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2020年01月19日

ヒトラーを「左翼」「社会主義者」と見做してはいけ無い理由




 ヒトラーを「左翼」「社会主義者」と見做してはいけ無い理由

          〜現代ビジネス 田野 大輔 1/18(土) 10:01配信〜

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 広がる「ヒトラーは社会主義者だ」の認識

 近年、右派勢力の間で「ヒトラーは社会主義者だ」と云う主張が広がり始めて居る。事実、そうした主張はアメリカのオルトライト・新右翼や共和党の一部の常套句と為って居て、敵対陣営である民主党左派を攻撃するのに多用されて居る。
 日本の所謂「ネット右翼」の間でも、ナチズムを社会主義と同一視して、これを左翼批判に用いる発言が目立つ様に為って居る。社会主義的・左翼的な主張を唱える者は皆ナチスであって、人々を戦争やホロコーストに導こうとする者だと云う訳だが、こうした粗雑な主張は勿論、歴史の実態にはそぐわ無い。

 ナチ党は正式名称を「国民社会主義ドイツ労働者党・Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei」と云う。党名に「社会主義」と「労働者」が含まれて居るので、ナチズム=社会主義=左翼と短絡してしまい勝ちだが、そうした安直な見方は「国民」「ドイツ」が表す意味の重要性を無視して居る。
 これ等の語は、民族や人種に究極的な価値を置く右翼的な政治姿勢を示すものに他為らず、それと不可分に結び着けられる事で「社会主義」や「労働者」の意味合いも根本的に変わって居る。

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 ナチ党が掲げたのは、単なる社会主義では無く「国民社会主義・Nationalsozialismus」であって、それはドイツ民族・国民の為だけの社会主義、民族至上主義・人種差別主義(反ユダヤ主義)と結び着いた社会主義を意味する。
 尚、日本では従来「国家社会主義」と訳される事が多かったが、「国家・Staat」と「国民・Nation」の混同を避ける目的から、近年では「国民社会主義」と云う訳語が一般的に為っている。ヒトラーが言う様に、ナチズムは国民・民族を優先する運動であって、国家はその為の手段に過ぎ無いのである。

 ナチスは、マルクス主義の階級闘争や国際主義と云った概念に反対し、歴史の動因を民族・人種間の闘争に見て、国民・国家統合(ナショナリズム)を通じたドイツの再生と膨張・侵略を図ったが、そうした基本的な政治姿勢は、資本主義体制の打倒・変革を目指す本来の意味での社会主義や共産主義と異なる処か、それと明白な敵対関係に立つものだった。

 実際にも、ナチスはヴァイマール時代を通じて左翼政党と激しい抗争を繰り広げ、政権掌握後には社会主義者と共産主義者を一斉逮捕して強制収容所に送る等、徹底的に惟を弾圧した。
 ヒトラー自身『わが闘争』の中で繰り返し「ドイツの共産主義化」の危機を訴え、その黒幕としてユダヤ人の国際的陰謀を攻撃して居るが、そうした主張をナゾルかの様に、第二次世界大戦中の独ソ戦では「東方生存圏」の獲得と云う侵略目標に加えて「ユダヤ=ボルシェヴィズム」(ユダヤ人と共産主義を同一視するイデオロギー)の殲滅と云う人種・政治的目標が掲げられた。

 労働者を懐柔したけれど・・・
 
 確かに、ナチズムは一部で社会主義の影響を受けて居た。ヒトラーは左翼政党のプロパガンダの手法を模倣し、度々反資本主義的なレトリックを用いて労働者階級のルサンチマンに訴える演説を行なったし、政権初期迄一定の力を有したナチ党左派の間には、本気で社会主義革命を目指す動きも存在した。彼等の多くは1934年6月末の粛清事件の後、失脚するか閑職に追い遣られた。
 又、ナチスは政権掌握後、公共事業による雇用の創出・労働者向け福利厚生の拡充・家族支援や有給休暇の提供・消費・レジャー機会の拡大等と云った政策を次々に打ち出し、それを「実行の社会主義」の成果として誇示した。

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 中でも好く知られて居るものとして、労働者にも手の届く格安の乗用車として開発されたフォルクスワーゲンや、労働者の余暇を充実させる目的で歓喜力行団が提供した安価なパッケージ旅行が挙げられる。
 そうした社会的平等を目指すと云う意味で「社会主義的」な政策が導入された背景には、労働者を懐柔して階級闘争から引き離し、格差の無い「民族共同体」に統合しようとする狙いがあった。社会・経済的に恵まれ無い労働者層に手を差し伸べ、彼等を称揚して誇りや自尊心に訴えると共に、或る程度の実質的な利益を提供し、将来の豊かな生活を期待させる事で、体制への順応を促進しようとしたのである。

 効果が薄かった「社会主義的」政策

 だが労働者を褒め称えるプロパガンダや「社会主義的」と言える様な政策も、実際の生活を向上させる迄には至らず「民族共同体」のスローガンとは裏腹に、社会対立や不平等の是正も進ま無かった。
 ドイツ社会の構造は1930年代を通じて殆ど変化せず、労働者層の割合は依然として60%程度で、景気上昇によって恩恵を受けた他の社会層と比べて相変わらず不利益を被って居た。賃金は上がらず消費は冷え込み、物不足が深刻化して配給制まで敷かれて居た。
 象徴的な事に、フォルクスワーゲンは市場供給が始まる前に生産が中止され、大型客船でのクルーズ旅行も労働者には高嶺の花のママだった。

 こうした事は全て、ナチ政権が来るべき侵略戦争の為に軍備拡張を優先した結果だったと言える。政権掌握後の景気回復も殆どが軍需によるもので、1938年には軍備支出が国家支出の74%にまで達した。失業対策事業として有名なアウトバーンの建設も、それが雇用創出に果たした役割は限定的だった。負債によって賄われたこの軍需経済は、戦争が起こる事で初めて採算が取れるものだった。
 この様な理解を踏まえると、労働者向けの様々な優遇措置も究極的には侵略戦争と云う目的に奉仕するもので、彼等を軍需生産に繋ぎ留めて置く為の社会政策的譲歩でしか無かったと見るべきである。

 民族・国家への献身と服従を強いる

 こうしたナチスの政治姿勢は「社会主義」と云う概念が、専ら全体の為の奉仕・義務と云う意味で用いられた事にも示されて居る。マルクス主義に由来する社会主義の概念は、ナチ政権下では従来の階級闘争的な意味を奪われ、労働者の活力と社会的平等を誇らかに表明すると同時に、彼等に只管(ひたすら)民族・国家への献身と服従を強いると云う権威主義的な性格を持つものと為った。

 「ドイツの兵士は、世界に過つて存在した最初で最良の社会主義者である」ドイツ労働戦線指導者ローベルト・ライ等
 
 と言われた様に、兵士を模範として再定義されたナチス流の社会主義は、労働者を国家による統制に従属させ、軍需生産に邁進させ様とする体制の政治・経済的利害と適合的だったと言える。何れにせよ、それが本来の意味での社会主義と全く異なるものだった事は明らかである。

 反共イデオロギーとしての「全体主義論」

 処で、ナチズムの「社会主義的」な性格を強調し、これを共産主義と同一視して批判する視点は、同時代から一部の自由主義者・保守主義者の間で共有され、第二次世界大戦後の冷戦期には、所謂「全体主義論」として結実する事に為った。
 それによると、ナチズムはスターリニズムと同様、国家統制・計画経済を推進する全体主義であり、イデオロギー上は対立するが本質的には同一だと云う事に為る。国家・社会の全面的な再編を図るナチスの急進的な政治姿勢は、一般的な保守や右翼と異なる特徴を持っており、自由や民主主義を否定する点では、寧ろ左翼の共産主義体制に近い事が強調されたのである。

 だが全体主義論は、冷戦期の西側陣営において反共産主義のイデオロギーとして注目されたものの、その後の実証研究の進展と共に、分析枠組みとしての限界が指摘される様に為った。ヒトラーの絶対的意志の下、テロルとプロパガンダを通じて国民全体を統制する体制と云う全体主義論のナチズム理解は多くの面から批判され、体制内諸機関の競合・対立や一般民衆の順応・抵抗と云った複雑な支配の実態に注目するアプローチが優勢と為った。

 そうした研究状況を考えると、ナチスの唱える「社会主義」に付いても、その政治的影響力を額面通りに受け取る事は出来ない。それがドイツを実際に社会主義化する程の力を持た無かったことは、上述の通りである。

 ナチスを「左派ポピュリズム」と呼んで好いのか

 昨今の欧米におけるポピュリズムの台頭を受けて、最近ではナチズムをそうした運動の一つと捉える見方も出て来て居る。「AfD・ドイツのための選択肢」と云った極右排外主義運動との類似性を指摘する論者が殆どだが、中にはナチスが親労働者的な政策を執った点に着目して、これを「左派ポピュリズム」と規定する者も居る。

 例えば日本の或る国際政治学者は、ナチスが「ドイツ労働者党」であり「財形貯蓄」等の労働政策を実施した事等を根拠に挙げて、ヒトラーは「左翼ポピュリスト」であると主張して居る。だがこの様にナチズムの「左翼ポピュリズム」的性格を重視する事は、意図的かどうかは兎も角として、ナチズムの本質を見誤らせると同時に、右翼ポピュリズムを免罪する事にも繋がる。
 左翼と右翼の区別が曖昧化したポスト冷戦期の政治状況の下では、こうした粗雑な左翼批判を行なった処で、徒に混乱を招くデマゴギーにしか為ら無い。その点では、ナチズムと共産主義の類似性を強調する全体主義論が意味を持ち得たのも、左右の対立がハッキリして居た時代だったからコソだと言える。

 近年の歴史研究では、ナチズムが伝統的な左翼・右翼の政治的スペクトルには位置付け難い、複雑で矛盾した運動だと云うことが共通理解と為っている。左右のポピュリズムと比較する場合にも、そうした点を踏まえつつ、慎重な検討を行なうべきである。
 ナチズムの「社会主義的」な性格を過大視し、これに「左翼」のレッテルを貼って批判するのは、歴史認識として間違って居るばかりか、歴史修正主義に与する危険性さえ孕んでいる。その意味では、ヒトラーを社会主義者と呼ぶ論者には寧ろ、過去を政治的に利用しようとする狙いを見出すべきかもしれない。

 攻勢を強める右派勢力に取って、そうした主張は自らとナチズムの親近性から人々の目をソラし、敵対陣営に批判を向けさせる眼くらましの方便として役立つのである。ナチズムを左翼ないし社会主義と同一視する者が居たら、右派勢力の免罪や正当化を図る政治目的が無いか疑って掛かるべきだろう。
 

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                田野 大輔    以上






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