2022年04月01日
【短編小説】『僕は王様さえ奴隷にできる』
いまや生態系のトップとなり、
地球に大きな影響を与える力を持つサピエンス。
その強力なサピエンスを見事に操作し、
農業革命によって最も恩恵を受けたのは、主食となる植物だ。
『まんがでわかる サピエンス全史の読み方』 より
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僕はすべてのニンゲンを奴隷にできる。
王様も、世界の支配者さえも、僕の意のままだ。
僕は何もしなくても生きていける。
いっさいお金を払わなくても、
ニンゲンたちが家も食べ物も用意してくれる。
ニンゲンたちは僕らを天敵から守ってくれるし、
手厚く世話してくれる。
ニンゲンたちは毎年、
僕らが栄えるかどうか不安で仕方ないみたいだ。
僕らの出来しだいで、
たくさんのニンゲンの生死が決まるんだから当然か。
何せ、僕はきみらニンゲンの主人なんだから。
ニンゲンの先祖はアフリカ大陸から
何十万年もかけて世界中へ移動したと聞く。
今は地球の支配者づらしてるけど、
それまでは猛獣に怯えながら細々とやってたんだろ?
僕らだってそうさ。
かつてはコーカサスの山奥でひっそり暮らしてたよ。
それが、今や地球上にはニンゲンよりも僕の仲間の方が多い。
わずか1万年で、僕らはニンゲンを超える繫栄を手に入れたんだ。
ニンゲンは昔も今も、戦争ばっかりやってるね。
陸地にも海にも、勝手に見えない線を引いてさ、
「我が国」「我が民族」と一括りにしては、
その外にいるお隣さんを殺してばかり。
だけどニンゲンは、同じニンゲンには平気で攻撃するのに、
僕らには攻撃しないよね。
僕らは無抵抗だし、武器も持ってない。
ニンゲンの中には、
そういう者をいたぶるのが好きな奴らだっているのに、
誰ひとり僕らに手出ししないのはどうしてだい?
「王様でさえ従えるなんてできるはずがない」
「すべてを決められるのはカネと力のある者だけ」
そう思うかい?
できるんだよ。言っただろう?
きみらニンゲンの生死は僕らの繫栄によって決まると。
なぜかって?
王様だろうと世界の支配者だろうと、食べなければ死ぬからさ。
そういえば、自己紹介が遅れたね。
僕は『小麦』っていうんだ。
名前くらいは聞いたことあるだろ?
「稲」「トウモロコシ」「ジャガイモ」?
あぁ、あいつらは同業さ。
ニンゲンたちには「主食」って呼ばれてる。
「オウサマ」も「シハイシャ」も、
ニンゲンが勝手に想像したフィクションだろ?
もし、きみがあと1時間で餓死するとして、
目の前に「パン」と「肩書き”シハイシャ”」が
落ちてたらどちらを拾う?肩書きは食べられるかい?
僕がすべてのニンゲンを支配できると言ったのは、
そういうことさ。
肩書きがなくなったってすぐには死なない。
けど、食べ物の僕らがいなくなったら、
きみたちは生きてすらいられないだろ?
だからニンゲンたちよ、
きみらはこれからもせっせと僕らの世話をしてくれよ。
地上を僕らでいっぱいにしてくれよ。
ニンゲンたちが増えれば増えるほど、
僕らがたくさん必要になるんだろ?
ニンゲンたちが表向き「地球の支配者」を名乗りたいなら、
僕らを丁重に守り育てるほかないよ。
きみらは、僕らを栽培できると知ってしまったんだから。
きみらが「ノウギョウ」と呼んでいるそれを始めた時点で、
もう後戻りなんてできなくなったのさ。
そんなに増えたニンゲンたちの前で、
今さら「ノウギョウをやめる」なんて言えないだろ?
きみだって我が身が大事なはずだ。
とはいえ最近、僕らも少し、身体に違和感があってね。
どうやら「ノウヤク」「ジョソウザイ」を浴びすぎたみたいだ。
まぁ、おかげで僕らの数だけはとんでもなく増えたけどね。
きみらも最近、身体に違和感はないかい?
「テンカブツ」「スマホイゾンショウ」「シホンシュギ」に
どっぷり浸かっちゃってさ。
ご先祖さまの話では、
野生の僕らを採って食べてた頃のニンゲンは、
もっと背筋がまっすぐだったそうだけど、僕の聞きまちがいかな?
ともあれ、そんな僕らの縁だ。
ここらで1つ、賭けをしようじゃないか。
世界中に広まって、
生き物として「勝ち組」になったと思い込んでる者同士、
どちらが先に滅びるかを。
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ー農業革命ー
新しい農業労働にはあまりにも時間がかかるので、
人々は小麦畑のそばに定住せざるをえなくなった。
そのせいで、彼らの生活様式が完全に変わった。
私たちが小麦を栽培化したのではなく、
小麦が私たちを家畜化したのだ。
『サピエンス全史(上) 文明の構造と人類の幸福』 より
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