2018年10月07日
スペイン巡礼記 M 12日目:男性と二人きりで泊まる...
Pilgrimage in Spain M Day:12 Stay in a room with a man alone... 【4.2011】
4月11日(巡礼11日目)Viloria de Rioja ヴィロリア・デ・リオハ 〜
Villafranca Montes de Oca ヴィラフランカ・モンテ・デ・オカ (20.5km)
4月12日(巡礼12日目)Villafranca Montes de Oca ヴィラフランカ・モンテ・デ・オカ 〜 Atapuerca アタプエルカ (18km)
「ヒルの森を駆け抜けろ!
Run through the forest of the leech!」
今日は雨が降りそうな分厚い灰色の雲が空を覆い、3日間太陽が顔を出していないので冷えもことのほか厳しい。
暑すぎるのも困りものだが寒すぎると手がかじかんだり居場所がないためにベッドに入る以外何もできないのと、夜中の寒さに震えて眠らなければならないのがつらい。震えながら眠ると体に力が入ったままなので、翌朝の疲れが半端ないのだ。
今日は一気に300メートル程登るモンテ・デ・オカの急な山越え。鬱蒼とした深い森の中へ分け入っていくのは億劫であり、また勇気も必要とした。
相変わらず太陽は顔を出していないので、ただでさえ光の届かない森の高い木々の間に見上げる空は完全に重い蓋のようであり、雨をたっぷり吸いこんでいるらしい森の湿気が、冷気と一緒になっておぞましい微生物の集団のように肌を刺した。
最初はゆっくり歩いていたのだが、ある時ふと足元に無数に転がる黒い物体の正体に気がついてしまった。剥がれた木の皮かと思っていたその物体が、直径10センチを優に超える蛭(ヒル)であることに。
「ひっ」と声にならない悲鳴をあげると、私は帽子を目深に被りその上から更にレイヤーのフードを被り、ほとんど競歩でもしているかのようなスピードで猛然と歩き始めた。
頂上と思われる高度に達し、頭上に覆いかぶさっていた木々の影が薄れ、淡い水色の空が面積を広げ始めると、ようやく私は速度を落とし、一気に駆け上がってきた深い森を振り返った。
ホタテ貝の道標も少なく、襲い来る恐怖と戦いながらの不安な行軍を乗り切ったと思った時には、寒さに震えていたはずの身体は、大量の汗に湿っていた。
森の木々が途切れると、下りではそれまでの苦労をねぎらうかのような絶景が旅人を迎えてくれた。どこまでも連なる緑の平野。その谷間に点々といくつかの集落が見える。時折り日が射すと、神の祝福を受けたように家々の屋根が光を反射する。
6.5キロの登りはヒルを恐れてあっという間に歩いてしまったが、その後の11.5キロの緩やかな下りはキツい登りでの強行軍による反動か足の裏が強烈に痛み、午後1時という早い時間ではあったが、アタプエルカのアルベルゲに入ることにした。
アタプエルカのアルベルゲでは男女の部屋を分ける意図があったらしく、隣りや向かいの部屋にはバタン、ガタンと次々に男性巡礼者たちが入ってきていたようだが、私の部屋には誰も送り込まれなかったので、女性が少なくてラッキーとばかりに快適な貸切状態の部屋でゆっくりできた。
シャワーと洗濯を終えてバスルームを出た所で、昨夜のアルベルゲでは会わなかった犬連れのガブリエルに再会した。夕べは同じヴィジャフランカの村の入り口にあった公営アルベルゲに泊まったという。
「再び、ヤン Jan, again」
入口脇のキッチンで紅茶を飲んでいると、夕方5時を過ぎてから、黒づくめの長身の男性が大股で入ってきて「ハロー!」と歌うように親しげな声をかけてきた。一瞬「誰?」と思ったのだが、その尖った顎には見覚えが。
「ヤン」と驚くと、「イエース! アイム、ヤーン!」とコミカルに言うなりガッと私の両手を掴んでブンブンと握手。まるでハリウッドスターが居並ぶファンに投げキッスを送るような軽やかなアピールをして、あっという間に奥へ消えていった。
竜巻が起きたような騒々しさだなぁ、と唖然としながら紅茶を飲み終え、誰もいないはずの部屋に戻ると、何とあのヤンがパンツ一枚で、むせるほどのデオドラント・スプレーを体にシューシューと吹きかけているではないか。
思わず「Sorry!」と叫んで出ていこうとした私に、彼はまったく落ち着き払って「It’s OK. No problem!」と、また音程付きのような台詞廻しで言うと、「遅くついたから、ここしかベッドが空いていなかったんだ。でも6人部屋に君とボク、二人だけだよ。素晴らしいじゃないか!」とキビキビした動作で服を着ながら言った。
確かに大部屋では男性は結構平気で上半身裸になっているし、ごくたまにベッドで胸を出して着替えているオバサンを目撃してしまうこともあるので、スッポンポンになった訳でもないし別にドギマギする必要もないのだが、今まで毎晩のように大勢の人と一つの部屋に泊まっていたのに、今日はよく知らない若い男と二人きり。思えば初めての経験なので、必要以上にドギマギしてしまった純な私なのだった…。
少し前にガブリエルと会った時、夕食を一緒に食べに行かないかと誘ったのだが、彼は3時頃一人でレストランへ行って食べてしまったのだという。だからまたスーパーでマフィンでも買ってこようかな、と思っていたところへヤンが来たので、もし夕食を食べにバルへ行く予定なら一緒に連れて行ってくれないかと頼んでみた。
昼間のバルに入ってカフェを頼むだけなら一人でも何ら支障はないのだが、夜のバルは皆お酒が入って盛り上がっているので、化粧を落とした後の完全にコドモのような私一人では、実に入りづらかったのだが、連れがいれば心強い。
ヤンは、今日はサッカーのヨーロッパ・リーグの試合があるからもちろん行くけれども、ボクが日記を書くまで待って、ということだったので、夕方7時過ぎ頃になってやっと私達は近くのバルへ出かけた。
私はスウェット・パンツにフリース素材のパーカー、というすぐにでも寝られる格好、ヤンは昼間と同じ黒づくめのタイトなレイヤーというスキーヤーのようなスタイルながら、頭にはこれまた黒のニット帽をかぶり、アルベルゲの窓ガラスに自分を映し、髪を直したり帽子の被り方をいじったりしてモデルのような身だしなみのチェック。
私は何だかすっぴんの自分が恥ずかしくなってしまったが、昼間でも日焼け止め程度の薄いファンデーションだけでほとんどメイクなどしていないのに、夜だけメイクするのもどうかと思うし、巡礼者がオシャレしてどうする?という思いもあったので気にせずについていった。
「こんな時間にコーヒーなんて飲んだら眠れなくなっちゃうゾ」
とヤンにからかわれながらも私はコーヒーとスペイン風オムレツ、という昼間と変わらないメニューを頼み、ヤンは勿論ビールにピンチョスを何皿かと、なぜかポテト・チップス。サッカーが始まるまでの小一時間、ヤンと英語で楽しいひと時を過ごした。
話しながらヤンはふと、隣りのテーブルにデジカメを置き、何事もなく私と話し続ける、ということを何回か繰り返した。
「私があなたを撮ろうか?」と訊くと、「いや、カメラに写ってることを意識しない普通の表情を撮りたいんだよ」と自分でも可笑しそうに答えた。だから君も協力してくれ、と。
モデル代でも取ったろか、と一瞬考えつつも、少しかわったヤンというドイツ人の青年に、他の人以上の興味をかきたてられていったことは事実だ。
ヤンと会ったのは約一週間前で、彼はひとりで歩いていたし、足が長い若者なので、もっとずっと先へ行ってしまっていると思っていたと話すと、体調を崩したベロラドで2、3日静養していたのだという。ドイツにいる時とは違う、巡礼者独特の健康的な生活リズムが自分には合わなかったのだという。
結局、ヤンがテレビでのサッカー観戦を終えて部屋に戻ってきたのは10時頃。すでにアルベルゲが静寂に包まれた中、彼はシャワーを浴びに行き、先に宿に戻ってすでに寝袋に入っていた私に気を遣いながらソロソロと部屋に戻り、静かに眠りについた。
「フレッシュな空気が必要なんだ」というヤンが少し窓を開けたまま寝ることを主張したので、やはり私は宿の毛布をかけてもまだ寒さに体を丸め、膝を抱えるようにして横になっていたので、翌日膝と腰の痛みに悩まされることとなった。
4月11日(巡礼11日目)Viloria de Rioja ヴィロリア・デ・リオハ 〜
Villafranca Montes de Oca ヴィラフランカ・モンテ・デ・オカ (20.5km)
4月12日(巡礼12日目)Villafranca Montes de Oca ヴィラフランカ・モンテ・デ・オカ 〜 Atapuerca アタプエルカ (18km)
「ヒルの森を駆け抜けろ!
Run through the forest of the leech!」
今日は雨が降りそうな分厚い灰色の雲が空を覆い、3日間太陽が顔を出していないので冷えもことのほか厳しい。
暑すぎるのも困りものだが寒すぎると手がかじかんだり居場所がないためにベッドに入る以外何もできないのと、夜中の寒さに震えて眠らなければならないのがつらい。震えながら眠ると体に力が入ったままなので、翌朝の疲れが半端ないのだ。
今日は一気に300メートル程登るモンテ・デ・オカの急な山越え。鬱蒼とした深い森の中へ分け入っていくのは億劫であり、また勇気も必要とした。
相変わらず太陽は顔を出していないので、ただでさえ光の届かない森の高い木々の間に見上げる空は完全に重い蓋のようであり、雨をたっぷり吸いこんでいるらしい森の湿気が、冷気と一緒になっておぞましい微生物の集団のように肌を刺した。
最初はゆっくり歩いていたのだが、ある時ふと足元に無数に転がる黒い物体の正体に気がついてしまった。剥がれた木の皮かと思っていたその物体が、直径10センチを優に超える蛭(ヒル)であることに。
「ひっ」と声にならない悲鳴をあげると、私は帽子を目深に被りその上から更にレイヤーのフードを被り、ほとんど競歩でもしているかのようなスピードで猛然と歩き始めた。
あんな巨大なヒルに一匹でも吸いつかれたら、もう意識はない。重さ何十キロもしそうなその黒々とぬめった体の中に、赤黒い血をたっぷりと吸ったかもしれないヒルを踏みつけないように目を凝らしながら、肩に食い込むリュックの重さに喘ぎながらも、ひたすら魔の森を一秒でも早く抜けることだけを考え、必死に山道を登った。 |
頂上と思われる高度に達し、頭上に覆いかぶさっていた木々の影が薄れ、淡い水色の空が面積を広げ始めると、ようやく私は速度を落とし、一気に駆け上がってきた深い森を振り返った。
ホタテ貝の道標も少なく、襲い来る恐怖と戦いながらの不安な行軍を乗り切ったと思った時には、寒さに震えていたはずの身体は、大量の汗に湿っていた。
森の木々が途切れると、下りではそれまでの苦労をねぎらうかのような絶景が旅人を迎えてくれた。どこまでも連なる緑の平野。その谷間に点々といくつかの集落が見える。時折り日が射すと、神の祝福を受けたように家々の屋根が光を反射する。
6.5キロの登りはヒルを恐れてあっという間に歩いてしまったが、その後の11.5キロの緩やかな下りはキツい登りでの強行軍による反動か足の裏が強烈に痛み、午後1時という早い時間ではあったが、アタプエルカのアルベルゲに入ることにした。
アタプエルカのアルベルゲでは男女の部屋を分ける意図があったらしく、隣りや向かいの部屋にはバタン、ガタンと次々に男性巡礼者たちが入ってきていたようだが、私の部屋には誰も送り込まれなかったので、女性が少なくてラッキーとばかりに快適な貸切状態の部屋でゆっくりできた。
シャワーと洗濯を終えてバスルームを出た所で、昨夜のアルベルゲでは会わなかった犬連れのガブリエルに再会した。夕べは同じヴィジャフランカの村の入り口にあった公営アルベルゲに泊まったという。
彼に、そのアルベルゲに石鹸を忘れてきてしまったので貸してくれないかと頼まれ、以前オスタルに泊まった際に失敬してきた小さな石鹸をプレゼントしたところ、ものすごく感激されてしまった。道中アルベルゲを泊まり歩いていると、バス用品をゲットするのは困難なのだ。 |
「再び、ヤン Jan, again」
入口脇のキッチンで紅茶を飲んでいると、夕方5時を過ぎてから、黒づくめの長身の男性が大股で入ってきて「ハロー!」と歌うように親しげな声をかけてきた。一瞬「誰?」と思ったのだが、その尖った顎には見覚えが。
「ヤン」と驚くと、「イエース! アイム、ヤーン!」とコミカルに言うなりガッと私の両手を掴んでブンブンと握手。まるでハリウッドスターが居並ぶファンに投げキッスを送るような軽やかなアピールをして、あっという間に奥へ消えていった。
竜巻が起きたような騒々しさだなぁ、と唖然としながら紅茶を飲み終え、誰もいないはずの部屋に戻ると、何とあのヤンがパンツ一枚で、むせるほどのデオドラント・スプレーを体にシューシューと吹きかけているではないか。
思わず「Sorry!」と叫んで出ていこうとした私に、彼はまったく落ち着き払って「It’s OK. No problem!」と、また音程付きのような台詞廻しで言うと、「遅くついたから、ここしかベッドが空いていなかったんだ。でも6人部屋に君とボク、二人だけだよ。素晴らしいじゃないか!」とキビキビした動作で服を着ながら言った。
確かに大部屋では男性は結構平気で上半身裸になっているし、ごくたまにベッドで胸を出して着替えているオバサンを目撃してしまうこともあるので、スッポンポンになった訳でもないし別にドギマギする必要もないのだが、今まで毎晩のように大勢の人と一つの部屋に泊まっていたのに、今日はよく知らない若い男と二人きり。思えば初めての経験なので、必要以上にドギマギしてしまった純な私なのだった…。
少し前にガブリエルと会った時、夕食を一緒に食べに行かないかと誘ったのだが、彼は3時頃一人でレストランへ行って食べてしまったのだという。だからまたスーパーでマフィンでも買ってこようかな、と思っていたところへヤンが来たので、もし夕食を食べにバルへ行く予定なら一緒に連れて行ってくれないかと頼んでみた。
昼間のバルに入ってカフェを頼むだけなら一人でも何ら支障はないのだが、夜のバルは皆お酒が入って盛り上がっているので、化粧を落とした後の完全にコドモのような私一人では、実に入りづらかったのだが、連れがいれば心強い。
ヤンは、今日はサッカーのヨーロッパ・リーグの試合があるからもちろん行くけれども、ボクが日記を書くまで待って、ということだったので、夕方7時過ぎ頃になってやっと私達は近くのバルへ出かけた。
私はスウェット・パンツにフリース素材のパーカー、というすぐにでも寝られる格好、ヤンは昼間と同じ黒づくめのタイトなレイヤーというスキーヤーのようなスタイルながら、頭にはこれまた黒のニット帽をかぶり、アルベルゲの窓ガラスに自分を映し、髪を直したり帽子の被り方をいじったりしてモデルのような身だしなみのチェック。
私は何だかすっぴんの自分が恥ずかしくなってしまったが、昼間でも日焼け止め程度の薄いファンデーションだけでほとんどメイクなどしていないのに、夜だけメイクするのもどうかと思うし、巡礼者がオシャレしてどうする?という思いもあったので気にせずについていった。
「こんな時間にコーヒーなんて飲んだら眠れなくなっちゃうゾ」
とヤンにからかわれながらも私はコーヒーとスペイン風オムレツ、という昼間と変わらないメニューを頼み、ヤンは勿論ビールにピンチョスを何皿かと、なぜかポテト・チップス。サッカーが始まるまでの小一時間、ヤンと英語で楽しいひと時を過ごした。
話しながらヤンはふと、隣りのテーブルにデジカメを置き、何事もなく私と話し続ける、ということを何回か繰り返した。
「私があなたを撮ろうか?」と訊くと、「いや、カメラに写ってることを意識しない普通の表情を撮りたいんだよ」と自分でも可笑しそうに答えた。だから君も協力してくれ、と。
モデル代でも取ったろか、と一瞬考えつつも、少しかわったヤンというドイツ人の青年に、他の人以上の興味をかきたてられていったことは事実だ。
ヤンと会ったのは約一週間前で、彼はひとりで歩いていたし、足が長い若者なので、もっとずっと先へ行ってしまっていると思っていたと話すと、体調を崩したベロラドで2、3日静養していたのだという。ドイツにいる時とは違う、巡礼者独特の健康的な生活リズムが自分には合わなかったのだという。
「ビールとポテチ、そしてテレビでのサッカー観戦は僕の人生に欠かせないよ!」と真面目な顔でヤンは言った。 この先何度か会う機会の多いヤンだったが、彼の巡礼スタイルは、夜中までバルでサッカーを見て宿に戻り、シャワーは寝る直前、そして朝の出発も9時、10時という一風変わった、というか都会での日常をそのまま巡礼に持ち込んだ珍しいタイプの巡礼者だった。 |
結局、ヤンがテレビでのサッカー観戦を終えて部屋に戻ってきたのは10時頃。すでにアルベルゲが静寂に包まれた中、彼はシャワーを浴びに行き、先に宿に戻ってすでに寝袋に入っていた私に気を遣いながらソロソロと部屋に戻り、静かに眠りについた。
「フレッシュな空気が必要なんだ」というヤンが少し窓を開けたまま寝ることを主張したので、やはり私は宿の毛布をかけてもまだ寒さに体を丸め、膝を抱えるようにして横になっていたので、翌日膝と腰の痛みに悩まされることとなった。
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