2013年07月03日
A292・車庫が「空き」になりました
この度、車の運転を止めることに決めました。高齢者の運転事故防止が問われている折、それに応えることではありますが、車がディーラーに引き取られて行き、車庫が急に淋しくなった感じです。
あれこれ思いはありますが、「一区切りつけた!」との思いで、案外サッパリとした気分でいます。
2段式の立体駐車設備を置いてあって、孫達が遊びに来る時は使うため、このまま普段は上段を下ろしてプランタでも置いておこうと思っています。
あれこれ思いはありますが、「一区切りつけた!」との思いで、案外サッパリとした気分でいます。
2段式の立体駐車設備を置いてあって、孫達が遊びに来る時は使うため、このまま普段は上段を下ろしてプランタでも置いておこうと思っています。
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・参加カテゴリーランキング”医療と健康” 287位/4566人中
”医療と健康(全般)” 14位/583人中
・総合ランキング 7480位/989064人中
運転免許を取ったのは比較的遲く、40才を過ぎた頃でした。それから10数年間ペーパドライバーで過ごし、車を持ったのは60才の手前でした。以来20年程、車の利便性を享受してきましたが、最近3〜4年は走行距離は急減して、電車利用が多くなっていました。
視力は落ちていないのですが目の霞が気になることがあって、治療で改善するとは
聞きますがそこまでの必要は感じない程度と思いながらも夕刻や夜間の運転は自然に避ける様になり、遠距離は電車を使う様になりました。
同年代の友人知人からは「まだ運転をしているの?!」と何度か言われ、自分では「まだまだ全然支障ない!」とは思いながら、「いつかは!」という気はアルにはありました。
2カ月前に発症した「肩痛」が「運転を止める!」を決める引き金となりました。以前から軽い痛みが出たり消えたりしていて「五十肩の後遺症」位に思っていましたが、4月の末に激しい痛みを伴って右手をほとんど動かせないようになり、整形外科での治療で一応は治まりましたが、未だに完治の見通しはありません。
ユックリとなら動かせて、普通の生活は出来ますが、車の運転で、急な操作などでは妨げになりかねません。「大丈夫!」と思いたい気持ちが消えませんが、ここは決断のしどころと心得て「車を手放す」ことにした。という顛末です。
20年ほどの運転歴ですが、様々な体験を得ました。
弘前に在住した2年間では、隣接する白神山地の林道を日本海側まで抜けたり、秋田県、青森県の日本海沿岸各地を、また竜飛岬までを何度も堪能し、ある時は大間岬まで足を延ばしたり、八甲田・十和田湖、田沢湖など休日毎に走り回ったりしました。
東京に戻り住んでからも軽井沢方面、日光方面に何度か出かけて山野草の観察を楽しンだりもしました。
自宅から20km、40kmのところにいる孫達との往来は頻繁そのものでした。
嬉しいことに「おじいちゃんの車」といって好まれ、同乗を喜んでくれました。
いま大学生の孫も、赤ん坊の頃からの常連で、この度の「車を止める」話しを聞いたとき「自分が幼稚園の時に前の車が新しくなった」と言って、「おじいちゃんの車」が多分に印象深かったことを知らされました。
ヨチヨチ歩きの頃に遊園地などの広い駐車場で、「おじいちゃんの車」を見つけ出すのには驚かされた!ことも思い出されます。(これは他の孫達にも共通します)
この間、様々な泣き笑いがありました。大切に私の記憶庫に保管されていることでしょう。
搬出の日、今までは写真嫌いで通していた家内が「撮して!」といって車の横に立ちました。
今までは「実物以上」には写らない為と思いますがめったに被写体にはならなかったのですが、記念に!と思ったのか、やはりそれなりに想い出があったようで、普段着のままでカメラに治まりました。
乗り古した車ですが、それであるが故に!でもありましょうが、私だけでなく家族にも、孫達にもそれぞれの想い出を残してくれたようです。
バックナンバータイトルを下記分類で一覧致します。
該当するジャンルの(1)〜(8)をクリックいただくと、そこに分類されているタイトルが一覧され、
タイトルをクリックいただくと本文が開きます。
1、「日記・諸事寸話」
-・「ハッピー健康習慣」バックナンバー(1)
2-1、「身体の健康」
-・「ハッピー健康習慣」バックナンバー(2)
2-2、「運動」
-・「ハッピー健康習慣」バックナンバー(3)
2-3、「食習慣・食生活」
-・「ハッピー健康習慣」バックナンバー(4)
3、「心・頭脳の健康」
-・「ハッピー健康習慣」バックナンバー(5)
4-1、「病気・傷害・医療」
-・「ハッピー健康習慣」バックナンバー(6)
4-2、「糖尿病」
-・「ハッピー健康習慣」バックナンバー(7)
5、「福祉・介護・看護」
「ジャンルなし」
-・「ハッピー健康習慣」バックナンバー(8)
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視力は落ちていないのですが目の霞が気になることがあって、治療で改善するとは
聞きますがそこまでの必要は感じない程度と思いながらも夕刻や夜間の運転は自然に避ける様になり、遠距離は電車を使う様になりました。
同年代の友人知人からは「まだ運転をしているの?!」と何度か言われ、自分では「まだまだ全然支障ない!」とは思いながら、「いつかは!」という気はアルにはありました。
2カ月前に発症した「肩痛」が「運転を止める!」を決める引き金となりました。以前から軽い痛みが出たり消えたりしていて「五十肩の後遺症」位に思っていましたが、4月の末に激しい痛みを伴って右手をほとんど動かせないようになり、整形外科での治療で一応は治まりましたが、未だに完治の見通しはありません。
ユックリとなら動かせて、普通の生活は出来ますが、車の運転で、急な操作などでは妨げになりかねません。「大丈夫!」と思いたい気持ちが消えませんが、ここは決断のしどころと心得て「車を手放す」ことにした。という顛末です。
20年ほどの運転歴ですが、様々な体験を得ました。
弘前に在住した2年間では、隣接する白神山地の林道を日本海側まで抜けたり、秋田県、青森県の日本海沿岸各地を、また竜飛岬までを何度も堪能し、ある時は大間岬まで足を延ばしたり、八甲田・十和田湖、田沢湖など休日毎に走り回ったりしました。
東京に戻り住んでからも軽井沢方面、日光方面に何度か出かけて山野草の観察を楽しンだりもしました。
自宅から20km、40kmのところにいる孫達との往来は頻繁そのものでした。
嬉しいことに「おじいちゃんの車」といって好まれ、同乗を喜んでくれました。
いま大学生の孫も、赤ん坊の頃からの常連で、この度の「車を止める」話しを聞いたとき「自分が幼稚園の時に前の車が新しくなった」と言って、「おじいちゃんの車」が多分に印象深かったことを知らされました。
ヨチヨチ歩きの頃に遊園地などの広い駐車場で、「おじいちゃんの車」を見つけ出すのには驚かされた!ことも思い出されます。(これは他の孫達にも共通します)
この間、様々な泣き笑いがありました。大切に私の記憶庫に保管されていることでしょう。
搬出の日、今までは写真嫌いで通していた家内が「撮して!」といって車の横に立ちました。
今までは「実物以上」には写らない為と思いますがめったに被写体にはならなかったのですが、記念に!と思ったのか、やはりそれなりに想い出があったようで、普段着のままでカメラに治まりました。
乗り古した車ですが、それであるが故に!でもありましょうが、私だけでなく家族にも、孫達にもそれぞれの想い出を残してくれたようです。
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