2021年08月27日
矢野 義昭・徹底解説 アフガニスタンの歴史と政権崩壊の理由 今後の展開
矢野 義昭・徹底解説 アフガニスタンの歴史と政権崩壊の理由 今後の展開
8/27(金) 6:01配信 8-27-1
カブール空港を飛び立つ輸送機(8月24日撮影 写真:Abaca/アフロ)8-27-2
〜約3カ月間はタリバンの攻撃に持ち応えると観られて居た。処が、アフガン政府軍を主体とするアフガン治安維持部隊は、タリバンの急進撃の前に8月15日にカブール占領を許し、アフガン政府のアシュラフ・ガニー大統領は国外に逃亡、アフガン政権は崩壊した。
アフガン全土には、約1.5万人の米国人と約5万人の米軍に対するアフガン人協力者及びアフガンの国際治安支援部隊に軍等を派遣して居た英・独・仏初め各国の外国人が取り残された。
カブール空港周辺のタリバン部隊は空港への検問所を支配し、空港内に入り国外に脱出しようとする多数のアフガン人と外国人を追い返して居る。空港周辺では混乱が生じ、8月23日にはアフガンの首都のカブール空港でアフガン治安部隊と正体不明の武装勢力の間に銃撃戦が発生したと報じられて居る。何故この様な事態に至ったのか、その影響はどう為るのかに付いて、現在判明して居る諸状況から考察する〜
矢野 義昭 8-27-6 プロフィール Yoshiaki Yano 昭和25(1950)年 大阪生 昭和40(1965)年 大阪市立堀江中学校卒 昭和43(1968)年 大阪府立大手前高校卒 昭和47(1972)年京都大学工学部機械工学科卒 同年同文学部中国哲学史科に学士入学 同昭和49(1974)年卒 同年4月 久留米陸上自衛隊幹部候補生学校に入校 以降普通科(歩兵)幹部として勤務 美幌第6普通科連隊長兼美幌駐屯地司令 兵庫地方連絡部長(現兵庫地方連絡本部長) 第一師団副師団長兼練馬駐屯地司令等を歴任 平成18(2006)年 小平学校副校長を以て退官(陸将補)
核・ミサイル問題・対テロ・情報戦等に付いて在職間から研究 拓殖大学客員教授 日本経済大学大学院特任教授 岐阜女子大学客員教授
著書『核の脅威と無防備国家日本』(光人社) 『日本はすでに北朝鮮核ミサイル200基の射程下にある』(光人社) 『あるべき日本の国防体制』(内外出版) 『日本の領土があぶない』(ぎょうせい)その他論文多数
■ 統治困難な「帝国の墓場」アフガン
ユーラシア大陸の戦略要域 アフガニスタン 8-27-3
アフガンは〔帝国の墓場〕とも言われる。古来、アレキサンダー大王・モンゴル帝国・チムール大王・大英帝国・ソ連等が介入し、長期の武装抵抗に悩まされ結局撤退を余儀無くされたと云う歴史がある。今回は米国がその轍を踏んでしまった。
アフガンは〔ユーラシア大陸のハートランドとも言える戦略要域〕でも在る。世界の屋根と言われるパミール高原から西に流れるヒンズークシ山脈により南北に分断された、内陸の山岳国家で在るが、その部族と宗派は複雑に入り組み部族間の争いが絶え無い。
アフガニスタン詳細図 8-27-4
外敵が侵略して来れば果敢なゲリラ戦を執拗に続け追い出す頑強さを持つ半面、外敵が撤退すると〔部族間の武力闘争〕が起きるのが常である。
元々交通の要衝に在るものの、道路網は限られ国土の大半は高度数千メートルの山岳地帯で在る。その面積は約65.2万平方キロメートルと、日本の約2倍の比較的広大な国土面積を占めて居る。人口約3.890万人の民族構成は極めて複雑である。最大数を占めるのは〔パシュトゥン人〕で在る。彼等は、パキスタン北西部のペシャワール等を中心とする地域にも居住する民族だが、英国の恣意的な国境線の線引きにより2つの国に分断されてしまった。
他方のヒンズークシ山脈以北の北部は、トルクメニスタン・タジキスタン・ウズベキスタン等のトルコ系の諸国と国境を接しこれ等の諸民族が居住して居る。これ等の部族は同一国家で在りながら、パシュトゥン人とは対立関係に在り、国家統一を困難にする一因に為って居る。
この様な纏(まと)まりの無い多民族国家として誕生した背景には〔英露両帝国に依る緩衝地帯〕としての国境線画定と云う歴史がある。19世紀に大英帝国とロシア帝国は〔グレート・ゲーム〕と言われる覇権争いを、イランからチベット等清国周辺領土に及ぶユーラシア大陸全域で繰り広げた。その覇権争いの焦点の一つがアフガンだったが、英露は直接陸地国境を接するのを避ける為〔アフガンを緩衝地帯とする〕事で妥協した。
実質的には、大英帝国の〔保護国〕では在ったが王政は残された。しかしその際に、ヒンズークシ山脈が中央を走る不自然な国境の線引きを地元住民の意向や民族分布の実態を無視して英露両国に依り一方的にされてしまった。
〔ワハン回廊〕と呼ばれる東西約200キロの細長い地形が東に伸びて、中国領の新疆ウイグル自治区と接して居る。これも英露が直接国境を接するのを避ける緩衝地帯とする為に引かれた国境線で在り、且つ清国の力が衰えて居た事も在り、中国とアフガンの国境は極力狭められる事に為った結果である。
又アフガン西部は、歴史的にペルシアの影響下に在った為にイスラム少数派のシーア派が浸透して居り、他の地域の多数派のスンニ派とは対立関係に在る。しかも、モンゴル帝国やチムール支配の末裔で在る〔モンゴル系のハザラ族〕が東部から中部山岳地帯に居住して居り、彼等はシーア派でも在りアフガンを3分する勢力の一角を為して居る。
アフガン南部では、パキスタン南西部・イラン南東部と共に〔バルチスタン解放軍〕が〔バルチスタン独立〕を目指し武装闘争を展開して居る。
アフガンは地形的にも民族・宗教の面から見ても、相対立する部族が高度数千メートルの険峻な山岳地帯に割拠する状況に在り、統一した統治は極めて困難な地政学的環境に置かれて居る。サービス産業・農業・建設業・鉱業・採石業等の産業が在るとされて居るが、1人当たりGDP(国内総生産)は530ドルに過ぎず〔世界最貧国の一つ〕でもある。
但し、世界的な〔金・銅・レアアース・鉄鉱石・リチウム・ウラン等〕の鉱物資源に恵まれて居り、その価値は1兆ドル以上に相当するとも観られて居る。
世界のレアアース市場の約7割を占める中国に取り、アフガンの鉱物資源支配はその独占体制を確固としたものにすると共に、電気自動車用電池・その他の先端産業・軍需用に不可欠なレアアースやリチウム等は極めて魅力の在る資源と言えよう。
■ この様な事態を招いた大統領の責任
カブールがこの様に早く陥落した背景には何が在ったのか? 軍事的に観れば、以下の様な要因が考えられる。
1つ目は、撤退時期を政治的思惑から明示してしまった事である。
後退作戦は最も困難な作戦である。後退作戦には企図を秘匿して隠密裏に行う場合と、企図を見破られ敵の追随して来る中で力に依り敵の圧力を支えながら、安全の確保された収容部隊に撤退部隊を収容すると云う2通りの方式が在る。今回の撤退作戦は後者の場合で在るが、それでも後退の意図は出来る限り秘匿して置く事が望ましい。
政治的判断が先行して、何時迄に全面撤退すると云った声明を出すのは戦理的には不合理で在り、現地の部隊や協力者を危険に晒す事に為る。しかしそれに反して撤退期限を切った合意が為された。
一度撤退期限が明示されると、タリバン側は勝利は近いと観て、米軍側が或る程度撤退する迄は好機を待って米軍を挑発せずに自重する。しかし、撤退が進み戦力的に勝てる段階に為ったと見れば、米軍の後退に乗じて追撃を発令し、一挙に戦力を壊滅させ様と急進撃を始める事に為る。
特に米軍に支えられたアフガン政府軍の瓦解が促進される恐れが在った。バラク・オバマ大統領(当時)は撤退期限を明示すべきでは無いとの軍の進言を受け入れずに撤退期限を表明し、タリバンの攻勢を強めた為に撤退出来無く為ったと云う失敗を犯している。
2つ目は、撤退掩護の為に力で支える態勢をバイデン政権が欠いて居た事である。
ドナルド・トランプ政権はタリバンと協議し2020年2月にドーハで撤退に付いて合意に達したが、トランプ政権は力で支える態勢を整えて居た。合意内容は、タリバンのテロ活動を停止する事を条件に、2021年5月迄に米軍は完全撤退すると云うもので在った。
但しタリバン側が合意を破った為らば、手痛い懲罰を加える事もタリバン側に警告したとされて居る。しかしこの合意には幾つか問題点が在った。
(1) 撤退期限を切り明示したこと
(2) タリバンとの完全な停戦合意無しに撤退の約束をした事
(3) アフガン政府代表が参加し無いママに米軍とタリバンだけで合意した事
(4) 約5,000人とも言われるタリバン兵の捕虜釈放に応じた事等で或る。
8月15日のカブール崩壊直後、バイデン大統領はトランプ政権が決めた計画に基づき今回の撤退は行われたのであり、混乱を招いた責任はトランプ政権の合意に在ると釈明して居る。しかし、これ等の問題点は今回のカブールの早期陥落を直接導いたとは観られ無い。
(1)と(2)に付いて、マイク・ポンペオ前国務長官は「トランプ政権として撤退期限を示したが、その一方でもしタリバンが約束を守ら無ければ、それに対して直ちに懲罰を加える事を伝え、約束を守らせる態勢を維持しながら撤退計画を進めた」として居る。「しかし、バイデン政権は力で約束違反に懲罰を加える事無く、一方的に軍を下がらせた為この様な結果を招いた」と指摘して居る。事実、2020年に米軍が撤退を開始し始めた当初、タリバンが攻勢を掛けたが、トランプ政権は米軍等に依り直ちに反撃した為、タリバンはそれ以降米軍の撤退を妨害し無く為って居る。
バイデン大統領は就任後、トランプ政権の合意に基づき予定よりも遅れたものの、5月から撤退を開始して居る。しかし「バイデン政権は、撤退を掩護する為にタリバンが約束に反して攻撃を強めた場合は、反撃をして力で支えながら撤退を進める措置を怠った」その様な拙劣な指揮をした現職の米大統領兼米軍の最高指揮権限保有者としてのバイデン大統領の責任は免れ無い。
今回のカブール陥落前に、軍は撤収部隊と自国民・国外退去を希望するアフガン人協力者等を収容する為に、収容部隊を展開する事を進言したがバイデン政権は受け入れ無かった。
現在カブール空港を守る為約6,500人の米軍が残留して居るが、タリバンの包囲を解き残置された米国人やアフガン人の協力者達を救出するには、少なくとも6,000人程度の増派は必要と軍の専門家は観て居る。各国も自国の空軍輸送機を派遣し、自国民と協力者等の救出を急いで居るが、空港に辿り着けずアフガン各地に取り残された人々を救出する目途は立って居ない。
ロイド・オースティン国防長官は、カブール陥落直後に「我々にはアフガン全土に残された人達を救出する能力は無い」と答えて居る。
(3)のアフガン政府の同意に付いては、ガニー大統領はバイデン大統領の〔5月1日からの撤退〕表明がされた4月14日、バイデン大統領とオンラインで話し合い「アメリカの決定を尊重し、(米国との)連携を進めて行く。アフガニスタンの治安部隊は国民と国を守るのに十分な能力を持って居る」と述べて居る(『NHK News WEB』2021年4月14日)
但し、ガニ―大統領は元々も「米軍が撤退すれば政権は半年も持た無い」として米軍の撤退には反対して居た。バイデン大統領のアフガン政府軍の戦力に対する保証に説得されたのか、当時既に政権の早期崩壊を予期して撤退阻止を諦めたのか何れかであろう。
(4)に付いてもバイデン政権は〔アフガン政権内の多様性を維持する〕との立場から、様々な部族や宗派・政治的立場の人物を政権内に取り込み、アフガン政権の分裂と内部崩壊を促進したと観られて居る。
又バイデン政権は、多数のタリバン兵捕虜の釈放に踏み切って居り、それがタリバン側の戦力として復帰する事を許した面もある。何れにしても〔力でタリバンの追撃を抑え攻撃を抑止し、約束を守らせ乍撤退収容する〕との、後退作戦の原則に反したバイデン政権の決定が、今回の早期陥落の一因で在ると言え様。
タリバンの攻勢は、米軍の撤退期限とされた5月以降激しさを加えた。バイデン大統領はカブール政権の崩壊直後の8月16日、アフガンからの駐留米軍撤退を決めた自からの決断につ居て〔適正〕だったと強く弁護したが〔完璧には程遠い〕事も認めて居る。
■ 早過ぎたバグラム空軍基地からの米軍撤退
アフガン政府軍崩壊に決定的な影響を与えたのは、今年7月1日に行われた〔バグラム空軍基地〕からの米軍撤退で在る。バグラム空軍基地は、カブール国際空港から北に約40キロに在る〔アフガン最大の空軍基地〕で在る。
元々ソ連軍侵攻直後にソ連軍が造った空軍基地だが、ソ連軍撤退後、基地施設は部族間闘争で破壊され尽くして居た。それをアフガン侵攻直後から米軍はアフガン最大規模の空軍基地に造り変えた。
同基地には、古い今は使用されて居ない3,000メートル級滑走路とは別に、米軍に依り新たに3,600メートル級の滑走路1本・大規模な支援施設・格納庫等が建設され〔C-5ギャクラクシー〕等の大型輸送機や爆撃機も離発着出来る近代的な巨大空軍基地に生まれ変わった。
施設には近年整備されたものも多く、約2,500人から3,500人の米軍と同盟国の軍が同基地を運用して居た。それが今年7月1日に全面撤退しアフガン政府軍に移管された。その直後の7月2日、バイデン大統領はインタビューに於いて、次の様に答えて居る。
「アフガン全土をタリバンが支配する事は在り得無い。大使館の屋根からヘリで逃げ出したサイゴン撤退の二の舞に為る様な事は無い」
「何故なら、アフガン政府の部隊は30万人の兵力で約7万5000人のタリバンに対し防衛して居り、世界でも最も好く訓練され装備された部隊で在り、空軍も含めた十分な兵力を保有して居るからだ」
しかし、その見通しが誤って居た事はその後の結末から見て明らかである。好く訓練されて居る一例として、味方の空軍に対して地上部隊がレーザーで爆弾を誘導し、敵の地上部隊を爆撃する訓練も装備も行われて居る事が挙げられて居る。
その事は、アフガン政府の軍と治安部隊は各地の州都等要点を守備しては居たが、地上部隊間の正面からの戦闘でタリバンに対し優位に立って陣地を守備して居たと云うよりも〔航空攻撃或いはヘリ部隊に依る米軍等の増援に頼り〕山岳地域の分断された都市部の拠点間にネットワークを形成しながら〔何とか持ち応えて居たに過ぎ無かった〕事を示唆して居る。
その頼りにして居た空軍やヘリの支援が、バグラム空軍基地からの米軍撤退に伴い一挙に能力低下を生じた事で、政府軍や治安部隊の士気も崩壊したと観られて居る。それが、タリバンによる迅速な各州都の奪還・支配に繋がり、急激なカブールへの進撃を可能にした要因と為った。
これに対しバグラム基地からの撤退後の今年7月25日、ケネス・マッケンジー米中央軍司令官は、米空軍の近接航空支援は継続されると明言して居る。
しかし攻勢は衰えず、バイデン大統領は、8月10日にアフガン駐留部隊の完全撤退時期を、当初予定した今年9月11日から8月末に繰り上げるとの声明を発した。しかしその後も、タリバンの攻勢は更に強まった。結果的に、バグラム基地の機能喪失は補完出来ずタリバンの急進撃は止められ無かったと言え様。
■ 腐敗堕落した政権と戦意の無い政府軍
アフガン政府の汚職腐敗と政府軍の士気戦意の低さが、早期崩壊の決定的要因と言える。バイデン大統領は、今年8月10日の現地記者会見の中で、8月末とした撤退期限に変更は無いとし「アフガンの指導者は結束し、自分達の国家を守る為に闘わねば為ら無い」と、アフガン指導者達に戦意が無いなら予定通り撤退すると表明して居る。
同大統領は、カブール陥落直後に「自ら自国を守る意思の無い国の為に、米国兵士の血を流させる理由は無い」とも述べて居る。
オースティン国防長官も「失望を通り越して居る。戦かう意思やリーダーシップはお金では買え無い」と述べ、政府軍の戦意の欠如が政府軍の早期崩壊の原因と観て居る。何故この様にアフガンの政府にも政府軍にも戦意が無いのか、それには歴史的な背景がある。
アフガン軍の陸軍と空軍は〔1709年のホタキ朝時代〕に起源が在るが、1880年に英国の支援に依り再編された。その後の王政時代に整備され〔最後の国王ザヒル・シャー〕に依る約40年の支配の間も整備された。
社会主義革命が起こりソ連軍に依り支援されたアフガン政府軍は1978年から1992年の間〔イスラム聖戦士(ムジャヒディン)〕と戦い続けた。1992年のモハンマド・ナジブラ大統領の辞任とソ連の支援断絶に伴いアフガン政府軍は崩壊し、その戦力は各部族の武装勢力に取り込まれた。
〔タリバン〕は元々、ソ連軍侵攻後社会主義支配から逃れて来たイスラム教徒抵抗勢力の子供達を〔パキスタン軍の統合情報部が、パキスタン国内の神学校に神学生(タリブ)として送り込んで、イステム教のジハード(聖戦)に殉ずるゲリラ戦士として育成〕した事に始まる。
タリブ達(タリバン)は、アフガン国内に戻りムジャヒディン(聖戦士)として活躍し、米国の支援も受けつつ〔ソ連軍撃退の中心勢力〕と為った。ソ連軍撤退後、部族間の武力闘争が再燃したが、タリバンは他の部族・特にトルコ系のタジク・ウズベクの抵抗を抑え、アフガンのホボ全土を支配し政権を樹立するに至った。
彼等は、パキスタンに逃れたパシュトゥン難民の出身者やその子孫が多く、宗派的には多数派のスンニ派に属する。
タリバンは米軍の侵攻前迄は、イスラム原理主義に基づきイスラム法を厳格に遵守し、窃盗犯の手首を切り落とし、不倫をした女性を石打ちで殺し、女性には就学も就労も認め無い等の施策を強行し、違反者や反対者を容赦無く摘発し極刑にする等・・・過酷な統治を支配地域に行った。
この様な統治は、タリバンが米軍等に依り駆逐される迄続き、アフガンの一般国民、特に女性の間にタリバンに対する恐怖を植え付けた。この事は、現在のカブール空港周辺に集まった国外脱出を求めるアフガン国民が如何に多数に上るかを見ても明らかである。
米軍は軍事作戦の主体を担ったが、多くのNATO(北大西洋条約機構)加盟国、その他の国々が軍や治安要員を派遣した理由の一つとして、タリバンによる深刻な女性等に対する人権侵害問題が在る。タリバンは20年前とは異なり近代化されたとの評価も在るが、タリバンの支配に対する民衆の恐怖や不信感は容易には消えず、今後も恐怖支配は続くと観られる。
2001年の9.11同時多発テロ直後、首謀者と目されたオサマ・ビン・ラディンは、アフガンのタリバン政権を頼りアフガンに逃げ込んだ。米国は、オサマ・ビン・ラディンの引き渡しをタリバン政権に要求したが、同政権はそれを拒絶した。
米国は有志連合を結成し、国連安保理・NATO・EU等の対テロ非難決議を得て、タリバン政権に対し同年10月に有志連合に依るアフガン戦争を開始した。タリバン政権は米軍の圧倒的な軍事力の前に約2カ月で崩壊し、カブールに〔ハミール・カルザイ〕を首班とする暫定行政機構その後暫定政権が発足し、ハミール・カルザイは初代大統領に就任した。
カルザイ政権の成立に伴いアフガン政府軍の陸空軍は再編された。基本的には独立的に作戦を行ったが、空軍に付いては、地上軍を支援する為の米軍の近接航空支援を受けて居た。又軍事訓練に付いても、米軍を主体とするNATO軍の支援を受け、毎年数十億ドルに上る軍事援助を米国から受けて居た。
その米国に依る援助総額は2兆数千億ドルにも上ると観られて居る。 しかしカルザイ政権は腐敗堕落が酷く、カルザイ大統領の弟が最も汚職腐敗の元凶と噂される等、カルザイ大統領は米軍の期待に応えられ無かった。米国の大学で教鞭を執った後帰国し暫定政権で財務相を務めて居たガニ―氏が大統領に就任したが、汚職腐敗の体質は変えられ無かった。
例えば、アフガン政府軍を直接訓練して居た米軍将校は、アフガン政府軍兵士の約8割は麻薬に染まって居たと証言して居る。政府や軍中枢が膨大な米軍の援助資金を着服し、末端の兵士に給与が支払われず、支給された武器を横流しする例も多発したと言われて居る。
戦争目的を振り返る為らば、2011年にオバマ政権がオサマ・ビン・ラディンの殺害に成功したが、その時点で本来の米国の戦争目的は達成されて居た事に為る。その意味で、オバマ政権以降、トランプ政権・バイデン政権が米軍撤退を追求したのは当然かも知れ無い。
特に、米軍が20年間対テロとの戦いで間接費用も含め7兆ドルとも云われる国費を費やして居る間に、中国やロシアの軍事力の増強近代化が進み、ロシアはクリミア・東部ウクライナを事実上併合し、中国は南シナ海の軍事化を進めインド太平洋での「接近阻止・領域拒否」戦略態勢を確立してしまった。
この事は、米国の世界的覇権に取り深刻な脅威を招く結果と為り、オバマ政権以降の政権に取り、特にインド太平洋正面への戦略的な戦力転換は喫緊の課題と為って居た。
その意味では、バイデン大統領の撤退実行と云う決断は間違っては居ない。その事は、前述した様に、バイデン大統領自身もカブール陥落直後に表明して居る。しかしアフガン政権・軍の汚職腐敗と戦意の低さの根底には、米国の傀儡(かいらい)としてのアフガン政府・軍の根本的な限界が在ったと言え様。
一般民衆に取り、タリバンの統治は過酷だったが、同一民族・同一宗教の仲間で在り、外部からの侵略者の異教徒では無かった。
アフガンの一部にも欧米で教育を受け、英語等を流暢に話し人権思想や民主政治に同調するインテリも居り、米軍等に対する協力者にもその様な人材が多く含まれて居るに違い無い。その様な協力者の移民受け入れは国際社会の責務と言えるかも知れ無い。しかしその様な親欧米派の人はアフガン国民の一部で在り、タリバンに寧ろ親近感を持つ民衆が多数派を占めて居るのではないかと観られる。
欧米とは異なる価値観と政治文化・宗教の国に、民主主義や人権思想を教えても簡単に同化はし無いと観るべきであろう。戦意をカネで買う事も出来無いが、信仰や文化を力を背景として外部から変容する事も出来無い。アフガンの撤退はその事を実証したとも言え様。
他方でイスラム教徒と歴史的に長期の戦いを繰り広げて来た中・露両国は、欧米とは別のアプローチを取り影響力拡大を図ると観られる。
■ 中国に取り戦略的好機と為るタリバン支配
中国の〔新疆ウイグル族自治区〕の分離独立を目指す、東トルキスタン独立運動の担い手はトルコ系のウイグル人で在る。彼等は、北部のトルコ系部族には近いが、タリバンの主流派で在るパシュトゥン人とは対立関係に在る。
その為、アフガンのタリバンによる支配は、中国国内のウイグル人独立運動の弾圧・テロ防止には寧ろ好都合かも知れ無い。
中国は、タリバンに対空ミサイル等の武器援助を行い、米軍がアフガンでタリバンとの泥沼の戦いに拘束される様に仕向け、米軍のインド太平洋正面への戦力転用を妨害して来た。米軍のアフガン撤退は、中国軍の西部戦区から東部戦区への転用を容易にするで在ろう。そう為れば、米中対峙の正面として台湾・尖閣・南シナ海正面が益々重要に為る。
今年7月、中国とタリバンが直接交渉をし、中国側はタリバン支援の条件として、新疆ウイグルの〔東トルキスタン分離独立運動〕を決して支援し無い事を要求し、それに対してタリバン側も保障したと報じられて居る。
民族構成から言えば、中国に取りパシュトゥン人を主体とするタリバンの支配は、新疆のウイグル人との連携と云う点ではそれ程憂慮すべき事態とは思われ無い。又、中国はインドの対米接近に伴い、インドと宿敵関係に在るパキスタンへの影響力を強めて居る。
中央アジアを核心地域とする一帯一路の建設を企図して居る中国に取って、アフガンのタリバン支配はパキスタン回廊と連接する新たな戦略ルートを確保する戦略的好機を得たと言えよう。
タリバンは数十億ドル相当の米軍の各種先端兵器を手に入れた。タリバン兵が、それ等を稼働させ、或いは維持整備するのは容易では無いと観られる。しかしそれ等の兵器が、中国やロシアの手に渡れば、その軍事機密も含めて実装備が流出する事に為る。
又、アフガン政府軍の兵員にもタリバンの同調者が入り込み、米軍から直接訓練を受け或いはマニュアル等を入手して居る者も居るに違い無い。それ等のノウハウも渡れば、中露の戦力の向上・米軍兵器の特性・能力や弱点も明らかに為ると観られる。
特に、米中共に重視して居るインド太平洋正面での米中の対峙が今後強まると観られる中、中国軍の装備の現代化がこれに依り大幅に進展する可能性が高まる。米軍の暗視装置・各種のミサイル・最新ヘリのブラックホーク・歩兵戦闘車ブラッドレーその他の戦闘車両・戦車・戦闘機等も、タリバンの手に入ったと観られて居る。
これがインド太平洋正面の中国軍の装備近代化に利用されれば、日台と対峙する中国軍の装備の質的向上は加速するで在ろう。日本の防衛装備の増強近代化を更に急がねば為ら無い。
又、中国はイランと今年3月、イランからの石油の長期安値供給と中国からの巨額投資を交換条件に、25年に渉る長期の包括的な協定を締結して居る。アフガンが影響下に入れば、中国は係争地で在るカシミールを経る事無く、新疆ウイグルからワハン回廊を経てアフガンへ直接アクセス出来る様にも為る。
イランとタリバンは宗派的に対立関係に在るが、経済的戦略的利害が一致しその間の関係が安定すれば、中国はパキスタンからアフガンを経てイラン・ペルシア湾に至る一帯一路を、インド洋のシーレーンと併せ、陸海両面から形成する事が可能に為る。
前述したアフガンの豊富な鉱物資源の採掘も可能に為り、中国のレアアースに対する独占体制は更に強まるで在ろう。ペルシア湾と中央アジアの原油・天然ガスの輸入が、陸路のパイプラインと海上輸送の両面から可能に為れば、中国の化石エネルギーの輸入ルートの安全確保はより容易に為り、逆にマラッカ海峡ルートへの依存を減らす事が出来る。
マラッカ海峡から南シナ海ルートに石油輸入の大半と貿易ルートの多くを依存して居る、日韓台に対する中国の影響力は強まるであろう。
逆に言えば日韓台としては、米第7艦隊が担って来たペルシア湾迄の海上輸送路の安全保障を連携して守る必要性が高まる事に為る。同様の事情は、インド・豪州・インドネシア・ブルネイ等の資源国を除く東南アジア諸国に付いても言え、これ等諸国との海上輸送路の安全保障面での協力が益々重要に為るであろう。
日本としては、ペルシア湾岸からの石油輸入ルートの安全確保・原油・レアアースの代替輸入先・代替物・備蓄の確保等、総合的な安全保障政策の展開が必要不可欠と為る。
■ 警戒しつつも対中協力を強めるロシア
ロシアに取って最大の懸念は、タリバンの支配するアフガンが再びイスラム過激派の温床と為り、ロシア国内のチェチェン等の独立派やテロ勢力と連動する事で在ろう。ロシア帝国の時代から〔帝国の弱い腹〕と言われる様に、中央アジアは平定に手こズズリ未だにテロリストの温床と為る事が最も恐れられて居る地域で在る。ソ連のアフガン侵攻もインド洋への進出と云う積極的な覇権拡大の目的よりも、ソ連南部イスラム圏の安定と言う防衛的な狙いが強かったと観られて居る。
対テロと言う面では、ロシアに取りトルコ系諸国とアフガン国内の過激派勢力との直接の結び着きが強まり、イスラムテロの国内浸透の窓口に為る事は強く警戒して居ると観られる。ロシアは、帝政時代からイスラム圏全体との長い闘争の歴史が在り、米軍のアフガン撤退後のタリバン支配に依るテロ組織の影響の国内波及に、中国以上に強い警戒心を持って居ると観られる。
キルギスが米軍に2014年迄マナス国際空港の使用を認めて居たのも、背景にロシアの意向が在ったものと観られる。ロシアとしては米軍が対テロ戦争でアフガンその他の中東地域で長期消耗戦に陥る事は、ウクライナ・バルト正面でのNATOの圧力を弱める事が出来望ましい事で在ったに違い無い。
米国に取っては、この欧州正面のロシアの脅威への対応も、アフガン撤退の背景要因の一つで在ろう。今では、タジキスタン・ウズベキスタンは上海協力機構の加盟国で在り中露との関係は良好で在る。独立志向の強いトルクメニスタンも客員参加国に為って居る。但しこれ等のトルコ系共和国は、本質的にアフガン北部のトルコ系諸民族との民族的宗教的な一体感が強い。
ソ連時代には、トルコ系民族の連携を断ち切る為に厳格な国境管理体制が執られて居た。しかし、現在は各国が独自に国境の防衛警備を担任して居り過つてよりも国境管理は緩やかに為って居る。今では、アフガンとの国境を越えて、人の往来や貿易・武器・麻薬等の密輸も行われて居り、テロリストの相互往来も容易で在ろう。
半面、経済面ではロシアが主導するユーラシア経済同盟の重点地域として、欧米撤退後のタリバンの支配するアフガンとの経済的な結び着きを強め、ロシアとしては出来ればアフガン北部もその中に取り込みたい処で在ろう。アフガンの鉱物資源等の豊富さはロシアも熟知して居る。
経済圏拡大と云う点では、約10倍の経済規模を持つ中国の一帯一路が中央アジアへ展開される事にロシアは強い警戒感を持って居り、AIIB(アジアインフラ投資銀行)への参加にも消極的で在った。
しかし、経済力に乏しいロシアとしては、当面中国の進出に乗り中央アジア圏の経済協力を進める方が得策と観て協力関係を維持すると観られる。今年5月の中露首脳会談後の共同声明でも、天然ガスの対中輸出等のエネルギー分野・インターネットと先端技術分野でもパートナー関係が構築されたと伝えられて居る。
カブール陥落の翌日の8月16日に、中国の王毅外相がロシアのセルゲイ・ラブロフ外相に電話会談を申し入れ、アフガンの新情勢の下での戦略的な意思疎通と協力の強化を呼び掛け、ロシア側も中国と共闘するとの意向を示したと報じられて居る(『産経新聞』2021年8月23日)
今後は中露共同に依るアフガンの経済開発、特に鉱物資源の開発・インフラ整備等が進展すると観られる。ガニー政権下ではアフガンの最大の貿易相手国はイランだった。取引額は約30億ドルを超えイラン側の大幅な輸出超過だった。
タリバン支配後のイランとの関係は不透明だが、宗派や民族の対立が在るとは云え、イランは国際的な経済制裁を受けて居りアフガンは貴重な貿易相手でも在る。イランとロシアの関係は、ロシアも又クリミア併合や東部ウクライナ問題でNATOと対立関係に在り経済制裁を受けて居る為比較的良好である。
ロシアもイランも経済制裁により国内経済は不調であり、米国の覇権に反対して居る点は共通して居る。欧米からの経済制裁に苦しみ米国の覇権に反対して居る点では、中露もタリバン・イラン・パキスタンも利害関係が共通して居る。
この為、ロシアの影響力の強いアフガンの北部・イランの影響力の強い西部も含め、アフガン内部の部族対立激化は中露の圧力を背景に抑制される方向に為ると思われる。少なくとも、米国初めNATO諸国の撤退が完了し、その軍事的影響力が無く為る迄は協力関係は維持されるであろう。
但し、ロシアはインドとも武器供与・貿易等で冷戦期から緊密な協力関係に在り、インドは中国とパキスタンの連携を強く警戒して居り、アフガンのタリバン支配によりパキスタンが背後を固めてカシミール等インド正面でのテロ活動その他の敵対行動を強める事に強い警戒感を持って居る。
また昨年来の中印紛争に依る緊張関係は今も続き、中印両軍合わせ10万人以上の兵力が中印間の実効支配線を巡り今も対峙して居る。インドは中国のアフガンでの影響力拡大には強い警戒心を持って居るに違い無い。
特に米製兵器が中国やパキスタン、反インド・テロリストの手に渡り、それ等の装備が近代化される事を憂慮して居ると観られる。ロシアとイランとしてはインドとの関係も重要だが、アフガンからの米軍撤退と云うバランス・オブ・パワーの劇的な変化を踏まえれば、中国、パキスタンとの連携を強める事に為ろう。
それだけインドの孤立感は深まり、インドの軍事力強化特に装備の現代化は米国の支援の下更に加速される事に為ると観られる。インドのQUAD重視姿勢も強まるで在ろう。
■ 多正面に渉る日本への深刻な影響
以上の分析で明らかな様に、アフガンのタリバン支配の影響は多方面に渉る。タリバンは元々イスラム原理主義に立ち、イスラムとの歴史的な軋轢の無い日本に対する感情がそれ程悪いとは思われ無い。 自衛隊機の派遣に対しても、単なる救出だけなら問題無いとして居る。
今後タリバンが政権を固めるとしても、北部のタジク・ウズベク等のトルコ系諸部族との闘争が激化し、再び内戦状態に戻る可能性も在る。
前述した様に、中国軍の西部戦区の戦力が東部戦区に転用され、日本正面、特に尖閣・台湾に対する圧力が高まる恐れも在る。又中国の影響力が浸透しペルシア湾に迄及ぶ場合は、シーレーンの安全保障と原油・レアアース等のエネルギー安全保障の必要性も高まる。
更に米軍装備が中露の手に渡り、和が国周辺の中露戦力の質的水準が更に高まる事も予想される。孤立感を深めるインドとのQUADを通じた連携も重要性を増す事に為ろう。
最も注目されるのは、今回の失態の責任を問われたバイデン政権の指導力が国内で弱まり、米国の分断が更に進み、他方で国際的な同盟国に対する介入の能力と意思が後退する事が予想される点である。 この点に付いて、米中対立の狭間に在る日本として米国への期待度をどう観るかが、中国の脅威をどう観るかと共に日本の安全保障に執り決定的な重要性を持つ事に為る。今後の情勢推移に注目し、注意深く分析し続けねば為ら無い。
バイデン大統領は、自ら自国を守る意思の無い国の為に米兵の血は流さ無いと明言した。日本は米国のみ為らず、台湾を含めた価値観を共有する諸国との安全保障初め多面的な協力関係を強化し無ければ為ら無い。しかし何よりも重要な事は、最早米軍頼みは通用しない、日本は自国を自ら守ら無ければ為ら無いと云う現実が、日本人の眼前に突き付けられた事である。
新〔ガイドライン・・・日米防衛協力の為の指針〕でも、日本有事に於いては、自衛隊が主体と為って戦うのであり、米軍はそれを〔支援し及び補完する〕と規定されて居る。今回の呆気無いカブールの陥落は、日本が早急に〔防衛力を強化〕し、自立的な防衛態勢を構築し無ければ、日本国憲法の前文に謳われて居る、日本の〔安全と生存を保持〕する事すら出来なく為る事を示して居る。
矢野 義昭 8-27-5
〜管理人のひとこと〜
元陸相補の解説は、歴史を絡め地形的・人種・民族・宗教等の複雑で煩わしい関係を見事な迄に簡潔に表現し分析し解説された。実に勉強家の軍人なのだろう。今までの元軍人は、徒に政治に口を出したり現政権を擁護したり・・・不必要な言動を繰り返して来た。ハッキリ云って害は有れど何の益も無い存在だった。
元陸相補は一度は参院選に立候補された様だが・・・油でベトベトした政治家よりは、大学等での研究の生活が〔清潔で望ましい〕ものと共感する。この様なレポートを世に広め、直接国民に訴える事コソが使命だ理解します。今後もタイムリーな話題を積極的に取り上げ世に問うて下さい。
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