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2019年01月28日

必要のない人間。

米が尽きかけた。
フードバンクへ食糧をもらいに行った。

いつも僕を担当してくれてる人は不在だったので
代理の人が対応してくれたが、

その人に言われた言葉がショックで、さっきまでずっと
「自分 必要のない人間」のキーワードで検索しては
自己嫌悪に陥っていた。

ようやくこうして
今日の出来事を記事にできるくらいになったので、
暴露してみる。反面教師用にお読みいただきたい。
誤解だと叫びたい

「たびたび来てるけど仕事見つかったの?」

「生活を守るために何かしてるの?
食糧支援にはやぶさかではないんだけど、
一時的なものだから。」

僕は言葉を絞り出してこう答えた。

う…その、あの…。
今ブロガー活動を中心に自分のビジネスを育ててますが、
結果が全然出てないんです…。

「わかった、用意して待ってるから、
雪降ってるし気を付けて来てね。」

「お前は何もしていない」と責められているように感じて、
受け取りに行った時に号泣してしまった。

・お前は食糧を受け取るだけで
 状況を改善しようと努力していない

・なぜ就職しようとしないのか
 生活を何とかしようという姿勢が見受けられず
 何もしていないように見える

暗にこう言われたような気がして
これまでに何度繰り返したかわからないが、
自分の存在価値を見い出せずに泣いた。
被害妄想かも知れない

純粋な心配だったかも知れない。

責められてると感じること自体が考え過ぎ、
そもそも被害妄想かも知れない。

なぜそこまでネガティブな方向に結び付けられるんだと
呆れられるかも知れない。

対応してくれた職員さんも困惑しただろう、
相当に気を遣わせてしまっただろう、誠に申し訳ない。

なぜそこまでマイナスに掘り下げられるんだ、
何だか悪いこと言ってしまったみたいだな、と。

気を悪くされていないか、今も気になって仕方がない。

だが過去に、
理由不明なまま「おかしい」「奇行」と認定され
責められたりつるし上げられたりした時に、
決まって言われたのがこの言葉。

「自分がどう見られてるか考えた方がいいよ。」

僕は過去に属して来た集団でつるし上げをくらうたびに、
なぜこう言われるのかが心から疑問だった。

正直、今も。
自分なりにちゃんとした理由がある、なのになぜ…

僕の行動にはちゃんと意味がある、理由がある。

就職したくないし、そもそも跳ねられるのでできなかった。
過去に何度か一般枠で潜り込めたことはあったが、
ことごとく孤立し失敗してきた。

そんな辛かった場所にこびへつらって戻りたくない。
10万円ちょっとのために消耗する人生なんてもう嫌だ。

あさって、障害者の就労支援A型について
専門の支援機関に相談に行くことになっている。

今したいこと、できることは就職じゃない。
自分の人生の失敗体験をこうして書き残すこと。

だから自分なりに一生懸命に記事を書いている。

同じ障害で孤立したり苦しんでる人の反面教師になれたら、
こういうヤツが誤解されて孤立するんだよ、
こいつみたいに生きないようにしなよと、
ダメな具体例として貢献できたらそれでいい。

親に褒められたかった。」で綴った通り、
自分にとって生きることは否定されること。
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/17/0

殴られるより辛い否定される人生がこれ以上続くなら
もうここで終わって全然いい。

駅のホームは避ける。
誰にも迷惑をかけない方法は選ぶ。

だから
周りが満足するような行動=就職活動をしていない。
2019年没になって何の問題もないから。

このようなちゃんとした理由があるのに、
仕事に就こうとしていない=怠け、普通じゃない、おかしい
みたいな見られ方をしているのだろうか。

あからさまに否定する人とは距離を置いたので、
今は面と向かって否定する人はいないが、

応援されたこともないということは、つまり
”自分がどう見られてるか考えていないヤツ”
という評価なのだろう。
これ以上誤解されたくない、必要とされたい

いきなり何をわがままなことを言い出すんだろう。
自分の居場所は自分で見つけるもの。

決して過程を無視するわけではないが、
結果が伴っていない以上、僕は
”自分がどう見られてるか考えていないヤツ”
でしかない。抜け出したければ結果が必要。

でもそこから抜け出すことは
少なからず他人基準の行動になる。

自分の気持ちに素直な行動をする限り、
僕はずっと”自分がどう見られてるか考えていないヤツ”である。

曲げるべきか、貫くべきか。

貫く限り、きっとこれからも孤立し続ける。
曲げれば多少は変わるかも知れないが、
自分の気持ちから遠ざかって行く。

どちらが正解かなんてわからない。
ただ、もがくのに疲れた。



社会は僕がいなくても回る。残酷だが事実。

そして僕と同じように、そのことに気づいた人が増えたからこそ、
自分の存在価値を確かめたくて、必要とされているかを確かめたくて、
TwitterやInstagram、TikTokといったツールの隆盛があるのだろう。



ワンピースに”ベビー5”というキャラクターが登場する。

彼女は貧しい村の出身、
母親から口減らしのために捨てられた過去から、
必要とされることに過剰なまでに喜ぶ性格となった。
ついて来るんじゃないよ、
役に立たないお前は必要のない人間なんだから。

ママにも?ママにもひつようないの?

ONE PIECE 77巻 771話より

人からの頼み事の断れなさは「病的」とも言われるが、
僕は彼女が必要とされることに喜ぶシーンを見るたび、
深い共感を覚える。



自分は必要か。この問いに終わりはあるのか。




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理琉(ワタル)
自閉傾向の強い広汎性発達障害。鬱病から再起後、低収入セミリタイア生活をしながら好きなスポーツと創作活動に没頭中。バスケ・草野球・ブログ/小説執筆・MMD動画制作・Vroidstudioオリキャラデザインに熱中。左利き。 →YouTubeチャンネル
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