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2022年11月02日

【短編小説】『シアワセの薄い板』前編

目覚めると、僕は草原に寝転んでいた。

昨夜は自室でスマホゲームをしながら夜更かし。
いつの間にか寝落ちしたはず。

あぁ…目がかすむ。まぶたが重い…。
気分が変に高揚し、寝た気がしない…。

今日も憂鬱な身体を引きずって出社。
つまらない日常が始まると思っていた。

なのに、草のにおい?そよ風の感触?
僕はまだ夢の中にいるんだろうか。



--



「おいお前!そこで何やってんだ!」
「こっちだ、急げ!オオカミに見つかるぞ!」


突然の、僕を急かす声。

振り向くと、毛皮のような衣服をまとい、
石ヤリを持った男たちが叫んでいた。

急げ?オオカミ?
あの格好、まるで石器時代だ。

ここは動物園か?
まちがえて映画の撮影現場に迷い込んだのか?
なぜ言葉が通じるのか?

わかった、ベタな夢オチだな。
騙されないぞ。



ひるがえった僕の視界のすみに、
こちらをにらむオオカミの姿が映った。


一気に血の気が引いた。
僕は必死で男たちのもとへ走り、事なきをえた。

さすがは野生のハンターだ。
オオカミは瞬時に”分が悪い”と判断し、去っていった。

何なんだ?
夢にしてはリアルすぎやしないか?



僕は見知らぬ男たちに迎えられた。
「よく助かったな!」と言われた。

彼らの祝福が落ち着いたころ、
僕はポケットに入れていたスマホを見た。

カレンダーには
なぜか正確な暦(こよみ)が表示されていた。

『紀元前8000年 午前8時』
『日本:●●市 跡地』




ここはまちがいなく、
1万年後に僕の寝室があるはずの場所だった。

夢でもドッキリでも、
映画の撮影現場でもなかった。

僕は1万年前にタイムスリップしたまま、
帰れなくなったのだ。


『跡地』?

一瞬、気になったが、
僕は現実を受け入れることで精一杯だった。



-----



「これ、スマホっていうんだ。」

僕はポケットからスマホを取り出し、
集落の人々へ見せた。

自分のスマホではなく、新しいスマホを。

なぜかわからないが、
僕のポケットからはいくらでもスマホが取り出せた。


まるで、未来のネコ型ロボットになった気分だった。

これは、最新作のiPhoneではないか!
いったいどこから…?機種代金は…?

何もかもわからないが、
取り出したスマホはなぜか最初から使えた。

バッテリーも無限。
なんて都合の良い展開だろう。

僕は最新のスマホを次々に取り出し、
集落のみんなに配った。



-----



「こいつは便利だな!」

屈強な男たちは驚いた。

狩りへ行く。
今日はどの方面へ行くか。

全員が集まる必要はない。zoomを開くだけ。
オンライン会議だ。



「よし、今日はこの小川の方面でシカを狩ろう。」

地図アプリを開く。
混雑状況ならぬ、獲物の分布状況が表示される。

シカの群れも、猛獣の位置情報も、
手に取るようにわかる。

かつて、これほど順調で安全な狩りがあっただろうか。
今日は臨時の謝肉祭だ。







「さぁ、木の実を採りに行きましょう。」

あの森にはおいしい木の実がたくさん実っている。
できれば毎日、採集に行きたい。

だが”迷いの森”と恐れられるほど、危険な森だ。



「目的地までのナビゲーションを開始します。」
「次の切り株を左方向です。」

ナビゲーションアプリがある。
もう、迷いの森で迷うことはない。

男たちは狩りに大成功したらしい。
今日は臨時の収穫祭だ。

国家も、法律も、車もない。
農業すら始まっているかもわからない時代。

だがスマホの便利さと、普及の速さには、
そんな時代背景など関係なかった。




後編へ続く

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理琉(ワタル)
自閉傾向の強い広汎性発達障害。鬱病から再起後、低収入セミリタイア生活をしながら好きなスポーツと創作活動に没頭中。バスケ・草野球・ブログ/小説執筆・MMD動画制作・Vroidstudioオリキャラデザインに熱中。左利き。 →YouTubeチャンネル
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