2018年07月02日
新たな時代は徳川の封建制打破の筈だったのが 何故王政復古に逆戻りしたのか?
明治維新は何故、今更古代からの天皇を持ち出したのか?
概要や内容は異なるだろうが、源平以来の武士政権が江戸時代まで続き、今度こそは国民挙って参加する政治体制(言わば民主体制かフランスで云う処の共和制)に移ろうと考えるのが自然の流れだろうと思う。が、明治維新はその様な流れに逆行し古(いにしえ)の天皇制を持ち出した訳です。何故この様な必然性に為ったのか?私は未だにこの事がスンナリと頭に入って来ないのです。
当時の世の中には民主主義の考えが未だ生まれて無かったのか?それとも志士達の頭に無かっただけなのか?単なる政権抗争のクーデターなのだから政争の具に天皇を持ち出しただけなのだろうか?・・・そこで、幕末の思想を考えてみようと思います。下記参照します・・・
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幕末の思想 下級武士が尊王攘夷に収束したのは何故か？
幕末期には「西洋思想（近代化）」と同時に「尊王攘夷論」も下級武士を中心に盛り上がりをみせます。
西洋を受け入れる近代化と夷狄（異国民を排斥する）尊王攘夷論。全く反対の思想なのですが、共に下級武士達が収束し２つの思想が相まって倒幕運動に繋がって行きます。両者には共通する構造がある筈です。それは何か？今回は尊王攘夷論の元と為った水戸学を学びながらその共通構造に迫って行きます。
参考資料 「江戸の思想史」（田尻祐一郎著 中公新書）『概説 日本思想史』（佐藤弘夫他 ミネルヴァ書房）より引用します。
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幕末の思想は内憂外患に揉まれながら鍛えられました。内憂とは農村の一揆であり都市の騒擾(けんそう)ですが、その背後には民衆の間に「世直り」への待望が日毎に強まって居ると云う現実があります。
百姓一揆は、代表越訴型（村役人による領主への年貢減免要求）から惣百姓一揆（広汎な百姓の強訴や逃散）へ更に豪農・豪商への打ち壊しを伴う広域の闘争へと展開しました。その中で百姓は「公儀の御百姓」「天下の御百姓」として、藩を越えた自分達の拠り所を誇らかに掲げる様に為り、過つて見られ無かった政治的な主張を堂々と押し出し、遂には固い結束と周到な準備を以て藩主の交替を要求し実現させる迄の力量を持つに至ったのです。
藤田幽谷外患とは、ロシア・イギリス・アメリカを初めとする列強が、圧倒的な軍事力を以て日本の開国を迫る事態です。そしてペリーの浦賀来航（一八五三年）はその危機感を愈々切迫したものとするのです。
この様な対外的緊張を国内体制の動揺との関係の内に於いて体系的に把握し様とする学派が現れました。それが水戸学です。そもそも水戸学は，水戸藩主徳川光圀（1628〜1700）の「大日本史」（1906完成）編纂に由来するものですが、これが特色ある一箇の学派として成立する様に為るのは藤田幽谷（1774〜1826）が「正名論」（1791）を著し「幕府・皇室を尊べば、即ち諸侯、幕府を崇び、諸侯、幕府を崇べば、即ち卿・大夫、諸侯を敬す。それ然る後に上下相保ち、万邦協和す」と尊王敬幕論(そんのうけいばくろん)を唱えた事に始まります。
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水戸藩は、光圀以来蝦夷地経営に関心を寄せて居り、18世紀末の北方ロシアとの接触の情報は当時の幕藩体制の弛緩に対する認識と相俟って「内憂外患」と呼ばれる内外への危機意識を生む事と為ったのです。この様な中で幽谷は、天皇を頂点とする国家体制の確立と排外主義を唱える事でこの危機を乗り越え様としたのです。この様な主張は「尊王攘夷」と呼ばれ，国学のエスノセントリズムや蘭学の海外知識に影響を受けつつも飽く迄儒学的論理の内で打ち立てられた思想でした。
幽谷によって成立した水戸学は、その後継者である会沢正志斎（1782〜1863）によって理論的に大成されました。彼は1824年水戸藩領大津浜に二隻のイギリス捕鯨船が来航し薪水給与を求めると云う事件に遭遇し、彼自身も筆談役と為り世界地図を以てその国籍を尋問して居ます。この体験は、彼に海防の急務為る事を実感せしめ翌年の異国船打払令の公布と相俟って主著「新論」（1825）に於ける「幕府を中心とした統一的な国防体制樹立」の主張へと結び着いたのです。
会沢正志斎「民心」を統合しようとした水戸学（会沢正志斎）
会沢正志斎が著した「新論」は、内憂外患の時代に何が問題の本質でありどの様な国家として徳川体制を立て直すべきかが大胆に論じられて居ましたから、現状に危機感を懐く多くの人々の関心を呼んだのです。
その「新論」は民心の有り様に注意を向けました。正志斎によれば、定まってあるべき民心は浮遊して居る。西洋人が民心の空隙を狙い手段を尽くして民心を自分達の側に呼び込もうとして居る。民心が取り込まれて仕舞った為らば軍事的に対決する以前から日本は西洋人によって実質的に植民地化されてしまうに等しいと「新論」は言うのです。
列強の策術は巧妙であって軍事的な脅威だけに目を奪われては為ら無い。民衆の内面は、権力者の手の届か無い処にあって不気味なエネルギーを蓄えて居るとする不安が会沢の思想の奥底に潜んで居るのです。宗教も学問も堕落して人心を迷わしてばかり居る。天を敬い祖霊を祀る事が疎かにされて、淫祀が蔓延(はびこ)って居ると嘆く正志斎の言い回しからは民心の動向に付いてのある本質的な恐怖心と徳川国家の正統性が民心の掌握と云う点で無力だと云う痛い程の思いとを見る事が出来る訳です。
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徳川国家は、この時まで自らの体制を支えるべきイデオロギーに付いて突き詰めて考えて来なかった。公儀による泰平は磐石に思われたから、一方で武威を翳(かざ)し、他方で朝廷・天皇の権威（律令国家の枠組み）を利用して、儒教・仏教・神道を状況や領域毎に組み合わせて体制を保って来られたのだ。それは、朱子学を正統として掲げイデオロギー的な一元性を強固に保つ事で社会体制を維持して行く中国や朝鮮の科挙社会との決定的な違いです。
旧規範観念（忠孝や祭祀）によって幕藩体制と秩序を維持しようとした水戸学
水戸学は，万世一系の天皇を戴く忠の道徳を，臣民たる日本人が神代以来子々孫々と承け継ぎ守って来た事（忠孝一致）に基づく国家体制を国体と規定し，それが万邦無比の優秀性を持つものとして称揚する事で内憂外患に対応する為の人心掌握を目指すものでした。
しかしその尊王の主張は，天皇⇒将軍⇒藩主⇒藩士と云う支配のヒエラルヒーに於いて，各階層が直上の支配者に忠義を尽くす事を求めるものであり，その限りで幕藩体制を越えるものでは無かったのです。
それは対外的危機意識を昂揚させる事に適して，国内的な封建制の諸矛盾を解消しようとする水戸学の戦略に他為ら無かったのです。忠孝の一致と並んでもうーつ、国家秩序に取っての儀礼の重要性に「新論」の著者は政治的な注意を払い、民衆の衣食住夫々が記紀神話に由来して天祖や神々、曳いては天皇による恩恵として存在する事の記憶を想い起こさせ様とします。
先ず、祭祀の基本は祖先祭祀である。祖先祭祀が安定しそれが国家の秩序に組み込まれれば民心に動揺や空隙が無く為る。武士階級に付いては忠孝一致が有効なイデオロギーであっても庶民に付いては祭祀を通じての民心の統合が決定的だと会沢は考えた訳です。
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この様な水戸学の思想は次第に受け入れられ，尊王攘夷を自らの行動原理とする有志の士（志士）が現れる様に為りました。しかしアへン戦争を経て1853年のペリー・プチャーチン米露両艦隊の来航に始まる開国過程の中で，尊王攘夷思想は幕府の外交姿勢を批判する思想的基盤を提供し，幕藩体制の維持と云う水戸学本来の目的から急速に乖離して行く事と為るのです。
多発する農村の一揆や打ち壊し、列強からの侵略と内憂と外患に揉まれる事に為った徳川幕府を「祭祀・儀礼」や「忠孝」により立て直す為の思想が水戸学でした。しかし、これが倒幕や秩序を破壊する「尊王攘夷思想」に発展して行きます。どうして真逆の運動に為ってしまったのでしょうか？
『日本政治思想史』（渡辺浩著 東京大学出版会）より引用します
では「尊王攘夷」と「公議輿論」夫々が当時往々命を賭けて活動した「志士」「義士」達の動機だったのだろうか?その様な抽象的な大義の為に職も命も投げ打って活動する献身的なヴォランティアが、突如大量に出現して維新を起こしたのだろうか?
早熟なナショナリズムからする国の独立維持の為の改革だった、等と云う維新解釈も同様です。それは分かり易いが、しかし結局、国の為に自己犠牲を厭わ無い偉人或いは奇人が、何故か歴史上この時だけ（しかも、何故か下級武士を中心に）自発的に多数出現したと云う説明に陥(おちい)ってしまいます。
福沢諭吉によれば尊王攘夷は枝葉に過ぎ無い。事の真相は自由を求めた人民による専制・暴政府の打倒である。但し、彼が云う自由とは言論の自由でも信教の自由でも無い。自由とは、世襲身分制度からの解放であり立身出世の自由なのです。
最も、以前から町人であった為らば、家業に精を出し才覚を振るって家業の繁昌と家格の上昇を目指す事も出来た。これに対し立身出世の可能性が殆ど無かったのが下級武士です。彼等の大多数はそもそも意義を実感出来る様な仕事はして居ない。武勇も才能も活かす機会は無い。内職に出精して手間賃は増えても武士としての出世は無い。努力のしようさえ無いのです。
「治世には役人の外は無用の長物の様に農工商の輩は思ふも多く」「町人百姓も侮り軽じ、士魂下り眠て、武威次第に軽く成って居た」
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かと言って自分の土地も無い以上、彼等は憤然として武士を辞めると云う訳にもいか無かったのです。しかも彼等は困窮して居た。元来、米の量で定められた禄では市場経済化に伴って困窮は必至です。更に、百姓の抵抗で税収を増やせ無い大名は、その禄さえ十八世紀半ば以降往々削減し、時には半減さえしやがてそれが常態化した（半知）。
下級武士は金も無く威信も無く憧れもされ無かった。儒学を学んで家柄では無く才徳によって登用されるべきだと信じる様に為っても、清国・朝鮮国と異なり科挙制度は無かった。福沢が後に親の敵と呼んだ門閥制度だった。（福翁自伝）
その様な下級武士にもしかし誇りだけは尚在ったのです。その狭間で鬱屈して居た不平士族に取って、対外に緊張感が生じ海防が課題に為った事は或る意味で救いだったのです。武士として活躍する日が遂に到来すると云う予感に文字通り武者震いした人々が居たのです。
出奔・脱藩の士の多くが下層だったのも当然で、叉、大名家の中でも取り分け誇り高くしかも経済的窮乏が苛烈だった水戸徳川家で、体外危機を強調し英雄・豪傑が立って世を立て直すべき事を高唱する一派（水戸学更に天狗党)が出現し多数のテロリストを生んだのは示唆的(しさてき)です。
革命とは被支配階級が起こす筈だと信じ込む必要は無いのです。町人の生活は多くの下級武士よりも豊かでしかも気楽だったのでは無いでしようか。彼等が、武士の騒動を傍観したのは当然でしよう。
一方、多くの武士は経済的に苦しいだけで無く自己肯定が困難でした。戦国武士の理想からすれば彼等は堕落して居たのです。儒教的君子の理想からすれば、世襲の武の士である事はヒケメでした。そして皇国の歴史意識からすれは存在自体が道徳的に疑わしかったのです。
ペリー以降の動揺と瓦解の主な駆動力は、既存の体制内で鬱屈を募らせて居た武士達、取り分け下級武士達の自己と他者の改革と破壊への衝迫(しょうはく)であったでしよう。彼等が壊夷や尊王を旗印として横議し下克上し戦い同盟したのです。
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新政府の構成が示す様に、これ(明治維新)は、主に下級武士による革命だったのです。御威光で厳めしく輝いて居た幕府を尊王を掲げて罵れば溜飲が下がった事でしよう。攘夷の出来ない臆病で不忠な幕吏を脅迫し天誅を下すのはさぞや快感だった事でしよう。
公論に従えと叫んで家中の（当然に保身的であるが故に保守的な）門閥を遣り込め、更には藩主迄をも操作するのは小気味好かった事でしょう。志士達の居丈高な姿勢と往々サディスティックな暴力の背後には、ルサンチマンと正義の結合があったのでしよう。
五箇条の御誓文第三条は、それまで志が遂げられず人心が倦(う)んで居た事を認め、もうあの様な世は止めようと言って居るのである。それは、被支配身分だった町人・百姓からの要求への止むを得ぬ譲歩では無かったのです。何よりも二世紀以上の間、悩み鬱屈(うっくつ)して居た武士自身への解放宣言だったのです。
この様に、尊王攘夷運動⇒倒幕運動を主導したのは身分序列の上位に居た下級武士達です。庶民（農民・町人）はそれを傍観して居ました。そして、幕末の下級武士達が尊皇攘夷に収束して行ったのは、前稿（「幕末の思想１ 下級武士が西洋思想に収束したのはなぜか？」）と同じ理由です。
下級武士が明治維新を遂行した必然性
【１】都市（市場）の住人と為った下級武士は共同体と社会的役割を喪失した遊民と化して居り自我私権欠乏が潜在して居た。
【２】喪失した社会的役割の代償として施された理想主義的教育の結果、武士達は現実の圧力から乖離(かいり)した観念思考に傾斜して行った。
【３】更に下級武士は年々貧しく為る一方で、立身出世の可能性も無い為に幕藩体制に対する不満と反体制（反秩序）意識が強く為って行った。「封建制は親の敵(かたき)為り」と言った福沢諭吉がその代表です。
(何れも、今更天皇を持ち出す必然性は無いと思うのだが・・・)
元々は幕藩体制の維持と社会の秩序化を目指した水戸学が、正反対の倒幕と秩序破壊の尊皇攘夷運動へと変質して行ったのも、それを担った下級武士が共同体と社会的役割を喪失し自我・私権の主体と為り、反体制・反秩序意識を強く孕(はら)んで居たからです。
しかし、後期水戸学の最初は幕藩体制と秩序維持を目的に提唱された社会統合観念でした。後期水戸学は、民衆に新しい神学を注入しようとしたのでは無いのです。丁度近代日本(明治以降)の国家道徳が、仏教・神道・キリスト教を初めとする諸宗教の信仰の自由を取り敢えず認めながらそれ等を超えたものとして君臨した様に、日本人であれば誰もが守るべき道・誰もが従うべき教えとして個々の宗教を超えるものを作り出そうとしたのです。 「江戸の思想史」（田尻祐一郎著 中公新書）
後期水戸学と云う社会統合観念が登場したのは、その背後に社会統合期待「世直し期待」があった事を意味します。西洋思想⇒開国や尊王攘夷運動⇒倒幕運動に対しては傍観して居た庶民達にも「世直し期待」があった事は間違いありません。この庶民をも貫くとはどの様なものだったのか？ 次に考える必要があります・・・
以上
◇ ◇ ◇
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如何だったでしょうか?この指摘も実に納得出来るものと感じます。所謂、明治維新の表の顔と違う内実は、特に外様の大大名下の困窮した下級武士達(徳川の下で今まで虐げられて来た)による一時的な武力革命・又はクーデターに過ぎ無く、それをさも大層な理想を込めた出来事だと吹聴したい人に取っての作文に過ぎない事を物語っているのでは無いでしようか。
故に、最初から政治を民衆に解放しようとする動きでは無く、幕府倒壊後に学んだ中での民権運動・国会開設に辿り着いたのは全くの幸運でした。そして、天皇はこの国会によって承認され、在り方・行動の規範に従ったのです。天皇を持ち出したのは、世直しを期待する一般大衆の所謂「民心」を慰撫する事と将軍に代わる大きな存在を作り上げる民心掌握の為だった・・・とする事に落ち着きたいのですが・・・
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