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プロフィール

はぴせ
元会社員の後期高齡者。自称平均的な日本人。札幌市出身、東京都在住。「心と体の健康維持・増進」を願い、求める極意は「自然体」で「頑張りすぎない程度に頑張って」日々を暮らすこと。
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2014年04月30日
A386・「徘徊中の鉄道事故」〜この判決の支持率は?
認知症の男性が徘徊中に列車にはねられて死亡し、鉄道会社が家族に損害賠償を求める訴訟を起こした。判決は一審、控訴審ともに有罪で多額の賠償を家族に命じた。

裁判では「理由の如何を問わず、徘徊させた者に責任がある」という考えで判決されるのだろうか?
自宅介護では、46時中一瞬たりとも目を離してなならぬ(市民感覚では鎖でつなぐか監禁までしなければ不可能なことだが)、さもなくば施設にでも預けよ。と言うことなのだろうか?


私は平均的な日本人と自認していましたが、最近、世間一般の人とのものの見かた考え方がかなり違ってしまっているらしい!と思わせられる事例があって、自分をチェックしなければいけないと思っている後期高齢者です。

本件も、私の感覚では理解できないことですが、世間一般での容認派と批判派の割合を知りたいと思いますし、また、判決の正当性を納得できる見解があるのかどうかを知りたいとも思っています。まず私見を綴ってみます。

認知症の男性(愛知県大府市、当時91歳)が徘徊中に列車にはねられて死亡。
JR東海が損害賠償を求め、名古屋地裁の一審では妻と長男に720万円の支払いを命じ、
名古屋高裁での控訴審判決は妻の監督責任を認めて359万円の支払いを命じ、長男(横浜市、介護方針を決めた。)については見守る義務はなかったとしてJR東海の請求を棄却した。


という新聞記事を見ました。(朝日新聞2014年4月25日 朝刊)

事故当時、男性は91歳、要介護4と認定され、奥さんは85歳で自らも要介護1と認定されていた。横浜から介護のために近くに移り住んだ長男の妻とで介護にあたっていた。事故当日、男性は部屋で二人きりだった妻がまどろむ間に外出した。
と解説されています。

認知症で徘徊する人が線路に入るであろうことは誰もが予想出来ることです。
踏切内での事故を防ぐためには誰が、どの様な注意をすべきか?

(1)保護者が徘徊させない様に努めるべきは当然ですが、強く繋いでおくか監禁でもしない限り、事実上の限界があると考えるのが普通だと思います。

ところが、どの様な法的解釈によるのかは知りませんが、一審も、控訴審も有罪として多額の賠償命令を出しました。

85歳で自らも要介護1の妻と長男の妻が近くに移り住み介護にあたるなど、家族で介護に努めていた善良な市民に対して、「男性の妻がまどろむ間に外出して事故になったのであり、監視義務を果たしていない。
”一睡もしてはならぬ!一瞬の空白があってはならぬ!”」 と、解されます。

善良な市民に事実上の不可能(と思われること)を強要する判決が2度も繰り返されている!
法文に問題があるのか?
法を運用する人に問題があるのか?

と考えているのですが、同時に、冒頭に述べたように、
自分の考えは日本人の多数意見なのか、少数派なのか?を知りたいとも思っています。

この度の第一審、控訴審の有罪判決を
支持するか
異議ありか
判断にあたっての付帯条件
について、意見がどのように分かれるのかを知りたく思います。

(2)鉄道業者は一方的に被害者か?

徘徊者の鉄道事故を防ぐ観点から見て、鉄道会社にも侵入を防止するための注意義務があると考えます。

鉄道会社は損害請求訴訟を起こしましたが、自らの注意義務をどう考えてのことかを公開して欲しいと思います。
また判決文ではこの点に触れているのか、どうかを知りたいと思います。
同業各社の考えは足並み揃っているのでしょうか。

道路は本来人が歩くためのもの。そこに鉄道がやって来て、これを横断しました。
そのお蔭で、私たちの生活は格段に向上して、その恩恵に浸っています。

対立軸に足をかけて物言うのではなく、
鉄道会社は、徘徊者の保護者が「ちょっとまどろんだことを監視不行き届き!」として有罪判決されているのと比較して、「それを上回る処置を行なっていた」と言い切れるのでしょうか?
1本の遮断棒かロープを降ろし、警報機を鳴らしていれば責任は全うしているという了解がどこかにあるのでしょうか?

(3)判決への疑問

どんな判決でも、例外なく不服者はいるでしょうし、それだからこそ裁判制度があり、3権分立の権威が与えられているのでしょうが、人が作った法律で、人が運用する限り、完璧はないはずです。

民法では妻には配偶者として男性を見守る監督義務があるとのことで、この義務違反が有罪判決の理由とされているようです。

配偶者が如何に努めても力及ばないとき、それでも監督不行き届きと断じた根拠は何か?
結果として事故が起こったから!なのでしょうか?
判決理由に「出来るはずの努力を行わなかった」とする具体的な指摘があったのでしょか?

鉄道会社の事故防止注意義務を規定した条文を完全に果たしていると認められているのでしょうか?
また鉄道会社に対しても、保護者に求めていると同様の厳しい規定があるのでしょうか?

徘徊者が遮断機が下がっている線路内に侵入しようとした時、そばに居た通行人には止める義務がないのですか? 当然起こりうることを傍観するのみ!に対して不作為の罪が問われないのですか?(この問題は善意の第3者を事故に巻き込むことと直面するので難しいことですが)

人は「法の下では平等」であるはずなのに、また「法は善意の市民を守るためのもの」であるはずなのに、
懸命に尽くしながら大切な人を失った85歳という高齢の、しかも自らも要介護認定者の妻に、多額の罰金刑という追い討ちをかけた裁判!
という理解でいます。

インターネットホームページで多くの人の意見を拝見しようと思っています。
法律運用の慣例がどうなのかは知りませんが、何時の世でも大岡裁きが裁判の原点だろうと思っています。

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