そして結婚の理由はデキ婚だったのだ。
だからかもしれないが、すぐに離婚。
今はホテル暮らしということで、女には不自由していないということだ。
男も女も、結婚せずとも好きな人と恋愛しまくり、たくさん子どもをつくればいい
というのだが、結婚しても、離婚してからもたくさん子供をつくってもいいのではないか?
金があるのだからと思うのだけれど。
シングルマザーでいいという女性も、口先ではであるが増えている。
十分な財産を渡せば現実のものとなるだろう。
実際、すでにホリエモンには認知した(しなくても本人の)子供がたくさんいるのかもしれない。
この辺りもカミングアウトして欲しいものだ。
Yahoo!より、
堀江貴文「結婚という制度に縛られなくていい」
10/27(日) 5:48配信 東洋経済オンライン
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191027-00297563-toyo-bus_all&p=4
記事より、
■子どもが欲しいのは財産ではない
別に僕は、生涯添い遂げるパートナーの存在を否定しているわけではない。
制度的に1対になる異性と契約して、その1対のなかでしか子どもを持つことが社会倫理的には許されず、正統な相続権がないというのは、もう古すぎでしょ? と言いたいのだ。
男も女も、結婚せずとも好きな人と恋愛しまくり、たくさん子どもをつくればいい。女は自由に男を渡り歩き、経済力のある男はたくさん女性を囲って、子どもたちに財産を好きなように分け与えればいいのだ。
子どもが欲しいのは、財産ではない。楽しく過ごしている親の姿であり、自分たちも同じように、楽しく好きなように生きていける未来なのだ。親から田んぼを受け継がされて、喜ぶ子どもがどれぐらいいるだろう? 江戸時代にもいたのかどうか、疑わしいものだ。
家族はいてもいい。家族がいちばん大事! というならそれでいいと思う。ただ、「捨ててはいけない」「捨てたら悪人だ」という思い込みは、間違っている。それは、江戸時代からの(歴史で考えれば、ごく最近のことだ)単なる洗脳であり、捨てても責められるいわれはないのだ
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