2018年06月01日
モンゴルの西欧支配
モンゴル帝国は短期間に欧州を侵攻します。その内容とは・・・
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モンゴルの欧州侵攻 その1
13世紀の初頭にモンゴル高原を統一したモンゴルは、カラキタイを滅ぼし、金そして西夏を攻めていたが、ペルシアから中央アジアに掛けて覇を唱えて居たホラズムに派遣した商業使節がホラズムの地方総督に殺されると、1219年に突如ホラズムに侵攻した。
予想以上に早くホラズム・シャー朝は瓦解し、逃れたシャーは逃亡先のカスピ海上の小島で死亡した。追跡を命じられていた武将のジェベとスブタイは力を持て余し、そのままコーカサスに侵攻する事をチンギス・ハンに進言し許可を得て、彼等の2部隊2万人は1221年にグルジアを打ち破った。
(* 使節団と言うのは本質的に情報収集を目的としており、特に当時のモンゴルの場合、侵攻前の下調べと思われても仕方無い処がある。地方総督も単に金品を狙って殺した訳では無いかも知れないが、結果として良い口実を与えてしまっている)
草原では遊牧民のアラン族等がキプチャク平原のクマンと連合しモンゴルを待ち受けたが、一戦して決着が着か無かった。相手が手強いと見るとモンゴルは狡猾であり、クマンに対し敵意が無い事を告げて戦線から離脱させ、アラン族等を打ち破った後そのままクマンを襲ってこれを敗走させた。
因みに、この時期にクリミアに居たベネチア人*2がモンゴルと交渉して居るとのことで、ヨーロッパ人がモンゴルと接触した最初の例かも知れない。
(*2 黒海沿岸は穀物輸出地域であり、ベネチア、ジェノヴァなどの商業拠点が存在した)
クマン王は女婿であるルーシーのハルーチ公ムスチラフに援助を求め「唇亡ぶれば歯寒し」と説いたが、元々クマンとルーシも敵対する事が多かった為ナカナカ援助を得る事が出来なかった。しかし、1223年になりモンゴルの侵攻が再び始まると、キエフ公のウラジミル・スズダリ公等が立ち上がり、ルーシー諸勢力とクマンの大連合軍が誕生した。
ジョチの病の為、当てにして居た援軍が得られ無かったジェベとスブタイだったが、ルーシー諸勢力の行動の偵察結果から、ルーシー勢に統一した指揮者が居ない事を知り、9日間東に撤退*3しルーシ勢を引き込み、カルカ河畔に至った処で反転し追撃して来たクマン勢を打ち破った。クマン勢はルーシー諸勢の陣に逃げ込み、そこで生まれた混乱に乗じてモンゴル騎兵がルーシー勢を分断し包囲、殲滅した。
ハルーチ公は何とか包囲を逃れ脱出したが、戦場に遅れて着いたキエフ公はこの状況を見て補給キャンプ地に撤退し篭(こ)もった。モンゴルに包囲されるとキエフへの帰還の保証を条件に降伏を選んだが、モンゴルはキエフ公等数人を除いて皆殺しにし後にキエフ公も処刑した。
(*3 恐らく、この撤退期間中に、熱心で無い公達が引き上げるなり追撃が遅れる為りして分散する事を狙ったのだろう)
しかし、この時のモンゴルにはルーシーを征服する意図は無く、東に向かいボルガ・ブルガルと戦って後、本隊に合流すべく中央平原に去って居る。その後、ジェベは1225年に病死し、チンギス・ハンも1227年に亡く為っていた為西方への侵攻は暫く中断した。
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モンゴルの欧州侵攻 その2
しかし1236年に第二代大ハンであるオゴタイ・ハンは西方の責任者としてジョチ家のバトゥを総大将に、オゴタイ家のグユク*3とツルイ家のモンケ*4、更に各家の代表を集めた豪華メンバーを大将とし、全軍の総参謀としてベテランのスブタイに西方侵攻を命じた。
(*3 第3代大ハーン、*4 第4代大ハーン)
モンゴルは一見、その優勢な騎馬部隊により力任せに征服して居る様に見えるが、実は細かい諜報活動と綿密な作戦計画により戦闘を行って居る事が多いのである*5。スブタイは前回の遠征の際に各地に協力者を作っており、中断期間中も常に西方の情報を入手していたと言われる。
(*5 勢いに任せて荒らし廻り略奪するのは遊牧民の性であるが、モンゴルにおいては、これも威力偵察の役割をしている。大部分の敵はその威力偵察にすら会戦で負けている為区別がつき難いが、本格的な征服は計画的に行っている)
35000人とされるモンゴル軍は1236年の1年を掛けてボルガ・ブルガル、キプチャク・クマン、アラン族の遊牧諸勢力を征服し、1237年の終わりにルーシに襲来した。組織的な抵抗を行ったのは、ウラジミル・スズダリ公だけだが、シチ川の戦いで完敗し敗死した。
その後、モンゴルは小部隊に分かれて北部の各地を征服し、1238年にはクリミアに入り、1240年の終わりにはキエフを陥落させルーシーの大部分をモンゴルの支配下に入れ、以降、250年に亘るタタールの軛と呼ばれる。
ハンガリーは隣接するハルーチを通してルーシーとは関係があり、又本来、遊牧民であったマジャール人はキプチャク草原の遊牧民とも交流*6があり、モンゴルに追われたクマンの王は部族を率いてハンガリーに逃れて来て居た。
(*6 草原には未だに遊牧しているマジャール人の一派も残っていたらしい)
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モンゴルはハンガリーがクマンを匿ったことを非難しこれを口実に降伏を要求した。これがルーシー支配への西欧勢の干渉を牽制する目的だったのか、本格的な欧州侵攻を考えて居たのかは不明だが、モンゴル勢は3隊に分かれて、一隊はバイダル・カダン・オルダが率いてポーランドに、一隊はグユク等が率いてトランシルバニアに、バトゥ・スブタイ率いる本隊はハンガリーに侵攻した。
ポーランドの支隊は、ハンガリーへの救援軍を防ぐ目的だったが、ポーランドの各公がボヘミア王を待ってレグニツァに集結して居るとの知らせを受けて急遽これを襲撃した。
当時のポーランドには王が居らず、シロンスク公は最有力とは言え他の公やドイツ騎士団などに対する命令権を持たず統一した行動が取れ無かった。王の居ない封建軍は弱く、当時の西欧軍は重装騎兵である騎士の突撃が中心であるが、モンゴルは偽装撤退で騎士隊を誘い込んで包囲殲滅し、それを見て逃走し始めた歩兵を掃討し壊滅させた。
一方、ハンガリーも、先代のエンドレ2世の時代に王領を配分して諸侯の力が強まり、当代のベラ4世は王権の回復の為に移住して来たクマン族の武力に頼った為諸侯の反発を受けており、一致して外敵と戦える状況では無かった。
ハンガリー王やクマン族はモンゴルの脅威を知って居たが、諸侯達は事の重大性を理解して居らず、諸侯とクマンの対決からクマン王が暗殺され、クマン族がハンガリーから退去した為その武力も利用出来無くなって居た。
それでもモヒの戦いでは、数的には互角以上であったがスブタイの優れた作戦能力と中国の火薬とイスラムの投石器を組み合わせた砲撃により、遊牧民としての騎兵の精悍さを失って歩兵中心だったハンガリー軍は完敗を喫し、ハンガリー王は命からがらクロアチアまで逃れた。
モヒの戦いの後、ハンガリー全土は蹂躙され15%〜25%の人口が失われたとも言われるが、処が、ここで日本で言えば神風が吹いた。1242年にモンゴルは突然撤退を始めたのである。後に、オゴタイ・ハンが亡くなった為、次の大ハン選出のクリルタイの為に引き返した事が判明するが、当時の人間に取っては将に神の加護と思われただろう。
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モンゴルの欧州侵攻 その3
この遠征中にグユクとバトゥが激しく対立し、グユクが第3代ハンに為った後、確執は一層激しく為りバトゥによるグユクの暗殺に繋がる。モンケとバトゥは対グユクで協力関係にあったが、遠交近攻の性質のものでお互いに干渉し無い事で平和を保ったのであり、この後全モンゴルが協力して西方に侵攻する事は無かった。
バトゥのジョチ家がサライを本拠に草原にキプチャク汗国を建て、屡々ポーランド、ハンガリーに侵攻・略奪を行ったが、本格的な征服*7を行う力は無くルーシー諸国を間接支配*8しただけである。
(*7 ハンガリーでは全土で城塞を築く事が奨励された結果、モンゴルは略奪はするが 征服するのは 難しかった 。一方、城塞を所有した諸侯は一層独立色が強くなり、王権に マイナス面もある)
(*8 タタールの軛と言われるが、貢納、軍役を課すだけで日常の統治はルーシーの各公に任せていた)
一方、西欧で最初にモンゴルの事を聞いたのは中東の十字軍国家であり、東方の謎の集団が突然イスラムの有力国家ホラズムを滅ぼしたと云うもので、伝説のプレスター・ジョンのキリスト教王国ではないかとの期待が高まった。その後、キリスト教国家では無い事が分かったものの、モンゴルの傘下にはケレイトやナイマン系などのキリスト教徒*9も多く、対イスラムでの共闘が期待された。
(*9 ネストリウス派が多く、カトリックから見れば異端なのだが、異教徒と対峙する場合は、同教徒としての親近感はある)
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しかし、1236年以降のルーシーへの侵攻によりその驚異的な強さ残虐さがハンガリー・ポーランド等を通して伝えられ、タタール*10をギリシア語のタンタルと重ねて地獄からの軍団と恐れられた。
レグニツァの戦いはドイツ騎士団等の宗教騎士団が参加していた為その敗北は西欧にも強い印象を与え、更に1245年〜48年の教皇特使プラノ・カルピニのバトゥ、大ハン・グユク訪問の報告から、欧州を征服対象と見て居る事が明らかに為り、これを聞いたフランスのルイ9世（聖王）は「イスラム教徒の脅威が無くなら無いまま、地獄から軍団が現れるのは我々が罪深いからで、この世の終わりが近づいているのではないか」と嘆いている。
(*10 本来はタタール部族を指すが、他民族は屡々モンゴル全体をタタール（中国では韃靼）と呼んだ。キプチャク汗国ではモンゴルに従っていたチュルク系が主体であった為、欧州ではチュルクをタタールとも呼ぶ様に為り、タルタルステーキ、タルタルソース、韃靼人の踊りなどはトルコ系から来ている)
とは言え、西欧から見てルーシーは風俗も宗教も違う遠い異国であり、ハンガリー、ポーランドも同じカトリック圏とは言え辺境の地であった。1241年の撤退後は大規模な征服も無く、西欧では中東におけるイスラム教徒との戦い（十字軍）の方が重要視されて居り、実際、フラグの中東侵攻時には十字軍国家はモンゴルに従ってマムルーク朝と戦っている。
ローマ教皇は1245年にプラノ・カルピニを、フランスのルイ9世は1253年に修道士ルブルクを夫々モンゴルに派遣しており、西欧でも上層部ではモンゴルの事情は随分知られており、又ベネチアは早くからキプチャク汗国と交渉があった筈であり、中東のイル汗国とも繋がりがあったが、一般大衆においては殆ど知られていなかった。
1300年頃にジェノバの牢内でベネチア人のマルコ・ポーロから話を聞いたピサの作家ルスティケロが書いた「世界の記述（東方見聞録）*11」が多くの言語に翻訳され人気を呼んで、初めて中国の事情が西欧に広まる様に為った。
(*11 マルコ・ポーロがどれ位実体験をしたのか、或いは本当に元まで行ったのか、それ処かマルコ・ポーロの実在性すら確実では無いが、ここで示された情報が欧州に伝わっているという事実が重要である)
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モンゴルの西欧支配がロシアにもたらしたものとは・・・
1 ロシアの建国
リューリクに始まるロシアの王朝は、ツァーリの名を残したイワン雷帝の死1584に続くフョードル帝の死で1598断絶、ボリス・ゴドゥノフ帝の死、偽ドミトリーの混乱の後1613ロマノフ朝に代わる。ロマノフ朝は第1次大戦末期にレーニンの革命で倒れ、ソビエト社会主義共和国連合と為り、ソビエトは1991ロシア連邦と変わったが混乱は今も続き、落ち着く先としてプーチンはユーラシア連邦を唱えている。
ロシア建国時の西欧では西ローマ帝国は既に無く、ローマ教会によるフランク王国のキリスト教化の結果、800年のカール大帝の戴冠式はローマ教会で行われた。
未だ東西教会分裂（1054年）前で、ギリシャ・ローマの文化を受け継ぐ東ローマ帝国がコンスタンチノポリスに健在で、多数の修道士を布教に派遣しルーシはそこで初めて高度文明に接しキリスト教を受け入れた。既に西ローマ帝国は滅亡して居たが、ローマ教会はローマ帝国の首都の教会だったしゲルマン民族を教化した実績があった。教義論で東に譲る訳にはいか無かった。両教会の争いは今日も続いている。
バグダッドではイスラムのアッバス朝が全盛期。中國は唐の末期、楊貴妃と玄宗皇帝の悲劇は百年以上前の756年のこし。日本は中国・朝鮮経由で仏教・儒教を受け入れ、平安初期の清和天皇の時代であり、ロシアの歴史への登場は随分と遅かった。住み難い寒冷地の所為であろう。
ロシアのルーツとして歴史に登場したキエフ大公国は、相続争いによる内紛で次第に衰えた。そこへ東からモンゴル軍、西から西欧軍が攻めて来た。第4回十字軍は東ローマを攻撃し略奪した。ローマ教会のキリスト教や西欧思想には異端を見逃せ無い偏狭さがある。自らの宗派内の異端審問ばかりか、東方教会もイスラムも武力を含む攻撃の対象だった。今なお融和が困難な理由だろう。
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1096 第1回十字軍、東ローマの救援要請に発したが、虐殺、略奪の挙句エルサレム王国を建てる
1147 第2回十字軍、ムスリム軍に敗退
1187 第3回十字軍、エジプトの英雄サラディンに大敗、エルサレムを失う
1202 第4回十字軍、コンスタンチノポリス征服・略奪、ラテン帝国を建て、東ローマは亡命政権と為る
1223 ロシアとモンゴル軍と最初の戦い、カルカ河畔で南ロシア諸公軍完敗
1237 モンゴル、バトゥ軍来襲、1238ウラジーミル陥落、1240キエフ陥落
1240 スウェーデン軍来襲、アレクサンドル・ネフスキー、ネヴァ川で撃破
1241 モンゴル軍、アドリア海に達したが、第2代オゴディ・カンの死で撤兵、西欧は侵略を免れた
1242 十字軍帰りのドイツ騎士団来襲、アレクサンドル・ネフスキー、チュード湖上で撃破
1243 バトゥ、ボルガ下流域に留まり、キプチャク・ハン国を建てる。ロシアを支配。
ロシアは西欧軍は撃退したが、留まってイスラム化したモンゴルの支配が「韃靼のくびき」として15世紀後半まで続く。ウラジーミル公として西欧侵入軍を撃退したアレクサンドルは、ネヴァ川の戦勝に因んでネフスキーと呼ばれ、1252モンゴルによってウラジーミル大公に任ぜられ北東ロシアに君臨したが、モンゴルには恭順するしか無かった。
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２「韃靼のくびき」とモスクワ大公国
我が国の文永1274と、弘安1281の２度にわたるモンゴル軍の来襲は「神風」によって何とか防衛された。西欧も蹂躙を寸前で免れた。しかしロシアは苦難を強いられた。二世紀半に及ぶモンゴル支配は住民に過酷な負担を強いた。
十分の一税・兵役等。それを終わらせたのはイワン雷帝で1480年、税金を支払わ無いモスクワに対し大軍を派遣したモンゴルに応戦したイワンにモンゴル軍は退却したと云う。
モンゴル帝国は５代フビライの時に４分裂した。
１ 中国の元朝
２ 中央アジアのチャガタイ・ハン国（現在、カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン）
３ キプチャク草原のキプチャク・ハン国、（現在、ウクライナ、ハンガリー）
４ 西アジアのイル・ハン朝（現在、イラン、イラク、キルギス、トルクメニスタン）
である。元は1368明に滅ぼされ、チャガタイとキプチャク・ハン国はチムール1336―1405により統合されイスラム化し、15世紀の中頃にはクリミア・カザン・シベリア・アストラハン等のハン国に分裂し、4ハン国は全てやがてロシアに併合された。因みに、ソ連の分解前に独立したのは、エストニア・ラトビア・リトアニアのバルト3国。
分解後独立の非モンゴル系は、ベラルーシ・ウクライナ・モルドヴィア・アルメニア・グルジア・アゼルバイジャンの6か国。現在ロシア連邦は、48州、7地方、21共和国、9自治管区、1自治州、2都市で構成されて居る。独立を求めて揉めているチェチェンは共和国で、独立は他の共和国に波及するから認められ無い。ウクライナと問題のクリミア共和国は昨年編入されたが、ロシア領と認める国は未だ少ない。
以上
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