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2022年11月12日

【短編小説】『涙まじりの煙』

− とある農村 −



少女
『ねぇ、ママ、おなかすいた。』


「おなかすいたよね、待っててね。」

少女
『わぁ!パンとリンゴ!』
『ママありがと!』
『ねぇ、ママのぶんは?』


「ママはお腹がすかないの、お食べ。」

少女
『そんなのウソだもん!』
『はいママ、はんぶんこ!』


「ありがと…あなたは本当に優しい子ね。」

少女
『えへへ。』

--

少女
『ねぇママ。』


「なぁに?」

少女
『村のみんなどうして、いつもおなかすいてるの?』
『おともだちのみんなも、となりのおうちのママも。』


「それはね、食べ物がないからよ。」

少女
『どうしてたべものがないの?』
『毎日、みんなであんなにたくさん作ってるのに。』
『あっちの畑にも、こっちの木にも、たべものたくさんあるのに。』



「あれはね、街のみんなのために作ってるのよ。」

少女
『まちのみんな?』


「そうよ。街にはたくさん人がいるでしょう?」

少女
『うん。』


「その人たちが食べるために作ってるのよ。」

少女
『そっか!やっぱり村のみんなはやさしいんだね!』


「そうよ…みんな、優しいの…。」

少女
『でもわたし、見ちゃったの。』


「何を見たの?」



少女
『村のみんながときどき、泣きながらたべものを燃やしてるところ。』


「…う……。」

少女
『どうして、せっかくつくったたべものを燃やしちゃうの?』
『あんなにあったら、みんなおなかいっぱいになれるよ?』




少女
『ねぇママ、どうして?!』


「…それはね……。」



-----



− 街・市場 −



少女
『わぁ!人がいっぱいいる。』
『ねぇママ、まちってすごいね!』


「そうね。すごいわね。」

少女
『みてみて!あっち!』


「なぁに?」

少女
『リンゴがあんなにたくさん!』
「おやまみたいにつんである!』


「ほんとね。お山みたいね。」

少女
『あっちにも、おやさいがあんなに!』
『ねぇママ、村のみんながつくったおやさいもあるかな?』


「きっとあるわ。」

少女
『まちのみんなにたべてもらえたらいいね!』


「えぇ…食べてもらえたらいいわね…。」



 まいどあり!!




「はい。お昼ごはんよ。」

少女
『わぁ!おいしそうなリンゴ!』
『ママありがと!はい、はんぶんこ!』


「ありがとう…。あなたは本当に優しい子ね。」

少女
『えへへ。』

--

少女
『ねぇママ。』


「どうしたの?」

少女
『さっき、いちばのおじさんに渡してたものはなぁに?』


「あれはコインよ。」

少女
『コイン?』


「えぇ。コインと食べ物と交換するのよ。」

少女
『じゃあ、たくさんコインをわたしたら、たくさんたべものをもらえるの?』


「そうよ。」

少女
『そっか。コインはどうすればもらえるの?』


「たべものを作って、市場の人たちに持っていくのよ。」

少女
『そっか。だから村のみんなはたべものをつくってるんだね!』


「えぇ、そうよ…。」

少女
『じゃあ、たくさんたべものをつくったら、たくさんコインもらえるの?』


「それがね…。」
「たくさん作ったら、あんまりコインもらえなくなるの…。」

少女
『どうしてどうして?!おかしいよ!』
『村のみんな、あんなにいっしょうけんめい、たべものつくってるのに!』



「それはね…。」



カツン、カツン



少女
『ねぇママ、あのひとはだれ?』


「あの人はね、この街でいちばんコインを持ってる人よ。」

少女
『このまちでいちばん?!』
『じゃあ、たべものいっぱいもらえるの?』


「そうよ。」

ジャラジャラジャラ

少女
『わぁ…コインがいっぱい。』
『おやまみたいなリンゴ、ぜんぶ持ってっちゃった。』
『となりのおみせのおやさいも…ぜんぶ。』


「そうね…すごいわね…。」

ポイッ

少女
『ねぇママ。』


「なぁに?」

少女
『いま、あのひとリンゴすてたよ。』
『あ!おやさいもすててる!』

ダダッ

少女
『このリンゴ、ちょっとちいさいけど、たべられるのになぁ。』
『このおやさいだって、いろがちょっとちがうだけなのに。』

『どうして、すてちゃったんだろう?』

ボソボソ

少女
『ん?いちばのおじさんが、なにかいってる。』



 やれやれ…。

 毎回、あの人の買い占めはありがたいが、
 こう値段が安くちゃなぁ…。

 まったくだ。豊作なのはいいが、
 たくさん出回られると値段が下がって仕方ねぇ。

 また村の連中に吹っかけるか。
 ”たくさん穫れても、ちょっとしか入荷すんじゃねぇぞ”って。

 あぁ。
 なんとか量を減らして、値段をツリ上げねぇとな。





「……。」ポロッ

少女
『たくさんとれても、ちょっとしか…?』
『”にゅうか”ってなんだろう?』

『”ねだんをつりあげる”ってなぁに?』
『ねぇママ、どうして泣いてるの?』




-----



− 農村 −




「はい、手当て終わり。これで痛くない?」

少女
『うん、痛くない。ママありがと。』
『けんかしてごめんなさい…。』


「もういいのよ。おともだちには謝った?」

少女
『うん、ごめんなさいっていった。』


「そう。えらいわね。」
「1個のおもちゃを取り合ったんでしょう?」

少女
『うん。1こだけだから、つい。』


「そうね。」
「じゃあ、もし2個あったら、けんかしなかった?」

少女
『しなかった!』
『2こあったら、ふたりともあそべるもん!』
『1こだから”きちょう”だし、うらやましいなぁっておもった!』


「そうよね。”貴重”なものは、みんな欲しくなるわね。」



ザッ、ザッ



少女
『ねぇママ。』


「なぁに?」

少女
『あのひとたち、いちばにいたおじさんだよね?』


「そうね。お店の人たちね。」

少女
『村になにか”ようじ”があるのかな。』
『なんだか、こわいかおしてるね。』


「えぇ…。」

少女
『となりの畑のママ、あたまさげてる。』
『なにか、こわいこといわれてるのかな…?』


「……。」

少女
『あ、おじさんたち、いっちゃった。』
『リンゴの木のママにも、おこってる…。』

『どうして?なにもわるいことしてないよ?』
『どうして村のみんながおこられるの?』



「村のみんなはね、あの人たちに食べ物を渡して、コインをもらうの。」

少女
『コインって、たべものをもらえるコイン?』


「そうよ。」
「コインをもらえなくなるから、あの人たちの言うことを聞くの。」

少女
『たべものもらえなくなるの?』
『それって………あ!!』



ゴォォォォォォ



少女
『となりのママ、たべものを燃やしてる!』
『せっかくつくったのに!』

少女
『ねぇママ!どうして、せっかくつくったたべものを燃やしちゃうの?!』
『あんなにあったら、みんなおなかいっぱいになれるよ?!』
『どうしてあんなに泣いてるの?!』





「それはね……。」
「おもちゃのことでけんかしたのは覚えてる?」

少女
『うん。ごめんなさいしたよ。』


「1個だけだったから、けんかになったでしょ?」

少女
『うん。』


「そうね。少ないから、取り合いになるの。」
「リンゴも、お野菜も同じね。」

「少なかったら、自分のお店に並べるために取り合うの。」
「”貴重”なものはたくさんコインをくれて、引き取ってくれるのよ。」

少女
『じゃあ、たくさんたべものあったら?』


「たくさんあったら、いつでもお店に並べられるのよ。」
「おもちゃが2個あったら、いつでも遊べるでしょう?」

少女
『うん。”きちょう”じゃなくなるもん。』


「それと同じなの。」
「たくさんもらえるものには、コインも少ししかもらえないのよ。」

少女
『じゃあ、村のみんながたべものを燃やしてたのは…。』


「おもちゃを1個にして、コインをたくさんもらうためよ。」
「たべものをもらうための、食べられないコインをね……。」




-----



  『村のみんながわざと作物を燃やしていたのは、
   たくさんあると売り値が下がるから』

当時のわたしには、そんなこと理解できませんでした。
ただ、幼いなりに、漠然とした怒りを覚えました。

 どうして
 こんなに食べ物があるのに
 村のみんながお腹をすかせているの?

 どうして
 食べられないコインをもらうために食べ物を燃やすの?


その背後にそびえ立っていたのは、
「資本主義」という牙城でした。

『怒りの葡萄』の第25章には、
数十万人が飢える一方で、大量のじゃがいもが川に捨てられ、
たくさんのオレンジに石油がまかれる話が描かれている。(中略)

人間はこの地球から作物を収穫する能力があるのに、
飢えた人たちにそれを食べさせるシステムをつくれていない
と、
(作者の)スタインベックは嘆いた。

『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』 より

 燃やされた作物
 市場で捨てられたリンゴ

それがあれば生きられた命も、
しのげた飢えもあったはずです。

なのに「富・至上主義教」は何の感情もなく、
彼らの悲鳴を飲み込んでしまいました。

世界を席巻する、資本主義という新興宗教。
その暴走が続く限り、

今日もどこかの村から、
涙まじりの煙が立ちのぼるのでしょう…。




−−− END −−−



⇒小説投稿サイト「ノベルアップ+」にも掲載中
『涙まじりの煙』全2話



⇒他作品
【短編小説】『シアワセの薄い板』前編

【短編小説】『いま、人格代わるね。』前編

【ファンタジー小説】『魔王の娘は解放された』1



⇒参考書籍






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理琉(ワタル)
自閉傾向の強い広汎性発達障害。鬱病から再起後、低収入セミリタイア生活をしながら好きなスポーツと創作活動に没頭中。バスケ・草野球・ブログ/小説執筆・MMD動画制作・Vroidstudioオリキャラデザインに熱中。左利き。 →YouTubeチャンネル
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