2022年08月24日
【鬼滅 if 現代編】第6話「更なる疑い」
「燈子ちゃんの様子が、おかしいって?どういう風に?」
「なんかもう、別人になっちゃったみたいなんだよ…」
我妻 善照は、姉の燈子が約一ヶ月前から早朝のジョギングを始めた事、それ以降、自分との会話が極端に減り、必ず一人で下校するようになった事、そして……
武道場のような建物に入って行った件を問い質したところ、怒りを露にして両親には秘密にするように念を押された事を、順を追って竈門 カナタに説明した。
「ジョギングを始めた事は俺も本人から聞いたけど…護身術まで習い始めたとは、確かに初耳だね」
カナタは、明らかに寝不足で憔悴の極みにある善照を労るように、務めて優しい口調で返答した。
「とはいえ、第三者の俺からすると、燈子ちゃんの言い分は至極真っ当というか、おかしな点は無い事も事実だけど…」
「うん、俺も姉ちゃんが言ってる事自体は、ごもっともだと思うんだけど…なんか、言葉以外の態度がさぁ、とにかく冷たくてトゲトゲしてんのよ」
「善照君自身には、何か思い当たるフシは無いの?ついうっかり、彼女が嫌がる事をしちゃったとかさ?」
「そんなの、いつもの事じゃんよ!!今までだって散々、姉ちゃんに怒られるような事はしたけどさぁ…初めてだよ、まるで『鬼』みたいな目で睨まれたのは」
「えっ??鬼みたいな目って…ちょっと待って」
善照の口から「人前で無闇に使うべきではない単語」が飛び出した事に驚いたカナタは、二人が立っているマンションの駐車場の周囲を見渡した。
「一応、聞いとくけど…俺たち、竈門家と我妻家の人間にとって、『鬼』って言葉は決してモノの例えじゃないって事は分かってるよね?」
「うん、分かってる…けど、それ以外の言葉じゃ言い表せないんだよ。あれは絶対、人間が人間を見る目じゃない…」
ただでさえ、寝不足で大きな隈(くま)ができている善照の顔から、更に血の気が引いて蒼白くなっていく。それを見たカナタは、幼少の頃から伝え聞いている「鬼」に関する知識を総動員して、燈子の身に何が起こっているのかを推理し始めた。
「まさか…」
「えっ??」
(ヤバい、ヤバい…急がなきゃ、ターゲットに会えなくなっちゃう!!)
迂闊にも、本来の目的から外れて人助けに首を突っ込み、あまつさえ正義の味方を気取ってしまった事に自己嫌悪を覚えながら、燈子は駅の階段を駆け上がって先程降りたホームへと戻った。
不幸中の幸いと言うべきか、5分と待たずに到着した列車に飛び乗った燈子は、先程の痴漢の一件を頭から追い出し、次なる対戦予定者の発見と追跡に意識を集中させた。
「次は〜八王子ぃ〜八王子ぃ〜、八高線をご利用の方は〜お乗り換えです」
(よしっ、ここだね…)
扉が開くと同時に列車から飛び降り、転がるようにして階段を駆け下りた燈子は、こうなったらジョギングも兼ねてやるとばかりに、改札口を抜けてもなお、走り続ける。
(ええっと、北口を出てバスターミナル右奥の道…アレでいいのかな?)
対戦予定者の個人情報が書かれた紙の裏には、大雑把な地図が手書きで描かれており、土曜日の午後の混雑した歩道をすり抜けるようにして駆けながら、ターゲットがアルバイトしているとされる飲食店を探す。
(えっ、嘘っ!?ここ、真っ直ぐじゃなくてY字路になってるじゃん??どっちに行けば…あっ、いや、あくまでも北東方向だから…右だね、多分)
手書きの地図にありがちな、諸々の「抜けている部分」に四苦八苦しながらも、燈子はようやく、幹線道路と合流する大きな交差点の手前に、目的の店であるラーメン店の看板を発見した。
「ハァッ…ハァッ…あったぁぁぁ!!おっと、今、何時?…1時45分、間に合ったぁ!!」
何度か大きく深呼吸をして、それでも治まらない荒い鼻息のまま、燈子は窓ガラスを覗き込んで店内を窺った。
(おっと、写真、写真…)
20代前半の男の店員は何名かいる様子だったが、予めターゲットが在籍する大学の公式サイトから保存しておいた、空手部員が写っている画像を呼び出して見比べると、本人と思われる顔形の男を発見した。
(居たっ!!多分、あの人だ。よっしゃ、裏口で待ちますか…)
建物の陰に身を潜めつつ、顔だけを出して裏口の扉を窺い続ける事二十数分、先程のターゲットと思われる男が黒いランニングシャツとパンツ、そしてランニングシューズという「いかにも」な出で立ちで現れた。
(あっ、でも、後ろから追いかけたら思いっきり怪しいよね…よしっ、先回り!!)
幸いにも、男がその場でストレッチを始めた事で、先回りして待ち伏せる猶予があると判断した燈子は、そっと顔を引っ込めつつ、足音を立てないように建物から離れた。
(あー、赤になっちゃう、待って待って!!)
店の表側に出ると、すぐ目の前の歩行者用信号が点滅しており、意を決した燈子は身を沈めるようにしてアスファルトを蹴り、全速力で駆け出した。
(おっとっと、地図、地図!!)
既に何度も出してはしまう事を繰り返して、クシャクシャになっていた紙を今一度ポケットから取り出し、地図に赤い線が引かれた、男の帰宅経路を確認する。
(橋までは、ずっと真っ直ぐ…橋を渡ったら川沿いの道を右ね)
幹線道路に合流し、車の排気ガスに煙たさを感じながらも一心不乱に歩道を走り続けると、地図に書いてある通りに大きな川を渡る橋が確認できた。
橋を渡り、そのすぐ右に伸びる川沿いの細い道に入った燈子は、チラッと後ろを振り返りながら速度を落とした。
今回の下調べで重要なのは、ターゲットの顔の確認も然る事ながら「対戦に適した場所」があるか否かの見極めであり、前回のように行き当たりばったりで対戦した挙句に、通行人に騒がれるような事態は何としても避けなければならない。
ゆっくりと走りながら川原を観察すると、元々、そういう地形なのかは分からないが、川幅に対して面積が大きい平坦な地面に、割と背の高い木や自然に形成された雑草群が所々に見受けられる。
そこに降りさえすれば、今、走っている小道からも絶好の目隠しになり得るであろう事が予測できた。
(いい感じじゃない?よしっ、降りてみるか…)
特に、木の周囲に多くの雑草が生い茂っている場所を選んで土手を駆け下りてみると、砂利だらけの不安定な地面ではあるものの、案の定、「人目の遮蔽」という意味では、これ以上は望めないほどの絶好のポジションであった。
「オッケー!!ここに決定!!」
小躍りして喜んだのも束の間、今降りて来た道に戻ろうとすると、100メートルほど手前に黒っぽい人影が走って来るのが見受けられた。
「げっ、もう来たの!?さすがに速いわね…」
この辺りをたまたま散歩している体裁を装う為に、燈子は本日何度目になるか分からない深呼吸を繰り返して、ターゲットの到着を待った。無論、だからとて心臓が早鐘を打つ事は到底抑えられない。
両者が10メートル程の距離まで近づくと、ターゲットの男も燈子の存在に気付いた様子で、走る速度を少し落とした。8メートル、7メートル…距離が縮まるにつれ自らの心音も大きく耳に響き、もはや他の情報は一切、脳に入ってこない。
約3メートル、互いの表情がハッキリと確認できる距離まで近づくと、燈子の顔は自然と明るい笑みを形作っていた。
そこから擦れ違う瞬間までの僅か1,2秒ほどの時間の中で、男の目を覗き込むようにして見つめながら、心の中で初めましての挨拶を投げかける。
(こんにちは!)
燈子の意味ありげな視線を(もちろん)感じ取っていた男は、走る足を止めはしないまでも、擦れ違ってから数秒後に後ろを振り返り、訝し気な表情を浮かべた。
(あの子、この辺じゃ見かけないけど…俺の事を知ってた??いや、気のせいか…)
「お兄さん、来週のバトルデート、よろしくねっ?」
そう言うと、燈子は唇でキスの形を作ってから、今来た道をゆっくりと歩いて戻った。
≪第5話「今時のJK」
第7話「毒」 ≫
「なんかもう、別人になっちゃったみたいなんだよ…」
我妻 善照は、姉の燈子が約一ヶ月前から早朝のジョギングを始めた事、それ以降、自分との会話が極端に減り、必ず一人で下校するようになった事、そして……
武道場のような建物に入って行った件を問い質したところ、怒りを露にして両親には秘密にするように念を押された事を、順を追って竈門 カナタに説明した。
「ジョギングを始めた事は俺も本人から聞いたけど…護身術まで習い始めたとは、確かに初耳だね」
カナタは、明らかに寝不足で憔悴の極みにある善照を労るように、務めて優しい口調で返答した。
「とはいえ、第三者の俺からすると、燈子ちゃんの言い分は至極真っ当というか、おかしな点は無い事も事実だけど…」
「うん、俺も姉ちゃんが言ってる事自体は、ごもっともだと思うんだけど…なんか、言葉以外の態度がさぁ、とにかく冷たくてトゲトゲしてんのよ」
「善照君自身には、何か思い当たるフシは無いの?ついうっかり、彼女が嫌がる事をしちゃったとかさ?」
「そんなの、いつもの事じゃんよ!!今までだって散々、姉ちゃんに怒られるような事はしたけどさぁ…初めてだよ、まるで『鬼』みたいな目で睨まれたのは」
「えっ??鬼みたいな目って…ちょっと待って」
善照の口から「人前で無闇に使うべきではない単語」が飛び出した事に驚いたカナタは、二人が立っているマンションの駐車場の周囲を見渡した。
「一応、聞いとくけど…俺たち、竈門家と我妻家の人間にとって、『鬼』って言葉は決してモノの例えじゃないって事は分かってるよね?」
「うん、分かってる…けど、それ以外の言葉じゃ言い表せないんだよ。あれは絶対、人間が人間を見る目じゃない…」
ただでさえ、寝不足で大きな隈(くま)ができている善照の顔から、更に血の気が引いて蒼白くなっていく。それを見たカナタは、幼少の頃から伝え聞いている「鬼」に関する知識を総動員して、燈子の身に何が起こっているのかを推理し始めた。
「まさか…」
「えっ??」
お兄さん
(ヤバい、ヤバい…急がなきゃ、ターゲットに会えなくなっちゃう!!)
迂闊にも、本来の目的から外れて人助けに首を突っ込み、あまつさえ正義の味方を気取ってしまった事に自己嫌悪を覚えながら、燈子は駅の階段を駆け上がって先程降りたホームへと戻った。
不幸中の幸いと言うべきか、5分と待たずに到着した列車に飛び乗った燈子は、先程の痴漢の一件を頭から追い出し、次なる対戦予定者の発見と追跡に意識を集中させた。
「次は〜八王子ぃ〜八王子ぃ〜、八高線をご利用の方は〜お乗り換えです」
(よしっ、ここだね…)
扉が開くと同時に列車から飛び降り、転がるようにして階段を駆け下りた燈子は、こうなったらジョギングも兼ねてやるとばかりに、改札口を抜けてもなお、走り続ける。
(ええっと、北口を出てバスターミナル右奥の道…アレでいいのかな?)
対戦予定者の個人情報が書かれた紙の裏には、大雑把な地図が手書きで描かれており、土曜日の午後の混雑した歩道をすり抜けるようにして駆けながら、ターゲットがアルバイトしているとされる飲食店を探す。
(えっ、嘘っ!?ここ、真っ直ぐじゃなくてY字路になってるじゃん??どっちに行けば…あっ、いや、あくまでも北東方向だから…右だね、多分)
手書きの地図にありがちな、諸々の「抜けている部分」に四苦八苦しながらも、燈子はようやく、幹線道路と合流する大きな交差点の手前に、目的の店であるラーメン店の看板を発見した。
「ハァッ…ハァッ…あったぁぁぁ!!おっと、今、何時?…1時45分、間に合ったぁ!!」
何度か大きく深呼吸をして、それでも治まらない荒い鼻息のまま、燈子は窓ガラスを覗き込んで店内を窺った。
(おっと、写真、写真…)
20代前半の男の店員は何名かいる様子だったが、予めターゲットが在籍する大学の公式サイトから保存しておいた、空手部員が写っている画像を呼び出して見比べると、本人と思われる顔形の男を発見した。
(居たっ!!多分、あの人だ。よっしゃ、裏口で待ちますか…)
建物の陰に身を潜めつつ、顔だけを出して裏口の扉を窺い続ける事二十数分、先程のターゲットと思われる男が黒いランニングシャツとパンツ、そしてランニングシューズという「いかにも」な出で立ちで現れた。
(あっ、でも、後ろから追いかけたら思いっきり怪しいよね…よしっ、先回り!!)
幸いにも、男がその場でストレッチを始めた事で、先回りして待ち伏せる猶予があると判断した燈子は、そっと顔を引っ込めつつ、足音を立てないように建物から離れた。
(あー、赤になっちゃう、待って待って!!)
店の表側に出ると、すぐ目の前の歩行者用信号が点滅しており、意を決した燈子は身を沈めるようにしてアスファルトを蹴り、全速力で駆け出した。
(おっとっと、地図、地図!!)
既に何度も出してはしまう事を繰り返して、クシャクシャになっていた紙を今一度ポケットから取り出し、地図に赤い線が引かれた、男の帰宅経路を確認する。
(橋までは、ずっと真っ直ぐ…橋を渡ったら川沿いの道を右ね)
幹線道路に合流し、車の排気ガスに煙たさを感じながらも一心不乱に歩道を走り続けると、地図に書いてある通りに大きな川を渡る橋が確認できた。
橋を渡り、そのすぐ右に伸びる川沿いの細い道に入った燈子は、チラッと後ろを振り返りながら速度を落とした。
今回の下調べで重要なのは、ターゲットの顔の確認も然る事ながら「対戦に適した場所」があるか否かの見極めであり、前回のように行き当たりばったりで対戦した挙句に、通行人に騒がれるような事態は何としても避けなければならない。
ゆっくりと走りながら川原を観察すると、元々、そういう地形なのかは分からないが、川幅に対して面積が大きい平坦な地面に、割と背の高い木や自然に形成された雑草群が所々に見受けられる。
そこに降りさえすれば、今、走っている小道からも絶好の目隠しになり得るであろう事が予測できた。
(いい感じじゃない?よしっ、降りてみるか…)
特に、木の周囲に多くの雑草が生い茂っている場所を選んで土手を駆け下りてみると、砂利だらけの不安定な地面ではあるものの、案の定、「人目の遮蔽」という意味では、これ以上は望めないほどの絶好のポジションであった。
「オッケー!!ここに決定!!」
小躍りして喜んだのも束の間、今降りて来た道に戻ろうとすると、100メートルほど手前に黒っぽい人影が走って来るのが見受けられた。
「げっ、もう来たの!?さすがに速いわね…」
この辺りをたまたま散歩している体裁を装う為に、燈子は本日何度目になるか分からない深呼吸を繰り返して、ターゲットの到着を待った。無論、だからとて心臓が早鐘を打つ事は到底抑えられない。
両者が10メートル程の距離まで近づくと、ターゲットの男も燈子の存在に気付いた様子で、走る速度を少し落とした。8メートル、7メートル…距離が縮まるにつれ自らの心音も大きく耳に響き、もはや他の情報は一切、脳に入ってこない。
約3メートル、互いの表情がハッキリと確認できる距離まで近づくと、燈子の顔は自然と明るい笑みを形作っていた。
そこから擦れ違う瞬間までの僅か1,2秒ほどの時間の中で、男の目を覗き込むようにして見つめながら、心の中で初めましての挨拶を投げかける。
(こんにちは!)
燈子の意味ありげな視線を(もちろん)感じ取っていた男は、走る足を止めはしないまでも、擦れ違ってから数秒後に後ろを振り返り、訝し気な表情を浮かべた。
(あの子、この辺じゃ見かけないけど…俺の事を知ってた??いや、気のせいか…)
「お兄さん、来週のバトルデート、よろしくねっ?」
そう言うと、燈子は唇でキスの形を作ってから、今来た道をゆっくりと歩いて戻った。
≪第5話「今時のJK」
第7話「毒」 ≫
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