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2022年07月06日

制服を貫通して皮膚にまで達した鋭い爪が、ズグリと嫌な音を立てた。次の瞬間、僅かな吐息と共に振り抜いた男の掌が、俺の腕を引き裂く。

「ん゛ん゛ーっ!!」

痛みで集中力が途切れ、木刀を握る手が緩む。咄嗟に後退って構えを直したが、何故か、男はそれ以上追っては来ずに、怪訝な表情で俺の顔を見つめていた。

「やれやれ、何十年か振りに鬼狩りが私の首を獲りに来たかと思えば…まさか、ただの木刀で叩かれる事になるとはな」

ただの木刀だと!?とんでもない、俺の木刀は樹齢千年の霊木に呪力を流し込んで特別に強度を増してある上に、相手の身体に触れた瞬間に増幅した静電気を走らせる、言わば「スタンガン」を再現した術式だ。

たとえ相手が一級相当の呪霊や呪詛師であっても、三発、四発と打ち込んでいく内にダメージが蓄積して、いずれは行動不能になる筈だが…しかし、先程の出会い頭に頸筋と胸板に食らわせた筈の攻撃が、効いている様子が全く無い。

「いや、違うか…先ほど叩かれた部分が、なんだかムズムズとして痒いな。おそらくは何らかの術による攻撃なのだろうが…しかし、見たところ、君は鬼ではなさそうだから血鬼術ではないのだろうし、何かの薬品でも塗ってあるのか?」

男の言葉が何を意味しているのか、今一つ判然とはしないが、一つだけハッキリと聴き取れた単語があった。『鬼』だ。

これほど流暢に言葉を話すところを見ると、一級以上の呪霊である事は間違いない筈だが、腕に残った爪の感触と、まるで人間のように自然な吐息を合わせて考えると、『受肉』した状態である可能性は高い。

なるほど確かに、呪霊が人間の肉体を乗っ取って暴れる様子を、昔の人間が『鬼』と表現したのであれば合点がいく気もするが…

「おまえが鬼と言っているのは…頭に角が生えていて、人間の肉を食うという、アレか?」

「うん?まぁ、角が生える者と、そうでない者が居たな。だが、人間の肉を喰らうのは一緒だよ」

「で、お前自身も、その鬼であり、俺の攻撃が大して効いていないのは、呪力によって修復しているからか?」

「呪力?何十年か前にも、そんな事を言っていた奴が居たな…自称、霊媒師の胡散臭い婆さんだったが…年寄りの肉は不味いからな、殺すだけ殺して、喰わずに捨てたよ。身体が修復しているのは、単にそういう体質だからだ」

体質?呪力に拠るものではなく、単に細胞の力だけで修復しているとでも?

「それじゃあ、まるで生き物みたいじゃないか…」

「おいおい、君は私が幽霊の類だと思っていたのか?それで、人間の肉体を乗っ取って操っていると?まぁ、昔から、その類いの小説やらは山程あったが…私こそ、君が何者なのか知りたいよ。鬼狩りでもない単なる人間が、何故、私の身体を術のようなもので傷つけられるのだ?」

「その『オニガリ』が何を指しているのかは分からないが、俺が使っているのは呪術、文字通り、呪いの術だ」

「呪術?藁人形に釘を打ち込むと、標的にされた人間が死ぬとかいう迷信の事を言っているのか?」

「それも、呪術の中の一つだ…」

ここまで会話が進むと、もはや、互いに対する敵意や殺意よりも、話の歯車が噛み合っていない違和感を解消したい欲求の方が高まっているかのようにも思える。

しかし、この男が先ほど、爪を伸ばした手で女性を捕らえようとした事は事実であり、この男が呪霊であろうと人間であろうと、はたまた『鬼という生物』であろうと、人間社会の敵である事には変わりがない。

幸いにも、結果論ではあるが会話が長引いた事によって、腕に受けた傷の痛みは和らいできた。呼吸を少しずつ、ゆっくりと、ゆっくりと伸ばす…

「泰山流呪剣術、参るっ!」

前方に倒れ込むようにして身体を沈ませ、次の瞬間に強く踏ん張り、大地との反動を利用して猫族のように飛び掛かる。少し窮屈に構えた右寄りの上段から、最小限の動作で首の付け根を狙って袈裟斬りを叩き込む。

男は避けられないと判断したのか、両腕を交差させて防御の体勢を取った。

バシッという小気味よい音と共に、木刀の先端が男の腕に喰い込む。すぐに刀身を引き、今度は左袈裟を叩き込む。

右、左、右、左…強く歩を進めながらの間髪を入れない『木の葉落とし』を受けて、男は後方によろめきながら、さすがに反撃する隙を得られないでいた。

もちろん、腕で受けている以上は致命傷にはならないが、俺の術式が通用するか否か、今一度判断するにはむしろ好都合な箇所だ。この男が呪霊であるなら数秒後には両腕が崩れて落ちるだろうし、受肉状態であってもグズグズの粉砕骨折で二度と動かせなくなる筈だ。

十二、三撃ほど叩き込んだところで後ろに跳び退り、様子を窺う。

「痛いな、その攻撃では私を殺す事は出来ないが…しかし、痛い、ズキズキと染みるような痛みを感じるよ。これが君の言う、呪力や呪術というモノの効果か。なるほど、思い返してみれば今までにも、刀ではなく数珠やら縄やら、果てには護符のような物を投げつけて私を捕らえようとした者が居たが…それも、その類いだったのだな?人間は相変わらず脆弱だが、世の中は意外と広かったわけだ」

顔に苦悶の形相を浮かべながらも、再び言葉を選んで話そうとする男に、正直な話、俺は恐怖を感じた。

夜の公園

公園の外灯の僅かな光の下、今一度、目を凝らして男が広げた両腕を注視したが、やはり、麻痺している様子は無かった。

敗ける。二級に昇格して喜び勇んだのも束の間だ。

近くに補助監督が待機している案件なら応援を要請する事もできるが、今回の様に、公園で素振りをしていて偶然にも遭遇した現行犯では間に合わない。

退いてもよいが、この男が見逃してくれるかどうか…

自分の顔に脂っこい汗が浮かび、トロリと流れるのを感じた。男は相変わらず苦渋の表情で、しかし、昂るような怒りではなく、まるで事件現場を検める刑事のような慎重さを携えて、一歩、また一歩と歩み寄ってきた。

戦うしかない、呪力が尽きるまで。致命傷こそ与えられないが、痛みは感じているのなら、それに耐えかねて退く可能性も皆無ではない。

地面に着いた木刀の先端が微かにジャリッという音を立てた、その瞬間、俺は再び腕力と呪力を込め直し、最短動作での逆袈裟斬りで男の脇腹を狙った。すると、やはり男は回避するのではなく、腕で払い落とすべく身構えた。

しかし、木刀の先端が男の左腕に触れる、まさにその寸前…

男は両目をギュッと閉じ、『恐怖』の表情を浮かべて後ろに飛び退き、尻もちを突いた。空振りした勢いが余り、俺の掌から滑って離れた木刀は回転しながら宙を舞った。

「くそぉっ、忌々しい!勝負は預けるぞ!」

そう叫ぶと、男はよろめきながら立ち上がり、足をもつれさせながらも一目散に走って逃げて行った。

「何だ、何が起こった…?」

俺は荒れた呼吸を整えながら、地面に落ちて土砂にまみれた木刀を拾い上げた。

あの男は、目を閉じて何かに怯えていた。俺の攻撃ではなく、一体、他の何者があれほどまでの恐怖を与えたのか…周囲を見渡しても、他に呪霊や呪具の類は見当たらない。

しかし、その答えとなりそうなモノの存在に、数十秒後に気付く事となった。東の空が明るみ、朝日が顔を出したのだ。

「陽の光を…恐れた?」

さて、何と言って担任に報告したものか。
いや、起きた事をありのままに話すしかないか…

自らを鬼と名乗り、身体が修復する人間そっくりな生き物。
そして、『オニガリ』という謎の単語…

汗でビッショリと濡れたシャツの背中に風が当たり、俺は震えを堪える事ができなかった。


ニチリン


「いやぁ、よくぞ生きて戻ったね、ラッキーだったと思うよ」

口をへの字に曲げながら、担任である『目隠し男』が珍しく、低く慎重な声を発した。

「先生、鬼っていうのは実在したんですか?受肉した呪霊ではないんですよね?」

「あー、うん、昭和以降の目撃情報は極めて少ないし、表向きは空想の生き物って事になってるけど、僕は実在すると思ってたよ」

「じゃあ、身体が修復するというのは…」

「さっき、君は『鬼という種類の生き物』って表現してたけど…それ多分、半分はアタリで半分はハズレなんだわ」

「いや、ますます訳が分からないですよ??」

「つまり、元は人間だったって事さ。で、呪術だか薬品だか、はたまたウィルスの影響だかは分からんけど、身体が変質して『鬼と化した』んじゃないかと、僕は思ってるんだよね」

「元は人間!?そんな、バカな…」

「だって、言葉は普通に喋ってたんでしょ?呼吸も人間と同じように自然な感じだったんでしょ?」

「えぇ、それはそうでしたけど…」

「まぁ、ソイツの厄介な点は負傷の修復もそうなんだけど、祓う…というか殺せる方法が極めて限られてるんだわ」

「どうすれば…死ぬんですか?」

「一つ目は君の推察通り、日光に当てる事ね。そうすれば完全に身体が崩れて消滅すると思う。で、二つ目は…ある特別な呪具を使って首を胴体から切り離す事なのね」

「えっ、普通に刀で首を落とすんじゃ駄目なんですか?」

「うん、多分ね。今、僕が言ってる『鬼を殺す方法』ってのは、昔から呪術師の間で細々と言い伝えられてきた事なんだわ。なにしろ、公式記録として残ってないのよ。で、その言い伝えに拠ると、江戸時代だか、もっと昔からだか知らんけど、鬼を退治する事を生業とする専門の一族が存在したみたいなのよ。その一族の名称が…さっき、君が言った『鬼狩り』ってヤツなんだ」

「オニガリって、鬼を狩る者って意味だったんですか!」

「そーそー。で、その鬼狩り一族が鬼を殺す時に使ってた専用の呪具が、『ニチレン』だか『ニチリン』だかって名前の刀なのね。もちろん、伝説上の呪具を捜索して回収する作業は、我々が昔からやってるワケだけども…残念ながら今まで、そんな名前の刀に出会った事はないんだよね」

「じゃあ、もう一度、遭遇したら…?」

「うん、もう一度出会っちゃったら、すぐに逃げるか、僕を呼んで?現状、日光に当てなきゃ殺せないワケだから、拘束して朝日が昇るまで縛り付けておくか、僕の無下限呪術で吹き飛ばし…あー、いや、吹き飛ばしても、ある程度の大きさの肉の塊が残ってれば、やっぱり修復しちゃうのかなぁ?まっ、今回は相手が相手だから、君に特にお咎めは無いよ。上には『やっぱり鬼は実在するみたいです』って報告しとくから、いずれ全体の問題として対策を考えるでしょ」

そう言うと、先生は目隠しで覆われた両の目蓋を指でマッサージしながら、ソファに身を沈めた。

ふと窓の外を見ると、普段なら特に意識する事のない陽の光が、今日ばかりはやけに眩しく、温かく、俺の目に飛び込んできた。

昔の人間が太陽を「お天道様」と称して拝んでいた理由を、少し理解した気がした。

登場人物:五条悟 オリキャラ
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