2016年12月28日
長野へ1 松本(旧開智学校、松本城)
冬、長野に行ってきました。
特に明確な行き先も決めてない状態だったなか、とりあえず松本に行くことに。
現存天守の一つである松本城と、ついでに旧開智学校を見学してきました。
この日は車を使ったのですが、まず駐車場が見当たらず大変、とりあえず開智学校の方の市営駐車場(30分100円)があったので、そこに入れます。
旧開智学校
かつて存在した筑摩県の学校で、学校の制度が始まってすぐに作られた学校だそうです。
外見は和洋折衷の義洋風建築と呼ばれる、明治初期に多数作られた建築の一つだそうです。特に旧開智学校は代表的な義洋風建築だそう。
後ろから。
現在整備中らしく、入口付近には多数の資材が置かれています。特徴的と言われる天使の看板が掲げられている他、義洋風ゆえの龍の看板が置かれている。
入ってすぐの廊下。
旧職員室を使った展示室で、教室風の展示が行われている他旧開智学校の校舎模型等が置かれています。
学校の上部の塔への扉、入れません。
2階にある校旗と思わしき旗とか色々。
学校が作られるまでの歴史、旧筑摩県内では教育に力を入れているため、早いうちに学校が整備された事、義洋風建築の旧開智学校が作られるまで、現地の大工である立石清重によって設計された物だとか。
そして同時期の義洋風建築やコロニアル建築等、明治の洋風建築たち、最終的に日本人が西洋の建築を直接学ぶことで、義洋風建築は衰退していった事が描かれていました。
2階は学校ができて以降の行事や教科書等が展示されています。教科書展示の部屋はやたら床の音が強かったのが印象的。天井は紙を貼ったものらしいです。
基本冬なので非常に寒かったです。
出たら松本城へ、徒歩10分位で行くことが出来ます。
松本城
松本城は貴重な12しかない現存天守の一つです。殆ど西日本にある中、松本城は長野にあります。松本城主は何度も代わっており、様々な藩が出ては入ってを繰り返し幕末を迎えた模様。その後も色々ありながらも生き残り、現在に到ります。
流石にどこから見ても絵になります。
入口付近には多分おもてなし武将隊と思わしき2人が。天気が天気なので記念撮影のみみたいな感じでした。
松本城と松本市ゆるキャラアルプちゃんの甲冑姿。
休日に入ったこともあってか松本城内は人が多く、また冬なので寒いです。しかも雨も降ってる状態。とりあえず中に入りますが、急な階段が続きます。
松本城内、入ってすぐの乾小天守の中。北ではなく乾と表現するのは北は敗北等に通じて縁起が悪いからだそうです。各所に狭間が見られます。
天守内に大量に展示されている鉄砲、あるコレクションが寄付されたもので、点数は非常に多いです。甲冑などの展示もありますが、多くが鉄砲。
そして狭い階段を登って登って店主の六層目、つまり一番高いところ。展望台状態になっているものの、窓が空いているため風が吹き込んでいて非常に寒いです。結構人がひっきりなしに出入りしているので、結構大変な状態。
下るときは登ってくる人が多すぎてなかなか下ることが出来ない状態。かなり低い天井なので頭をぶつけそうで怖い人が結構います。足元もなかなかふらつく。
四層は城主がいる場所だったり、三層は窓も狭間もないただの空間だったりします。展示室はほぼ1〜2層状態。
そして最後が月見櫓。これは当初からあるものではなく、家三を迎える為に一国一城を守りつつ増築されたものだそうです、その為か城の他の部分と比べて非常に開放的な部分、戦闘のことは考慮されていない様子。これで大体松本城天守は修了。
松本市立博物館
博物館と松本城はセット入場券になります。
中身は普通の松本市博物館、松本城部分は松本城で展示があるためかそれほど多くはなく、普通の松本市の祭りとかそういったものがテーマな感じ。
地下の松本の歴史部分。
七福神?(6人しかいない)
大体松本の歴史(考古学等等)と松本の祭りとか風習とかそういったものが、あとは松本市の観光地図何かが貼られていました。
松本城を出たら城前の蕎麦屋で昼食。普段はざるそばばかり食べる私ですが、流石に寒すぎたのであったかいのを食べました。
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/5764713
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック