2018年09月27日
スペイン巡礼記 I 7日目:スペインのアコモ事情と孤独な夜
Pilgrimage in Spain I Circumstances of Accommodation in Spain & a lonely night【4.2011】
巡礼7日目:Logrono ログローニョ 〜 Navarrete ナヴァレッテ (13km)
「スペインのアルベルゲに物申したい!
I want to say something to Albergue in Spain! 」
6日目、ヤンに出会った夜は出発したパンプローナ以来の都市、ログローニョで初めてアルベルゲではなくホテルに泊まった。
60ユーロというアルベルゲに一週間は泊まれる程の高額だったが、バルセロナを出て以来6日ぶりのシングルルーム、しかもバスタブ付き、という快適で静かな部屋で5日間の疲れを癒したのだった。
が、快適さを一度知ってしまった後の揺り返しというのか、7日目はたった13キロの行程が今まで以上にキツく感じられた。
たいてい朝8時から9時までには出発しなければならないアルベルゲと違ってホテルではチェックアウトが11時だったりするので、9時半頃ゴージャスな内容のホテル・ブレックファストを堪能。その後ゆっくり支度をして11時に出発したはいいが、ゆるやかな登りが延々続くうえに生理中だからか貧血気味でフラフラしながら、下ばかり見て必死で歩いていた。
目的地ナヴァレッテの手前で、ドイツのでこぼこ夫婦(ひょろ長い旦那さんと小太りの奥さん)と共に休憩を取ったのだがなかなか立ち上がれず、やっとのことで再び歩き始め、辿り着いたナヴァレッテの村の最初に出てきたアルベルゲに飛びこんだのだった。
しかしこれが見事に失敗。5ユーロなりの古い公営アルベルゲで今までのワーストだと感じた。
村にいくつかアルベルゲがある場合、大体皆最初に出てくるアルベルゲに入るので、まず混み合っている。
一部屋に男女混合20人程でバスルームは共同なのに、シャワーブースのドアが透明なのでバスタオルをかけたりして、かなり気を遣わないと入れなかった。
しかも個室ではないので誰かがシャワーを浴びていても、トイレを使いたい人が突然入ってきたりする。男性は平気なのか丸見え状態で和気あいあいと使っていたが、私がシャワーブースに入っているときトイレに来ようとした男の子は「おっと失礼」と言って入るのを諦め戻っていった。
つまり20人もいる部屋の中に、3つずつのシャワーブース、洗面台、トイレが一緒になったバスルームが扉を隔ててある訳だが、女性がシャワーを浴びている間は、実質他の男性はバスルームを使えない状況が生まれることになる。
巡礼専用宿アルベルゲでは、基本脱衣所というものがないので、1メートル四方のシャワーブースの中で全て済ませなくてはならない。そのブースさえしばしば扉が付いていなかったり、カーテンが扉代わりになっていたりする。
しかも全て覆われているわけではなく北米のトイレ同様下が10センチほど空いているのだ。そしてホース付きのシャワーなど滅多にお目にかからない。天井に固定されたシャワーヘッドから勢いよく、時には細々とぬるま湯が落ちてくるだけなので、当然シャワーブース周辺は水浸しになる。
そしてまたその飛び散った水を拭くためのモップとバケツがバスルームには置いてあるのだ。つまりビーサンやサンダルを持っていない人は裸足でその汚いタイルの上を歩き廻ることになり、悲惨な状況に陥ることになる。
モップとバケツを用意して毎回掃除する手間をかけるなら、なぜ最初から水の漏れないシャワー施設を作らないのだろう、と何度腹立たしく思ったかわからない。
もう一つ、アルベルゲのシャワーは押しボタン式が多いというのも私には納得がいかなかった。
シャワーブースに入ると正面にボタンがついていてそれを押すと真上のシャワーヘッドからお湯が出るのだが、真下を向いているシャワーなのでいきなり頭がずぶ濡れになる。
しかもボタンの効力は一押し10秒程度なので、水がお湯に変わるまで5,6回、時には10回以上押し続けないとまともにシャワーを浴びられる状況にならない。私は小さいのでできるだけ壁にはりついて水シャワーを避けたが、縦にも横にも大きな欧米人は避けるだけの充分なスペースのないブースの中でどうやって水シャワーに耐えていたのだろう。
そしてやっと許容できる熱さのお湯に変りシャンプーを泡立て始めても、いきなりお湯が止まる。手探りでボタンを押す。その繰り返しなのだ。日中は汗ばむ陽気のスペインも屋内は驚くほど寒いのでお湯を出し続けていないと裸では凍えてしまう。だから皆暖かい昼間のうちにシャワーを浴びてしまうのかもしれない。
バスタブなどはもちろんない。充分温かいお湯が出ればそれだけで「ここのシャワーは良かった」という評価になるのだ。
ちなみにシャワーを浴びた後はその濡れたブースの中でドアのフックにかけておいたバスタオルで体を拭き、服を着なければならない訳だが、身体の大きな欧米人男性はそんなまどろっこしいことはできずに、腰にタオルを巻いた半裸状態で出てくるので、シャイな日本人の私は、いつも逃げるようにシャワールームを後にするのだった。
大胆な若い女の子や恥も外聞も捨て去った贅肉たっぷりのおばさんがタオルを巻いただけでシャワールームから室内に戻ってくることもある。若い女の子の場合は目の保養になるのだろうが、後者は…(-_-;)
「孤独な夜 A lonely night」
ナヴァレッテのアルベルゲはこのシャワールームが最悪だったうえに、収容人数のわりに洗濯物を干すスペースが少なく、部屋はやはり暗くて寒い。欧米人は暑がりなのか、いつも窓が全開で蚊が入り、ベッドで読書をしていると「キーン」と音を立てて寄って来るので部屋にもいられない。
仕方なくテーブルとイスがたくさんあるキッチンへ行くと、4時過ぎ頃から団体が和気あいあいと料理を始めている。ここは珍しく若者が多く、10人ほどの学生らしい若者たちが近くのスーパー(といっても個人商店だが)で買ってきた食材でサンドイッチなどを作っていた。他国籍らしく英語に混じってスペイン語、ドイツ語なども飛び交っている。
広いキッチンを備えたこの宿は、ユースホステルに近いかもしれない。そんな楽しそうな若者たちの集団や、おばさんおじさんグループが幾つかの固まりを作る中、毛色の違う猫さながら、一人端っこのテーブルで日記を書いていた私はおそらく「近寄るな」オーラを出していたに違いない。
今日はたった13キロしか歩いていないのに、気分的にはものすごく疲れていた。宿に着いてもやることがなく楽し気な人々の間にひとり身を置く以外選択肢がなく、夕べのホテルの快適さを思い返すとラクをした分、あとが余計つらくなるというか浮き沈みの激しさを感じる。
そして孤独のバリアを周囲に張り巡らせたまま考える。「私、なんでこんなことしてるんだろう」と。
ただ700キロを歩く。何故そんな意味のないことを?と会社の上司なら言うだろう。
歩きたいなら日本にはお遍路がある。何故わざわざ言葉の通じないスペインくんだりまで行って孤独に耐えながら、700キロもひたすら重い荷物を背負って歩き続けなければならないのか。こんな思いまでして。
毎日毎日何かに追われるようにひたすら歩き続けることは予想以上にきついことだった。
30度を越えていたと思われる灼熱の太陽の下をクラクラしながら歩いたが、今日はほとんど人に会うこともなく、ヤンや他の知り合いはずっと先まで行ってしまったんだろうなぁ、と思うと無性に心細くて「もうやめたい」と初めて思った。
そんな私の心中などお構いなしに、人々は楽し気に夕食のテーブルを囲んでいる。それは目を閉じて、耳も塞ぎたくなるほどの孤独だった。
★スペイン巡礼記Jへ続く…
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巡礼7日目:Logrono ログローニョ 〜 Navarrete ナヴァレッテ (13km)
「スペインのアルベルゲに物申したい!
I want to say something to Albergue in Spain! 」
6日目、ヤンに出会った夜は出発したパンプローナ以来の都市、ログローニョで初めてアルベルゲではなくホテルに泊まった。
60ユーロというアルベルゲに一週間は泊まれる程の高額だったが、バルセロナを出て以来6日ぶりのシングルルーム、しかもバスタブ付き、という快適で静かな部屋で5日間の疲れを癒したのだった。
が、快適さを一度知ってしまった後の揺り返しというのか、7日目はたった13キロの行程が今まで以上にキツく感じられた。
たいてい朝8時から9時までには出発しなければならないアルベルゲと違ってホテルではチェックアウトが11時だったりするので、9時半頃ゴージャスな内容のホテル・ブレックファストを堪能。その後ゆっくり支度をして11時に出発したはいいが、ゆるやかな登りが延々続くうえに生理中だからか貧血気味でフラフラしながら、下ばかり見て必死で歩いていた。
目的地ナヴァレッテの手前で、ドイツのでこぼこ夫婦(ひょろ長い旦那さんと小太りの奥さん)と共に休憩を取ったのだがなかなか立ち上がれず、やっとのことで再び歩き始め、辿り着いたナヴァレッテの村の最初に出てきたアルベルゲに飛びこんだのだった。
しかしこれが見事に失敗。5ユーロなりの古い公営アルベルゲで今までのワーストだと感じた。
村にいくつかアルベルゲがある場合、大体皆最初に出てくるアルベルゲに入るので、まず混み合っている。
一部屋に男女混合20人程でバスルームは共同なのに、シャワーブースのドアが透明なのでバスタオルをかけたりして、かなり気を遣わないと入れなかった。
しかも個室ではないので誰かがシャワーを浴びていても、トイレを使いたい人が突然入ってきたりする。男性は平気なのか丸見え状態で和気あいあいと使っていたが、私がシャワーブースに入っているときトイレに来ようとした男の子は「おっと失礼」と言って入るのを諦め戻っていった。
つまり20人もいる部屋の中に、3つずつのシャワーブース、洗面台、トイレが一緒になったバスルームが扉を隔ててある訳だが、女性がシャワーを浴びている間は、実質他の男性はバスルームを使えない状況が生まれることになる。
巡礼専用宿アルベルゲでは、基本脱衣所というものがないので、1メートル四方のシャワーブースの中で全て済ませなくてはならない。そのブースさえしばしば扉が付いていなかったり、カーテンが扉代わりになっていたりする。
しかも全て覆われているわけではなく北米のトイレ同様下が10センチほど空いているのだ。そしてホース付きのシャワーなど滅多にお目にかからない。天井に固定されたシャワーヘッドから勢いよく、時には細々とぬるま湯が落ちてくるだけなので、当然シャワーブース周辺は水浸しになる。
そしてまたその飛び散った水を拭くためのモップとバケツがバスルームには置いてあるのだ。つまりビーサンやサンダルを持っていない人は裸足でその汚いタイルの上を歩き廻ることになり、悲惨な状況に陥ることになる。
モップとバケツを用意して毎回掃除する手間をかけるなら、なぜ最初から水の漏れないシャワー施設を作らないのだろう、と何度腹立たしく思ったかわからない。
もう一つ、アルベルゲのシャワーは押しボタン式が多いというのも私には納得がいかなかった。
シャワーブースに入ると正面にボタンがついていてそれを押すと真上のシャワーヘッドからお湯が出るのだが、真下を向いているシャワーなのでいきなり頭がずぶ濡れになる。
しかもボタンの効力は一押し10秒程度なので、水がお湯に変わるまで5,6回、時には10回以上押し続けないとまともにシャワーを浴びられる状況にならない。私は小さいのでできるだけ壁にはりついて水シャワーを避けたが、縦にも横にも大きな欧米人は避けるだけの充分なスペースのないブースの中でどうやって水シャワーに耐えていたのだろう。
そしてやっと許容できる熱さのお湯に変りシャンプーを泡立て始めても、いきなりお湯が止まる。手探りでボタンを押す。その繰り返しなのだ。日中は汗ばむ陽気のスペインも屋内は驚くほど寒いのでお湯を出し続けていないと裸では凍えてしまう。だから皆暖かい昼間のうちにシャワーを浴びてしまうのかもしれない。
バスタブなどはもちろんない。充分温かいお湯が出ればそれだけで「ここのシャワーは良かった」という評価になるのだ。
ちなみにシャワーを浴びた後はその濡れたブースの中でドアのフックにかけておいたバスタオルで体を拭き、服を着なければならない訳だが、身体の大きな欧米人男性はそんなまどろっこしいことはできずに、腰にタオルを巻いた半裸状態で出てくるので、シャイな日本人の私は、いつも逃げるようにシャワールームを後にするのだった。
大胆な若い女の子や恥も外聞も捨て去った贅肉たっぷりのおばさんがタオルを巻いただけでシャワールームから室内に戻ってくることもある。若い女の子の場合は目の保養になるのだろうが、後者は…(-_-;)
「孤独な夜 A lonely night」
ナヴァレッテのアルベルゲはこのシャワールームが最悪だったうえに、収容人数のわりに洗濯物を干すスペースが少なく、部屋はやはり暗くて寒い。欧米人は暑がりなのか、いつも窓が全開で蚊が入り、ベッドで読書をしていると「キーン」と音を立てて寄って来るので部屋にもいられない。
仕方なくテーブルとイスがたくさんあるキッチンへ行くと、4時過ぎ頃から団体が和気あいあいと料理を始めている。ここは珍しく若者が多く、10人ほどの学生らしい若者たちが近くのスーパー(といっても個人商店だが)で買ってきた食材でサンドイッチなどを作っていた。他国籍らしく英語に混じってスペイン語、ドイツ語なども飛び交っている。
広いキッチンを備えたこの宿は、ユースホステルに近いかもしれない。そんな楽しそうな若者たちの集団や、おばさんおじさんグループが幾つかの固まりを作る中、毛色の違う猫さながら、一人端っこのテーブルで日記を書いていた私はおそらく「近寄るな」オーラを出していたに違いない。
巡礼道ではアジア人というだけで珍しいうえに、若者の集団に混じってもおかしくない年齢に見える私が一匹狼のように完全単独行動をとっているのは皆の興味をそそるのか、チラチラこちらを見はするのだが、誰も声をかけてはこなかった。 |
そして孤独のバリアを周囲に張り巡らせたまま考える。「私、なんでこんなことしてるんだろう」と。
ただ700キロを歩く。何故そんな意味のないことを?と会社の上司なら言うだろう。
歩きたいなら日本にはお遍路がある。何故わざわざ言葉の通じないスペインくんだりまで行って孤独に耐えながら、700キロもひたすら重い荷物を背負って歩き続けなければならないのか。こんな思いまでして。
毎日毎日何かに追われるようにひたすら歩き続けることは予想以上にきついことだった。
ああ、ここでスタバのキャラメルマキアートが飲めたら幸せなのに、と暖かい夕方の陽射しが差し込む人いきれのキッチンで窓際のテーブルに縮こまって、今日歩いてきた道を思い出す。 (巡礼路でスタバに出会えるのは、3箇所ほどの大都市だけ。) |
30度を越えていたと思われる灼熱の太陽の下をクラクラしながら歩いたが、今日はほとんど人に会うこともなく、ヤンや他の知り合いはずっと先まで行ってしまったんだろうなぁ、と思うと無性に心細くて「もうやめたい」と初めて思った。
そんな私の心中などお構いなしに、人々は楽し気に夕食のテーブルを囲んでいる。それは目を閉じて、耳も塞ぎたくなるほどの孤独だった。
★スペイン巡礼記Jへ続く…
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