「ローレンツ」の原稿を投稿します。原稿文字数は1487文字です。また、アマゾンアソシエートのリンク掲載に関して最後に記載しました。アマゾン関連の作業は嫁任せでしたがサイトの運営として記載します。読者満足度を考え関連書籍を記載します。作業として7月からの四半期で登場場所別に再考しています。この後、時代別のリライトを行います。また、学術論文を読む時には英語必須、他国の方と議論の時にも英語必須です。少しでも話せるようになる機会は大事ですので、オンライン英会話をご紹介しています。別途、個別の人物の追加もトピックスのご紹介もしていきたいです。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。7/11(日)朝の時点でフォロワーは合計【11691】でした。作業としてフォロワー増は暢気に続けます。それよりも紹介の内容を吟味します。【以下原稿です】
↑ Credit ; Wikipedea ↑
【1853年7月18日生まれ ~ 1928年2月4日没】
その名は正確にはHendrik Antoon Lorentz。
です。オランダに物理学で有名なライデン大学
がありますが、ローレンツは其処の出身者です。
後にエーレンフェストがコロキウムを開いていきますが、
そんな大学を理論の面で育んでいった一人が
今回ご紹介するローレンツです。
この大学では他に、
エンリコ・フェルミ、
西周(日本の哲学者)、
ヘイケ・カメリー・オネス_
アルベルト・アインシュタイン、
クリスティアーン・ホイヘンス 、
フィリップ・シーボルト(博物学者)、
ポール・エーレンフェスト
が学んだり、教えたり、議論をしたりしていました。
他、オランダで個人的に関心があるのは
デルフト工科大学です。そこは現在、
低温物理学で有名な拠点ですので別途、
機会があれば取りあげたいと思います。
さて話戻ってローレンツですが、
電気・磁気・光の関係を解きほぐしました。
手法としては座標系の変換を効果的に使います。
特にアインシュタインが特殊相対性理論
を論じる際に起点の一つとして使った、
「光速度不変の定理」はローレンツが導いた
変換に関する考察があって成立しています。
無論、アインシュタインは、
その人柄と業績を高く評価していて、
ローレンツを「人生で出会った最重要な人物」
であったと語っています。ローレンツとアインシュタインはエーレンフェストの家でよく語り合っていたと言われています。時間が出来たら寄合って、その時々の関心のある議題について語り合っていたのでしょう。有益な夜の時間が過ごせたはずです。このブログで今ご紹介している写真はそんな中での風景です。
ローレンツの業績は、電磁気学、電子論、
光学、相対性理論と多岐にわたります。
弟子のゼーマンが電子に起因するスペクトル線
が磁場中で分裂する事実を示した時には
理論的論拠を与えノーベル賞を受けています。
荷電粒子を考えた時には
@静電場からの力が働き
A静磁場からの力が働き
B電場中で速度vで働くとき力が働き、
その総和としてローレンツ力が表現されます。
また、ローレンツ変換は相対論を語る時の
基礎になっています。更に、双極子の性質を表
すローレンツ・ローレンツの式などでローレンツは
名前を残しています。その中で
特に印象深いのはやはり変換に関する物でしょう。
ローレンツは座標系の変換の中で局所時間
と移動体の長さの収縮を議論していきます。そこから、
「ローレンツ収縮」といった言葉も生まれてます。
理論への要請として、
マイケルソン・モーレの実験を理論から
説明するには光速度普遍の枠組みで
事実を組み立てなければなりません。
これが可能な理論的土台として
ローレンツ変換は秀逸だったのです。
最後に、そのご臨終の話を語りたいと思います。
ローレンツの葬儀当日は追悼の意を込め、
オランダ中の電話が3分間電話が止められました。
英国王立協会会長だったアーネスト・ラザフォードが
お別れの言葉を述べる中で多くの人が
ローレンツを惜しみました。
〆
以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。
nowkouji226@gmail.com
2020/10/24_初版投稿
2021/07/24_改定投稿
【旧舞台別まとめへ】
【舞台別の纏めへ】
【時代別(順)のご紹介】
【オランダ関係の紹介へ】
【ライデン大学のご紹介へ】
【電磁気学の纏めへ】
【熱統計力学関係へ】
【量子力学関係へ】