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2022年08月09日

その日、燈子は殊の外に機嫌の良い表情で電車に揺られながら、鼻歌交じりで窓の外を流れる景色を眺めていた。

車窓

先日の防御技の習得の際に(訳は分からなかったが)可楽に褒められた事に加えて、今日はいよいよ、次なる対戦予定者の顔と対戦予定地の確認に向かっている最中であり、嬉しい事続きで否応もなく気持ちは昂る。

(ふふっ、楽しみだなぁ…今度こそ、完全に決着するまで思う存分に戦りたいなぁ…)

まるで、デートの待ち合わせ場所に向かう同年代の女子のようにニヤけた顔をしながら、ポケットの中で握り締めた手の中には、対戦候補者の名前や経歴、及び一週間の大まかな行動パターンが書かれた紙が収まっていた。

〜 伊丹 俊二(いたみ しゅんじ)、二十一歳
昨年度の関東学生空手道選手権大会にて準優勝。相手の出方を慎重に見極めた上での、防御から攻撃への切り替えに優れる。

月曜から金曜までは大学での練習後、常に誰かしらと連れ立って帰路につくか、もしくは飲食店への勤務に向かう為、対戦は難しいと思われる。

土曜日は午後二時まで飲食店にて勤務した後、必ず一人で走り込みをしながら帰宅する為、最も対戦が期待できる。日曜日の行動は一定しない為、割愛 〜

(しっかし、可楽ったら…どうやってこんな事を調べてるんだろう?経歴だけならネットで調べれば分かるけど、さすがに一週間の行動までは…探偵でも雇ってる?)

確かに、可楽には未だに燈子に見せていない「謎の顔」があり、特定の言動に関して説明を求めても、はぐらかされる事が少なからずあった。

(でも、いつかは全て話してくれるよね…信じてますぜ、可楽センセー!!)

ふと、視線を車内に戻すと、燈子の斜め前で吊革につかまって立っている若い女性の様子がおかしい。眉間にシワを寄せて不快感を露にしながら、しきりに身体を左右にゆすったり、捩じったりしている。

更によく観察すると、どうやら女性の背後に立っている三十代ぐらいの男が、女性の腰から尻の辺りを手で触っている様子であった。

男は、もう片方の手に持った鞄で一応は痴漢行為を隠しているつもりらしかったが、興奮が増すにつれて警戒が疎かになったのか、椅子に座っている燈子の視点からもハッキリと犯行が確認できた。

(あーあ、しょうもないなぁ…そんなに女の人のお尻が触りたきゃ、風俗なりマッチングアプリなり、いくらだって方法はあるでしょうに…)

その認識は、今となっては大いに自己矛盾を孕んでいる筈だったが、ともあれ、せっかくの上機嫌に水を差された燈子はフゥと溜息をついてから、おもむろにスマートフォンを取り出してカメラのレンズを男の方に向け、痴漢の証拠となる写真を撮った。

「カシャッ」というシャッター音に、痴漢男ばかりか被害者の女性までもが驚き、二人同時に燈子の顔を凝視する。

「はい、そこまで。写真撮ったから言い逃れできないからね?あと、お姉さんも嫌なら嫌だってハッキリ言わなきゃダメだよ?法律って、黙ってる場合は容認した事になっちゃうから」

「あ…ありがとうございます!」
「いや、ちょっと待ってよ!!俺が何したってんだよ!?」

「はぁ??何したって…そのお姉さんのお尻を触ってたでしょうが!?」

証拠写真を撮られてなお、言い逃れようとする態度にほとほと呆れた燈子は、思わず立ち上がって(もちろん、手加減はしたが)男の鞄を蹴り上げた。

それなりに混雑していた車内に於いて、人と人との隙間を正確にすり抜けて飛んできた燈子の蹴りに心底から驚愕した男は、真っ赤な顔をしながら視線を俯けて反論を飲み込んだ。

それまで、見て見ぬふりをしていた周囲の乗客も流石に騒めき始めたが、タイミング良く列車が駅に停車する為に減速し始めたので、燈子は被害者である女性に向き直って言った。

「じゃあ、私も一緒に降りて見張ってますから、お姉さんは通報して下さい」
「はい、本当にありがとうございます…」

停車して扉が開くと、燈子は痴漢男の鞄を掴み、引き摺るようにして列車から降ろした。続けて下車した女性が通報すると、警察からの連絡を受けた駅警備員が駆け付けて通報内容に間違いがないかを確認した。

「で、こちらの方が証拠写真を撮って下さったんです」
「あっ、そうですか。では、警察官が到着したら、その旨を証言してもらってよろしいですかね?」

「あー、はい、分かりました」

この時点では、燈子は先程の「大いなる自己矛盾」に全く気付いておらず、あくまでも痴漢男が逃げ出さないように目を光らせているだけのつもりであった。

迂闊にも、警備員に案内されるままに駅事務所へと付いて行き、警察官の到着を待つように再度言われてから、燈子はようやく自身が置かれた状況の不味さに気付き、顔から血の気が引いていくのを感じた。

(マズったぁぁ!!私自身、他人に喧嘩を売ってケガをさせてる犯罪者だってのに…)

しかし、この場で急に証言を拒否して立ち去るのも甚だ不自然である上に、そもそも、あの日の「大男」が警察に通報したとは限らない。燈子は腹を括って簡潔に証言を済ませ、サッサと逃げおおせる算段を固めた。

待つ事十数分、警察官が到着し職務質問を始める。

「なるほど、こちらの方が証拠写真を撮った上で、痴漢行為を止めて下さった…と。では、その写真を見せて頂けますか?」

「はい、コレです」

燈子は心臓が早鐘を打っているのを警察官に悟られないように、意識して呼吸を深く、長く保ちながら答えた。

「あー、確かに触ってますねぇ。では、男性の方も、こちらの女性の身体に故意に触れたという事で間違いないですね?」

「…はい、間違いありません」

「分かりました。では、12時35分、あなたを東京都迷惑防止条例違反の容疑で準現行犯逮捕します」

逮捕

手錠が掛けられると、男は反省や罪悪感よりも、むしろ恥ずかしさと悔しさが入り混じったような赤い顔をしながら連行されていったが、それを見た燈子は否応なしに自分が逮捕された時の事を連想せざるを得なかった。

取り囲む複数人の警察官、容疑と逮捕の宣告、そして、周囲の野次馬の好奇の視線…

(今ならまだ、少女Aって事で手錠までは掛けられないのかな?けど、これから先もずっと戦い続けるなら…ううん、上手く戦って、巧く逃げるしかない!)

いつの間にか額に浮いていた脂汗を服の袖で拭った燈子は、大きく息を吸い込んでから自身の両頬をピシャリと叩いた。

「あのぅ、大丈夫ですか??」

燈子の様子が、電車内での毅然とした態度から一転して憔悴している事に被害者の女性が気付き、心配そうな表情で言った。

「あー、イヤ、あの痴漢男が全然反省してなさそうな顔してたから、キモさMAXで疲れちゃって…」
「えぇ、ホント、そうですよね!!」

「じゃあ、私は友達との待ち合わせがあるんで、これにて失礼いたしやす!」
「あっ、そうだったんですか!?お忙しいのに、ここまで時間を割いて頂いて本当に助かりました!!」

女性が感謝の言葉を述べ終るのを待たずに、燈子は手を振ってその場から足早に立ち去った。

(あんなに可愛らしい顔してるのに、なんて勇敢な子なんだろう…私も見習わなきゃ)

(いやはや、見た目こそ今時の女子高生って感じだったけど、行動は大人そのものだね。日本も、まだまだ捨てたもんじゃない)

被害者の女性にしろ、犯人を連行した警察官にしろ、その時に上を向いていた「サイコロの一面」を見たに過ぎなかったが、いずれにせよ、この二人との接触が燈子のその後の運命を大きく変える事となった。

第4話「疑い」
 第6話「更なる疑い」

posted by at 00:26 | Comment(0) | 鬼滅の刃
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