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2020年03月22日

父の人生の正体は、”祖父が歩みたかった人生の再現ドラマ”。

教員を定年退職した父が、別の私立高校に再雇用で入った時
強い口調でこう叫んでいた。

「俺は教壇に立って授業をするのが楽しい、ただそれだけの人生!」



僕はこの発言に、投げやりさと必死さを感じた。
どうしてだろう。もしこれが本心じゃないとしたら。

父は本当に教師になりたかったんだろうか?
本当は自分の人生を後悔してるんじゃないだろうか?


祖父の期待を一身に背負った、父と叔父

祖父は自身が小学校しか出られなかったことで、
子どもに高等教育を受けさせるために命を削って働いた。

漁師をしながら炭鉱へ出稼ぎに行き、
青函トンネルの工事にも携わった。

【オリジナル曲】「青函トンネル」。

そんな祖父の「もっと勉強したかった」思いは、
父と叔父にどういう形で伝わったのかわからないけど、
過重な期待を背負わせたことは考えられる。

教師になるところまで見通していなくても、
勉強しない選択肢は暗黙の内になくなったんじゃないかな。

ワーカホリックは、祖父と自身への復讐

2人とも大学に進学し、
父は数学教師、叔父は体育教師になった。

父は数学の勉強を嫌々やっているようには見えない。

ただ、あまりにも徹夜していた。
明らかにワーカホリック。

身を削って仕事に没頭することで、
過度な期待で人生の選択肢を奪った祖父と、
期待通り生きる自分に復讐しているようだった。


教師生活も「親の敷いたレール」だったのでは?

父は本当に、教師になりたくてなったのかも知れない。

だけど、その教師生活を祖父の期待に応えて全うしているとしたら、
心のどこかで後悔してるんじゃないだろうか。

本当はやりたかったことを
親の期待が呪縛となって諦めてきたことに、
心の奥底では怒ってるんじゃないだろうか。


公務員
家族
生活
収入
世間体
今さら

いろんな理由で
親の敷いたレールから外れる勇気がなかった自分を
無意識に責めてるんじゃないだろうか。


父の人生の正体

祖父の「もっと勉強したかった」という願望、
それがいつしか、父の望む人生と同化したとしたら。

祖父が無意識のうちに、子どもである父を使って
自身の夢を代替実現させたんだとしたら。

父の人生の正体は
”祖父が歩みたかった人生の再現ドラマ”なんじゃないか。


はっきりそのことに気づいていなくても、意識の奥底では
親の自己実現に使われたことへの怒りが眠ってるんじゃないか。

「俺の人生は楽しかった」と苦しそうに叫ぶのは、
楽しかったことにさせてくれと自分を騙したいからじゃないか。


「教師になった自分は楽しかった」という悲鳴

人の気持ちは移ろうもの。
これでよかったと本当に思ったこともあっただろう。

だけど、1つ言えるのは、父はずっと苦しそうだった。

教師の世界を何もわかっていない僕でも、
父はわざと苦しい生き方を選んでいるように見えた。

「教師としての自分の人生は楽しかったんだ。
これでよかったんだ、決して祖父のレール通り生きたわけじゃない。」


祖父が望んだ人生を再現した父は、
必死でそんな悲鳴をあげていたのかも知れない。



posted by 理琉(ワタル) at 01:26 | TrackBack(0) | 家族

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自閉傾向の強い広汎性発達障害。鬱病から再起後、低収入セミリタイア生活をしながら好きなスポーツと創作活動に没頭中。バスケ・草野球・ブログ/小説執筆・MMD動画制作・Vroidstudioオリキャラデザインに熱中。左利き。 →YouTubeチャンネル
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