2020年12月17日
光の翼 始動の翼1 蒼空の風と嵐1
『ははは!コイツ、ホントにトロいな!』
『ナメクジのほうがまだ速いんじゃねぇのか!?』
『おいつかれるのまってたら、ぜったい日がくれるぞ!』
―はあっ、はあっ…。
学校の校庭らしい砂場の一角に、囃し文句を浴びせ掛ける3人の子供と、息を切らしてそれらを追いかけている1人の子供がいた。
背丈や声質、そして私服で動き回っている点から、いずれも小学生である事が見て取れるが、1人だけ目立った特徴がある。
逃げ回る3人は黒髪に黒眼という典型的な東洋人の容姿をしているが、追い掛け回している1人だけは、髪の毛が水色をしていた。
囃し立てている側の3人は、自分達と見た目が違う廉(かど)で、水色髪の子供を珍獣扱いしているらしい。
『もうへばったのかよ!マジでだっせー!』
『目つむってても、よゆうでにげられるわ!』
『おい、ノロマ!お前でもおいつけるように、ゆっくり歩いてやろうか!?』
―このヤロー…!!!
水色髪の子供は益々怒って3人を追い掛け回すが、あともう少しというところで距離を空けられ、手が届かずにいた。
必死の形相で喘ぐ水色髪の子供を見て、3人は余計に面白がっている。
すると、いたちごっこに疲れた水色髪の子供は、不意に呼吸を整えつつ、3人を問い詰め始めた。
―…お前ら、なんでオレにちょっかいかけてくるんだよ!
『なにいってんだお前?』
『だれがちょっかいなんかかけるかよ!』
―じゃあお前ら、なんでこんなマネするんだよ!
その言葉が向けられた直後、にやりと笑った3人は、
『ヒマだから。』
『お前がキモチわるいから。』
『おもしろいから。』
と、事も無げに打ち明けて見せた。
―…てめーら…!!!!!
そんな3人に、水色髪の子供は頭に血を上げて―
―ジリリリリリ…。
「ぐ…うるせぇ…。」
大音量に設定しておいた目覚まし時計のアラーム音が寝室に鳴り響くのと同時に、目が覚めた。
ボタンを押下して騒々しい響きを止めると、欠伸をしながら立ち上がり、カーテンを開ける。
午前6時を回ったばかりの世界に、一日の始まりを告げる小鳥のさえずりが訪れていた。
そんな爽やかな空気の中でふと、活動を始めたばかりの脳に妙な不快感が存在していると気付く。
何か嫌な体験でもしていたかと首を捻ったのも寸の間で、答えはすぐに導き出された。
(ちっ…最悪な夢見ちまったぜ…。)
小学生時代の出来事に、心地良い眠りを阻害された。
寝坊の防止には少なからず有用となったが、大変に胸糞悪い目覚めである。
(あの野郎共…勝手に人の夢枕に立ちやがって…!)
胸中で悪態を吐きながら寝室を後にして、1階に下りた。
「おお。おはよう、風刃(ふうじん)君。」
1階に下りると、日頃は朝に弱い兄が、台所に立っていた。
「あれ、珍しいな。朝飯作ってくれてんのか?」
俺が寝ぼけ眼を擦りながら尋ねると、ああ、と短い一言が返る。
「たまにはお前に楽させないとって思ってさ。この優しい兄上様に感謝しろよ?」
「ああ、はいはい。」
こちらのいい加減な態度に軽く舌打ちしたかと思うと、兄は俺の肩を拳骨で叩いてきた。
力加減がされていたお蔭で痛みはまるで感じなかったが、やられっ放しでは面白くないと、俺も反撃に打って出た。
自分が叩けば相手に打たれて、向こうに叩かれればこちらが打つ。
そんな応酬がひととき展開された後で兄に促され、俺はリビングの椅子に腰掛けた。
「こんな時間に起きてるってことは、何か用事か?」
「ああ。バイトの面接行く予定。あと、紅炎(こうえん)と会う約束もあるんだ。こんな早くからじゃなくても良いんだけど、何か目が覚めたからさ。」
「へえ。」
夜更かしばかりの寝ぼすけ大魔王にしちゃ上出来だなと思ったが、口には出さずにおいた。
「ところでお前、今日は昼飯どうするんだ?」
「そうだな…コンビニでも寄って、適当に何か買っとくかな。ちょっと早目に出なきゃいけねぇけど。」
「ああ、そう?分かった。」
「…ん?もしかして、家から持ってくって言ったら、何か作ってくれたとか?」
「いや、別に?訊いただけだよ。」
「何だよそれ!!」
いつもと変わり映えしない平和な会話が、我が家の食卓に反響した。
そして時刻は回り、午前7時47分。
「そろそろ出ねぇとな…じゃ、行って来るから。出る時に、しっかり鍵閉めろよ?」
「分かってるって。」
兄の応答を耳に入れると、俺は玄関の扉を開き、家を後にした。
4月12日の水曜日。
長く続いた寒波が過ぎ去り、多くの人々が待ち望んだ春の日の一幕。
「ふあ…。」
俺は1人、盛大な欠伸をしながら、慣れ親しんだ通学路を辿る。
(眠い…あの野朗共、わざわざ体育のある日に夢枕に出やがって…。)
暖かく、爽やかで、穏やかな空気に包まれた中にありながら、俺の脳内では不快指数が右肩上がりに増加していた。
蒼空風刃(そうくうふうじん)。
海園中学校2年4組所属。満年齢13歳の帰宅部部員。主な趣味は漫画、テレビゲーム、天体観測、音楽鑑賞。
住まいは一軒家。元は両親も同居していたが、4年ほど前に少々面倒事があり、現在は実兄の蒼空嵐刃(そうくうらんじん)との2人暮らしをしている。
顔は特に見目良いものではないが、鏡で自分の顔を拝めない程の不細工でもない。身体つきは度の過ぎた肥満体でもなければ筋肉質でもなく、貧弱な体格でもない。運動はろくにできたものではないが、勉強は平均よりはできると自負している。
そして、口は悪いものの、喧嘩の腕前はからっきしだ。
我が身を振り返ってみると、自分とは何とも平凡で珍しさの欠片もない人間だな、と思う。
こうして、誰にあっても自然な情報だけを拾い上げている分には。
しかし、俺には決定的に普通でない上に、黙殺しようのない外見的特徴が、2つほどある。
その1つが、頭髪である。
俺は正真正銘、純血の日本人なのだが、無造作な形にしてある髪が、生まれつき水色をしているのだ。
昔から俺を囃し立てて来る奴はごまんといたが、自分ではこの毛髪が一因だったのだろうと思っている。事実、因縁を付けて来た者共の中には、『水色の髪の毛が気色悪い』などと明確に抜かした口もいた。
中学校に上がってからは校則や教員達がうるさいものだから、圧力に屈したような敗北感を覚えながらも、髪を黒く染めようとしたことがあった。
だが、それは無駄な行為に過ぎなかった。
理由は全く分からないが、一度はくまなく黒く染まった髪も、ものの数分と経たずに水色に逆戻りしてしまった。
信じられない思いで幾度試しても、その結果は変わらなかった。
その話が周りに知られてからは、校則を理由に咎め立てを受ける可能性はなくなったのだが、代わりに俺を異物のように見る人種が、また一層増えてしまった。
周りに人間がいる限りその視線が突き刺さって来て、大層居心地が悪い。
まるで、自由な行動を許された見世物にでもなっているような気分だ。
何をしていてもどこにいても逐一囃し立てられて、鬱陶しくて敵わない。
ただ、この水色の髪は、周りから色々目を付けられる要因ではあるが、それでもまだ可愛い方だとも感じている。
何せ、奇抜な色の毛髪など、人体に存在していても特に不思議ではないからだ。
俺に付き纏う最大の頭痛の種は、水色の髪とは違う。
もう1つの、人間の身体には本来あるはずがない代物だった。
何気なく、左腕に着けた電波時計を見やる。
その途端、眠気の残っていた脳髄が、一瞬で完全に覚醒した。
(げっ…ちょっと歩くのが遅かったか…!?)
視界に映った文字盤は今、8時14分を刻んでいた。
俺の歩行速度で現在地から学校まで移動するには、まだ10分ほどかかる。寄り道をせずに直行すれば定刻の8時30分には間に合うが、それではコンビニで昼食を調達できなくなってしまう。
4時間目には体育の授業があるというのに、目一杯身体を酷使した後で栄養を補給せずに過ごすなど、無益な苦行に等しい。
そんな空しい挑戦は、心底御免蒙りたいものだった。
(ちっ、この際しょうがねぇか…。)
俺は出来る限り人目を避けて近くの路地裏に入り込むと、背中に力を、両足に全体重を込めて、渾身の力で地を蹴り飛ばして空中に飛び上がる。
そして、そこから身体をうつぶせに倒して、頭の方に力を込めて風に乗り、背中で何かがしきりに動く感覚を知覚しながら、そのまま全速力で学校の方角に向かった。
信号もなければ歩道もなく、車や自転車はおろか、俺の他の人間が一切通らない通路―
空を、飛んで。
『ナメクジのほうがまだ速いんじゃねぇのか!?』
『おいつかれるのまってたら、ぜったい日がくれるぞ!』
―はあっ、はあっ…。
学校の校庭らしい砂場の一角に、囃し文句を浴びせ掛ける3人の子供と、息を切らしてそれらを追いかけている1人の子供がいた。
背丈や声質、そして私服で動き回っている点から、いずれも小学生である事が見て取れるが、1人だけ目立った特徴がある。
逃げ回る3人は黒髪に黒眼という典型的な東洋人の容姿をしているが、追い掛け回している1人だけは、髪の毛が水色をしていた。
囃し立てている側の3人は、自分達と見た目が違う廉(かど)で、水色髪の子供を珍獣扱いしているらしい。
『もうへばったのかよ!マジでだっせー!』
『目つむってても、よゆうでにげられるわ!』
『おい、ノロマ!お前でもおいつけるように、ゆっくり歩いてやろうか!?』
―このヤロー…!!!
水色髪の子供は益々怒って3人を追い掛け回すが、あともう少しというところで距離を空けられ、手が届かずにいた。
必死の形相で喘ぐ水色髪の子供を見て、3人は余計に面白がっている。
すると、いたちごっこに疲れた水色髪の子供は、不意に呼吸を整えつつ、3人を問い詰め始めた。
―…お前ら、なんでオレにちょっかいかけてくるんだよ!
『なにいってんだお前?』
『だれがちょっかいなんかかけるかよ!』
―じゃあお前ら、なんでこんなマネするんだよ!
その言葉が向けられた直後、にやりと笑った3人は、
『ヒマだから。』
『お前がキモチわるいから。』
『おもしろいから。』
と、事も無げに打ち明けて見せた。
―…てめーら…!!!!!
そんな3人に、水色髪の子供は頭に血を上げて―
―ジリリリリリ…。
「ぐ…うるせぇ…。」
大音量に設定しておいた目覚まし時計のアラーム音が寝室に鳴り響くのと同時に、目が覚めた。
ボタンを押下して騒々しい響きを止めると、欠伸をしながら立ち上がり、カーテンを開ける。
午前6時を回ったばかりの世界に、一日の始まりを告げる小鳥のさえずりが訪れていた。
そんな爽やかな空気の中でふと、活動を始めたばかりの脳に妙な不快感が存在していると気付く。
何か嫌な体験でもしていたかと首を捻ったのも寸の間で、答えはすぐに導き出された。
(ちっ…最悪な夢見ちまったぜ…。)
小学生時代の出来事に、心地良い眠りを阻害された。
寝坊の防止には少なからず有用となったが、大変に胸糞悪い目覚めである。
(あの野郎共…勝手に人の夢枕に立ちやがって…!)
胸中で悪態を吐きながら寝室を後にして、1階に下りた。
「おお。おはよう、風刃(ふうじん)君。」
1階に下りると、日頃は朝に弱い兄が、台所に立っていた。
「あれ、珍しいな。朝飯作ってくれてんのか?」
俺が寝ぼけ眼を擦りながら尋ねると、ああ、と短い一言が返る。
「たまにはお前に楽させないとって思ってさ。この優しい兄上様に感謝しろよ?」
「ああ、はいはい。」
こちらのいい加減な態度に軽く舌打ちしたかと思うと、兄は俺の肩を拳骨で叩いてきた。
力加減がされていたお蔭で痛みはまるで感じなかったが、やられっ放しでは面白くないと、俺も反撃に打って出た。
自分が叩けば相手に打たれて、向こうに叩かれればこちらが打つ。
そんな応酬がひととき展開された後で兄に促され、俺はリビングの椅子に腰掛けた。
「こんな時間に起きてるってことは、何か用事か?」
「ああ。バイトの面接行く予定。あと、紅炎(こうえん)と会う約束もあるんだ。こんな早くからじゃなくても良いんだけど、何か目が覚めたからさ。」
「へえ。」
夜更かしばかりの寝ぼすけ大魔王にしちゃ上出来だなと思ったが、口には出さずにおいた。
「ところでお前、今日は昼飯どうするんだ?」
「そうだな…コンビニでも寄って、適当に何か買っとくかな。ちょっと早目に出なきゃいけねぇけど。」
「ああ、そう?分かった。」
「…ん?もしかして、家から持ってくって言ったら、何か作ってくれたとか?」
「いや、別に?訊いただけだよ。」
「何だよそれ!!」
いつもと変わり映えしない平和な会話が、我が家の食卓に反響した。
そして時刻は回り、午前7時47分。
「そろそろ出ねぇとな…じゃ、行って来るから。出る時に、しっかり鍵閉めろよ?」
「分かってるって。」
兄の応答を耳に入れると、俺は玄関の扉を開き、家を後にした。
4月12日の水曜日。
長く続いた寒波が過ぎ去り、多くの人々が待ち望んだ春の日の一幕。
「ふあ…。」
俺は1人、盛大な欠伸をしながら、慣れ親しんだ通学路を辿る。
(眠い…あの野朗共、わざわざ体育のある日に夢枕に出やがって…。)
暖かく、爽やかで、穏やかな空気に包まれた中にありながら、俺の脳内では不快指数が右肩上がりに増加していた。
蒼空風刃(そうくうふうじん)。
海園中学校2年4組所属。満年齢13歳の帰宅部部員。主な趣味は漫画、テレビゲーム、天体観測、音楽鑑賞。
住まいは一軒家。元は両親も同居していたが、4年ほど前に少々面倒事があり、現在は実兄の蒼空嵐刃(そうくうらんじん)との2人暮らしをしている。
顔は特に見目良いものではないが、鏡で自分の顔を拝めない程の不細工でもない。身体つきは度の過ぎた肥満体でもなければ筋肉質でもなく、貧弱な体格でもない。運動はろくにできたものではないが、勉強は平均よりはできると自負している。
そして、口は悪いものの、喧嘩の腕前はからっきしだ。
我が身を振り返ってみると、自分とは何とも平凡で珍しさの欠片もない人間だな、と思う。
こうして、誰にあっても自然な情報だけを拾い上げている分には。
しかし、俺には決定的に普通でない上に、黙殺しようのない外見的特徴が、2つほどある。
その1つが、頭髪である。
俺は正真正銘、純血の日本人なのだが、無造作な形にしてある髪が、生まれつき水色をしているのだ。
昔から俺を囃し立てて来る奴はごまんといたが、自分ではこの毛髪が一因だったのだろうと思っている。事実、因縁を付けて来た者共の中には、『水色の髪の毛が気色悪い』などと明確に抜かした口もいた。
中学校に上がってからは校則や教員達がうるさいものだから、圧力に屈したような敗北感を覚えながらも、髪を黒く染めようとしたことがあった。
だが、それは無駄な行為に過ぎなかった。
理由は全く分からないが、一度はくまなく黒く染まった髪も、ものの数分と経たずに水色に逆戻りしてしまった。
信じられない思いで幾度試しても、その結果は変わらなかった。
その話が周りに知られてからは、校則を理由に咎め立てを受ける可能性はなくなったのだが、代わりに俺を異物のように見る人種が、また一層増えてしまった。
周りに人間がいる限りその視線が突き刺さって来て、大層居心地が悪い。
まるで、自由な行動を許された見世物にでもなっているような気分だ。
何をしていてもどこにいても逐一囃し立てられて、鬱陶しくて敵わない。
ただ、この水色の髪は、周りから色々目を付けられる要因ではあるが、それでもまだ可愛い方だとも感じている。
何せ、奇抜な色の毛髪など、人体に存在していても特に不思議ではないからだ。
俺に付き纏う最大の頭痛の種は、水色の髪とは違う。
もう1つの、人間の身体には本来あるはずがない代物だった。
何気なく、左腕に着けた電波時計を見やる。
その途端、眠気の残っていた脳髄が、一瞬で完全に覚醒した。
(げっ…ちょっと歩くのが遅かったか…!?)
視界に映った文字盤は今、8時14分を刻んでいた。
俺の歩行速度で現在地から学校まで移動するには、まだ10分ほどかかる。寄り道をせずに直行すれば定刻の8時30分には間に合うが、それではコンビニで昼食を調達できなくなってしまう。
4時間目には体育の授業があるというのに、目一杯身体を酷使した後で栄養を補給せずに過ごすなど、無益な苦行に等しい。
そんな空しい挑戦は、心底御免蒙りたいものだった。
(ちっ、この際しょうがねぇか…。)
俺は出来る限り人目を避けて近くの路地裏に入り込むと、背中に力を、両足に全体重を込めて、渾身の力で地を蹴り飛ばして空中に飛び上がる。
そして、そこから身体をうつぶせに倒して、頭の方に力を込めて風に乗り、背中で何かがしきりに動く感覚を知覚しながら、そのまま全速力で学校の方角に向かった。
信号もなければ歩道もなく、車や自転車はおろか、俺の他の人間が一切通らない通路―
空を、飛んで。
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