を下ろすと、手にしていたものを床に置いた。
それは、二本のカップ酒とおつまみ数点。
悟郎は空に浮かぶ月を仰ぎ、一息をつくとカップ酒を一本手に取る。
蓋のタブに指をかけ、力を込める。
パキン
軽い音と共に蓋が開き、立ち昇るのは酒精の香。
悟郎はしばしそれを楽しむと、中の液体をゆっくりと含んだ。
和酒の、トロリとした甘味と辛味が口に広がる。一泊の間の後、それをコクリと飲み下し、悟郎はホウ、と深い息をついた。
「・・・珍しいね。」
何処からともなく響く声。
淡い香りとともに舞う、桜花の花弁。
傍らに目を向ける。
ユラリと流れる羽衣と、長い黒髪。
いつの間に現れたのか。桜色の神衣を纏った少女が悟郎を見下ろしていた。
「やあ・・・。」
悟郎は微笑み、少女に向かって声をかける。
「悟郎君がお酒だなんて。何かあったかな?」
神衣の少女―楠冬葉はそう言いながら、悟郎の隣りに腰を下ろす。
「別に何もないよ。何となく、そんな気分になっただけさ。」
少女から香る華の香に目を細めながら、悟郎は言う。
「そうですか。それなら、月見酒に少々華を添えましょう。」
そんな言葉とともに、冬葉は羽衣をフワリと夜風に躍らせる。
途端、
サア・・・
無数の花弁が、月光の中で舞い踊る。
その幻想的な光景に、顔をほころばせる悟郎。
「ああ、いいね・・・。」
「でしょ?」
言葉を交わし、笑い合う。
と、
パキン
不意に響く、金属音。
見れば、もう一本のカップ酒を手にした冬葉がその蓋を開けていた。
何だか、舌舐りでもしそうな表情である。
「ちょ、ちょっと!!冬葉お姉ちゃん!?」
「なぁに?」
慌てた悟郎の制止の声に、小首を傾げる冬葉。
「何って、お酒!!」
それを聞いた冬葉は、「ああ」と言ってコロコロ笑う。
「大丈夫だよ。忘れたの?わたし、悟郎君より年上なんだよ?」
「そ、それはそうだけど・・・」
「それに、今のわたし人間じゃないし。アルコールの弊害なんてありませーん。」
そう言って、またコロコロ。
確かに、そこまで言われてしまうと止める理由がない。
「仕方ないなぁ・・・。」
悟郎、苦笑い。
「そう言わないの。お酒は、一人よりも大勢で楽しんだ方が美味しいんだから。」
言いながら、冬葉は悟郎に向かって杯を傾ける。
「はい。」
「はいはい。」
頷いて、悟郎も杯を差し出す。
カツン
軽い音を立てて打ち合う、杯の口。
それをそのまま口に運び、冬葉はんくんくと喉を鳴らす。
「あは、安いお酒。」
カップから口を離すと、そう言って冬葉は笑む。
「分かるの?」
「知らないの?産土神って、お酒好きなんだよ。」
クスクス笑いながら、もう一口。
「駄目だよ?悟郎君。男たるもの、お酒の口はもっと肥さないと。」
そう言う顔に、けれど不満の色はない。純粋に、行為そのものを楽しんでいるのだろう。
だから、悟郎も笑って返す。
「そんなお酒、もったいないよ。僕には、これくらいが相応さ。」
「まあ、らしいって言えば、らしいかな。」
クスクス。
コロコロ。
笑い合う。
と、また風がひと吹き。
フワリ
二人の杯に、浮かぶ花弁。
「おや?」
「あは。風流風流。」
言いながら、また一口。
桜色の花びらに飾られる月。
それを眺めながら、二人はしばし無言で杯を傾ける。
しばし続く、穏やかな静寂。
と、
「・・・冬葉お姉ちゃん・・・。」
悟郎が小さく囁く。
「何?」
月を仰いでいた冬葉が、視線を向ける。
「・・・今、”トウハ”は幸せなのかな・・・?」
唐突な問い。
その言葉に、冬葉の目が細まる。
「どうして?」
問いかけに返されたのは、別の問い。
悟郎は、続ける。
「・・・心配になるんだ。あの子は今、心安らかでいるのかな?キズを癒せて、いるのかな・・・?」
冬葉は、言う。
「どうして、そう思うの?」
風に歌う、華の様な声で。
「あの子は今、貴方達と共にいる。貴方達と共に笑ってる。」
「・・・・・・。」
「あの笑顔に、間違いはないよ。それなのに、何が不安?」
「・・・・・・。」
悟郎は、一口杯をあおる。
コクリ。
飲み下す。
「違うよ・・・。」
「何が?」
「これは・・・」
「これは?」
「”夢”、だから・・・」
その言葉に、夜風が震えた。
ザザザザ・・・
流れる風が、少し冷たくなった様に感じた。
冬葉は一口、酒を含む。
それを飲み下し、一言。
「気づいてたんだね・・・。」
「うん・・・。」
「そうだよ・・・。」
冬葉は、言う。
「ここは、あの子の夢の世界・・・。」
キシ・・・
悟郎の手の中で、カップが微かに軋みを上げる。
「わたしの中で眠る、あの子の夢。それを、君達の夢とつなげているの。」
悟郎が、冬葉を見る。
どことなく非難めいたそれを受けながら、冬葉は続ける。
「この世界は、今のあの子が望む世界。君達とのやり取りも、今のあの子が夢見るもの。ひょっとしてあるかもしれない、IFの世界。」
「どうして・・・」
「ん?」
「どうして、そんな事を・・・?」
悟郎の言葉を、冬葉は黙って受け止める。。
「あんなに、あんなに楽しそうに笑っているのに・・・。あんなに、幸せそうにしているのに・・・それが、全部夢だなんて・・・」
「可哀想?」
「冬葉お姉ちゃんは、可哀想じゃないの・・・?」
悟郎の持つ酒のカップが、微かに震える。
それを見て、冬葉は嬉しそうに笑む。
「優しいね。悟郎君は。本当に、あの頃のまんまだ・・・。」
「冬葉お姉ちゃん・・・」
フワリ
悟郎を包む、桜花の香り。
冬葉が片手を悟郎の頬に添え、その額に自分の額を付けていた。
間近に迫る冬葉の顔。
幼さを残しながらも、艶を感じさせるそれ。悟郎の胸が、微かに高鳴る。
「そんないい子の悟郎君に、いい事を教えてあげましょう。」
囁く声。波立ちかけていた心が凪いでいく。
「夢(ここ)にいるトウハは、ちゃんとしたあの子自身だよ。」
「え?」
訳が分からないと言った体の悟郎に、冬葉は続ける。
「あの子の魂そのものと言った方がいいかな?とにかく、あの子という存在は、確かにここにある。」
「夢(ここ)に・・・?」
「今のあの子は身体のない、魂だけの存在。そんなあの子にとって、心の世界たる夢は同位体。」
「!!」
意味を察した悟郎が、目を見開く。
「そう。今のトウハ(あの子)にとって、夢(ここ)で過ごす日々は現実と同じ。」
「それじゃ・・・!!」
「あの子はね、今失った時をやり直してるの。それは、時に縛られる実体では決して出来ない事。」
冬葉の手が、悟郎の髪をクシャリと撫ぜる。
「だから、安心して。あの子が見ている夢(これ)は、決して泡沫のものじゃないんだから・・・。」
微笑む冬葉。
悟郎の顔も、綻ぶ。
「そうか・・・。そうなんだね・・・。」
手にしたカップの水面(みなも)に、雫が落ちる。
「良かった・・・。本当に、良かった・・・。」
それを見た冬葉が、困った様に言う。
「ほらほら。それじゃお酒の味が壊れちゃう。倉本の職人さんに怒られるよ。」
「安酒って言ったくせに。」
「それはそれ。これはこれ。」
「何だよ。それ。」
「うふふ。」
「あはは。」
二人の笑い声は、月の空へと溶けて消えた。
「さてと、そろそろお開きにしましょうか。」
「行っちゃうのかい?」
腰を上げた冬葉を、名残惜しげに見やる悟郎。
「うん。そろそろ、トウハ(あの子)を迎えにいかなくちゃ。」
話す冬葉の身体が、舞う花弁の中で霞み始める。
「じゃあね。悟郎君。また晩酌する時は呼んで。お相手くらい、してあげるから。」
「・・・うん。」
「おやすみ。暖かくなったけど、風邪、ひかない様にね。」
その微笑みがかき消える瞬間、悟郎は問う。
「ねえ。お姉ちゃん。今日の”これ”は、夢なのかな?それとも・・・」
(さあ?どっちでしょう?)
クスクスと笑う声が、虚空に消える。
後に残るのは、空になった酒のカップと数枚の花弁だけ。
「やれやれ・・・。」
そう呟いて、背後の戸へもたれかかる。
思考がぼんやりとして、はっきりしない。
今になって、酔いが回ってきたのだろうか。
心地よい眠気に身をゆだねながら、悟郎は空を仰ぐ。
潤む視界に映るのは、白い月と舞う桜花。
はあ、と大きく息を一吐き。
そして、彼の意識はまどろみに溶ける。
霞がかる意識の向こうで、白髪の少女が笑った様な気がした。
終わり
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概ねエマっちょんと同意見だけど、
解釈によってはこれまでの1話と2話もまたトウハの夢とも考えられるな。
トウハが夢見る「ひょっとしてあるかもしれない、IFの世界」
そしてこの話は「十三月の翼・いふ」
2話でキャラ崩壊している事も裏付けになりそうだ。
まあ、理屈からすると彼女が幸せでいるであろう事は
間違いなさそうなので何よりだけど。
ってことで第3波はここまで。
でも、こんな感じもいいですぞよ。
で、晩酌に起きたゴローさんであったが、実はそれも夢、しかもトウハちんの夢とつながっているわけですな。
ゴローさん、あれだけ罪の呵責があったわけですから、今もなおトウハの運命を案ずるのは無理もないですが。
肉体がない状態のトウハちんにとっては、夢が実体験そのもの、というのは確かにわかる理屈ですわ。
いいなぁ。おいらも童心に帰って夢の世界でキャッキャして自分を取り戻したいよぅ←逃避
しかし、冬葉ちゃんとはなんというか、会おうと思えばいつでも会える関係になったわけですよな。いいですよなー。また、別の機会にトウハも復活するだろうし。
あとはゴローくんが、ヨメでも見つけるか、あえて独身紳士を通すか、という問題はありますが、特に悩みは今後なくなるんでないかい?
とまぁ、たまにはこんなしんみりした落ち着いた「いふ」も超いいね、ですな。
次回も期待しておりますぞよ。あ、次回は四聖獣きぼん!四聖獣きぼん!w