2022年11月03日
【短編小説】『シアワセの薄い板』後編
⇒前編からの続き
ーーーーー
「狩り?」
「いまガチャで忙しい。」
「もう少しでSレアキャラが引けそうなんだ、後にしてくれ。」
「木の実の採集?」
「いまインスタの更新で忙しい。」
「写真加工の邪魔しないで。」
僕が1万年前にタイムスリップして、1年が過ぎた。
どうも最近、集落のみんなが
やる気をなくしてきたのではないか。
それに、どうやら
出会ったころの彼らとは容姿が変わってきた。
たくましく美しい流線型
まっすぐ伸びた背筋
生き生きした目つき
それが、いまはどうだ?
背中は曲がり、首は前に垂れ、目はうつろだ。
彼らは集落のどこへ行くにも、スマホを手にしていた。
うつむいたまま、のろのろと徘徊する姿は、
まるでゾンビの行進のようだ。
ゾンビたちは前が見えていない。
しょっちゅう人とぶつかる。
「どこ見てんだよ!!」
そこかしこで怒鳴り声が響いた。
殴り合いや罵り合いなど、もはや日常風景になっていた。
–
「SNS見たよ。」
「あいつがこんなでかいイノシシを仕留めたなんて。」
「オレは最近、ウサギ1匹すら逃してばかりなのに…。」
「この写真見てよ、隣の集落の娘。」
「きれい…男性人気1位らしいわ。」
「それに比べて私なんか…。」
SNSヘビーユーザーの中から、
他人と比較して落ち込む者が増えてきた。
無気力になり、狩りや採集どころではなくなった。
子どもの世話をするときでさえ、
スマホを手放せない。
子どもが泣いていても、
本人の視線はきらびやかな投稿へ釘付けだ。
半年が経ったころ、
集落から子どもの泣き声がしなくなった。
スマホを覗き込む親のとなりで、
静かな”イイコ”たちの目は虚空を見つめていた。
–
「こんな悪口が書き込んであった。」
「あんなにいい人が、他人をけなす人だったなんて。」
「あそこの水場はもうダメらしいぜ。」
「あの森はもう木の実がないらしい。」
「何?!デマだったのか?!独り占めしやがって!」
『許 せ な い』
悪意ある投稿、誰かを傷つける言葉、
フェイクニュース、デマの流布。
人々は他人を疑い、
他人に怯えるようになっていった。
何もかも信じられず、
集落内では争いが絶えなくなった。
嫉妬は新たな憎しみをかき立てた。
憎しみは新たな惨劇を生み出した。
流れる血と、失われる命は増えるばかりだった。
----
「これは、僕のせいなのか…?!」
僕は彼らの生活が楽になればと思って、
スマホを渡しただけなのに。
スマホで調べれば、
危険な狩りで命を落とさずに済むじゃないか。
スマホでナビしてもらえば、
迷いの森でも安全に木の実が採集できるじゃないか。
こうすれば子育ては上手くいく、
そんな情報はいくらでも手に入るじゃないか。
明日の天気を知ることだって、
他の集落の侵攻を知ることだって、
ヒマをつぶすことだって、
何だってできる。
スマホがあれば、
人間はもっともっと繁栄できるはずだ。
1万年後、僕らはもっとすごい、
シアワセな生き物に進化しているはずだ。
そしたら、
希望の持てない未来も、報われない苦しみも、
くすぶっている自分さえも、消し去ってくれるはずだ!
「なのに……どうして?!」
僕は、自分の丸まった背中を震わせながら叫んだ。
ポケットからは相変わらず、
最新作のスマホがあふれ出てきた。
ニンゲンを”シアワセ”に導くはずの、
「便利の化身」が。
-----
タイムスリップから2年後。
僕のいる集落からは、人の気配がすっかり減った。
空き家が増え、さびれた空気が漂っていた。
僕は飢えに苦しみながら、細々と生き延びてこれた。
なぜなら僕が弱かったからだ。
屈強な者、美貌を備えた者はみな、
嫉妬や劣等感が巻き起こした争いで
次々に命を落としていった。
その手には石ヤリ、弓矢、
もう片方の手には、スマホが握られていた。
集落の外れに貝塚があった。
1年前よりも、ずいぶんと墓標が増えた。
墓標のたもとには花輪と、動物の骨で作った首飾り。
そしてスマホが供えられた。
--
「どうか…生き延びて…。」
これは、集落の最後の生き残りの言葉。
とうとう、この集落のニンゲンは僕1人になった。
ここは病院も警察もない、猛獣だらけの世界。
ケガや疫病どころか、小さな切り傷で昇天できる世界。
「もうダメだ。僕1人で生きていけるわけがない。」
僕は人生の終わりを覚悟した。
『西暦199●年 − 紀元前8000年』
もしも、僕の生没年が本に載るとしたら、
こんなおかしなことになるんだな。
そんなどうでもいいことに思いを巡らせた。
命をあきらめたニンゲンは、意外なほど余裕なのだ。
僕は無人になった集落の片隅に寝転がった。
ゆっくりと目を閉じる。
意識が遠くなっていく。
あぁ…いよいよか。
これまでの人生で、1番の心地よさだ…。
-----
気がつくと僕は、
見慣れた部屋の天井を見つめていた。
何が起きたのか、さっぱりわからない。
SF映画の主人公なら、
「大ピンチから奇跡の生還」が王道だろう。
そんな都合のいい展開?
僕はポケットのスマホを見た。
カレンダーの表示は
『西暦202●年:午前8時』
『日本:●●市 跡地』
理由は何でもいいや。
とにかく、僕は現代に帰ってこれた。
「やっぱり、ベタな夢オチか。」
ほっと胸をなで下ろした僕は、
次の瞬間には目を丸くしていた。
--
「おい、見ろよ。珍しい生き物がいるぜ。」
彼は僕を見て、驚きを口にした。
二足歩行だが触覚を持ち、背中にはハネらしきもの。
身長は低め、凹凸の少ない身体。
宇宙人?だとしたら、
こちらこそ、あなたは”珍しい生き物”だ。
彼の声を聞いて、あと2人、
同じような姿をした者が駆けつけてきた。
「もしかして”ニンゲン”じゃないか?」
「図鑑で見たことある。」
「オレもニュースで見た!」
「最近、新しい化石が見つかって大騒ぎだってよ。」
図鑑?ニンゲンの化石?
何を言っているのか。
ニンゲンの文明は、いまもこうして…。
「マジかよ?じゃあ生きたニンゲンなんて大発見じゃん!」
「”シーラカンス”ってやつだろ?」
「ニンゲンって、 1 万 年 前 に 絶 滅 し た はずだよなぁ!」
-----
僕は彼らに捕獲され、
研究所のような場所へ送られた。
大ホールのガラスケースには、
見慣れた生き物の模型が飾ってあった。
タイトルカードには
『化石から復元されたニンゲン(想像図)』
丸まった背中、垂れた首。
突き出た腹、うつろな目。
本当に…正確に復元されていた…。
ニンゲンの化石が見つかると、
その近くから決まって出土するものがある。
手のひらサイズの、薄い長方形の板。
中には表面が割れたものや、矢が突き刺さったもの、
血痕のような、くすみがついたものもあるという…。
それは僕がよく知っているものだ。
いつもポケットに入れ、歩くときですら目を離せないもの。
考古学者たちは、
この薄い板の研究に苦戦している。
歴史上に突如として現れた、
その時代の技術では作れないもの。
まるで『オーパーツ』のようだ、と。
『太古の昔、地球上では恐竜が栄華を極めていた。
恐竜が絶滅した後、およそ1万年前まで、
ニンゲンが地球の支配者のように君臨した。
だが、この薄い板が登場すると、
ニンゲンは突如として歴史から姿を消した。
どうやら、
各地でニンゲン同士の争いが多発したようだ。
だが、この時期は気候に恵まれ、
食糧が豊富だったことがわかっている。
彼らの栄養状態は極めて良好、奪い合う必要のない環境…。
この争いの原因は、いまも解明されていない。』
これが、宇宙人のような彼らが習う”地球の歴史”だ。
--
「ニンゲンを滅ぼしたのは、僕なのか?」
「それとも、スマホなのか?」
僕は研究所のオリの中で、自分を責めた。
ポケットにはいつも通り、
シアワセの薄い板が入っていた。
その画面はいつでも、
冷酷に”未来”を映すだけだった。
− 『西暦202●年:午前8時』 −
− 『日本:●●市 ” 跡 地 ”』 −
ーーーーENDーーーー
⇒過去作品
【短編小説】『いま、人格代わるね。』前編
【短編小説】『無菌に狂うディストピア』
【短編小説】『僕は王様さえ奴隷にできる』
⇒参考書籍
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「狩り?」
「いまガチャで忙しい。」
「もう少しでSレアキャラが引けそうなんだ、後にしてくれ。」
「木の実の採集?」
「いまインスタの更新で忙しい。」
「写真加工の邪魔しないで。」
僕が1万年前にタイムスリップして、1年が過ぎた。
どうも最近、集落のみんなが
やる気をなくしてきたのではないか。
それに、どうやら
出会ったころの彼らとは容姿が変わってきた。
たくましく美しい流線型
まっすぐ伸びた背筋
生き生きした目つき
それが、いまはどうだ?
背中は曲がり、首は前に垂れ、目はうつろだ。
彼らは集落のどこへ行くにも、スマホを手にしていた。
うつむいたまま、のろのろと徘徊する姿は、
まるでゾンビの行進のようだ。
ゾンビたちは前が見えていない。
しょっちゅう人とぶつかる。
「どこ見てんだよ!!」
そこかしこで怒鳴り声が響いた。
殴り合いや罵り合いなど、もはや日常風景になっていた。
–
「SNS見たよ。」
「あいつがこんなでかいイノシシを仕留めたなんて。」
「オレは最近、ウサギ1匹すら逃してばかりなのに…。」
「この写真見てよ、隣の集落の娘。」
「きれい…男性人気1位らしいわ。」
「それに比べて私なんか…。」
SNSヘビーユーザーの中から、
他人と比較して落ち込む者が増えてきた。
無気力になり、狩りや採集どころではなくなった。
子どもの世話をするときでさえ、
スマホを手放せない。
子どもが泣いていても、
本人の視線はきらびやかな投稿へ釘付けだ。
半年が経ったころ、
集落から子どもの泣き声がしなくなった。
スマホを覗き込む親のとなりで、
静かな”イイコ”たちの目は虚空を見つめていた。
–
「こんな悪口が書き込んであった。」
「あんなにいい人が、他人をけなす人だったなんて。」
「あそこの水場はもうダメらしいぜ。」
「あの森はもう木の実がないらしい。」
「何?!デマだったのか?!独り占めしやがって!」
『許 せ な い』
悪意ある投稿、誰かを傷つける言葉、
フェイクニュース、デマの流布。
人々は他人を疑い、
他人に怯えるようになっていった。
何もかも信じられず、
集落内では争いが絶えなくなった。
嫉妬は新たな憎しみをかき立てた。
憎しみは新たな惨劇を生み出した。
流れる血と、失われる命は増えるばかりだった。
----
「これは、僕のせいなのか…?!」
僕は彼らの生活が楽になればと思って、
スマホを渡しただけなのに。
スマホで調べれば、
危険な狩りで命を落とさずに済むじゃないか。
スマホでナビしてもらえば、
迷いの森でも安全に木の実が採集できるじゃないか。
こうすれば子育ては上手くいく、
そんな情報はいくらでも手に入るじゃないか。
明日の天気を知ることだって、
他の集落の侵攻を知ることだって、
ヒマをつぶすことだって、
何だってできる。
スマホがあれば、
人間はもっともっと繁栄できるはずだ。
1万年後、僕らはもっとすごい、
シアワセな生き物に進化しているはずだ。
そしたら、
希望の持てない未来も、報われない苦しみも、
くすぶっている自分さえも、消し去ってくれるはずだ!
「なのに……どうして?!」
僕は、自分の丸まった背中を震わせながら叫んだ。
ポケットからは相変わらず、
最新作のスマホがあふれ出てきた。
ニンゲンを”シアワセ”に導くはずの、
「便利の化身」が。
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タイムスリップから2年後。
僕のいる集落からは、人の気配がすっかり減った。
空き家が増え、さびれた空気が漂っていた。
僕は飢えに苦しみながら、細々と生き延びてこれた。
なぜなら僕が弱かったからだ。
屈強な者、美貌を備えた者はみな、
嫉妬や劣等感が巻き起こした争いで
次々に命を落としていった。
その手には石ヤリ、弓矢、
もう片方の手には、スマホが握られていた。
集落の外れに貝塚があった。
1年前よりも、ずいぶんと墓標が増えた。
墓標のたもとには花輪と、動物の骨で作った首飾り。
そしてスマホが供えられた。
--
「どうか…生き延びて…。」
これは、集落の最後の生き残りの言葉。
とうとう、この集落のニンゲンは僕1人になった。
ここは病院も警察もない、猛獣だらけの世界。
ケガや疫病どころか、小さな切り傷で昇天できる世界。
「もうダメだ。僕1人で生きていけるわけがない。」
僕は人生の終わりを覚悟した。
『西暦199●年 − 紀元前8000年』
もしも、僕の生没年が本に載るとしたら、
こんなおかしなことになるんだな。
そんなどうでもいいことに思いを巡らせた。
命をあきらめたニンゲンは、意外なほど余裕なのだ。
僕は無人になった集落の片隅に寝転がった。
ゆっくりと目を閉じる。
意識が遠くなっていく。
あぁ…いよいよか。
これまでの人生で、1番の心地よさだ…。
-----
気がつくと僕は、
見慣れた部屋の天井を見つめていた。
何が起きたのか、さっぱりわからない。
SF映画の主人公なら、
「大ピンチから奇跡の生還」が王道だろう。
そんな都合のいい展開?
僕はポケットのスマホを見た。
カレンダーの表示は
『西暦202●年:午前8時』
『日本:●●市 跡地』
理由は何でもいいや。
とにかく、僕は現代に帰ってこれた。
「やっぱり、ベタな夢オチか。」
ほっと胸をなで下ろした僕は、
次の瞬間には目を丸くしていた。
--
「おい、見ろよ。珍しい生き物がいるぜ。」
彼は僕を見て、驚きを口にした。
二足歩行だが触覚を持ち、背中にはハネらしきもの。
身長は低め、凹凸の少ない身体。
宇宙人?だとしたら、
こちらこそ、あなたは”珍しい生き物”だ。
彼の声を聞いて、あと2人、
同じような姿をした者が駆けつけてきた。
「もしかして”ニンゲン”じゃないか?」
「図鑑で見たことある。」
「オレもニュースで見た!」
「最近、新しい化石が見つかって大騒ぎだってよ。」
図鑑?ニンゲンの化石?
何を言っているのか。
ニンゲンの文明は、いまもこうして…。
「マジかよ?じゃあ生きたニンゲンなんて大発見じゃん!」
「”シーラカンス”ってやつだろ?」
「ニンゲンって、 1 万 年 前 に 絶 滅 し た はずだよなぁ!」
-----
僕は彼らに捕獲され、
研究所のような場所へ送られた。
大ホールのガラスケースには、
見慣れた生き物の模型が飾ってあった。
タイトルカードには
『化石から復元されたニンゲン(想像図)』
丸まった背中、垂れた首。
突き出た腹、うつろな目。
本当に…正確に復元されていた…。
ニンゲンの化石が見つかると、
その近くから決まって出土するものがある。
手のひらサイズの、薄い長方形の板。
中には表面が割れたものや、矢が突き刺さったもの、
血痕のような、くすみがついたものもあるという…。
それは僕がよく知っているものだ。
いつもポケットに入れ、歩くときですら目を離せないもの。
考古学者たちは、
この薄い板の研究に苦戦している。
歴史上に突如として現れた、
その時代の技術では作れないもの。
まるで『オーパーツ』のようだ、と。
『太古の昔、地球上では恐竜が栄華を極めていた。
恐竜が絶滅した後、およそ1万年前まで、
ニンゲンが地球の支配者のように君臨した。
だが、この薄い板が登場すると、
ニンゲンは突如として歴史から姿を消した。
どうやら、
各地でニンゲン同士の争いが多発したようだ。
だが、この時期は気候に恵まれ、
食糧が豊富だったことがわかっている。
彼らの栄養状態は極めて良好、奪い合う必要のない環境…。
この争いの原因は、いまも解明されていない。』
これが、宇宙人のような彼らが習う”地球の歴史”だ。
--
「ニンゲンを滅ぼしたのは、僕なのか?」
「それとも、スマホなのか?」
僕は研究所のオリの中で、自分を責めた。
ポケットにはいつも通り、
シアワセの薄い板が入っていた。
その画面はいつでも、
冷酷に”未来”を映すだけだった。
− 『西暦202●年:午前8時』 −
− 『日本:●●市 ” 跡 地 ”』 −
ーーーーENDーーーー
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