2022年01月12日
【短編小説】無菌に狂うディストピア 〜ころなカンセンシャ騒動の果て〜。
本当に怖いものは自然災害か、見えないウィルスか。
――それとも「ニンゲンの狂気」か――
ー目次ー
ん…この音は…?
やさしい風が、新緑の草花をなでる音だ。
ここは…街中から少し離れた、草原が広がる場所。
それなりに建物はあるが、鮮やかな草の色の方が目立つ。
あれ?初夏?
今は真冬のはずなのに。
なんなら昨夜だけで70センチも積雪があったのに。夢?
まぁ、どっちでもいいや。風が気持ちいいなァ。
さて、そろそろ友達が迎えに来てくれる…
あ、来た来た。
3人の友人が乗った車が、僕の前に停まった。
僕はなぜ、初夏の草原にいるのか。
友人たちが迎えに来てくれることを知っているのか。
それはわからない。
たわいない雑談が続いたあと、
僕らが乗った車は街はずれの公園に着いた。
草の緑がひときわ目立つその公園では、
お祭りが開催されていた。
何のお祭りかはわからないが、
多くの屋台が立ち並び、人々には笑顔があふれていた。
公園の中央にあるステージがひときわ盛り上がった。
「さぁ、お祭りの始まりです!」
透き通った、力強い女性の声がマイク越しに響きわたった。
どんなイベントが始まるんだろう。
僕は群衆の最後尾から、わくわくしながら注目した。
ステージ左右から3名ずつ、スタッフさんが登壇した。
彼らの手には短いハンドドライヤーのような器具が握られていた。
「それでは皆さん!準備はいいですかー?!PCR検査を始めますよー!」
…は?
MCのお姉さんの言葉に、ステージに集まった人たちは熱狂した。
僕の友人たちも、まるでライブのオープニングのように盛り上がっていた。
誰ひとり、戸惑っている者はいない。僕自身を除いて。
ステージに横並びで陣取ったスタッフさんが、
手にした器具を僕ら群衆に向かって構えた。
次の瞬間、謎のハンドドライヤーから煙が吹き出し、
群衆を覆っていった。
毒ではなさそうだが、僕はなぜか直感でこう思った。
「まさか、”ヨウセイシャ”をあぶり出そうというのか?」
僕は群衆の最後尾にいたことが幸いし、
煙が届かない場所へ退避できた。
ステージ前面がみるみるうちに灰色に覆われていった。
よく見えないが、ところどころで一瞬、紫の閃光が見えた。
煙が晴れてきた。
僕はもちろん、
群衆の全員の位置を把握していたわけではない。
が、あの紫の閃光が見えた場所には、
さっきまでいたはずの人がいなかった。
確証はないが、
あの光はおそらく「ころなヨウセイシャ」の証だったんだろう。
「自主退場…?それとも、消された…のか?」
いくぶんかの人が減っても、会場の熱狂はそのままだった。
残った人たちはまるで、興奮のシャワーを浴びたかのようだ。
「それでは皆さん、今日を楽しんでくださいねー!」
MCのお姉さんの声が響いた。
その後、人びとは何ごともなかったかのように、
会場の各地へ散っていった。
例の煙を逃れた僕は、ひとまず会場をぶらつくことにした。
友人たちはいつの間にかいなくなっていた。
「ころなヨウセイシャ」として消されたのか、
他の場所を回っているのかはわからなかった。
活況を極める会場、笑顔で歩く人びと。
それはどこのお祭りでも見かける光景だった。
ただ1つ、人が消えているという事実を除けば。
「ちょっとあなた!PCR検査を受けてないでしょう?」
怒気をはらんだ女性の声に、僕は立ち止まった。
長身で細見の女性がこちらを睨んでいた。
オープニングで、ステージから僕らに煙を吹きかけてきた1人だった。
(受けたくないです。PCR検査は強制じゃないですよね?!)
僕はむっとして、
そう言い返そうとした言葉をあわてて飲み込んだ。
細身の女性の言葉で、会場のすべての空気が
歓喜から狂気へ変わったことに気づいたからだ。
女性は怒気を殺気に変え、僕へにじり寄ってきた。
それに呼応するように、近くにいた人たちも、
じわじわと距離を詰めてきた。
(何だ…?何なんだ?!この狂気は…!)
彼らの凶暴性はまるで、
愚王の公開処刑を嬉々として見物する民衆のそれだった。
「捕らえろ!生死は問わん!」
細身の女性が叫ぶと、
まわりの人たちが一斉に僕へ飛びかかってきた。
僕は間一髪で身をかわし、
空いていた後方へ向かって必死で走った。
逃げれば逃げるほど、追いかけてくる人が増えていった。
増える追手の最後尾から、細身の女性も走って追いかけてきた。
ついさっきまで、この会場は喜びに満ちていた。
なのに、
「PCR検査を受けてない奴がいるのか?」
人間に眠る凶暴性に火をつけるには、
こんな疑惑1つで十分だというのか。
「あいつはバイ菌だ」
「無菌でなければ”カンセンシャ”だ」
「ウィルスは遺伝子のカケラ1つさえ侵入を許すな」
狂ったメッセージが、逃げる僕の背中に繰り返し、突き刺さった。
どれくらい走っただろう。
僕は見わたす限りの草原に崩れ落ちた。
よかった、周囲に人影は見えない。僕は逃げ切れたのか?
起き上がろうにも、足がもつれて立てない。
ちょうどいいや、一休みしていこう。
僕は草のじゅうたんに、仰向けに寝転がった。
風はただ優しく、緑はまぶしいほどに鮮やかだった。
曇はゆるやかに形を変えながら、おだやかに流れていった。
――こんなにも、青空――
僕がさっきまで見ていた、
狂気と暴力を露にしたニンゲンたちは、幻だったのか?
これからどうしよう。
街へ帰るアテはないし、ここがどこかもわからない。
帰れても、そこのニンゲンたちは
”カンセンシャ狩り”に躍起になっているだろうか。
僕は無事でいられるだろうか。
友人たちはどうなったんだろう。生きているのか、それとも…。
「まぁ、今はいいや。眠くなってきた。」
僕は草のにおいに包まれながら、ゆっくりと目を閉じた。
本当に怖いものは自然災害か、見えないウィルスか。
――それとも「ニンゲンの狂気」か――
ーー完ーー
※このお話はフィクションです。
コロナへの過剰反応が暴走した世界線の1つ…かもしれませんね。
――それとも「ニンゲンの狂気」か――
ー目次ー
- 目覚めは初夏の草原、目指すは祭り会場
- 唐突なPCR検査、”ヨウセイシャをあぶり出せ”
- 歓喜から狂気へ、”カンセンシャを排除しろ”
- 逃走の果てに、”怖いものはウィルスか、ニンゲンか”
1.目覚めは初夏の草原、目指すは祭り会場
ん…この音は…?
やさしい風が、新緑の草花をなでる音だ。
ここは…街中から少し離れた、草原が広がる場所。
それなりに建物はあるが、鮮やかな草の色の方が目立つ。
あれ?初夏?
今は真冬のはずなのに。
なんなら昨夜だけで70センチも積雪があったのに。夢?
まぁ、どっちでもいいや。風が気持ちいいなァ。
さて、そろそろ友達が迎えに来てくれる…
あ、来た来た。
3人の友人が乗った車が、僕の前に停まった。
僕はなぜ、初夏の草原にいるのか。
友人たちが迎えに来てくれることを知っているのか。
それはわからない。
たわいない雑談が続いたあと、
僕らが乗った車は街はずれの公園に着いた。
草の緑がひときわ目立つその公園では、
お祭りが開催されていた。
何のお祭りかはわからないが、
多くの屋台が立ち並び、人々には笑顔があふれていた。
2.唐突なPCR検査、”ヨウセイシャをあぶり出せ”
公園の中央にあるステージがひときわ盛り上がった。
「さぁ、お祭りの始まりです!」
透き通った、力強い女性の声がマイク越しに響きわたった。
どんなイベントが始まるんだろう。
僕は群衆の最後尾から、わくわくしながら注目した。
ステージ左右から3名ずつ、スタッフさんが登壇した。
彼らの手には短いハンドドライヤーのような器具が握られていた。
「それでは皆さん!準備はいいですかー?!PCR検査を始めますよー!」
…は?
MCのお姉さんの言葉に、ステージに集まった人たちは熱狂した。
僕の友人たちも、まるでライブのオープニングのように盛り上がっていた。
誰ひとり、戸惑っている者はいない。僕自身を除いて。
ステージに横並びで陣取ったスタッフさんが、
手にした器具を僕ら群衆に向かって構えた。
次の瞬間、謎のハンドドライヤーから煙が吹き出し、
群衆を覆っていった。
毒ではなさそうだが、僕はなぜか直感でこう思った。
「まさか、”ヨウセイシャ”をあぶり出そうというのか?」
僕は群衆の最後尾にいたことが幸いし、
煙が届かない場所へ退避できた。
ステージ前面がみるみるうちに灰色に覆われていった。
よく見えないが、ところどころで一瞬、紫の閃光が見えた。
煙が晴れてきた。
僕はもちろん、
群衆の全員の位置を把握していたわけではない。
が、あの紫の閃光が見えた場所には、
さっきまでいたはずの人がいなかった。
確証はないが、
あの光はおそらく「ころなヨウセイシャ」の証だったんだろう。
「自主退場…?それとも、消された…のか?」
いくぶんかの人が減っても、会場の熱狂はそのままだった。
残った人たちはまるで、興奮のシャワーを浴びたかのようだ。
「それでは皆さん、今日を楽しんでくださいねー!」
MCのお姉さんの声が響いた。
その後、人びとは何ごともなかったかのように、
会場の各地へ散っていった。
3.歓喜から狂気へ、”カンセンシャを排除しろ”
例の煙を逃れた僕は、ひとまず会場をぶらつくことにした。
友人たちはいつの間にかいなくなっていた。
「ころなヨウセイシャ」として消されたのか、
他の場所を回っているのかはわからなかった。
活況を極める会場、笑顔で歩く人びと。
それはどこのお祭りでも見かける光景だった。
ただ1つ、人が消えているという事実を除けば。
「ちょっとあなた!PCR検査を受けてないでしょう?」
怒気をはらんだ女性の声に、僕は立ち止まった。
長身で細見の女性がこちらを睨んでいた。
オープニングで、ステージから僕らに煙を吹きかけてきた1人だった。
(受けたくないです。PCR検査は強制じゃないですよね?!)
僕はむっとして、
そう言い返そうとした言葉をあわてて飲み込んだ。
細身の女性の言葉で、会場のすべての空気が
歓喜から狂気へ変わったことに気づいたからだ。
女性は怒気を殺気に変え、僕へにじり寄ってきた。
それに呼応するように、近くにいた人たちも、
じわじわと距離を詰めてきた。
(何だ…?何なんだ?!この狂気は…!)
彼らの凶暴性はまるで、
愚王の公開処刑を嬉々として見物する民衆のそれだった。
「捕らえろ!生死は問わん!」
細身の女性が叫ぶと、
まわりの人たちが一斉に僕へ飛びかかってきた。
僕は間一髪で身をかわし、
空いていた後方へ向かって必死で走った。
逃げれば逃げるほど、追いかけてくる人が増えていった。
増える追手の最後尾から、細身の女性も走って追いかけてきた。
ついさっきまで、この会場は喜びに満ちていた。
なのに、
「PCR検査を受けてない奴がいるのか?」
人間に眠る凶暴性に火をつけるには、
こんな疑惑1つで十分だというのか。
「あいつはバイ菌だ」
「無菌でなければ”カンセンシャ”だ」
「ウィルスは遺伝子のカケラ1つさえ侵入を許すな」
狂ったメッセージが、逃げる僕の背中に繰り返し、突き刺さった。
4.逃走の果てに、”怖いものはウィルスか、ニンゲンか”
どれくらい走っただろう。
僕は見わたす限りの草原に崩れ落ちた。
よかった、周囲に人影は見えない。僕は逃げ切れたのか?
起き上がろうにも、足がもつれて立てない。
ちょうどいいや、一休みしていこう。
僕は草のじゅうたんに、仰向けに寝転がった。
風はただ優しく、緑はまぶしいほどに鮮やかだった。
曇はゆるやかに形を変えながら、おだやかに流れていった。
――こんなにも、青空――
僕がさっきまで見ていた、
狂気と暴力を露にしたニンゲンたちは、幻だったのか?
これからどうしよう。
街へ帰るアテはないし、ここがどこかもわからない。
帰れても、そこのニンゲンたちは
”カンセンシャ狩り”に躍起になっているだろうか。
僕は無事でいられるだろうか。
友人たちはどうなったんだろう。生きているのか、それとも…。
「まぁ、今はいいや。眠くなってきた。」
僕は草のにおいに包まれながら、ゆっくりと目を閉じた。
本当に怖いものは自然災害か、見えないウィルスか。
――それとも「ニンゲンの狂気」か――
ーー完ーー
※このお話はフィクションです。
コロナへの過剰反応が暴走した世界線の1つ…かもしれませんね。
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