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2023年01月12日

『この尾形清十郎、齢はとっても、腕に年はとらせんつもりと、長押(なげし)の槍を小脇に抱え、ツカ…ツカ…ツカ〜ツカ〜ツカ〜ツカっ!!』

『おいおい、待っておくれよ、先生!!この長屋ぁ、そんなに広くないでしょうよ??ここからソコまで、精々が三間ぐらいだ。ツカ、ツカ、ツ〜で止めときなよ!!』

「うはははは!!楽しいのぅ!!」

今、私の隣の席で、可楽が普段の言動からは想像もつかないほどの大声で笑っている。

私自身、すっかり忘れていたが、可楽は弱体化したとはいえ喜怒哀楽の『楽』を司る分身鬼であり、この笑い声こそが彼本来の『素顔』なのだろう。

だからとて、可楽が私を騙し続けてきた…などと言うつもりは全くない。完全無欠なる地上最強生物を夢見た主君が亡き現在、唯一人、その血統の残り香を身体に宿した私を育て上げる事もまた、彼の『本心』には違いないからだ。

まずは見極めなければならない。可楽をここまで笑わせている、壇上の”あの女”の素性を。いや、可楽だけではない、会場の聴衆を魅了する『噺』なるものの正体を。


息抜き


「可楽〜っ!!バッチリだよぉ〜!!」

次なる対戦相手と対戦予定地の確認を済ませた私は、地元の駅に着くなり、格闘技の師が待つ道場に全速力で駆け込んだ。

「おぉ、戻ったか」

可楽は既に地図を開いて待っており、私がポケットから取り出した手書きの地図と照らし合わせながら、赤いペンで線や丸印を書き込んでいった。

「でね、橋を渡ってすぐ右側の、この川沿いの道を…そうそう…大体、300メートルぐらいかなぁ…土手のところに割と大きい木が生えててね…そう、その周りを茂みが囲う感じになってんのね」

「ふむ、川の反対側はどんな感じじゃ?民家は建っておったか?」

「あー、うん、工場とかマンションは建ってたけど、そんなに人の気配や出入りは無かったね。どっちにしろ、木の陰になって見えないだろうし。あっ、写真撮ってくればよかったな」

「大声さえ上げなければ大丈夫そうじゃな…よし、そこに決めてよかろう。で、相手の印象はどうじゃった?」

「なんて言うか…基本がしっかりしてて『出来そう』って感じ。チンピラみたいにジロジロとこっちを睨んだりもしなかったし、あくまでも平静な感じだった」

「ほぅ…今までで一番、勉強になるかもしれんな」

「うん、私もそう思うよ、すっごく楽しみ!!」

その後は軽めのトレーニングを終えてから帰宅したが、翌日、例のごとく学校帰りに道場に立ち寄ると、可楽の口から信じられない言葉が飛び出した。

「今日は趣向を変えて、息抜きに出かけるぞ。付いて来い」

「はぁっ!?息抜きぃ??それって、どういう…」

すると、可楽は敢えて言葉では答えずに、私の顔を意味あり気に見つめてニヤッと笑った。今まで、この道場に来た時にトレーニングをしなかった事など、一度として無い。

もちろん、息抜きと言ったのは建前であり、実際には何かしらの意味合いがあるのだとは思うが…それにしても、次の日曜日に対戦を控えている、今このタイミングで提示する事なのだろうか??

戸惑う私に対して、可楽は片方の眉を吊り上げて更に促す。

「今日は時間も早いし、帰りもそんなに遅くならんだろう。なんぞ、不都合でもあるか?」

「あっ、いや、別に都合は悪く無いけど…でも、どこに行くの?」

「寄席じゃ」
「よせ??」

聞いた事があるような、ないような…しかし、いずれにせよ生まれて初めて行くであろう場所に、私は黙って付いて行く事にした。

寄席

「ここって…落語とかやってるトコじゃないの??」

「あぁ、そうじゃ」

「えっ、じゃあ、落語を聞きに来たってコト!?」

「その通り」

私が知っている可楽が、いつの間にか別人に入れ替わってしまったのではないか…?

そんな疑念に見舞われながらも、あえて不満を口にはせず後ろに付いて入り口を潜ると、可楽は懐から取り出した財布で二人分の入場料を支払った。

(可楽がお金使ってるトコ、初めて見たわ。てか、そもそも収入とかあるの!?)

その昔、人を殺して喰らっていた筈の鬼が、今この時代にお金を使っている場面を見るのは、なんとも奇妙ではある。

受付けで手渡されたプログラム表なるものを見ると、出演者の名前と演目が出演順に並んでいた。もちろん、そのどちらにも私が知っている文言は無い。

うす暗い場内に入ると、出演者が座る檀上(後から『高座』と呼ばれるものだと教えられた)に照明が当たっており、若い男の落語家が『噺』(一つの演目)を披露していた。

『恐い恐い言いながら、饅頭全部平らげちまいやがって!!てめぇ、本当は何が怖いんでぃ!?』

『うーん、今度は熱〜いお茶が恐い』

ここで噺が終わったらしく、まばらな拍手と共に演者が裾に引っ込むと、今度は私とそんなに年が違わないぐらいの、若い女の演者が高座に座った。

すると、客席の方々から先程よりも大きな拍手が鳴り響き、更に驚いた事には、私の隣りに居る可楽までもが「ほほっ、間に合うたのぅ」と期待を口にしたのだ。

「えっ、間に合ったって、この人が目当てで来たの??」

「シィッ、噺が始まるぞ…」

これには、さすがに呆れかえってしまったが、どうやら、この演者が話すところを私に見せるのが目的であるらしいので、小さく溜息をつきながらも、とにかく聞いてみる事にした。

『最近、ワタクシの父が釣りなんぞを始めたらしく、朝に意気揚々と竿を担いで出かけて行くのですが、夕方にはショげた顔をして戻って参りましたので、「はは〜ん、一匹も釣れなかったのだな」と思い…』

そういえば、動画サイトに上がっている昔の落語家の噺を、父親の横で何度か聞いた覚えがあるが…はっきり言って面白いとは思えない。

別に、江戸時代の大衆文化に興味が無いというわけではない。単純に「一人の人間」が何役も演じる事に、根本的に無理があるだろう…という話だ。

そう思いながら、しばらく噺を聞いていると、隣に座る可楽が「ほほぅ」と感心したり、笑い声を上げたりする場面には、どうやら共通する要素があるらしい。

それは『アクション』だ。

手に持った扇子を釣り竿に見立てたり、右手で扉を叩く仕草をするのと同時に左手で実際に床を叩き、「コン、コン」という音を出してみせたりと、一人で何役も演じるという根本的な難しさを動きや音で補い、リアリティーを持たせる工夫が随所に見られる。

(なるほど、可楽が私に見せたかったのは『総合的な演出』って事ね?そして、それは戦いにも採り入れて活用できる…効果的なフェイントはもちろんの事、意味あり気な口上を述べて相手の困惑を誘ったり、こちらのダメージの度合いを隠して、平気な振りを装ったりもできる…ってトコかしら?)

それならそれで一応の納得はできるので、私は大きく深呼吸して、胸に浮かんだムカつきを鎮めようと務めた。だが、そのまま噺を聞き続けていると、壇上の演者が奇妙な行動を取った。

明らかにコチラ、つまり私と可楽の方をジッと見ているのだ。そして、口からは途切れずに言葉を出し続けたままで、頸を少し傾げてニコッと笑い、再びストーリーの演出に戻った。

(えっ、今のは私を見て笑ったワケじゃないよね??まさか……可楽を見て笑ったってコト!?)

こればかりは、本当にワケが分からない。せっかく鎮まりかけた悪感情が、私の胸の中で再び火の粉を散らした。

『オンナを釣るのに針なんぞ要るかっ!サオが一本ありゃあいい!…「野ざらし」でございました』

ドッという笑い声と共に拍手が巻き起こると、女の演者は両手を床に突き、深く頭を下げてから座布団を降りた。

噺が終わってようやく、可楽が私の憮然とした表情に気付いたらしい。「よし、行こうかの」と促されたが、私はワザと返事をせずに席を立った。

「どうじゃった?」

「んー、まぁ…あの女の落語家の演出力が凄いって事は解ったわ。口がよく回るだけじゃなく、オーバーな動きと音の演出を加える事によって、違和感なく何役も演じ分けていらっしゃいましたわね」

「その通りじゃのう」

「で、その演出の力ってのは、戦いにも応用する事が出来る…と。そういう理解でよろしいかしら」

「なんじゃ、随分とぶっきらぼうな物言いじゃのぅ」

「あら、そうかしらぁ??」

「では、少し問いを変えようかの。もし、あのオナゴが噺家ではなく、おまえと同じ格闘者だったとしたら…勝てると思うか??」

「えっ、どういう事??そんなの分かんないわよ…」

ここで、可楽は出かける前と同じように、意味あり気に私の顔を見つめてニヤッと笑った。

「仮に、あのオナゴがおまえと同じだけの期間、格闘の修行をしたとしたら…おまえが敗けるじゃろうな」

「はぁっ!?ちょっと待ってよ!!一体、あの女の何が、私に勝ってるって言うのよ!?」

「覚悟」
「えっ??」

「ワシは、あの”阿良川あかね”という噺家が初めて高座に上がった時に、たまたま居合わせておったが…一目見て、他の若造とは”覚悟”が違うという事が分かった。アレは今の時代には珍しい、”求道者”の目をしておる」

「ぐどうしゃ??」

「”道を求める者”と書く。意味合いとしては、そうじゃのう…その道に生きて、その道に死ぬのはもちろんの事、道を歩む過程で起こる喜怒哀楽を全て等しく受け入れて、究極的には自らが”道そのもの”になる事を目指す…といったところかのぅ」

「道そのものになるって…」

「例えば、落語とはそもそも、どんなモノじゃ??」

「どんなモノって…主に、江戸時代の庶民の生活を面白おかしく脚色した、伝統芸能でしょ??」

「そう、この場合であれば、自らが伝統芸能そのものに成る事を目指す…というワケじゃな」

「いや、それはそれで確かに凄いとは思うけど…なによ、結局は私に覚悟が足りてないって言いたいワケ??」

「その通り」

随分、アッサリと言い放ってくれたものだ。私とて、自分が『地上で何番目に強い生物か?』を確かめる為に今日まで修行を積んできたし、自分よりも身体が大きい男達と戦ってきた。もちろん、何事にも上には上が居るのは分かるが…

「不満そうなツラじゃのぅ。では聞くが…おまえ、人を殺せるのか?その覚悟は既にあるのか?」

「えっ…」

「即答できぬのなら、残念ながら、それが今のお前の限界という事になるな」

「いやっ、それは…戦いの結果として、打ち所が悪くて死ぬ事があるかもしれないとは思ってるけど…」

「ほほぅ、あくまでも技を競って勝つ事が目的であり、最初から殺す事が目的ではないと言いたいわけじゃな?おまえ自身がそう思うのは勝手だが…はたして、相手も常にそれに付き合ってくれるのかのぅ??」

「えっ、それは…」

「以前にも話したが…ワシの蹴りが禰󠄀豆子の腹を貫いた次の瞬間、あ奴の蹴りがワシの顎を砕いたばかりか、勢い余って頸の骨までヘシ折ってくれたわい。お互いに、相手を完膚なきまでに叩き潰す事が前提の戦いじゃ。日頃、おまえに教えておるのは、そういう技なのだがな」

「あ、うん、それは…分かってます」

「ならば、今晩、徹底的に想像してみるがいい。自分の蹴りが相手の腹を貫く場面を、その感触を。相手の蹴りが自分の頸をヘシ折る場面を、その音と痛みを」

「はい、分かりました…」

私は『実際に殺し合いを経験した者』の言葉に、すっかり反抗心を刈り取られてしまい、それ以上、言い返す事ができなかった。


鬼の親子


「クッソー、日に日に拍手が大きくなってやがるな、悔しいぜ」

「あっ、からし!!ありがとう、勉強させてもらいました」

「けどよ、途中で一瞬、不自然な”間”が空かなかったか?あそこは、隣の釣り人に向かって文句言ってる場面の筈だけど…」

「あぁ、アレね。私の初高座の時から聴きに来てくれてる、馴染みのお客さんが居たんだけどさ…」

「初高座の時からの馴染み客ぅ!?なんだよ、なおさら嫉妬しちまうぜ!!」

「それはまぁ、置いといて…いつもは独りで来てるんだけど、今日は娘さんだか、お孫さんだか、微妙な年齢の女の子が隣に居てさ。私と同い年か、少し下ぐらいかなぁ?」

「はーん、それで??」

「馴染みのお客さんが笑ってる横で、私の事をスンゴイ恐ろしい眼で睨んでたのよ。人間に、あんな恐い眼が出来るのかってぐらいの…」

「よく分かんねぇけど、ヤクザみたいに下から舐め上げるような感じのヤツか?」

「いや、人間に似てるけど、人間ではない感じって言うか…そう、『鬼』って表現が一番近いかな」

「なっ!?オニぃ??」

「うん、私を睨んでた原因は分らないけど、危うく噺を中断して身構えちゃうトコだったわ」

「なんか、物騒だなぁ…帰る時、駅まで一緒に付いて行ってやろうか?」

「あ、うん、お願いするわ」

その日の寄席の営業が終わり、阿良川あかねと三明亭からしが裏口から外へ出たところ、”鬼のような眼”をした娘の姿は見当たらなかった。

「どうやら、大丈夫みてぇだな。でも、昨今は何かと危ねぇよなぁ…おととし、だっけ?ファンの男に逆恨みされて、刺されそうになったアイドルがいたよな?」

「あったねぇ、そんな事件…」

「まっ、おまえに先を越されるのは悔しいけど、だからって、犯罪に巻き込まれるなんてのは望んでねぇからよ。くれぐれも、用心してくれや」

「うん、ありがとう、お疲れ様!」

電車に乗り込み、ようやく安堵の溜息を漏らしたところで、あかねは自分の馴染み客と、あの恐ろしい眼をした娘との関係性をアレコレと考え始めた。

(からしは、あくまでモノの例えだと受け取ったみたいだけど…あの子、本当に人間じゃなかったよね…奥の方の席でかなり暗かったけど、睨んでる眼が猫みたいに光ってるのがハッキリ分かったもん。でも、あの子が本当に『鬼』なんだとしたら、隣の父親らしき男の人も鬼だって事??鬼の親子なの??)

さすがは落語家と言うべきか、日頃から一人で武士や町人、男と女、大人と子供、そして時には幽霊の役まで、その心情や背景を極限までリアルに想像して演じるわけであり、その感性は伝説上の生き物である筈の『鬼』さえも、実在していた事を前提とした推論を可能にした。

(貴女は今、どこに居るの?普段は何をしてるの?今までに人を……殺した事があるの??)

車窓に流れる街の夜景を見つめながら、あかねは何処かに隠れ潜んでいるであろう”鬼の娘”の行方に思いを馳せた。

第7話「毒」
 第9話「看破」

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