アフィリエイト広告を利用しています

広告

posted by fanblog

三通目の診断書を持って

このブログを読んでくださっているみなさん、こんにちは。「よそじSE」でございます。
今日の記事はうつ病になった原因の核心に迫る内容になります。誰もがこの原因だという訳ではないでしょうが、一つの事例として捉えて下さいね。

では続けますね。

7/10(火)の事です。診察を終え診断書を受け取って、それを届けに会社に行きました。会社に行くのは2ヶ月ぶりの事でした。前回訪れた時は気持ちオドオドとして、「何を聞かれるんだろうか、何を言おうか、どう振る舞えばいいんだろうか。」と怯えたような気持ちが全身を覆っていましたが、この時はまったくそんな気持ちはなく、「何でも来い!」という晴れやかな気持ちでした。上司に色々話すのはもちろん、久しぶりに同僚と会って話してみたいなという気持ちでした。これまで同僚とマトモに目も合わせられなかったのとは大違いです。

はやる気持ちが行動に表れ、約束の時間の30分前に会社に到着。上司の席にまっすぐ向かい、「いや〜ちょっと早く来すぎちゃいました。」と軽口が自然と出てきました。上司は忙しそうで若干苦笑いしながらも、「結構元気そうじゃん!」と答え、「じゃあ、あっち(会議室)に行こうか。」と促してくれました。

会議室で上司2人を前にして、私は自然と言葉が溢れ出てきます。

「いや〜だいぶ調子良くなってきたような気がします。最近朝毎日早起きして、毎朝ジョギングして頑張ってますよ〜。それで本もすごい量読んでて、色々考えたんですけど、やっぱり自分って時間管理出来てなかったし、スケジュールは1週間単位のWBSは管理してましたけど、結局一日の作業予定も考えず場当たり的に仕事に当たっていたし、その仕事量もちゃんと見積もれてなかったので、どこが終わりか、どれだけやれば終わりとしていいのか見通せてなかったと思うんですよ。そういう所に問題があったかなって思って、今色々改善しようかな、なんて考えてます。そんで早く復帰したいなと思ってるんですけど、まだ先生のOKが出なくて・・・(以下略)」
と一人でペラペラ喋ってました。

そうやって口に出したことで、自分も自分で言葉に納得してました。

そうなんです。うつ病になった原因って、自分自身にあったんです。
仕事が忙しいとか、いくらやっても終わらないとか、残業が多いとか、そういう事は単なる現象に過ぎなくて、それらに対して自分がどういうマインドや目標で仕事を進めているのかというのが原因であり、もっとブレイクダウンすれば、今日一日何をするかを朝出社の時点で予測すらしてなかった。そういう場当たり的な仕事のスタイルと勘と自分の馬力で押し切って仕事をこなしていて、こなしきれる量であれば問題ではなかったのですが、こなしきれない量に対して「こなせるか、こなせないか。」の判断すら出来てなかった。そこに原因があるんだ、と自然と感じていました。

「原因と結果の法則」を読んで、うつ病になった結果には必ず原因が関連しているという事に気が付き、「病気になったその原因は自分自身にある」という事をハッキリと認識した瞬間でした。

その他、(このブログで紹介し続けていた)ビジネス書を大量に読んで、時間管理や自己啓発の重要性、そして組織論などを理解するにつれ、自分の頭の中でモヤモヤと経験から積み上がったノウハウが、スッキリと整理されたような気分でした。

そんな感じで、この時、私は上司に対して口に出すことでハッキリと、うつ病になった原因を認識しました。
※私は妻に吐き出す事は一切しませんでした。と言うか「出来ません」でした。しかし、口に出す事、自分の言葉で語る事は、自分自身の考えを整理するためにもとても重要だと思います。口に出すことで改めて考えを明確にする事ができると思います。そういう意味で、身内(妻)には吐き出せなかった私は「上司」を相手に口に出す事でこの時ハッキリと認識できたのはラッキーだったかな、と思います。


上司は、うんうん、と頷いてひと通り聞いていてくれました。
そして、
「うん、だいぶ良くなってるみたいだな。顔色もいいし、以前と全然違って、ほら一人でペラペラ自分のこと喋っているし。もうぜんぜん違うよ。昔の『自信たっぷり』のお前に戻ってるよ。」
と言ってくれました。

「そうですか?」と答えながら、へぇ、そんなに違うんだと自分もちょっと嬉しい気分。

そして、上司から最後通牒が来ました。
「で、復帰の時期だけど、8月の・・・出来れば中旬くらいには復帰して欲しいと考えているんだ。(以下、プロジェクト事情を説明。詳細は割愛)で、8月中旬が一応リミットかな。それを越しちゃうと、このプロジェクトへの復帰は難しいと思うんだ。その場合は単身赴任を辞めて札幌に戻った方がいいかなって考えてるよ。」

私としては、望むところ、でした。
「いやもう絶対にここ(のプロジェクト)復帰してやります!ここ(のプロジェクト)に戻ることだけが私のモチベーションで頑張って闘病していますから、ここで途中で投げ出してオメオメと札幌には帰れないです。必ず最後までやり通してから帰りたいので、絶対に戻ってきます!
そういう決意表明をさせてもらって、「待ってるぞ」の一言を締めに上司面談が終わりました。

その後は自席に座り、久しぶりにPCを立ち上げ溜まっていたメールを読み込んでいると、同僚が気さくに声を次々と掛けてくれます。「いや〜今(以前私がやっていた部分をリリーフして)あの仕事やってるんですけど、結構キッツいですよ〜(笑)○○さんと△△さんがどうのこうのと上手く行かなくてねぇ〜」なんて近況報告。あぁぁ〜アレか、アレはシンドいよな〜面倒くさいよな〜とかしばし談笑。そのうち、他の同僚に「○○さん、あの件、その後どうなってますか?」など自分から積極的に聞きに行く始末。自分が残していった仕事が着実に前に進んでいる事を確認し、「俺も負けてられねぇ〜早く戻ってきて手伝わなきゃ」という気持ちがドンドン出てきました。
そんな談笑をしばししながら、同僚に「最近本読んでるか?俺は・・・」と最近読んだ中からオススメの本を何冊か挙げ、読んでみろよ〜と勧めまくり。(勧めたのはこのブログで紹介しているものばかりです。)お返しとばかりに同僚も何冊かオススメの本を挙げられたので「おぉ、早速読んでみるよ」と約束を交わし、楽しい時間が過ぎて行きました。やっぱり会社っていいな。

2時間ほどの滞在でしたが、溜まっていたメールをひと通り読んで、忙しい中世間話に付き合ってくれた同僚達との談笑を(大概にしないと迷惑になりそうだったので)切り上げ、帰宅しました。

上司や同僚との会話はすごく、とてもすごく楽しかった。早くここ(のプロジェクトに)戻って来よう。
8月中旬っていう明確ないい目標が出来た。それまでに復帰できるように毎日大切に過ごしていこう。


そう感じながら、濃密な7/10(火)が終わりました。

今日もその頃読んでいた本の中から、上記で「言葉に出すことの大切さ」という繋がりからピッタリの一冊をご紹介しておきます。

●岡田憲治著『言葉が足りないとサルになる』亜紀書房

言葉が足りないとサルになる

新品価格
¥1,680から
(2012/12/18 22:35時点)



岡田憲治さんは専修大学の法学部教授で専攻は現代民主主義理論という学者のお方です。この本では、現代ニッポンの若者の言葉、語彙が少なく幼児語化していることを指摘し、「もっと言葉が必要」だし、たくさんの言葉を紡いで自分の気持ちや主張を正確に伝える事の大切さというものを示しています。

本中の一部引用すると、

「ウゼェ」は昨今本当に困った幼児語です。
「チョーヤバくねぇ?」は王道を行く幼児語です。
「っていうかアリっぽくねぇ?」はもはや「チョー」幼児語です。
「感動をありがとう!」は、幼児語ではありませんが、感動という行為を「まったくもっと大雑把で貧乏臭くさせてしまう」危険な使用禁止候補用語です。精神が怠惰になる「やっつけ仕事的言葉」です。締め切りに追われて時間のない雑誌記者などが使い、「感動の涙」と「もらい泣き」の区別に興味が無い人たちが飛びつきます。

と、何でもかんでも幼児語で済ませてしまう若者(場合によってはイイ年の大人も含む)の言葉を「言葉が足りない」と説明しています。

そして最近の私たちの社会で起こっているかなり「ヤバい」状況について、例えば、大学の講義で「今日の授業、超ヤバイっす。」と学生に大真面目に言われて心配になったというエピソードなどを引用し、この「ヤバい」というのは「まずい」「危険な」「よろしくない」「残念な」という本来の意味とはまったく逆の意味で使われる事が多く、ひどい誤解を生じてしまいかねないと憂いています。また、必ずしも若者だけの話でなく、大人たち誰しも社会の中で「言いたくても言えない」立場に置かれており、「まともなことを言っても誰も取り合ってくれない」世の中であり「本当のことを言えば殺される」という情けない状況だと痛烈に指摘しています。

みなさんもっと言葉を大事にしましょう。そして可能であればそれをどんどん発信しましょう。誰かに言うでもヨシ、ブログで発信するのもよし。手段は色々ありますので、とにかく自分の言葉で思いを紡ぐのが大切だと思います。この本を読めばきっとその大切さに気付かせてくれます。あと、このブログに共感していただけたら、コメント残して頂いて全然オッケーですので宜しくお願いしますね。

この本は私が全力でオススメしたい必読の書の一角に入ります。是非読んでみて下さい。
×

この広告は30日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。