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2023年02月08日

殺しに行った相手に、逆に窘められて帰るという顛末は、燈子の短い生涯の中でも特に忘れ得ぬ記憶として刻まれる事となった。いつの間にか降り始めた小雨は次第に強くなり、敗北感に打ちひしがれた燈子の頭を、追い討ちをかけるように小突き回す。

「あーあ、何やってんだろ、私」

濡れた制服に体温を奪われ、何度もブルリと震えながら、足は自然と可楽の居る道場へと向かっていた。

「で、可楽に会ってどんな顔を向けるんですか??ありのままに全て話しますか?それとも、何も無かった事にして、いつも通りに振る舞いますか?」

そんな風につぶやきながらも、燈子は自分が極めつけに嘘が下手な人種である事をよく知っていた。

「どうせ、本心をバラされちゃったんだから…いっその事、上手な嘘のつき方でも教われば良かったかな、あの女にさ…」

いつもより重く感じられる木製の扉に体重を預けて、寄り掛かるようにして開けたものの、今の自分では靴を脱いで道場に上がる資格さえ無いのではないかと思い、燈子は両腕をダラリと下げたまま土間に立ち尽くした。

すると、扉が開いた音が聞こえたにも係わらず、誰も入って来ない事を訝しく思った可楽が、用心した表情でこちらに向って来た。

「燈子か!?ずぶ濡れではないか、傘を持って来なかったのか?」

「うん、あのね…私…もうダメかもしれない…」

「駄目とは、どういう事じゃ??何があった??」

「うーんと、戦わずして敗れたと言いますか…」

「敗れたとは…誰かに勝負を挑まれたのか?」

「あっ、イヤ、私から殺しに行った…んだけどさ…」

「殺しに行ったじゃと!?まぁ、よい、とりあえず上れ。そのままでは身体に障るわ」

可楽は燈子の肩を掴むようにして土間から引き上げると、そのまま背中を押して中へと導いた。道場の中央には、どこから引っ張り出してきたのか、昔ながらの”七輪”の中で木炭が赤褐色に燃えていた。

「雨が降り始めたら、急に冷え込んで来たのぅ。ちょうど、火を起こしたところじゃ」

燈子を七輪の前に立たせると、可楽はバタバタと別室へと走って行ったが、ほんの1〜2分ほどで戻り、手には何枚かのバスタオルとジャージらしき衣服を持っていた。

「ほれ、拭いてやるから、今着ているものを脱げ」

言われるままに濡れた制服を脱ぐと、燈子は下着一枚だけの姿になった。

「まったく、世話が焼けるわ」

ブツブツと言いながらも、燈子の頭にバスタオルを被せてテキパキと拭き始めた所作には性的な意図は一切無く、本心から体調を案じている事が感じられた。

何枚かのバスタオルを取り替えながら身体を拭き終えると、可楽は一緒に持って来たジャージを差し出した。

「今日のところは、いつもここで着ている運動着を着て帰れ」

「ほらね……なんだかんだ言って、すっごく優しいんだから」

「阿呆、鬼に優しいも何もあるか。戦いの結果以外の事でおまえに身体を壊されたら、主君に申し訳が立たんだけじゃ」

「そんな大層なモンかな…」

「当然じゃろう。おまえが禰󠄀豆子の血を引いておるという事は、潜在的には我が主君の血をも引いておるという事じゃ。なにしろ、禰󠄀豆子とて無惨様の血を浴びて鬼となったわけだからな」

「あっ、そうか。世代を経て薄まっているとはいえ、私にも、どこかしらに鬼の資質があるって事だよね。だから、あの女は私達の事を『親子』って言ったのか」

「あの女??」

「うん…実はね…」

燈子は先刻までの”落語家の女”との遣り取りを、包み隠さずに全て話して聞かせた。

「まさか、阿良川あかねを殺しに行ったとはのぅ…」

「うん、ごめんね」

「いや、別に謝る必要は無い。『人を殺す覚悟を持て』と言ったのはワシの方じゃ。でもまぁ、言葉での勝負は確かに、おまえの完敗じゃのぅ」

「それもそうだけど、可楽が『鬼』だって事がバレちゃった……ホント、ごめんなさい。もしも、後で大事になったら死んでお詫びします」

「先走った事をぬかすな。戦いの結果以外の事で、おまえを死なせるわけにはいかんと言うたじゃろう」

そう言うと、可楽は燈子の両肩を掴んで、その身体に言い聞かせるようにして話を続けた。

「おまえは言うなれば、我が主君が遺された『最後の血の一滴』よ。それが失われる事があれば、ワシが生きる意味も潰えるのだ。おまえとワシは一蓮托生である事を忘れるな」

「一蓮托生…」

その言葉を復唱した瞬間、辛うじて保っていた”外面”が完全に剥がれ落ち、自分でも見て見ぬフリをしていた”本心”が完全に露となった。

「じゃあ、本当に『お父さん』って呼ばせてよ」

「なんじゃと??」

「そんなに私が大事な存在なら、『お父さん』って呼ばせてって言ってんの!!」

「どういう事じゃ!?まるで訳が分からんぞ??」

「可楽は私のお父さんなんだよぉぉぉぉぉっ!!」

そう叫んだ燈子の身体が細かく震え出し、肩を掴んでいる可楽の両手を揺らした。

「燈子よ、落ち着け。おまえの父親は健在であろう?」

「違うの!!私が本当に欲しいモノをくれたのは可楽なの!!だから、可楽こそが私の本当のお父さんなの!!お願いだから…お父さんて呼ばせてよぉ…」

無論、可楽にとっては”ファザコン”という概念は到底、理解し得るものではなかったが、燈子が”鬼の因子”を受け継いでいる事とは全く無関係に、どうやら生まれ育った家に強烈な不満を抱いているらしいという事は容易に感じられた。


御帽子


「ふむぅ…」

燈子がすすり泣きしながらジャージを着込む間、可楽は下を向いて何やら思案していたが、ふと顔を上げて道場の壁の方をチラリと見てから言った。

「ならば……ワシと”親子の盃”でも交わすか?」

「親子の…さかずき??」

「ほれ、チンピラがヤクザの親分と交わすアレだ」

「あっ、なんか、ドラマで見た事ある!」

「確かに、所作としてはヤクザ者の習わしだが、ワシとおまえが交わす場合は、むしろ仏教の流儀に近いがな」

「仏教?何で?」

「仏の道を志す者が家を出て寺に入門する場合、直接的には、その寺の住職が師匠となるな?」

「まぁ、当然、そうだよね」

「だが、それは同時に、開祖である釈迦に『帰依』する事にもなる訳だ。つまりは”師匠の師匠”という事だな」

「あっ、なるほど」

「ワシとおまえの場合も同じじゃ。『鬼』であるワシと親子の関係を結ぶという事は……つまるところ、始祖であられる鬼舞辻 無惨様に生涯の忠誠を誓うという事じゃ」

「うん、分かる」

「本当に解っておるか??」

「えっ??」

ここで、可楽は声のトーンを意図的に低くして、生半可な理解では許されないという事を印象付けるべく言葉を続けた。

「無惨様が御隠れになった今や、残念ながら……血を頂いて心も身体も『鬼』となる事は、もはや叶わぬ。つまり、おまえの場合、身体は人間のままでありながら、心のみを入れ替えねばならないという事だ」

「あっ、そうなる…よねぇ…」

「今一度、問うぞ?人間の心や今までの社会的な営みを全て捨ててまで、ワシを『父』と呼びたいか?昨日まで『友』と呼んでいた相手さえも、殺す必要が生じたなら躊躇わずに殺せるか?」

その質問に、燈子は暫し下を向きながら考え込んだが、やがて顔を上げて、可楽の眼をしっかりと見据えながら力強く答えた。

「今日限り、人間の心を捨てて『鬼』になります!!人間社会の全てを踏み躙ってでも、無惨様の栄光の為に働きます!!」

すると、可楽は表情の強張り(こわばり)を解いて微笑みながら、燈子の頭を優しく撫でた。

「少し待っていろ」

そう言うと、可楽は道場の隣室に引っ込み、数分後に陶器製の酒瓶と盃、そして上等そうな”袱紗”(ふくさ)を持って戻って来た。

それらを燈子の目の前の床に静か置くと、今度は道場の隅に立て掛けてあった脚立を手に取り、一方の壁際の床にしっかりと開いて据え置いた。

脚立の真上には、本来であれば神棚を祀る為であろう棚が設けてあり、その上には人間の頭ほどの大きさの桐の箱が載っているのが見える。

(あっ、あの箱は…前から気にはなってたけど、何だか聞いちゃいけないような気がして、そのままになってたなぁ…)

「無惨様、失礼致します」

可楽は深く頭を下げてから脚立に上り、桐の箱を押し頂くようにして手に取ると、人間が遺骨の入った骨壺を扱う時のような所作で大事に抱きかかえ、燈子の元に戻って来た。

(まさか、無惨様の遺骨が入ってるの!?でも、『鬼』って死ぬと骨も残らずに灰になっちゃうんじゃなかったっけ……)

燈子の疑問を他所(よそ)に、可楽は床に膝を突いて静かに箱を置くと、ゆっくりと蓋を開いた。中に納まっていたのは意外にも、男性用の古びたパナマハットであった。

「えっ、帽子!?」

「この御帽子はな……かつて、無惨様が人間に擬態して外出される際に、好んで被っておられた物だ。御隠れになられた後、拠点として使っていた建物を方々探し回って、やっとの思いで見つけたのだ。これが無くば、さしものワシとて心が折れていたわ……」

そう言うと、可楽は目を細めながら帽子を取り出し、床に広げてあった袱紗の上にそっと置いた。

「さぁ、燈子よ。盃を交わす前に、この御帽子を無惨様だと思い、御挨拶申し上げろ」

「あっ、はい!!」

可楽の意図をやっと飲み込んだ燈子は、丁寧に正座し直してから両手の指を床に突いて平伏した。

(えーと…)「無惨様、初めて御目に掛かります。私は禰󠄀豆子の曾孫にあたる者で、名を燈子と申します。この度、貴方様の忠実なる家臣である可楽と、”親子の契り”を結ぶ運びとなりました。それに伴いまして、卑しき人間の身分ではございますが、『鬼』の始祖であられる無惨様に生涯の忠誠を誓う事を、ここに御約束申し上げます」

まるで、事前に台本を読んで覚えていたかのような台詞が、自分の口からスラスラと流れ出た事に驚いた燈子がおそるおそる顔を上げると、可楽もやはり、同じように驚いた顔で口を開けていた。

「燈子よ、素晴らしいぞ、何も文句は無いわ!」

興奮を隠し切れぬ口調で褒めると、可楽は燈子の膝の前に盃を置き、なみなみと酒を注いだ。

盃

「さぁ、それを飲み干して懐に収めれば……ワシらは”親子”じゃ」

その”親子”という言葉に反応して、否が応にも鼻息が荒くなる。

(これを……これを飲み干せば『お父さん』って呼んでいいんだね!?)

まるで、数十メートルもある崖からバンジージャンプを敢行するかのような覚悟を決めて、震える両手で盃を持ち上げると、ゆっくり、ゆっくりと唇に近付ける。

(ああぁ、ヤバイ、こぼれそう!まさか、こぼしたら契約無効になっちゃったりするの!?)

慌てて顔を前に突き出し、噛みつくようにして盃に唇を付けると、それがアルコールである事も忘れて一気に飲み干してしまう。

しかし、焼けるような感覚が喉を走ってもなお、興奮の方が勝っているのか、燈子は咽(むせ)込みながらもジャージの胸元を開け、放るようにして盃をしまい込んだ。

「ケホッ、ゴホッ……頂きましたっ!!」

「なにも、一気に飲み干さんでも……まぁ、よい。燈子よ、おまえをワシの娘と認める」

それを聞いた途端、言葉では言い表せない程の嬉しさが、心臓から血管を伝わって全身に行き渡るかのように感じられた。

「あ゛あぁぁぁぁぁ!!お父さぁぁぁぁぁん!!!」

床に少しこぼれた酒で足を滑らせながら、燈子は倒れ込むようにして可楽の頸に抱き付き、大声を上げて泣き始めた。

(やれやれ、まだまだ幼いのぅ…)

内心ではそう思いながらも、しかし、燈子の口からハッキリと無惨に対する帰属の意思を聞いた可楽もまた、百年に渡る孤独な放浪生活から脱し、主君の栄光の為に再び働ける事に大きな「楽しみ」を感じていた。

(まぁ、今日の所は良いか)

嗚咽交じりで「お父さん」と呼び掛ける声を耳元で何度も聴きながら、可楽は燈子の背中を優しく摩り続けた。

第9話「看破」
 第11話 ≫

登場人物:我妻燈子 可楽
posted by at 21:49 | Comment(0) | 鬼滅の刃
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