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posted by fanblog

風邪

風邪をひきました。


10月のあたまからなので、
いったいどのくらい風邪をひいているのだろう。


大阪、京都、徳島と駆け抜けた1ヶ月
気がつけばまるまる風邪をひいていたことになる。


これはいかんな。


病院に行ったけど、なかなかよくならぬ。

これはもうあれだ。
病は気からだ。


というわけで、
最近は大好きなハーブを調合して、
ハーブティをつくり、風邪と話し合いしている。


喉が痛いときは、
タイム、ミント、レモングラスを中心に
最後にマヌカハニーをいれる。

鼻水がでるときはユーカリを中心に


寒い時は、
ローズマリーやシナモンを中心にする。
生姜中心のときもある。
チャイもいいけど、ハーブティが喉にもいい。



体と話し合って、
自分で調合したハーブは効く。

徳島

ただいま、徳島の秘境にて開催されている
マチトソラ芸術祭
オオカミゴッコも参加しています。

初のとくしま!
とうふとこんにゃくのおでんをいただき、
美味しいっ!


さてさて、ここは秘境です。



おしらせ

ookamigicco名義で、
マチトソラ芸術祭に参加します。

また、12/4にはひさしぶりの朗読ライブがあります。
友人のダンスに合わせて即興!
これははじめてのこころみです。
どうなるのかしら。

たんじょうび

いちにちいちにちが過ぎて行く。
けれども、あっというまではなかった。

毎日なにかしら起こり、
なにかしら想い、
ふにおちなかったり、
まるめこんだり、
発見もありながら今日まで生きてきた。

誕生日というのは、
0時きっかりから、次の日の0時まで、
あいまいなつながりの自分を
想う日でもある。

誰かの誕生に感謝することはあっても、
自分の誕生にはなかなかそれを想いにくい。
どう盛り上げたらいいのかわからないままで、
今日、誕生日は過ぎて行く。


これまでいくつ、誕生日を想ってきただろう。
思い当たるだけでいくつもの
おめでとう!
をいただいてきた。
あのとき、
たくさんのプレゼントを抱えて、
にんまりしていたあのひとは、
いまごろどうしているのだろう。

ちいさく積み重ねていく日々の記憶に
すこしだけセンチメンタルになる日でもあった。

くがつ

まさかの くがつ ! です。


くがつがきたら、
誕生日まであっというま!

驚いちゃいます。

10月にはポルトガルか、ドイツに行きたいのだけど
それは叶うかしら。

と、言えるかは謎ですが

お盆らしく、実家に向かうバスのなかです。

個展の前なので、帰省はひかえようと思ったのですが、
久しぶりにふらっとバスに乗るのもいいなと思ったり、
ちょっとしたイベントもあるので行くことにしました。


イベントというのは、
なんと、以前「するところ」でお話をしたり、
わいわいした方が、実家の近くで
アトリエやイベントスペースを
つくったとのことで!

この発見には、
たまたま行ったいつもの美容師で
いつもは読まない雑誌を開いたときに
出会いました。

ひとときの時間ですが
共に過ごしたものの、
その後は連絡もとっていなかったひとと
こんなふうにも偶然に、
再会できるチャンスがあるとは!
と思うと、居ても立ってもいられず。
さっそく高速バスチケットを手配したのでした。

詳細はまた、報告とともに!


はーたのしみ。


旅は、とくにひとり旅は、
こころがあっちこっちして、
ぐったりつかれるので苦手ですが、
ひとたび気持ちを切り替えると
とってもスペシャルになる。

今回のスイッチは、
バスの中で再生した一曲目。
小沢健二の「ある光」でした。


ひとときのひとり旅いってきます!

お知らせ

わたくしごとですが、
諸事情により、HPのアドレスが変わりました。

内容は…変わってません…!
だんだんと工事していかねば、
と思っていますが、
取り急ぎごほうこくです。


以前のドットコムから、ドットネットになりました。

http://ikukoshirakuma.net/


今後ともよろしくお願いします。

こくち

またしても、
あなたいろいろやりすぎだ!
と言われること覚悟で告知を。

ookamigocco
という名前で
どうぶつぬいぐるみマフラーをつくっているのですが、
このたび、グループ展に参加することになりましたー。

その名も「おっぱい展」です。

実ははじめてのグループ展のうえ、
はじめてのookamigoccoとしての展示です。


思えば2004年頃、
大人もつけられる可愛いマフラーがほしいと思い立ち、
ぬいぐるみ仕様のマフラーの制作をはじめました。

はじまりは趣味、そして自分用のものでした。
しかし、友達からつくってほしいと頼まれることで
もっともっとつくりたい欲も高まって・・・

2012年、絵本作家ミロコマチコさんの「オオカミがとぶひ」の
原画展に合わせて、ぬいぐるみ作品を制作しました。

3メートルくらいあるおっきなオオカミです。
これがきっかけとなり、
本格的に展示や委託販売を始めるはこびとなりました。


今後はどうなっていくのか、
全くの未定なのですが、
9月には個展もありますので、
お時間あればぜひ見に来てやってください。

おっぱい展ではookamigocco定番のマフラーに加え、
クッションや壁面作品もあります。
ぜひさわってみてほしいです!





おっぱい展
7日(水)、8日(木)休廊 入場無料



14:00〜21:00

※初日は前夜祭のみ19:00〜21:00

※最終日は12:00〜17:00



8月11日(日)おっぱい祭り

作家による出し物やワークショップなど

一日中おっぱいにまつわる何かをやっています!


参加作家
蛙月庵(紙小物)
小浜晴美(写真)
ookamigocco
COCHAE
蚊喰鳥子(小冊子)
6jumbopins(Tシャツ)
関野宏子/nyoro
嶽まいこ
田中六大
永岡裕介
のざきまいこ
早川純子
ますこえり
ミクラフレシア
mississippi
武藤良子
村岡マサヒロ
山川あかね/dumm-puppe
山口洋佑



おとなのけんか

ロマン・ポランスキー!

ひさしぶりな彼の映画です。

長編を観るまえの腹ごしらえアペリティフムービーという印象。
おなかいっぱいにはならないけれど、
ぺろりと食べられた。

でも、お話の印象よりも
制作がドイツ、ポーランド、フランス、スペインで
配給アメリカというのが気になりました。

台詞の随所で感じられるアメリカ苦笑
そして舞台もアメリカという。
アメリカへの遠回しわるぐちムービー?
ヨーロッパ的で◎。
日本人は、入れないけれど。
それはやはりロマン・ポランスキーならではなのでしょうか。
最初こそ、自分に置き換えて観ていましたが、
途中からはあちこちに飛び出す洒落に笑わせてもらいました。
映画というより舞台っぽいのかな?
空腹には満足でした。

でも最終的には邦題をつけた日本のトンチにメダルをあげたいと思います。
ひらがなで「おとなのけんか」。
原題の「 Carnage」から見事に邦題をつけたと思います。
原作のタイトルからも離れず、原題の翻訳も守り、かつ日本的。
日本人からの視点もとらえているのではないかと思います。

お食事前にぜひ!な映画です。

おとなのけんか [DVD]


その街のこども

私にとって初めての震災。

阪神淡路大震災の時、私は小学校6年生だった。
卒業を控えていて、
私立の中学にいってしまう友人ばかりで虚無感を感じていた。
教室には、1年のうち1回くらいしか使われなかったテレビがぶら下がっていた。
それがそれまでの日々。
しかし1/17は違った。
朝から授業は無くなり、いつもとは違う先生の話があり、
それが終わっても教室ではずっとテレビが点いていた。
ニュースを見るためだった。

今だから言えることだけど、
あのとき、私を含む教室中の生徒達が特撮映画でも観るような気分でその画面を観ていた。
嘘なんだ。これはテレビの中の嘘なんだ。
気持ちでは「ニュース」と理解していても、
実際はテレビの中のこと。
画面の端でどんどんカウントされていく数字が、
まさか人間の数だなんて、はっきりとわからなかった。
わかっていたのかもしれないけど、
わからなくても良い事だと勝手に脳が処理したようだった。

途中、先生がテレビを消して、
通常の授業に戻った。
そのまま、私達の日常は再開されていった。

それから、3.11まで震災を振り返ることなどあっただろうか。
きっと無かったと思う。
あの日、先生がテレビを消した瞬間から、
私は考えなくてもいいこととして、先生を理由にふたを閉じてしまったのだと思う。

そして最近、この映画「その街のこども」をレンタル店で見つけた。
そういえば公開のときも、街のどこかで広告を観た。
震災映画と聞いて体が勝手に感じるあの拒否する感じを、
歳をとってからもまた思った。
そして、観なかった。

その後、小学生の頃よりもずっと身近で、
震災は起こった。

あれからまた時が経って、
レンタル店で同じポスターを見た。
やっぱり観る気持ちは掴みにくかった。

けれど、
いっしょにいた人の言葉に推されて
(というよりも助けられて)観ることができた。
ほんとうは観たかったのだけど、観るのは安易だと勝手に決めつけていたのだと思う。


震災と映画を重ねると、
どうしても嘘っぽくなったり、
逆に変に押し付けがましくなってしまったり、
ドラマチックになってしまったりするけれど、
この映画は、被災者の人々と、離れた場所にいた私たちを
自然な距離で描き出していて、
それがじわじわと自分の内側をつついてきた。

小学生のときに拒否した気持ちや
その後、3.11でも思ったこと。
あやふやなままで奥に奥にと押し込めていたものが
今つつかれた気がした。



震災に対して思うことは、
忘れてもいけないけど、
強く主張しすぎてもいけないということだった。

私は被災地の人ではなく、
東京という1場面でしか震災を知らないから。

何が良くて何が駄目かというのも、
かやの外の意見であることを承知している。

けれど、話を聞くことはとても重要であると信じていた。
福島の友達や神戸の友達、震災を経験したことのある友人の話。
日常がぷっつりと止まってしまうことの恐ろしさをおしえてくれた。

しかし友人ならば話を聞けるところ、
初対面の方にはそれは難しい。
私は3.11のあと、七里ケ浜などを訪れたけれど、
知り合って2日目に震災の話をほんの少しすることがやっとだった。
話を聞くのがとても怖かった。
思わず目をそらしたくなるような、こっくりと黒いまなざしに、
私の心の中までも見透かされる気がして。
「だってあなたは被災者ではない」
それが恥ずかしさであり、怖さだった。
私なんかが、話してもいい話題ではないような気もして。
向き合って、見つめる事を、
知らないうちに、どんどん避けようとしてきたのだ。
それは、私が「被災者ではない」からだと思っていた。

しかし物語の主人公達(主演の2人は実際に震災を経験している)も
全く同じことを思っていた。
「自分なんかが生きていて」と思っている。
見ないように、もしている。
何も出来ないと思っている。
このことは、はっとした。

けれど、
でも、でも、
だからって、
どうするの?

大友良英さんの「歩く」という曲が
隙間をつむぐように流れて、
とても良かった。


その街のこども 劇場版 [DVD]



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プロフィール

しらくまいく子
携帯アプリのシナリオライターと、    『するところ』のライター、ポエガールをしています。
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